019.訪問者
次の日の朝方近くになって、あやの熱が下がった。
だけど、オレの気持ちは暗く沈んだままだ。
昨日は、風がすごかった。
あやがまだ寝ていることを確認して、
小屋の周辺、特に畑に被害がないか見て回る。
その間も考えに沈んだままだ。
オレは未来人。
妙なことに巻き込まれてもいけないからと、
逃げるように、人と接触しないように山の中に来た。
そう。
面倒になりそうなことから、逃げていたんだ。
その分、ここを快適にしようとがんばっていたけど、
それなのに自給自足しているわけじゃない。
結局、市場に買いに出かけたりして、
わずかに人とのつながりを残している。
偉そうに言っていても、自分一人じゃ、何もできない。
野菜を増やせたのも師匠のおかげだし、
塩の作り方も師匠に教えてもらった。
水田を作っている最中だけど、
それだって、玄米を市場で買って来てなければ、
水田を作ろうなんて思わなかっただろう。
そして、切実に人がいない。
師匠がいなくなった今、市場に買い出しに行けなくなった。
大垣までは半日の距離だ。
あやなら一緒に歩いて行けるけど、
後をつけられたんだ。
襲われる可能性があったと思っていいだろう。
あやを連れてはいけない。
昨日で思い知った。
何かがあれば、ここでの生活は吹き飛んでしまう。
何でもできると思い込んでいた。
本当にガキだったとしか思えない。
何も考えず、少しできただけで有頂天になっていた。
周りが見えていないガキ。それだけだった。
恥ずかしいという感覚なのか、
じわりと全身が熱くなるような感じがする。
ーウウ~~―
クロが警戒したような、低い唸り声を出す。
何かいるのか?
周りを見るが、何かが出てくるような気配はない。
それどころか、オレを見ているようだ。
フーッ
また、怖い顔をしていたのかもしれない。
息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
「クロ、あやを起こして、そろそろ朝食にしようか。」
クロが小屋の中に走っていく。
あやがよく眠れているようなので、
起こさずに寝たままにさせておいた。
日も高くなろうとしているし、
遅めの朝食を食べることにしよう。
部屋に戻ると、あやが起きていた。
オレに抱き着いてくる。
まだダルそうだけど、とりあえず大丈夫そうだ。
昨日の雑炊を出したら、「たべさせて」と甘えてくる。
少し笑って「今日だけだぞ」と口に運んでやる。
食欲も戻ったようだ。
お碗一杯をゆっくりだけど食べた。
念のため、皮をクッションのように背中に当ててやり、
少し座った後、寝るように言う。
オレも雑炊の残りを食べる。
糊だ。
健康なオレには、この角が取れてペースト状となった雑炊が、
おいしいものじゃない。
(後で気づいたけど、ご飯を洗ってもいないし、
形がなくなるほど煮込んだから、完全におじやだった。)
元々、ぐだぐだになった食感のものは嫌いなんだ。
食べられないってほどじゃないけど、おいしくない。
じゃあ、食べなかったらいいじゃんと思うかもしれないけど、
あやのこととなると、ちょっと、加減が難しくなるのか、
作り過ぎて、あや一人じゃ、食べきれなさそうだった。
そういや、いろいろ追加した気もする。
ともかく、顔色もいいし、
食欲もあるんなら、一先ず大丈夫。
ホッと胸をなでおろす。
安心した時だ。
ドン、ドン、
「どなたか、おられるだろうか?」
ーおい、クロ!おまえ、警戒はどうした?―
あやと遊んでいたクロに声を掛ける。
あやはすっかり元気そうだ。
そうじゃなくて。
―まあまあ。もう来てるんですから。―
―おい。―
全く、こいつときたら。
だけど、もう来てしまっているのも事実。
「あや、ふとんの中に隠れていろ。
何があっても声を出しちゃいけないよ。」
あやが脅えているのがすぐに分かった。
精一杯の笑顔を見せて、
戸に近づき、外に向かって声を掛ける。
「どなたですか?」
「私は葛葉という者だ。
急な訪いで申し訳ないが、ここを開けてほしい。」
女の人の声だ。
物言いといい、盗賊のような粗野な感じはしない。
どうして?
