025.やさしさ
「おかえりな・・・、え、え?」
玄関に出迎えてくれた佳月さんが驚いている。
「え?その服・・・?」
そうだよね。
出かける時と服が変わってたら、
そりゃ、どうしたのかと思うよ。
しかも、殿様が下さったとかで、
まあまあ、凝ってるし、派手なんだよね。
明らかに、甚平とは違うのでびっくりするよね。
「肩を切られてさ、それで、服がダメに―」
「な、何ですって!!」
裸足で土間に降りてきた。
そして、オレの肩を見ようとしているのか、
服を脱がそうとしてくる。
ここ、まだ、玄関なんだけど。
「ちょっと、佳月さん、イテテテ・・・」
仕方ないので、腕を抜いて片肌脱ぎになった。
「まあ、まあ、・・・(キッ)」
血が少しにじんだ晒を見て、
佳月さんは口に手を当てて驚いていたが、
急にオレの後ろ―、葛葉をにらんだ。
「葛葉!命に代えても守りなさいと言ったでしょう!!」
葛葉は気の毒なくらい青ざめている。
「いや、相手が相手だったんだ。
葛葉のせいじゃない。」
「ですが、静馬様だけ怪我をして、
葛葉は何の怪我も負っていないじゃありませんか!」
「だから、それは作戦上、仕方なく・・・」
「作戦? 作戦ですって!?
静馬様は初めての仕事だったのですよ!
誰がこんな危険なことを、・・・雷蔵小父ですね。」
「いや、こうして無事に帰って来れたんだし、
もう、いいから。」
「そうはいきません!
静馬様は私の婿と里中に知らせているのです!
静馬様が侮られるとは我慢できません!」
雷蔵さんにまで矛先が向かいそうだ。
「まあまあ、佳月さん。
それより、疲れてるので、早く中で休みたいんだけど。」
「まあ、私としたことが。
ささっ、どうぞ腰を掛けて、お待ちください。
すぐに盥をお持ちします。」
佳月さんが足の裏を拭いて、パタパタと奥に走っていく。
びっくりした。
佳月さんは怒ると怖いタイプかもしれない。
怒らせないようにしよう。
葛葉が気の毒なくらい縮こまっている。
あの葛葉でもかと思わないでもないけど、
主命って、この時代の人には重いんだろうな。
玄関に座っていると、
佳月さんがすぐに水が入った盥を運んできた。
そのまま、オレの足を水を絞った布で拭いてくれようとする。
「佳月さん、居候の立場でそこまでさせるのは、」
「いいえ。私の旦那様なのです。
妻が良人の世話をするのは当然です。」
「いやあ、それは建前というか、」
「それに、怪我をされているのです。
私にさせてください。」
食い気味でぐいぐいくる。
ケガも痛くないわけじゃないし、お言葉に甘えておいた。
普段、すごく物静かな、おしとやかな感じなのに、
ここぞという時の押しの強さがある。
芯が強いんだろうか?
「佳月さん、それ何?」
「桂皮に芍薬、大黄、ヨモギなどをごま油で混ぜたものです。」
何か、鉢みたいなものを持ってくるから、
何事かと思ったら、軟膏だったのか。
「イテッ、イテテッ、佳月さん、もうちょっと優しく!」
晒が血で傷口に貼りついていたので、はがすのが痛い。
しかし、洗ったら、それほどひどいケガでもないし、
膿んでもいなさそうだった。
動かさないようすれば、それほど痕も残らないようだ。
「良かった。」
佳月さんの安堵が耳に残る。
しかし、佳月さん。
左官じゃないんだから、塗り過ぎじゃない?
