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020.事件

吾作は農家だ。

村から離れた田んぼに働きに行く。

日が暮れた。

本当はもう少し早く帰るつもりだったが、

水路の修理が意外に時間が掛かってしまった。

暖かくなれば、すぐに田植えが始まる。

水路の修理は大事なことだ。


「やれやれ。」


今日も一日が終わったと帰路に就く。


「えっ?」


急に目の前が暗くなった。

いや、何か、黒い塊だ。

声を上げる間もなく、吾作は倒れた。



「おっとうが帰ってこない。」


「何をしてるんだかねぇ。

 ご飯が覚めちまうね。

 喜作、見ておいで。」


喜作が立ち上がり、家から出ていく。

喜作も田んぼを手伝っている。

だから、道は知っている。

ご飯の用意を手伝うために、一足早く帰るのだ。

喜作は元気に走っていく。

坂を越えた。

田んぼは、左手の林を回った先だ。

右手側に一面の田んぼが広がっている。

村はこの辺りでも有数の村だ。

反対側は、林が村からずっと続いていて、

この辺りで一度、大きく張り出している。

辺りは薄暗くなってきた。

林を回った。


ピチャ、ピチャ、


何かの音がする。


「おっとう?」


返事がない。

音の方に近づくと、黒い岩のようなものがあった。


(こんなのあったかな?)


黒い岩の下に、人影があった。


「あっ、おっとう!」


走り寄ろうとして、目が合った。

だが、喜作の父親と思われるものではなく、

別のものとであった。

喜作は背筋に悪寒を感じた。


「うわぁー!」


恐怖で一目散に逃げようとするが、足は地面を蹴っていなかった。

喜作は自分の体から、突き出している何かを不思議そうに見ていた。


*---*---*---*---*---


村は大騒ぎになった。

さわが「夫と息子が戻ってこない」と訴えたのだ。

村長の号令で、男衆が松明と鍬や斧を持って出かけていく。

しかし、二人を発見することはできなかった。


「おおーい、みんな、こっちに来てくれ!」


松明が近寄ってくる。

20本も集まると、かなり明るくなる。

そのおかげで、ハッキリと道が見えた。

吾作の田んぼに向かう道が真っ赤になっている。


「こりゃあ、どういうことだ?」


「真っ赤じゃねえか!」


「おい、こりゃあ、血じゃねえのか?」


「血?吾作のか?」


「わかんねえが、そうじゃねえのか?」


「どういうこった?」


「何かに襲われたんじゃねえのか?」


「襲われたって、何にだよ?」


みんなが押し黙る。

一人が口を開いた。


「熊だ。」


「熊だって?引きずった跡がねえが。」


「だがよう、狼じゃ、人を丸ごとを運べねえ。

 ここで食ったなら、何がしか、残ってるはずだが、

 何にも見当たらねえ。」


「もう暗い。いったん戻っちゃ、どうだ?

 村長に山狩りするか聞いてみないと。」


「喜作はどうする?」


「かわいそうだが、熊に出会ったなら、やられてるだろう。

 探そうにも、こう暗くちゃ、オレたちだって危ねえ。

 村に戻って、明るくなってからの方がいい。」


村へ帰ろうとした時だ。


ドサッ


後ろで音がした。

振り返ると、一番後ろにいた与蔵の上半身がない。

その後ろに黒い塊がいた。


(でかい。)


それが何か分からなかったが、男たちは必死で逃げた。

村に入ると、さわがすがりつくように服をつかんできたが、

慌ただしく振りほどくと、村長の家に向かった。

捜しに出たうちの3人は戻ってこなかった。

村長が家の前の広場に出てきた。

男たちは肩で息をしている。


「どうした?何があったんだ?」


「あれは熊じゃねえ。」


「熊だと!?」


「違う!熊じゃねえんだ!

 何か別のものだ!

 吾作も、喜作も、やられた!

 吾作の田んぼの前が、辺り一面、血だらけになってやがる!」


「ヒィィィー!」


金切り声を上げて、さわが気を失った。

女たちが運んでいく。


「それで、いや、待て。足助の姿が見えないが。

 与蔵と源太はどうした?」


「与蔵はやられた。後の2人は分からんが、多分、やられた。」


「おたきさん、おたきさん、しっかりしておくれ。」


与蔵の妻は腹に子があった。

まだ、夫婦になって2年だ。

やっと子宝を授かったと喜んでいた矢先だ。

おたきは力なく、その場にへたり込む。

村長は、介抱されているのを確認すると、話を続ける。


「何にやられたんだ?」


「分からねえ。」


「狼じゃねえんだな?」


「狼でもねえ。ありゃ、魔物だ。」


「魔物だと。確かか?」


「分からねえ。分からねえが、熊よりでかかった。」


「分かった。明日、殿様に申し上げてみる。」


村長は考えていた。


(昔、じいさまに魔物の退治を生業とする里があるってえ、

 聞いたことがあった。その里に頼むべきなんじゃねえのか。)