こんなところに?
何のようが?
女の人が?
ぐるぐると頭の中を疑問符が回っている。
一瞬、役人、税金かという考えが過ったけど、
男尊女卑も甚だしい時代だ。
役人が女の人なんてありえない。
とりあえず、聞いてみるしかないか。
「少し待ってください。」
―クロ、外の様子を探ってきてくれ。早く。―
応対しながら、クロに指示を出す。
外の様子を確認しておかないと、安心できない。
クロが壁を抜けて走っていくのを尻目に、
ゆっくりと戸を開けた。
戸の前には立たない。
体は壁に隠している。
これには理由がある。
土間の上も、全面、床に変えたので、一段高くなっている。
戸口が180cmの高さがあっても、
床の高さ50cmくらいはなくなるので、
外から見ると、オレの上45cmは見えなくなる。
胸から下しか見えない状態だ。
それで、座るしかないんだけど、
入口の間口のほぼ全部が、風呂とかまどの列になるので、
壁側にしか座る場所がないんだ。
お客さんなんて想定してないし。
玄関を作ろうかと考えていたのも、こういう理由だ。
そして、師匠の教えでもある。
コア・ブロック・システムを作った時に、
入口の戸と部屋の板戸で2重に閉めれるようにして、
入口の戸をコア・ブロック・システム押さえていて、
板を追加して厚くなっているので、
蹴破れないほどの頑丈さになっている。
それでも、師匠は「壁の方にいろ」と言った。
「壁と戸で体を守れる」と師匠が言うくらいだ。
板戸くらいなら、刀で突き破るヤツがいるんだろう。
戸を開けると、女の人の他に、男の人も立っていた。
女の人はオレより少し年上のようだ。20~25歳くらいか。
男の人はもっと上だ。30歳代後半に思える。
女の人は珍しく背が高く、
二人とも170cmはないくらいに思える。
女の人はスラっとした均整のとれた体つきで、
男の人はかなりガッチリとした体つきだ。
「お初にお目にかかる。
先ほども名乗ったが、私は葛葉といい、こちらの雷蔵と共に、
貴殿を我らが里に迎えるために参った者。
どうか、我々と同道してほしい。」
「えっ!?むか、迎え!?どうして!?」
迎えが来るとは思わなかったので、
どういうことなのか、戸惑う。
「驚くのも分かるが、我が主が貴殿に会いたがっている。
どれほど待てば、用意ができる?」
何でオレなんだ?
落ち着いて考えてみれば、
オレを迎えに来たのは、オレを何かに使いたいからだろう。
二人にピリピリとした雰囲気はない。
今すぐにどうこうということはないだろう。多分。
それならばそれで、何でオレなんだという疑問が残る。
日吉と松下屋敷の人以外に知り合いがいない。
オレに会いたがる理由が分からないし、
オレの何に興味があるのかが分からない。
どこかで見られていたのか?
逃げた方がいいのだろうか?
「断るなんてことは・・・」
「済まないが、我々も主命なのでな。
我々は力づくで連れていくこともできるのだ。
しかし、こうやって頼んでいる。
是非、早めに返答をしてほしい。」
力づくという言葉に、オレが身構えたのが分かったのか、
クロがオレの前に立ちふさがった。
―森の中に、あと3人いる!―
まだいるのか!
まさか、オレを逃がさないようにか!
どうしようかと考える前に、2人が後ろに飛び退った。
(はっ!?)