重いんだけど。
肩に粘土が載ってるように感じる。
一先ず、聞いたことのある材料だけだったし、
多分、悪いものじゃないだろう。
とりあえず、気の済むようにやらせるか。
あやがオレのケガをしていない方の腕にしがみついて、
涙目でオレを見上げてくるので、
安心させるように「大丈夫だ」と言っておいた。
それから、数日、離れなかったけど。
長老に報告すると、酒宴を開くという話になった。
オレの「初討伐の祝いだ」と言っているが、
佳月さんに聞いたら、
初討伐に限らず、誰かの討伐を祝うことはないらしいので、
単に、オレのお披露目ではないかということだ。
それに、ここ最近、良い話も無かったので、
景気付けが必要なんじゃないだろうかということだ。
その席上、酔った雷蔵さんが、オレの武勇伝を語りきった。
オレも聞いていて「すげー」と思ったくらいだ。
それに、葛葉も何も言わず、
「今の話は本当か?」という質問に「そうだ」と答えている。
めんどくさいんだろうけど、少しは否定してくれないと。
2回目となる雷蔵ショーはさらに磨きがかかっているので、
半信半疑といった顔で、みんながチラチラとオレの方を見る。
少し、見る目が変わってきているような気がしないでもない。
みんな、信じ過ぎないように。
オレも途中から誰の話なんだろうと思ったくらいなんだから。
雷蔵さんはどちらかというと寡黙な方だ。
信用もあるので、こういう時のみんなへの響き方は怖ろしい。
物語が作られていく過程って、こうなのかもしれない。
誰かが、面白おかしくするために、話を105%に盛る。
それを聞いた誰かが、105%にする。
それが続くと、14人目でもう200%を超えてしまう。
200%になっちゃうと、半分しかホントじゃない。
独自の解釈を加え出すと、多分、オレは話から消えちゃうな。
「いや、オレもがんばりはしたけど、
雷蔵さんが女郎蜘蛛に飛び乗ったから隙ができて、」
「葛葉が要所、要所、攻撃を当ててくれたので、」
オレは必死に「オレだけじゃない」をアピールするけど、
酔っ払いが取り囲んで「飲め飲め」と酒を注ごうとする。
既に出来上がったおっさんたちには、
もう、飲める口実や酒の肴があればいいんだ。
オレが何を言おうと聞いちゃいない。
それどころか、既にオレが話の中心にもなっていない。
どうせなら、オッサンより女の人に寄ってきてほしい。
しかし、その女の人たちの中に、
妖しげな視線を送ってくる人もいて、
気づいた佳月さんが、鬼のような形相になっていた。
悪いことをしていないのに、
なぜか、オレまで目を伏せてしまう。
最後の方は、部屋の隅に追いやられ、
オレの前に佳月さんが座り、あやは仁王立ちだ。
そして、オレの代わりに、佳月さんも、あやもドヤ顔で
オレがいかにすごいかを語っている。
「いやいやいや、佳月さん、オレは床の間で。」
「それは駄目です!」
家に帰ると、オレがどこで寝るか問題が再発した。
ケガで布団を運べないんだよ。
運べるんだけど、「痕が残ったらいけない」と言われて。
毎日、佳月さんに床の間まで運ばせるのは心苦しい。
しかも、ケガの治療もやってもらっているんだ。
大丈夫なのに、右肩だから、あーんまでやってもらっている。
服を着せてもらったり、体を拭いてもらったり、
介護状態なんだよな。
その状態で強くも言いづらい。
結局、奥の部屋で、
佳月さん、あや、オレで川の字で寝ることになった。
あやは喜んだ。
「そんなに喜ばなくても。ねえ、佳月さん。」
「そ、そうですね。」
妖しげな笑みをしていたように見えたけど、気のせいか。
多分、佳月さんに迷惑をかけっぱなしなので、
心苦しさがそう見せたんだろう。
報酬は全部で50両くらいの金額だったようだ。
そのうち、3割が討伐報酬として、オレたちの取り分だ。
つまり、オレ個人には5両。
この3割を行った人数で分けるから、
余り多く行くと、1人分が少なくなるし、
少なく行くと、危険度が増す。
しかし、命懸けの報酬が少ないとがっくりくるだろうし、
ここのさじ加減が難しい。
1文=80円と計算したことがあったっけ。
1両=4,000文くらいらしいので、
4,000文×80円×5両=160万円。
全体では50両=1,600万円だから、
「おお~」とは思うけど、
命がけの報酬と考えれば、安いんじゃないかな?
生涯年俸2億円て言うけど、
手取りで月平均30万円として、
12ヵ月+ボーナス4ヵ月を38年働いて18,240万円。
退職金とか含めて、2億円て計算か。
全然、足りないじゃん。
保険もないし、死んだ時、家族に何も残せない。
この時代の命って安いからな~。
しかし、現代までの間に、
物価も何十倍にも上がっているはずと考えると、
2億円が10分の1で2千万円だから、
妥当・・・、なのかな~???
