012.おじいさん
シー!静かに!
あやが寝ている。
お昼寝中だ。5歳だもん。
正確に言うと、寝なくても大丈夫そうだったけど、
幼稚園ではお昼寝タイムがあった。
まだ昼と言っていい時間だけど、疲れていないわけはない。
戻ってきて、木陰でお昼寝させた。
あんなことがあったんだし、せめて、体は万全にしないと。
健全な心は、健康な体から。
「んぅぅ。」
あやがうなされている。
軽くうめき声を上げるが、決して大きな声にはならない。
お父さんの言いつけを守る賢い子だ。
胸にグッと来て、慌てて上を向いた。
葉っぱの向こうに見える光が、
プールの中から見たようにキラキラと光っている。
改めて、昨日のオレの何とも言えないモヤモヤを考えてみる。
悲しみとか、怒りとか、寂しさとか、いろんなものが混ざり合って、
じっとできないような、叫び出しそうな気分だった。
「同じ日本人なのに」ということが、頭をぐるぐる回っていた。
日本人が日本人の村を襲う。
外国人であっても許されることじゃないが、衝撃だった。
戦争とは無縁だった。
ルールもあった。
この時代が、いや、そうじゃない。
国境は、本当に国の境なんだ。
戦争状態の他国には略奪も許されるんだろう。
この怒りはこの時代に向かっている。
あの人たちはこの時代の常識の中で動いている。
だからこそ、その中に巻き込まれたあやを放っとけなかった。
険しい顔になっていたのが、自分でも分かる。
オレの中で何かが、どうにもできない何かが渦巻いている。
無力感なのかもしれない。
息を吐いて、力を抜いた。
視線を戻すと、クロが心配そうに、あやとオレを交互に見ていた。
「大丈夫。」
クロの頭を撫でてやる。
泣いている暇はない。
改めて、自分に言い聞かせる。
あやをどうするか悩んでいたが、
どうだろうと同じ一日が過ぎるなら、悩んでたって仕方がない。
この子のために、やれるだけのことをやるだけだ。
そのためには生活環境を整えないといけない。
クロが「こっちの方が良い」というので、
前の場所から200mほど離れたところに来たが、
村から近すぎず遠すぎず、森の中にぽっかり開けた場所だ。
道ではなく、途中から川に沿って歩いてきたので、
川伝いに来ない限り、誰かが通りがかることはないだろう。
周りは木々が生い茂り、見通しが良くないということは、
相手からも隠れているということだ。
湧き水がある場所も少し近くなったし、多分、環境は悪くない。
最低限必要なものを、衣・食・住で考えると、
食については、かなりの量を村から持って帰った。
アイテムボックス改め、影収納(言いにくいから)の中に入れている。
保存が利くかどうかが分からないので、
半分はギリギリまで収穫せず、畑に植わったままにしている。
それでも、あやと二人なら、持って帰った分で1年間はありそうだ。
村人20人くらいが1年過ごす量なんだから、当たり前か。
猪を獲りもするし、食は十分だ。
できれば、糖質制限ダイエットになる前に、穀物が欲しいけど。
次に、衣だ。
これも村から持ってきた。
燃えていない家に子供がいなかったのか、大人の服しかなかった。
無いものを作ることはできないけど、
有るものは、仕立て直せば何とかなるだろう。
仕立て直せれば。
まあ、ダメなら、ひもで結んでおけば、
そのうち、大きくなるだろう。
大丈夫、大丈夫。そういうことだ。
最後の住。これが問題だ。
オレの影収納は、家を丸ごと運ぶなんてことができない。
収納できるのは、アイテム単位だ。
家を運ぶためには、解体しないといけない。
解体・・・、解体ねぇ・・・。
オレ一人で・・・。
これはかなり時間が掛かると思った方が良さそうだ。
建築の知識も何もないから、多分、厳しい。
壊すんなら、いくらでも壊すけど、
移築するなら、丁寧にバラさないといけない。
現代と違って、再利用可能なプレハブ的な建物はないから、
バラせるか気が重い。
重機があったら楽なんだろうけど、
そもそも重機なんて動かせないし、
夢みたいなことは言っても仕方がない。
「汗をかいてるな。」
布で額を拭いてやる。
少し布団を持ち上げて、中の空気を入れ替えた。
あやは、何かに耐えるように、体に力を入れる。
体が強張っているというのだろうか。
そのせいか、起きた時にひどくダルそうだ。
ちゃんと寝れていないのが一目で分かる。
ダメだ。
泣きそうだ。
泣かないと決めたはずだろ!
