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018.熱

あやが熱を出した。


「おにいちゃん。」


「ここにいるよ。」


朦朧としているのか、寝言なのか、

あやがオレを呼ぶ。

ふとんの上から、あやのお腹をポンポンと軽くたたいた。

あやが少し微笑んだように見えた。


ゼー、ゼー、


苦しそうな様子を見ると、涙が出そうになる。

額の布を触ってみる。

温くなっている。

影収納から新しい濡れた布を取り出し、交換する。

氷なんてない。

水を絞っただけだ。

そのため、影収納にいくつも用意して、

小まめに取り換えるようにしていた。


病気の子供には、酷なほど、重いふとんだ。

わらでも、積み重なれば、それなりの重さになる。

細かく切って、空気の層を作ろうと思ったけど、

細かく切ると、先が体に刺さって、寝心地が悪かった。


ビュゥゥゥー


風の音が強い。

木が葉を叩く音がしている。

まだ春は先だ。

このふとんの部屋は、隙間という隙間を塞いだので、

隙間風は気にならない程度に減ったけど、

その分、コア・ブロック・システムの板戸を閉めると

日中でも光が薄っすらとしか入ってこない。

あやの影が分かる程度の明るさでしかない。

鹿と猪の皮で三角テントを作っていた。

天蓋をイメージしたけど、結局、三角テントの方が簡単だった。

これがあるだけで、かなり温かい。

二人で引っ付いて寝てると、熱いくらいだ。

それなのに、あやは風邪を引いた。


(オレがもっと気をつけてやっていれば。)


甘く見ていた。

「早く服を着ろ」とか、「ちゃんと拭け」と言っていたけど、

どこか甘く考えていたんじゃないか。

オレの感覚は、現代の、恵まれた時代の感覚でしかない。

改築していっているとはいえ、

現代の家と比べれば、圧倒的に劣る。

生活環境どころか、衛生環境だって、栄養状態だって、

何もかも劣っている。


「オレがいれば」なんて、

「オレがどうにかできる」なんて、

なぜ、思いあがっていたんだろう。

あやが風邪になることも防げなければ、

風邪になった後もどうにもできない。

18歳にもなる男が、

6歳の女の子に「がんばれ」としか言えないなんて。

情けない。

ふとんにぽたぽたと染みができた。


(よく眠っている。)


首筋に手を当てた。

熱い。

すぐに熱を感じるということは、

38℃くらいはあるかもしれない。

汗もかいているようだ。

起きた時に着替えさせないといけないだろう。

ふとんの中も蒸れたようになっていたので、

一度、風を入れてやる。

クロの姿が見えた。

ふとんの中で、ぬいぐるみのように小脇に抱えている。

あやの呼吸を確認して、ふとんを肩に掛けてやる。

よく眠っているのを確認して、かまどに向かう。


声が聞こえるように、板戸は開けたままにしておいた。

板戸を開けると、多少は明るくなるけど、薄暗いままだ。

昨日、あやが食べなかったご飯で、雑炊を作った。

なめろうのように鹿肉を叩いて小さくし、野菜も細切れにして、

ご飯と一緒に焼いた鮎から採ったスープで煮込んでいく。

飲みやすいように、形がない方がいいだろう。

ゆっくり煮込んでいく。


(もし、あやを失ったら。)


手を止めると、嫌な考えばかりが浮かんでくる。

昔、風邪は万病のもとと言っていた。

冗談とか、警告とかじゃなく、

この時代では文字通りの意味じゃないのか。

それに、もっと重い病気だったら。


これ以上、誰かを失うなんて考えられない。

師匠の時は、本当に身を引き裂かれるような想いがした。

しかし、ずっと続かないことは分かっていた。

師匠には、最初から、いつかがあることが分かっていた。

あやにはそれがない。

こんな小さな子なんだ。

オレよりずっと小さな子なんだ。


助けなければ良かったのか。

助けなければ、こんな気持ちになることはなかったのか。

見ず知らずの他人、存在していることさえ知らなかったら、

こんな風に思うこともなかった。

いや、助けたことに後悔はない。

問題は、一緒に過ごして、妹のように感じてしまっていることだ。

今さら、あやがいなくなるなんて考えられない。

血が止まったかと思うほど、体が冷たくなってくる。

体が震えてきそうなほどだ。

足元の地面がガラガラと崩れたかのように、

足が地についている感触がない。

それどころか、立っていられないほど、体に力が入らない。


「何で、薬がないんだよ!」


涙が出そうになって、慌てて天井をにらむ。

涙でにじんで、柱がよく見えない。

上を見上げたのに涙が溢れてきた。


薬がない。

病院がない。

医学そのものが進んでいない。

ほぼ民間療法。おばあちゃんの知恵袋状態だ。

中には効果のあるものもあるかもしれない。

でも、ほとんどは経験則だ。

科学的根拠があるわけじゃない。

たまたま、体が病気に打ち勝っただけなのに、

これを飲んだからと勘違いしていることも多々あるだろう。

中には飲んじゃいけないものもある。

ホンの100年前まで、水銀は薬だった。

始皇帝が不老不死の霊薬として水銀を飲んでいたのは有名だけど、

リンカーンだって薬と信じて飲んでいた。

今だって、サイの角には効果があると信じられている。

漢方薬の世界では高級品だ。癌だって治る万能薬らしい。

人間でいうと、爪のようなものらしいのに、

サイの角だからって、特別な効果があるわけがない。

爪を煎じて飲んでいるのに、

全然、賢くなってないじゃないか!