だいたい、貨幣基準がないから困るんだよ。
何ての、円とか、普遍的な、ものさしになる価値があるやつ。
貨幣もあるんだけど、ビタ銭という質の悪い銭は、
そこそこの大名の方針で価値が変わるようなんだ。
とにかく、米が中心だから、豊作や凶作で大きく動くんだよ。
同じ年でも地域毎や、同じ地域でも年年の出来で大きく違う。
それに、堺とか、町までの距離で運賃も価格に入るから、
1石=1,000文なんて当てにならない。
まあ、仮定しないと、いつまでも計算できないから、
1石は5俵らしいので、1石=5俵=1,000文と仮定。
でも、ここでも違いが出るんだよな。
ちなみに、1俵は現代の半分程と社会の先生が言ってたので、
1俵30kgとして、1石=150kgだろう。
家で買ってる米が10kg5,300円だったから、
5,300円×15袋÷1,000文≒80円と計算したけど、
10kg2,500円の米もあれば、
1万円とか、2万円の米もあるもんな。
1文が38円~300円の範囲になってしまう。
どこを基準にするかの違いで、どれも正解で間違いじゃないんだ。
地域差がこれだけ激しいと、平均が正しいわけでもないし、
ここら辺は、感覚をつかむしかなんだよな~。
だいたい、鍬とかでも、現代では工場で大量生産するけど、
この時代は手作業なんだよ。刀と同じ作り方なんだもの。
当然、何倍もの値段がするんだ。
仮に鍬が200文だったら、現代の価格は3,980円。
鍬基準にすれば、1文20円になっちゃうよ。
もう妥当かどうかなんか、わかりゃしない。
とにかく、死なないことだな。うん。
次の日、新たな試練が待っていた。
「えっと~、佳月さん、これは・・・」
「元気になる薬です。」
オレの手には、深緑というか、黄土色というか、
光の加減で色を変える、
不思議な液体が並々と注がれた茶碗がある。
茶碗も、お茶の茶碗だ。でかい。
(液体というより、泥のようだ。)
佳月さんがキラキラとした瞳で見つめてくる。
「えっと、これ、な、何が入っているの?」
「え~っと、これはですね。ヨモギ、桂皮、蜜柑の皮、
大根、大豆、鷹の爪、葱、ニラに、山椒、ゆり根、山菜、
あとは、お酒と味付けに塩を少々です。」
「死を象徴・・・
あっ、いや、いっぱい、入れたね~。」
「はい。静馬様が早く元気になるように。」
「飲まなくても元気なんだけどね。」
「お怪我が早く治ると思います。」
「ん、んん~ん。そうかもしれないけど、
あれから、お腹の調子が悪くてさ~。」
「大丈夫です。大豆ってお腹に良いらしいですよ。」
(ううっ。キレイな瞳で見つめてくる。)
「あっ、そうだ。これって、佳月さんは飲んでみたの?」
「静馬様のものを先にいただくことなどできませんわ。」
「じゃあ、後で飲んでみる?」
「いいえ。静馬様の分として作ったのです。
また、夕方の分に置いておきますね。」
ゆ、夕方もですか!?
「いや~、夕方もか~。それって、どれぐらい作ったの?」
「いくらでも作れます。
怪我が治るまで、朝晩、飲みませんと。」
な、なんてキレイな瞳で。
「そ、そういや、葛葉も同じ討伐に行ってたんだ。
葛葉も飲んでおいた方がいいだろう。」
「なっ!?」
「まあ。何てお優しい。
しかし、葛葉は静馬様に怪我を負わせたのです。
そのようなお気づかいは無用です。」
「しかし、強敵だったんだ。
葛葉も疲れているに違いない。」
「佳月様、私は疲れてなどおりません。
それどころか、静馬殿にこのような怪我を負わせて、
情けないと思っていたのです。
その私が、静馬殿と同じものをいただくなど、恐れ多い。」
「疲れは自分では分からない。分かった時には手遅れなんだ。
黙って飲んどけ。」
「まあ。本当にお優しい。
普通、従者の心配などしないのですよ。
葛葉、良かったですね。静馬様からの下賜です。
ありがたくいただきなさい。」
「か、佳月様!?」
佳月さんは、葛葉の抗議も聞かずに奥に消えていく。
「くっ、許さんぞ。きさま。」
道連れ完了。
すっごい目で葛葉がにらんでくるけど、無視だ。
「さあ、どうぞ。」
キレイな瞳だ。
気味の、いや、君の瞳に完敗。いや、乾杯。
ええ~い。南無三。
ゲブゥー
葱・ニラの生臭さの後から来る、苦みと辛み、
ねちょねちょなのに、ところどころ粉っぽくて、
なかなか喉を流れていかないのに、
妙なさわやかさが鼻に抜けるのがムカつく。
自分の息が臭い。
これ一杯で腹一杯だ。
ドン、ドン、ドン。
「お、おい、葛葉、早く出てくれ!」
「ここは一杯だ。他所へ行け!」
怒った葛葉の声が聞こえる。
しかし、その声は絞り出すような声でもある。
「頼むよ。限界なんだ。早く出てくれ。」
「うるさい!」
「あ、あああ~~~。」
肩の痛みなんて、最早、無く、
自分がサーファーになったと現実逃避しながら、
何度めかの波を必死に乗り越えようとしていた。
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