029.偽善
子熊か。気が重い。
いっそのこと、襲ってきてくれないかな。
それか、予想以上に大きいとか。
おまえ、いつまで親のスネをかじってんだ攻撃とか。
そうなると脅威度が上がってしまうけど。
三郎さんと才蔵、オレ、葛葉の順に洞窟内部へ入る。
すぐに右に折れていたところに差し掛かる。
少し煙臭い。
才蔵が頭だけ出して様子をうかがった。
「まだ、もう少し続くようです。」
小熊の位置が分からなくなったらしいので、用心している。
(分かってなかったんかい!)
心の中でツッコんだ。
子熊とはいえ、熊は熊。
生まれたてなら、それほど脅威でもないが、
巣離れ直前なら、もう大人の熊だ。
「どうしました。三郎さん?」
先頭の三郎さんの歩みが少し遅いので、
後ろがつかえてしまっている。
「いや、済まない。
入口にいた2頭が何だったんだろうと思ってたのだ。」
「何だったとは?」
「うん。最後に出てきた、一番大きな熊が母熊だったとして、
子熊がこの奥にいる。
じゃあ、入口の2頭は雄だったのか?
しかし、子育て中の熊は雄と一緒にいたりしない。はずだ。
ハッキリとは分からなかったが、
能力を持っていたと思われる熊だったから、
普通とは違うのだとは思うが。」
「子熊の姉だったんでしょうか?
とにかく、クロを先行させましょう。」
普通とは違う。その通りだ。
もしものために、クロを先行させた方が安全だ。
―嫌です。―
―見てくるだけじゃん。―
―絶対に、戦いませんからね。―
自分の使い魔とも言える霊獣に、
あんまり口答えされていると主人の沽券に関わってくる。
聞かれたくないので念話で話してるが、
時間を掛け過ぎても「どうした?問題か?」ってなるだろう。
余りキャラじゃないし、こういうことはしたくないが、
ここはかなり強めに行く必要があるだろう。
―お願い。―
フンと鼻息を鳴らしながら、クロが先行していく。
後を追っていくと、
行きどまりに、上までひび割れがあるところに来た。
下にトンネルのように人が通れるほどの裂け目がある。
四つん這いにならないといけないようだ。
―この先から熊の匂いがする。
壁に毛もついていますね。
それに血の匂いも。 ―
―血だって?―
小熊が自害した? そんなバカな。
「クロがこの穴の先から血の匂いがすると言ってますが、
どうしますか?」
「どういうことだろう?
怪我をした子熊を守るために、気が立ってたのか?」
先行したクロが穴から戻ってきた。
あっ、視界を共有しとくんだった。
話に夢中で忘れてた。
―この先で行き止まり。
男の子が死んでる。―
「ええっ!?」
「どうした?」
「あ、この先で行き止まりらしいんですが、
その、男の子が一人、死んでるらしいんです。」
「熊の食糧にされたのか。
他に動いているものはないんだな?」
―クロ、どうだ?―
―男の子が死んでるだけ。―
「ないそうです。」
「では、行こう。」
三郎さんが刀を腰から鞘ごと抜いて裂け目に入った。
才蔵も同じように腰から鞘ごと抜いて進む。
オレは影収納に入れるので大丈夫だ。
後ろから別の熊が来た時の警戒のために、クロをその場に残す。
4mほどのトンネルだ。
後ろを振り返ると、葛葉は後退で進んでくる。
念のためなんだろうけど、殿も大変だ。
「あっ、これは!?」
「何です!?」
2人が驚いている。
急いで穴から出た。
「どうしたんですか!?」
オレの目に飛び込んできたのは、
3mほどのドームのような場所で横たわった男の子だった。
ドームには複数のひび割れがあり、
広いところでも10cmほどなので、
ここが行き止まりで間違いない。
光が差し込んでいるので、外に繋がっているようだ。
男の子は、血の海の中で、既に死んでいるようだ。
5~6歳くらい。
あやと同じくらいだと思うと胸が痛んだ。
来ている服がブカブカだけど、割と上等そうな服を着ている。
どんな子だったんだろう。
「かわいそうに。熊の餌食になったんですね。」
「いや、そうじゃない。」
「そうじゃない?」
三郎さんの顔が険しくなっている。
「見ろ。かじられた跡がない。
熊が本当に食糧にしていたなら、腹から食べる。
右手は、」
「あそこに。」
才蔵が反対側の水たまりの前を指す。
ひび割れから染み出した水が小さな水たまりを作っていた。
その前に子供の腕が落ちている。
「右手は食べられたのかと思ったが、
どう見ても、刀で斬られたかのような切り口だ。
見ろ。あごと頭の先に穴が抜けている。
血もまだ流れている。」
「ど、どういうことですか?」
聞かなくても、その先が分かるような気がした。
血が流れているということは、
たった今、死んだということを示している。
そして、三郎さんの言う通り、明らかに腕の切断面がキレイだ。
それこそ、スパッと切られたとしか思えない。
三郎さんがうつ伏せにすると、
着物には斬られた跡がないのに、
脱がすと、背中を袈裟に斬られていた。
オレは驚きの目で見ていた。