踏み止まって、ぼやけた目で、
布団を肩まで掛けてやる。
「風邪を引かないようにな。」
ん?風邪?
そういえば、薄手の服では限界だと思ってたよな・・・
あれ?もしかして、もうすぐ冬じゃない?
松下屋敷のみんなが薄着だったので気にならなかったし、
全自動な現代と違って、
何かと動かないといけないので、動けば熱かった。
冬でも半袖の元気な小学生がいるけど、あんな感じだったかも。
とにかく動き回っているので、寒さを感じる暇がなかった。
そういや、寒いと感じたのは、一人になってからだったな。
松下屋敷では、確か、霜月と言っていたような気がする。
もっと古文を勉強しておくんだったと後悔したけど、
感覚的に、11月下旬か、もう12月じゃないの?
まだ、日中は暖かいけど、朝晩は少し寒いと感じるようになってきた。
村から持ってきた布団にあやを寝かせているが、
雨も降るし、雪も降る。
外で布団だけなのはダメだろう。
家がないと死んじゃうな。
時間がない。
村に燃えていない家がある。
そこに住むのが手っ取り早い。
だけど、住むのは怖い。
あそこに住もうとする人が来たら、仲良くできるか分からない。
多分、来る人は盗賊や軍隊とか、そっち系の人たちだ。
また略奪が起こるかもしれないという危険がある。
あやを連れて行けるわけがない。
村の様子を確かめつつ、あやを連れて逃げられる距離。
やっぱり、ここだ。
枕元に出てきても怖いし。
「とりあえずのものを作るか。」
村の近くに、竹林があったのを思い出した。
竹ならいくらでもあるし、加工も簡単だ。
簡易的なものなら、すぐに造れるだろう。
どんなものでも、雨風をしのげればいいんだし、
家を移すまでの間の辛抱だ。
「ヨシ!」
目標が決まると、人間、前向きになる。
要はやる気だ。
目先の目標でも、実現可能であれば俄然、やる気が出るもんだ。
「ううん・・・」
気分を切り替えようとする気持ちが強過ぎたせいか、
大きな声を出してしまった。
そのせいで、あやが起こしてしまったようだ。
キョロキョロと辺りを見回したが、
何も言わず、オレの胸に顔を埋めた。
オレも何も言わず、抱きしめた。
それでいいのかもしれない。
あやの体から力が抜けていくのが分かった。
「さて、布団を片づけるか。」
しばらく抱きしめてやった後、立ち上がる。
ここを拠点にするなら、今晩の食事の用意に必要なかまどとか、
することはいっぱいある。
「あやは、クロとここで・・・」
目の端に、何かが映った。
無意識にあやの手を引っ張り、体の後ろに隠す。
「誰だ!」
おじいさんが立っていた。
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
「良かった、良かった。
もう、誰にも見えんのかと、あきらめるとこじゃったわい。」
おじいさんが口を開いた。
危険な感じはしない。
しかし、影収納から棒を取り出す。
刺激しないように、背中側に出した。
あやをゆっくり押しながら、後ろに下がろうとする。
目の前には、袴姿のおじいさんが立っている。
白髪を後ろで束ね、白ひげが滝のように流れている。
杖をついている姿は、仙人のようだ。
よく見たら、杖のように持っているのは刀らしい。
体重が載っていなさそうなので、ただ、ついているだけだろう。
「お、おまえは、」
「落ち着け。」
当人もそうだけど、杖のようについている剣も、
なぜか、目が離せない。
気にしないようにしても、なぜか見てしまう。
そんな感じだ。
禍々しいのとも違う。
光っているのでもなく、時々、煌めく何かかが、
気にかかる感じだ。
「ふむ。なるほど、のう。」
おじいさんは何かにうなづいている。
やはり、危険な感じはしない。
危険なら、もう襲ってきてるだろうし、
会話なんてしないだろう。
「あの~、あなたは?」
「わしは、北斗信源という。」
「北斗信源。その北斗信源さんが、何でここに?」
「わしは、あやの霊獣であるからな。」
「霊獣?」
(霊獣って何だ?)
