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合格

 はっとベットの中で目が覚める。昨晩和孝と行った居酒屋から出たところまでは覚えているが、その先の記憶があやふやだ。調子に乗って飲みすぎたらしい。とは言えベットの中にいると言う事は、何とか駐屯地に帰って来たのだろう。少しばかりズキズキしている頭を抱えながら、うっすらと目を開ける。いつも通りの味気ない営内班……ではない!!

ガバッと優子は飛び起きた。あまり品性を感じさせないこの内装は……ラブホテルだ。人より多いとは思わないが、30年の人生、このような状況になったことは幾度もある。そしてベッドの横に目をやると、簡易的なソファーに少し気だるそうな和孝が座っている。それはつまり……

「あのう…さ、なんででここに来たんだっけ…?」

 おそるおそる優子は尋ねた。尋ねはしたものの、どんな経緯があったところで成人の男女がこんなところに来る理由は、一般的に言って一つしかない。百合子にお届けしなければならない商品に、手を出したのか出されたのか、記憶にはないが…。

 和孝は申し訳なさそうに口を開く。

「こんなところに連れ込むようなことになってしまってすみません。昨日、飲んでいるうちに優子さんが寝てしまって……」

 そこまではうっすらと記憶にある。百合子の酒の好みを説明しているうちに、つい浮かれた気分になってしまい2件目のショットバーに行こうといった気がする、酒が強いわけでもないのに。

「どこか休めるところと思ったんですけど、優子さんの下宿の場所知らないし、そんな時間からじゃ普通のビジネスホテルは泊めてもらえなくて……」

 それは、そうだろう。深夜に酔いつぶれた女を抱えた男をちゃんとしたホテルが泊めてくれるはずがない。

「で、しょうがないのでラブホに……」

「そう……」

 優子は首を落とし瞑目した。無理やり飲まされたわけではない。何をされたにしろ自分の責任だ。年下の男の子を飲みにつれてきて、自分が先に酔いつぶれるなんて、GOサインを出したようなものだ。まあ、守らなければならない貞操が、という齢でもなければ、彼氏がいるわけでもない。百合子にばれなければ問題ないだろうと、あきらめともつかない複雑な表情を浮かべた。

 そんな優子の顔色を見て、和孝は慌てて付け足した。

「で、でも僕は指一本触れてないですから……。あ、ベッドに寝かせるときは抱きかかえましたけど、それだけです。」

 その言葉に思わず下半身に手を伸ばす。むろん毛布の下で、和孝にわからないようにだが。

”脱がされてない!”

 パンツは履いたままだ。着痩せする方だが、それなりに筋肉はついている。あまりストレッチしないスリムタイプのデニム、脱がされる側の協力なしでは、キレイに脱ぎ着できない。優子は、半ばホッとした心地になる。百合子に義理を欠くような真似はしていないようだ。

 彼氏でもない後輩とラブホに入ることになってしまった気恥ずかしさを、毛布で顔を隠しながら軽口をたたいてごまかす。

「ラブホに入って寝込んでいても手を出されなかったなんて、人には恥ずかしくて言えないわね。」

 まあ、手を出されても言えないけどね、和孝がけじめを持っていてくれる子でよかった、と思いながら。

 が、和孝は、返事を返さなかった。あれ、馬鹿にしたと思われちゃったかな、優子がそう考えた瞬間、かぶっている毛布の上からずしっとした重さがかかる。

 え、これって……手を出されなかったことが、恥ずかしくて言えない、ということは……!

「そ、そういう意味で、言ったわけじゃないから。ね、落ち着いてちょう………っ!!」

 顔を隠していた毛布が捲られ、優子の唇が和孝の口でふさがれた。

 ダメっ、百合子に熨斗つけて渡さなきゃいけないんだから、と頭では考えていたのだが抵抗することができなかった。相手は自分より体格のいい鍛え上げられた男子。かなうわけがない。よっぽどの体力差がなければ強姦なんて成功しないというけれど、それでもお互いに怪我の一つや二つすることになるだろう。怪我を避けようとすれば、抵抗できないのは仕方がないことだ。それに……

 自分ではわかっていた、和孝に初めて会った日に一目ぼれをしたことを。そうでもなければ、よその部隊の隊員をここまで面倒見ることなどしない、いくら人のいい優子といえども。しかし、和孝があこがれているのは自分ではなく、百合子のほう。それはそうだろう、優子の目から見ても最近の百合子は非の打ち所がない女の子だ、ただ優子にだけ傍若無人な態度をとることを除けば。それならこの二人を結び付けてあげるのが自分の役割だ。仕方のないことだし、それはそれで私の喜びでもある。いつまでも男を作ろうとしない妹分に、この男の子が十分おすすめの物件である事は、4ヶ月ほどの付き合いでわかっている。でもその前に、一度だけでも体を交わしたって良いでしょう?私だって聖人君子ってわけじゃない。30になった女が、ワンナイトラブをしたところで、さほどの罪ではないだろう。商品の受取人である百合子には後ろめたい気持ちがないでもないがれば、黙っていれば誰に損をさせるわけではない……


 しばらくして………

 ぐったりとして、身動きする気にもならない優子に寄り添い、和孝が温かく見守る。

”はあ、やっちゃった…”

 少しばかりの後悔を胸に、ベッドの上で身を起こした。

「女の扱いに慣れてるのね…。」

 少しハスキーになった声でつぶやいた。全身がけだるい、けれど何の不満もなかった。これだけ丁寧に扱ってもらった経験はない。過去の彼氏は、ほとんど陸上部の先輩、それと部隊の同期が一人。全員が体育会系。だからというわけでもないだろうが、ガツガツと男の欲望をぶつけてくるような交わりばかりだった。セックスとはそんなものだろう…と。それはそれで十分満足していたのだが…。

「童貞というわけじゃないですけど…良かったって事ですか?」

 良かったか??どうしてこんなグロッキーになっていると思うのだ。

「野暮なこと聞かないでよ。見ればわかるでしょ…」

「じゃあ、合格ですね?」

「合格?」

 和孝の言葉に少し戸惑う。何か私は試験をしていたのだったか……そうだ、百合子好みの男になれたら、百合子に紹介してあげると言ったんだっけ…

「流石に、百合子がどんなセックスが好きかまでは知らないわよ。」

「えーと、そうじゃなくて、優子さんが…」

「私なら、見ての通りよ……」

 優子のぐったりとした姿を見れば、誰が見ても合格だと思うだろう。優子が採点官であれば満点間違いなしだ。

「じゃあ、寝てる間じゃないけど、ちゃんと手を出されたって言ってくれますか?」

「バカ!そんな女のセリフで一々襲いかかっていたら、そのうち刺されるわよ。」

「優子さんも刺しますか?」

「こんな腰砕けにされたら、刺そうにも刺せないじゃない…」

 そう言うと、半ば情けなさそうに、半ば満足そうに、小さくため息をついた。

「なら、今は刺されない…と。じゃあ優子さんとこう言う関係になったって、僕が言っても良いですか?」

 優子は気だるそうに答える。

「勝手にすれば。」

 言えるものなら言ってみなさい、和孝みたいなイケメンが、私みたいな地味な年上の女とワンナイトラブなんて言ったところで、傷にこそなれ勲章にはならないでしょうに。

「言っても良いんですね。だったら…」

 和孝は、自分の背負って来たナップザックをゴソゴソと漁り、紫紺の小箱を取り出した。





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