「この子は、あの熊だったんだろう。」
口を動かすが、言葉が出てこない。
「何かの、多分、憑依とか、そういう能力だ。
陰陽師とかの術に近いだろう。
この子が熊を操っていたんだ。
人を呪わばと言うが、熊が受けた怪我が、
この子の怪我になったというところだろう。」
人を呪わば穴二つ。聞いたことがある。
陰陽師が穴を二つ掘ったところからできた言葉だ。
呪った相手用と、呪い返された自分用。
「じゃあ、オレが殺したということ・・・」
「そうじゃない。我々だな。
熊に襲って来られたのだ。仕方のないことだった。」
「その通りです。
この子は同じ怪我を負うほど、熊に乗り移っていたのです。
仮に、静馬様の言った通りに、先に様子を見ていたとしても、
手足のように熊を動かせるのであれば、
この奥から出てくることはなかったでしょう。」
男の子に視線を落とす。
2人が仕方ないことだと言っている。
どうしようもなかったことだと。
それでも、オレは、何かが違うと感じている。
ハッキリと分からない、何かが胸を締めつけ続けている。
「なぜ、この子はここに?」
「この子は盗人だ。」
「どうして?なぜ、それが?」
「見ろ。着ているものが上等過ぎる。
余程の家の子かとも思ったが、
そのような家の子がここにいるのはおかしい。
逃げてきたにしても、このような目立つ打掛は着ない。
それに、身に寸鉄も帯びていない。」
寸鉄。小さな刃物だったか。
それほど豪華とは言えないけど、
下に着ているものと比べれば、
生地がそれなりに良さそうな服を羽織っている。
それ以外には何も持っていなさそうだ。
辺りを見渡しても、
少しばかりの肉や野菜が散らばっているだけで、
他には何もなかった。
「それほど、ここに住んでいたという様子もない。
極々、最近、ここに住み着いたのだろう。」
「三郎さんは、誰が悪いと思いますか?」
「悪い?どういうことだ?」
「この子がここで死んだことです。」
質問の意味が分からなかったのか、
一瞬、三郎さんが変な顔をした。
しかし、すぐに厳しい顔になって言う。
「あー、そういうことか。
もちろん、この子のせいだ。」
「この子なんですか?」
男にしては少し高い声で、三郎さんがピシャリと言い放った。
オレの考えと違っていて、思わず口ごもる。
世の中のせいだと思っていた。
為政者が孤児院や社会福祉などを考えず、
贅沢や戦に明け暮れているからだろうと。
しかし、三郎さんの考えは違うようだ。
「どういう育ちをしたかは、何となく分かる気もするが、
だからといって、盗人は盗人だ。」
「でも、こんな子が生きていくためには、
仕方がないこともあるじゃないですか!」
「静馬殿は優しいな。
だが、相手が仕方ないと刀を向けてきたら、
殺されるつもりなのか?
佳月様が殺されても、あやが殺されても、
仕方ないと言えるのか?」
「それは・・・」
三郎さんは軽く笑った。
面白くもなさそうな、寂しそうな笑い方に見えた。
「そういうことなのだ。
どのような理由があっても罪は罪だ。
すばらしい能力に恵まれているのに、
他を選ばなかった時点で、この子のせいだ。」
三郎さんは明確だ。
オレは口をつぐんだ。
確かにその通りかもしれないけど、何かがスッキリしない。
オレの心はさっきからざわざわしたままだ。
「三郎さん、この子をどうしますか?」
才蔵は弔うかどうかを聞いているのだろう。
しかし、三郎さんは頭を左右に振った。
「この子は罪人だ。弔いは必要ない。
しかし、ここにまた、熊などが住み着くのは面白くない。
穴はふさいだ方が良いだろう。」
その言葉にも、心が乱れる。
この班のリーダーは三郎さんだ。
才蔵が聞いたけど、三郎さんは不要とした。
それをオレが言ったところでどうなるのか。
埋葬ぐらいしてやるべきだと思うけど、
だけど、何をどう言っていいのかが分からない。
岩が意外にもろかったみたいで、
金剛拳を何度か放つと、
ドームへ続く穴は瓦礫の下に埋まってしまった。
奥の方でも大きな音がしたので、
ドームも連鎖的に崩れたのじゃないだろうか。
(結果的に埋葬になって良かった。)
帰り際にも、所々、金剛拳で壁を崩した。
洞窟は、最初の折れ曲がったところまでしか残らなかった。
「三郎さん。」
「何だ、静馬殿?」
「いや、何でも。」
洞窟を出たところで、三郎さんに声を掛けたけど、
言葉が出てこなかった。
母熊の死骸が、男の子と同じように散らばっている。
(偽善。)
オレはこの時代の人たちと同じ、厳しいところで生きていない。
急に3人との間に透明な壁ができたように感じた。
オレは足を踏み出しても、大声で叫んでも、
3人はどんどん先に行ってしまう。
「どうした? 行くぞ。」
考えこんでいたオレに、前を歩く葛葉が声を掛けてきた。
オレはうなづいて、重い足を前に出した。
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