「え~っと、もしかして、召喚されたってことですか?」
「その通り。守る者として呼ばれておる。」
よく見ると、おじいさんの輪郭がぼやけている様にハッキリしない。
体の中心も角度によっては透けて見えそうなくらい、色が薄い。
そうか、霊獣。人ではないのか。
「じゃあ、あやを守るために。」
「そこなんじゃが。」
北斗信源はバツが悪そうな顔をした。
「確かに、わしが守るべき者の中にあやも入っておる。」
「も? もってどういうことですか?」
「わしが現世に姿を現したのは、村人を守るためであった。
願いがそうであったからの。
その村人は、あやのみになってしもうたが。」
「それって、どういう・・・」
「村が襲われたであろう?
その折、殺される間際の村長が願ったのよ。
自分の命の代わりに村人を守ってほしいとな。
それで、わしが呼ばれたのじゃが、
あやが願ったわけではなく、願った当人は死んだ。
そのため、わしとあやとを結ぶ繋がりは弱くてな。
いつ切れてもおかしくないのじゃ。」
「あなたは、守るために呼ばれたんでしょ?
それなのに、守らないで消えてしまうんですか?」
「願いは『村人を守る』であった。いつまでとは言っておらん。
あの状況であれば、襲われている間と解することもできる。」
「でも、村人は死んだんですよ。守ったんですか?」
「願いの大きさに対して、差し出せるものが少なかった。
村長は命を落とす寸前であったからの。
それ故、ほぼ全ての村人が死んで、初めてわしが顕現した。」
等価交換。
その言葉が頭を過った。
人一人の命が重いというのは、あくまで人が言っていることだ。
そこにいるアリと、オレの命、
アリクイにはどっちの命の方が価値があるんだろう。
さっき、「命を落とす寸前だったから、」と言った。
つまり、村長の生贄としての価値が減り、求めた代価に合わなかった。
通常、生贄に捧げられる者は死にかけの命じゃない。
こういう言い方は不謹慎だが、
壊れた車と新車なら、もらって、どっちがうれしいかということだ。
10数人の武士から、村人20~30人を守る対価。
天秤はどうやったら水平になる?
それでも、あやのために食い下がらなければならない。
「おおよそのことは村長を通して伝わっておるがの。
村の皆の無念さが、わしを呼ぶことにつながったんじゃろうな。」
「結局、誰も守れていないってことですよね。」
「そうじゃな。」
「じゃあ、あやぐらい守ってもいいはずです!」
「それはわしに言われても詮無き事。」
「栓抜き? あやは何の力も持っていないんですよ!」
「それを言われても、わしにはどうにもならん。
わしが呼んだのではない。呼ばれたのじゃ。
どうしてやることもできん。」
「じゃあ、あやは誰が守ってくれるんですか?」
「おぬしがおるじゃろうが。」
「オレは戦えませんよ!」
「なら、わしが稽古をつけてやろう。」
「えええっ!?」
「これでも、北斗流を継ぐ者じゃ。
一子相伝ゆえ、知る者とておらんじゃろうがな。
カッカッカッ!」
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