001.異世界?
「ここ、どこ?」
目の前には森が広がっていた。
振り返っても森だ。
「???」
さっきまで、犬の散歩をしていた。
同級生に声を掛けようとしたら、景色が変わった。
彼女は、高1で同じクラスになって、初めて近所だと知った。
お互いの家の間に中学校区の境があったからだ。
境の川1つを隔てただけの距離だけど、見たことがなかった。
彼女の家は3軒、上流にある。
彼女は上流に向かって学校に行き、オレは下流に向かって学校に行く。
こんなに近所でも出会わないことにびっくりした。
川の上流に行き、橋を渡って帰ってくる。
それだけの散歩道。
彼女の犬の散歩も同じだったようだ。
バッタリ会ってからは、
一緒に犬の散歩をしながら、よく話をするようになった。
頑固で、言い張ったら聞かないところがあるが、
根は素直で、優しいところを好きになった。
今では、毎日のように一緒に犬の散歩をしている。
そのため、「もしかして彼女も」なーんて、淡い期待をしている。
会えた喜びが一転、驚きに変わった。
「夢・・・、ではない・・・、な。」
左手にずっとリードを握っていた。
しかし、50cm先はハサミで切ったように、キレイに切られている。
その切り口をずっと見つめていた。
「えっと、うーん、あー」
ビックリし過ぎて頭が働かない。
頭に「異世界」という言葉が過ぎった。
その手の漫画はよく見ていた。
「えっ!?うそっ!?」
キョロキョロと辺りを見回して、とりあえず、近くの木に登った。
お約束。そう、お約束。
異世界物は不意打ちでファーストコンタクトがある。
スライムだったらいいが、狼系やゴブリンだったら、危険だ。
スコップくらいは持っていたら良かったが、
散歩用のベストを犬に着せて、縫い付けたマジックテープで、
救助犬のように背中に共柄十能を止めていた。
共柄十能は、100均の小さい炭用シャベルのことだ。
まあ、何だ。
自分のものは自分で持たせていたのが仇になった。
地面から3mほどだが、安全が確保できたので、
段々と、初めの衝撃が薄れてきた。
興奮し過ぎて血が昇っているのか、
頭がかなり重いが、必死で考えてみる。
「えーっと、こういう時は、先ず、周りの観察を・・・」
見渡す限り、森が広がっている。
涼しい。空気が湿っているのか。
近くに水源があるんだろう。
「異世界・・・、なのか?」
植生が・・・
異世界なら、もっと、何だろう、違っている感があるはず。
日本から急にジャングルだったら、「違う!」ってなるんだけど、
見た感じ、何の違和感もないんだよなー。
しかも、どう見ても、近所の山に行きました感があるんだよな。
それが逆にパニックを上乗せしているかもしれない。
言ってしまえば、中途半端。
全く違う感もなく、かと言って、同じじゃない。
何だか知っている気もするが、何かが違うと感じる。
「近所の山に行くなら、こんな格好はしてないよな。」
徘徊するような歳じゃないし、格好がいつのも格好だ。
甚平に、イ草で作られた草履。鼻緒も布でできている。
こんな格好で山登りに来るわけはない。
ちなみに、甚平は中1の夏祭りのために親が買ってきたのだが、
友達が普通の服だったので、夏祭りには着て行かなかった。
最初はもったいないからと部屋着としてスタートしたが、
楽だし、涼しいので、パジャマまで幅広く活躍している。
夏の今なら、外にだって着て行ける万能服だ。
愛用し過ぎて、かなりクタクタになって、端の方は破けているが。
「やっぱり、転移したのは転移したんだろう。
だけど、ここはどこなんだろう。」
異世界物を読んでいて良かった。
何をするべきか分かる。
「となると、町を目指すか。」
当然といえば当然の選択だ。
しかし、どっちに進めばいいか分からない。
しかも、武器になるようなものがない。
今は、感覚的に、朝だと思う。8時、9時くらいか。
「闇雲に進んでも、遭難するよな・・・」
下りる方が確率が高いと思うが、
崖とか、また、登り道になったらと、不安材料に事欠かない。
それに、迷った時、代わり映えのしない森の中で、
ここに戻ってこれるかも分からない。
「移動する時は、帰ってこれない前提にしよう。」
やっぱり、何日分か、食料や武器を確保した方がいいだろう。
もしかしたら、何かと遭遇して、
身を潜めて、動けない場合もあるかもしれない。
それに水だ。
水は3~4日飲まなかったら危なかったんだっけ?
テレビの島脱出番組で言ってたような気がする。
よし!先に水を探しに行こう!