*---*---*---*---*---


「それでは、村の者が何人も殺され、

 見た者の話では、狼でも、熊でもないと申すのじゃな?」


「さようでございます。」


家老の久喜何某は、村人の陳情を聞いた。


(一刻も早く討伐すべきだ。)


決めた。

殿に具申してみよう。


「構わぬ。」


二つ返事で許しが出た。

それで、10人の兵を出した。

熊が人里に降りてくることは多くはないが、

それでも、10年に一度、降りてくることがある。

その度に、武装した兵2~3人で討ち取っているのだ。

熊より大きいとはいえ、倍のところを、念のため3倍も出した。

10人もいれば大丈夫だろう。


(頭が痛い。)


日鈴家はこの伊勢で1,000石を長野家から安堵されている。

どの武家でも、米が主な収入源になるのは変わらない。

それと、伊賀・大和へ抜ける宿場町がある。

主要な通りではないため、収入はわずかなものだ。

しかし、この何も特産がない領地では大事な収入源だ。


この騒動は、間違いなく大事になる。

米を作る農民に被害が出ている。

これ以上、被害が大きくなれば、米の獲れ高に影響があるだろう。

あの村は石高にして200石。

それが見込めぬというのは痛い。

また、村は宿場町の先にある。

街道が危ないという噂が広がれば、宿場町の灯が消えてしまう。


それを知っているからこそ、殿も二つ返事で兵を出した。

しかし、敗走した。

10人のうち、7人が殺されるという大敗北だ。

やはり、魔物であったらしい。

生き残った者の話では、

急に目の前に黒い塊が現れたと思ったら、

4人が倒され、さらに3人が倒された。

聞く限り、あっという間の出来事だったようだ。


「久喜、どうしたものか?」


「そうですな。」


意見を聞かれたものの、案などはない。

先の7人を除けば、動かせる兵は25人しかいない。

10人いても、あっという間に7人も倒されたのだ。

殿と自分を加えて、27人になったとしても、

退治できるのだろうか。


「久喜様。」


「何事か。」


「原田殿が亡くなりました。」


ため息しか出ない。

原田は率いていった者だ。

肩から胸にかけて斬られ、担がれて帰ってきた。

子供はまだ小さかったはず。

死んだ7人うち、4人が原田の一族や郎党だった。

残ったのは、原田を担いで戻った中間だけだ。

しばらく戦には出てこれまい。

原田がいれば良かったが、遊ばせる土地などない。

家を潰すしかないだろう。


「手厚くしてやれ。」


上座から声が掛かる。

これで死者は8人。

退治しなければならないが、

それまでに何人の死者が出るのか。

原田のことは他人事ではない。

これ以上、兵が減れば、

日鈴家とて、領地を減らされるか、没収されるかもしれない。

兵を損じることなく遠目から矢で仕留めたいが、

林の中では効果がないだろう。


「久喜、長野の殿を頼るしかないと思うが。」


「はい。某もそれしかないと思います。」


長野家の兵に被害が出た時、

どれほどの金銭を課されるか分からないこともあるが、

「もう一度、当たってみよ」と言われないだろうか。

そうなれば、願い出ても同じことだ。

それでも、他に手はない。

すがる思いで使いを出した。


件の村長がまたやってきたようだ。

また、何事か起こったのか。

急いで桟敷に向かう。

しかし、悪い知らせではなかった。

村長は魔物退治の里に村人を送ったと言う。


「勝手に出しましたので、お叱りを受けるかと思い・・・」


「構わぬ。よくやっってくれた。」


村長はホッとした顔をした。

しかし、また顔が曇る。


「どうした?まだ、何かあるのか?」


「もう一つ、お願いがございまして。」


「言うてみい。」


「何分、村では蓄えがなく、

 代金が支払えぬのではないかと心配しておりまして。」


魔物を退治するのであれば、相応の金が必要であろう。

いくら長けている里とはいえ、人手はいるはずだ。

人が動けば、それなりの金が要る。

いや、長けているからこそ、金が要るだろう。


「そのようなことか。構わぬ。

 殿に申し上げて、褒美は存分に与える故、

 その方は気にせずとも良い。」


「ありがとうございます。」


(当家の瀬戸際なのだ。金など惜しんでどうする。)


村長の顔はもう曇らなかった。

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