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マイ フェア ……

 蕎麦屋のテーブルで優子と百合子が差し向かい。優子の前にはざるそば、百合子の前にはカツ丼の大盛りと天ぷらの盛り合わせ、今日開けたばかりなのに既に半分ほどになっているバーボンのボトル。毎度のことながら百合子の健啖ぶりに、これだけ食べたものはこの小さい体のどこに入るのだろう、と優子は感心する。

"まあ、胸か"

そう、細マッチョと言っても良いようなフォルムにもかかわらず、胸とお尻は結構なものをお持ちです。

"それにしても、バーボンのロックでカツ丼を食べるって、こいつの舌はどうなっているのだろう。このいかれた味覚を知ったら、百合子を女神様のように崇め奉っている後輩たちは、どんな顔するんだろうな?"

呆れた目で百合子を見るが、百合子はそんな優子の視線を気にもしている様子はない。一心不乱にカツ丼をかき込む百合子に優子は話しかけた。

「ねえ、この間……」

「ヤダ」

「まだなにも言ってないでしょうが!」

優子がムッとした顔をする。

「この間、断った子に会ってやれって言うんでしょ?」

「それは…」

 優子は言葉に詰まる。百合子の勘の良さは天下一品だ。今までそんなことを頼んだことは一度もないのに。

「でもね、結構イケメンなのよ。たまには目の保養も兼ねて、一回くらい会ってあげてもいいんじゃない?」

「目の保養ねえ。」

興味なさそうに百合子が呟く。

「部隊の若い子としては、礼儀もちゃんとしてたし…」

「でも珍しいわね、優子がわざわざ会ってやれなんて言うの初めてじゃない?」

 好みにドンピシャのイケメンに優しくなっただけなんですけどね。

「だってさ、今まであんたに交際を申し込んできた中では一番良いタマよ。」

 優子自身はそれほどモテたことがあるわけではないが、百合子の交際受付係として100人以上の男どもを捌いてきたのです。目も肥えようってもんでしょう?

「今までで一番良いイケメンか…」

と、百合子はマンダムのポーズをとる。え?ああ、わかりませんよね、思案顔って事ですよ…。

「なら、その子を私が気にいるように仕込んでよ。それで私が合格と思ったら、お付き合いをしてあげても良いわ。」

「はあ?なんでそんな事、私がしなきゃいけないのよ!」

 優子がテーブルをバンッと叩いた。なぜに百合子の男を私が育てなければならないのだ!憤りをあらわにした優子に、周囲で蕎麦をすすっているお客さんの視線が集まる。

「あ、すいません。大した事じゃないので…」

「このバカが騒ぎまして、申し訳ありません」

と、周りにペコペコと謝る二人。

 閑話休題

「だって、私に気に入られるようにする方法を教えてあげるって言ったんでしょ?」

 百合子がいたずらっぽく笑う。

「それはそうだけど…」

 まあ、ニュアンスは間違っていない。

「私だって、ただ振るためだけに会うなんて、無駄な時間使うの嫌だもの。それにわざわざ会ってから振るんじゃ、すごく嫌な女みたいじゃない?」

 その役をずっと私にやらせてるんだろうが…、と言う不満はグッと飲み込む。

「何言ってるのよ。若い子をあんたの好みにあわせるくらい、自分でやれば良いじゃない。」

 まあ、ごく当然の意見ですね。が、

「ふーん、そう言うこと言うんだ…」

と、右斜め上方を見ながら百合子がつぶやいた。

 コイツ、それなら会わないとでも言う気かと、優子は少し構えた目になる。

 が、百合子は関係のない話を始めた。

「今日さ、通信手やれって言われたんだよね。WAC(女性隊員)なのにさ。普通男の小隊長には男子隊員をつけるじゃない?」

「ふーん。まあ、そうかもね。」

 その黒幕は、素知らぬ顔。

「なんでも、中隊長は、私が風呂も入らなければ、うんちしたら葉っぱで拭いて平気な顔をしてるって聞いたんだって。まあ、誰が言ってたかは聞かなかったけどさ。」

そう言うと、じっと優子の目を見つめた。

"ダメじゃない、運幹!それじゃ、私が言ったってバレバレじゃない。いや、私は葉っぱで拭いて、なんて言ってない!勝手にアレンジしないで!"