なんとなく、空気がひんやりしてそうな方へ進んで行く。
最初の場所より、こっちの方は木が密集しているせいか、
背の高い草が生えていないので歩きやすい。
少し歩くと、かすかに水が流れる音が聞こえて来た。
岩の隙間から湧き出した水は、小さな池を造り、
細い川となって流れている。
川は数メートルで、また岩の下に潜っているようだ。
手のひらに受けてみると、水は濁りもなく、透明に澄んでいる。
冷たい。おいしい。
水は確保した。次は、食料か。
「罠だよなー」
武器もなく、小学校の剣道くらいしか覚えがないオレにとって、
食料を得る手段は、木の実か、罠くらいしかない。
この森は、杉や桧が多く、木の実がなりそうな木は見当たらない。
仕方なく、必死で罠を思い出そうとする。
獣医科大学の大学祭で、作り方を見たんだけど、どうだったっけ?
えーっと、くくり罠って言ったんだっけ?
「何か、輪っかがあって、獣が足を引っ掛けると、
上に吊るされる仕掛けだったよな。」
一生懸命、考えるが、いまいち、ピンと来ない。
錘が落ちることで上に吊るされるのは分かるけど、
錘をどう止めるのか、罠がどう足に引っ掛かるのか、
仕掛けがピンと来ない。
それに、オレは生き物を殺したことがない。
いや、カブトムシやグッピーは死なせてしまったことがあるけど、
大きな動物を食料のために殺すのはできそうにない。
「吊ったところで、逃がすような気がする・・・」
そうだよな。
鹿とかがもがいてたら、えいってする度胸はないなー。
何か、パッケージにまでなってくれないかなー。
そう思うと、スーパーってすごいな。
いつでも、すぐに食べれる状態で売ってるもんな。
「あっ、そうだ!」
食料確保のためには、仕方がない。
今までも、殺してないだけで食べてたんだし。
しかし、オレが直に殺すのは気が引ける。
そこで考えたのは、お寺の鐘だ。鐘を撞けばいいだけだ。
死んでくれてたら、食べるしかないからね。
幸い、ここは森。ツタは木にびっしりとついている。
ツタを何本か束ねてロープを作った。
次に、近くにあった、
比較的、真っ直ぐな、握れる太さの木をへし折った。
オレの身長くらいの長さしかないが、まあ、十分だろう。
枝を落とし、先を石で削る。
「おお、あぶねー!」
仮設置して、何度か試してみたら、オレの方に飛んできた。
木の後ろを引き上げているロープを離した時に、引っ掛かるのか、
思った通りの軌道ではなく、左右にブレている。
それに、勢いも足りない。
これでは、表面に刺さるだけで、逃げられるだろう。
「やっぱり、お寺の鐘にすればいいんじゃん!」
1本のロープではなく、2本のロープで三角に木を吊るした。
威力不足は、木を縛り付けているところに、
オレの顔ほどもある、大きい石を3つ括りつけた。
もはや、槍。
風を切り裂く音が聞こえるようだ。
何度も試すが、ブレもない。
罠自体も、何度も試行錯誤して、仕掛けが作動するようにできた。
通り道をふさぐように横に伸びたロープを、
獣が引っ張ることによって、根っこに引っ掛けていた枝が外れる。
枝には槍を引っ張っているロープを結んでいる。
「さて、これをどこに設置するかだが。」
動物だって水を飲みに来る。
水場の付近を捜索すると、獣道を見つけた。
うっかりすると見逃しそうなくらいの細い道だ。
設置し終わると、腹が減ってきた。
夢中になっていたが、体感的に昼は過ぎている気がする。
こればかりは待つしかない。
元来た道を引き返し、さっきの木の上に戻った。
お腹はかなり減ったけど、もう、待つしかない。
あちこちに見えるキノコを食べれないかと考えたが、
毒キノコの可能性を考えると、怖くて手が出せない。
パッチテストだっけ。
汁を体に塗って、赤くならないければ、
次に口に少量含んで吐き出して、何時間か様子を見る。
大丈夫なら、少しずつ、少しずつ、飲み込む。
その間に食べちゃうよ。
オレなら、するな。
えーい、もういいや、めんどくせーって。
ピギーーー
森に獣の悲鳴が響き渡った。
ハッと目を覚ます。
どうやら、考え込んでいるうちに眠ってしまっていたようだ。
辺りを見回すが、異変は起こっていない。
魔物の姿は見えない。
「あっ、罠!」
もしかしてと思い、木を下りて、罠のある場所に向かう。
槍が無かった。
いや、槍は獲物ごと、木の枝に引っ掛かっていた。
「威力、あり過ぎだろー。」
槍を伝って、血が地面に流れ落ちている。
(でかいな。)
大型犬くらいありそうな猪だ。
槍は左の脇腹から右の肩口に抜けている。
こんな大きな猪がよく持ち上がったものだが、
振り子の勢いなんだろうか?
さて、どうしようか。
解体の経験なんてない。
しかも、道具もない。
仕留めたものの、どうしたらいいか分からない。
「やあ、これは見事な猪ですね。」