(見えている・・・)
血の気が引いた。
こいつら、クロが見えているから、距離を取った。
それが示すのは、こいつらも能力者だってことだ。
何らかの能力を持っている。
もしかしたら、森の中の3人もか。
「待て、待ってくれ。」
初めて男の方が口を開いた。
「言葉が過ぎた。
我々も主命を拝して来ている。
その心が強く出ただけで、貴殿を害する気はないのだ。
長が会いたいと願っている。
どうか、我々と来てほしい。」
篤実そうな顔だ。
だけど、こんな顔をして、平気で嘘をつくヤツもいる。
どうしたらいいのか。
しかし、考える余地なんてない。
この間まで普通の高校生だったオレに、
能力者5人を相手に戦えるような力はない。
欠かさず剣の修行をしているから、
多少は剣の腕も上がったと思うけど、
自分が強いだなんて思っていない。
師匠が「そう思った時が死ぬ時だ」と言っていた。
まさにそうだとしか思えない。
上には上がいる。
一度も師匠に当てれなかったオレが、
どうやったら自惚れられるんだ。
それに、戦うとなったら、刀で戦うことになる。
オレは人を斬ったことがない。
多分、斬れないだろう。
生き死にの最中に悩むのは、自殺行為でしかない。
オレの迷いは、あやの死でもある。
じゃあ、逃げられるのか?
能力者5人から。あやを連れて。
難しい。
この人たちが優しく言っている間だ。
こじれる前に行くことを決めた方がいいだろう。
もし、逃げなければならなくなったら、
それこそ、オレが蒔いた種だ。
命を懸ければ、あや一人を逃がすことはできるだろう。
それが師匠の言う「命を懸けるとき」だろう。
「分かった。
しかし、奥に妹がいるんだ。
妹は病気が治ったばかりだ。
明日まで待ってもらえないだろうか?」
「ああ、一日くらい、たやすいことだ。
我々は、離れず、川の向こうで待つ。」
「分かった。」
2人が踵を返して、森の方に歩いていく。
その向こうに、淡く光っている犬が見えた。
サルー?サルーキ?
何かそんな感じの名前で、細い、背の高い犬だ。
しかし、毛はふさふさだ。
アフガンハウンドなのか?
でも、あれより細い気がする。
もっとデカければ、ボルゾイだ。
そんなに犬種に詳しくないのでよく分からない。
青白い。
見てると、不思議な気分になるような気がする。
確定だ。
相手は能力者で間違いない。
あの犬がどんな能力を持っているかは知らないけど、
クロより能力があるだろう。
だって、クロは子犬だけど、あっちは成犬だし。
「あっ、おい、クロ!」
クロが犬の方に走って行った。
しっぽが竹とんぼのように旋回している。
飛ぶ気なのかと思うくらいだ。
2匹がジャレ始めた。
あっちの犬もしっぽを大きく振っている。
あの様子じゃ、大丈夫か。
戸を閉めて、ふとんの部屋に行く。
あやがふとんを被って、亀のようになっていた。
ふとんの隙間から、様子を探ろうとする。
でも、怖いからか、
2cmもふとんを持ち上げると、すぐに下す。
ブフッ
危ない。吹き出しそうになった。
口を手で押さえる。
あっ。思いついた。
よ~~~し。
「ガォー!」
ふとんに覆いかぶさる。
「きゃあ!」
あやがもがいた。
「アタタタ。」
一生懸命、蹴ってくるので、
ふとん越しでも、なかなかの破壊力がある。
ふとんから顔を出して、相手がオレだと分かると、
笑顔になって抱き着いてきた。
「ふう。あや、お出掛けすることになった。」
「どこに?」
「今さっき来た人たちの里らしい。
ちょっと歩くけど、がんばれる?」
あやがうなづいた。
何かを感じているのか、オレに強く抱き着いてくる。
オレも抱き返した。
しばらく抱き合ったままになる。
二人とも何も言わず、抱きしめる力だけが強くなる。
まるで、お互いだけが頼りだというように。
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