出世
一番のライバルの香川は我が社の得意先である衣料係商社の社長の息子で、それなのに天狗になることはなく、誰にも分け隔てなく接する誠実な好青年で通っている。育ちの良さからか、いつも穏やかで優しく、怒った所は見た事がない。掃除に来るおばあちゃんにも「いつもご苦労様です」と声をかけ、ある時など水で一杯のバケツを運ぶのを手伝っていた。それらが嫌みなく出来るのだ。
しかも、仕事は出来る。物腰の柔らかさはそのままに
ハッキリものを言うし、自分の意見や考えもしっかり持
ち、目上の者にでも礼儀をわきまえつつ、間違っていると思ったら反論も辞さない。
いろんな意味でオレには無いものを沢山持った最大のライバルだ。
しかし、どういうわけか、オレは香川とは気が合う。時々退社後、飲みに行くこともある。聞き上手なので、話ていても楽しい。その席では仕事の話は一切しない。それが、オレたちの暗黙の了解だった。
結局、「金曜会」の2人の欠員補充にはオレと香川が選ばれた。毎週金曜日の夜、7時から9時まで、先輩、同期、後輩の区別なく、意見交換、経理、販売、その他自分が関わらない部署の勉強、新商品の開発、販路の確保と見直しなどをする。こればかりだと、続かないので、飲み会や食事会、体育館で各々やりたいスポーツをしたり、卓球大会やらバドミントン大会、カラオケ大会、楽器演奏会もある。何事も楽しくがモットーなのだ。
「金曜会」に入ってオレはますますやる気が出て28才で、7課の課長になった。異例の早さと言われ、前任の課長は部長に昇進されたし、同じく3課の課長になった香川とは良き友、良きライバルだった。
その頃、オレに願ってもないことが起こる。社長の一人娘との縁談話。会ったことはないが、一人娘はかなりの美人との皆の噂は聞いていた。
しかし、なぜオレに白羽の矢が立ったのか。家柄もよくないし、決して裕福とは言えない家庭だし、両親も兄弟もいない。すべてにオレより勝っている香川の方が適任なのに。「なぜ私なのでしょう?」はっきりしたいので、前課長に尋ねた。「社長のお嬢様が君が良いと言われたらしい」「私のどこがお気に召したんでしょうか?」課長は声を潜めて「詳しいことは私も知らないんだが、お嬢様が以前、我が社の創立記念日のパーティーで君を見初められたと聞いた」オレには全く記憶がない。顔を売る為にステージに上がって、歌を歌ったことはあるが、思い当たるのはそれしかない。家柄他オレより優っている香川に勝てるものと言えば、容姿だと思う。身長もあるし身体も鍛えて贅肉とは無縁だし、顔は皆から超イケメンと言われてもいる。子供の頃から可愛いと言われ、学生時代は掛け値なく良くもてた。特に何もしなくても、女の子から来るので自惚れも強く、もてて当然とさえ思っていた。
だから、本気で女の子を好きになることはほぼ無かった。遊びで付き合うほど悪人ではないが、相手から見れば
どうなのか分からない。
10日程たった日曜日。オレは社長が会員のゴルフ場で令嬢の理央と会った。グリーンの芝生に立つ、彼女は噂通り、いや、噂以上に美しい。大輪の深紅の薔薇が咲いているような、華やかで、優雅で、ゴージャスな美しさだ。こんな女性に会った事はない。
前課長で、今は営業7課の部長がオレを紹介してくれる。「はじめてお目に掛かります。営業7課で課長をさせて頂いております、桐山健と申します。どうぞ、宜しくお願い致します」理央はクラブの点検から顔を上げ、オレを見ると「あなたスコアはおいくつ?」と聞いてくる。「いえ、まだ、始めたばかりでお嬢様に申し上げられるようなものではありません」「なら、練習なさることね」そう言うと、理央はカートに乗り込み、さっさとグリーンに出て行ってしまった。少し遅れて来た社長に、型通りの挨拶をする。
「休みのところすまないね」
「とんでもございません」
「君のことは調べさせて貰った。私としては、我が社のために骨身を削って、身を粉にして尽くしてくれれば良い。あとは、娘を幸せにしてやって欲しい」
「社長のお言葉、肝に銘じてご期待に添わせて頂きます」と一礼した。
「宜しく頼む」社長はオレの肩をポンと叩くと、同行の専務、常務たちとカートに乗り行ってしまった。
あとに残った部長とオレも後に続いた。