 伝法な態度をして見せるのは優子の前だけ、陸曹になってからは、優しく頼りがいのある御姉様として後輩たちのカリスマとなっている百合子。そんな暴露をする奴はお前しかいない、落とし前をつけて貰おうか、と目で語っている。

 ヤバいと背中に冷たいものの流れる優子だが、それを素直に認めるほど柔ではない。

「ふーん、そんなことがあったんだ…。まあ、それはそうと、三上くんに百合子の好みを少しばかりアドバイスしとくわ…。」

と、涼しい顔で答えた。認めはしないが、これ以上抵抗すると、逃げ道を塞がれジャック・ダニエルや焼酎では済まなくなる。名誉ある撤退と言うものだ。

「そうしてくれると助かるわ。私も時間を無駄にしたくないから、しっかり教育してね。急いでないから」

「まあ、任せておいて。」

 漫画であれば、腹に一物持った二人の視線が交わるところに、大爆発が起きていたことでしょう。

 

 翌日、優子は夜の事務室に三上士長を呼び出した。夜の事務室って淫美な響きですね。ま、それはさておき…

「私が三上くんを百合子好みに教育できたら付き合っても良いって。」

 三上士長の顔がパッと明るくなる。

「ありがとうございます!そうしたら、城三曹の趣味とか好きなファッションとか……」

 がっつく様に身を乗り出した三上士長に優子は首を振った。

「そんな小手先のことは二の次よ。百合子はそんな甘くないわ。まずは陸曹候補生に合格しないと。それがスタートラインよ。」

「陸曹候補生か……」

 三上士長は渋い顔をした。確かに陸曹にならなければ、生活は安定しない。子供同士の恋愛ごっことは違うのだ、経済的なことも重要な要素ではある。しかし、それ以上に、候補生の試験に合格しないような、生活態度、能力で告白しようなどと烏滸がましい、と言うことだろう。

「三上くん、今まで一次試験は?」

陸曹候補祭の試験は、一次試験の学科、二次試験の面接、実技から成り立っています。

「二回落ちています。」

「勉強した?」

「あんまり…」

 正直な所、無理して陸曹にならなくてもよい。退職した後、外の世界で普通の企業に就職すればいいと思っていた。

 三上士長の返事を聞き、優子は小さく息をはいた。

「試験まで三ヶ月、長い戦いになるけど私についてくる気ある?私、見た目よりは厳しいわよ。」

「三上3曹、よろしくお願いします!」

 今までは試験に受からなくてもいいと思っていたが、こうなれば話が違う。目の前に百合子と言うニンジンがぶら下がっているのだ。そして、百合子にたどり着くには、優子に従う他に方法がないのだから。

 その答えを聞いて、優子はニコリと笑みを浮かべた。

「じゃあ頑張りましょう。あとお互い三上、三上って同じ名字で呼ぶのも落ち着かないから、私の事は優子って呼んで。三上君の名前は?」

「和孝といいます。」

「じゃあ、和孝、長い戦いって言ったけど、準備してたら三ヶ月なんてあっという間だからね。気合入れていくわよ!」

 気合と言う言葉の似合わないやさしい笑顔。が、

「試験までにこれだけやるわよ。」

 と言うと、机の上にドンと資料の山を置いた。三上士長の答えは織り込み済み、返事を聞く前にもう教育の準備に取り掛かっていたらしい。

「え、これ全部ですか?」

 とてつもない量の受験対策資料に目を丸くする。

「そう。だって三上君まだ一次試験一回も受かってないんでしょ?だとしたら、今回相当良い点を取らないと一発で受からないわよ。」

 それから3か月、和孝は、優子の表情とバランスの取れない厳しい要求に、脂汗を流すことになる。


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