「おにいちゃん。」


あやが呼んでいる。

オレが大声を出したので、目が覚めたのか。


「大丈夫か?」


「おしっこ。」


入口まで抱きかかえる。

熱い。体が燃えているようだ。

それに、服が湿っている。

胸にこみ上げてきそうになったけど、踏みとどまった。

入口で、抱きかかえながら、用を足させる。

入口の扉を閉めて、

下帯を着させようと立たせたら、

あやが抱き着いてくる。

その状態で下帯を着させた。


「あや、服を着替えようか。」


ふとんの部屋で服を着替えさせる。

頭がボーっとしているのか、反応が薄い。

ずっとオレに抱き着いている。


(心細いんだろうか。)


そう思うと、また、こみ上げてきそうになった。


「のどが渇いたろ?」


あやがコクンとうなづく。

コップに水を入れて飲ます。


「ご飯も少し食べような。」


「いらない。」


「ちょっとは食べとかないと。

 ねっ、お兄ちゃんの言うことを聞いて。」


あやがまたコクンとうなづいた。

何だろう。涙腺がバカになったようだ。

油断すると、うるっと来そうになる。

あやを寝かせて、雑炊を取りに行く。

今の間に、水気が少なくなっているようだ。

水を足して、少し伸ばしてやる。

温度も低くなったし、食べやすいだろう。

お椀に入れて、残りは影収納に入れた。


戻ると、あやは起きていてくれた。

抱きかかえるようにして座らせ、雑炊をあやの口に運ぶ。


ゴホッ、ゴホッ、


途中、咳き込んだ。

口の周りを拭いて、首に乾いた布を巻いてやる。

無理に卵1個分くらいの量を食べさせた。

水を多めに摂らせる。


「さ、また寝な。」


「いっしょにいて。」


あやがオレの服をつかんでくる。


「もちろん。一緒にいるよ。」


涙が出そうになるのを堪えて、笑顔を作る。

ふとんに横になり、あやを懐に引き寄せるようにした。

それで安心したのか、

あやはすぐに眠ったようだ。


今回は、あやだった。

これがオレだったら、どうなっていたんだ?

これでオレが死んでしまったら、どうなるんだ?

それも、いつ、どうなるかなんて、分かりはしない。

オレが病気じゃなくても、怪我で動けなくなるかもしれない。

谷や崖から落ちてしまうかもしれない。

実際に、陥没した穴に落ちそうになったことがある。


あや一人でどうにかできるのか?

水はここから離れたところの湧き水を汲んできている。

あやには影収納がない。

女の子が舗装もされていない山道を、水の入った桶を持って?

できるわけがない。

川に水があるが、衛生的じゃない。

煮沸しようにも、その燃料を取ってこなければならない。

鹿や猪だって、クロがいればこそだ。

相手だって、いや、相手の方が野生のプロなんだ。

そうそう、狩猟できるものじゃない。

クロがいなければ、こんなにオレだって狩れたりしない。

あやにはクロがいない。

狩りが難しいことを示している。

大垣に2回目の買い出しに行ったけど、

鹿や猪を売った金で米を買っている。

その残りの米は心許なくなっている。

あったとしても、いつかはなくなる。

あやが食べられるのは、畑に植えてある少しの野菜だけだ。

近所のスーパーに買いに行けるわけじゃない。

買う金さえあるわけじゃない。

そもそも、ボタン1つでチンできるわけじゃない。

捻れば水が出てくるわけでも、火が燃えるわけじゃない。

狼や熊だっている山の中で、

全て自分がどうにかしないといけないんだ。


大垣の帰りにもつけられたことがあった。

クロのおかげでまけたけど、大垣くらい規模の市なら目立つ。

あやが襲われる可能性は高い。

近くの交番てどこだ?

駆け込める安全地帯ってどこだ?

そもそも、近所ってどこだ?

救急車が来てくれるわけでも、

パトカーが来てくれるわけじゃない。

どこに行ったら行政サービスが受けられるんだ?


可能性がなさそうなので、気づかなかったけど、

オレが元の時代に帰る可能性だってある。

10年後か、1年後か、次の瞬間だってある。

あやが悲しまないか。

それが一番、恐ろしい。

捨てられたと思わないか。

小屋の入口で、一人で泣いているあやを想像すると、

心が張り裂けそうになる。


「水道水はおいしくないから、水を買ってます。」

「美容に良いので、炭酸水を飲んでます。」


ふざっけんな!

死にゃしないだろうが!


怒りを全てのものに向けてしまう。

誰が何をしてたって、当人の勝手と思ってたのに、

その陰で大変な思いをしている子供がいることを

今の今まで考えもしなかった。

元の時代だって、

世界のどこかの子供は水を汲みに行っているし、

その日の食べるものに困っている。

その子供には、まだ、家族がいるかもしれない。

あやは一人だ。

頼る者がいない。

そうだ!何で、あやが一人になったんだ!

そこからおかしいだろうが!


誰が悪いんだ。

誰がこんな社会にしたんだ。

医学が、いや、学問が発展していれば、

あやが苦しむことはなかった。

大名が戦ばっかりしているからじゃないのか。

平和な世の中だったら、こんなことはないんじゃないのか。

為政者が民のことを考えていれば、

こんなことはないんじゃないか。

自分の権益だけを守る政治家ばっかりだから、

困っている国民がいるんじゃないのか。


闇が急に力を持ったような気がした。

どんどん、闇が黒くなっていき、

いきなり濃密になったような感じを受ける。

闇は力を持っている。

空気が熱気を持ったような息苦しさを感じる。

何かが纏わりついてくるような重さを感じる。

この部屋に満ちているのは、怒りなのかもしれない。

この時代に対する怒り。

何もできないことに対する怒り。

なぜ、あやがという怒り。

クロが脅えているように見える。

オレの顔がクロにはどう見えているんだろう。

体が闇と一つになっていくような錯覚を感じながら、

暗い目でずっとあやの寝顔を見続けていた。

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