第4話 知らない部屋
今まで感じた事のない眩しさ、静かだが遠くで聞こえる騒々しい音、目が覚めて瞳をゆっくりと開いた少女は身体を起こし、寝ぼけた目で辺りを見渡した。
「どこ……ここ……」
辺りを見ると、繊細だが高級感の溢れる模様の入った水色の壁に清潔感のある白い机と椅子、そして5人は同時に座れるような大きなソファ。天井を見上げれば豪勢なシャンデリアが吊るされ、自分の周辺を見れば、1人で寝るには大きすぎるベッドの上におり、いつのまにか上質な素材でできた寝衣を着ている。
(最後に見たのは、暗く湿った土と無造作に生い茂った植物だったはずなのに……。)
まるでお姫様のような部屋で目を覚ました少女は、自分がなんでこんな所にいるのか理解が追いつかず、ベッドの上で無気力にボーッとする。そして、頭の中である結論に辿り着いた。
(死んだんだ……私。)
今まで見た事のない光景を前に、少女は自分はもう死んでいて、ここは死後の世界だと考えた。
味方も居場所のない世界で、迷い込んだ森の中で意識を失ったのだからそう考えるのも無理はない。
だが、少女はすぐにここが現実である事を知る事になる。
しばらくすると前方にあるこの部屋の扉が開き、1人のメイドが入って来た。
侍女は少女と目が合った途端に、
「よかった!目を覚まされたのですね!どこか悪い所はございませんか?あっ!すぐにお食事をお待ちします!少々お待ち下さいね!すぐに戻って参りますので!」
と小走りでこちらに駆け寄り、その勢いのまま捲し立ててきた。
物凄い早口でベラベラと話しかけてくるメイドに少女は困惑し、身体を硬直させたまま瞬きをするのみ。
その勢いのままメイドはかかとを翻し、即座に部屋を退室していった。
嵐のように現れては去っていった彼女に、少女は目をパチクリしながら豪華で広大な部屋の中で1人呆然とする。
それからしばらくすると、先程のメイドが大量の料理を乗せたワゴンを引いて再び部屋を訪れた。
「お待たせしました!どうぞお召し上がりくださいと言いたい所ですが、ベッドが汚れてしまうかもしれませんのでこちらまで移動願えますでしょうか」
メイドにそう言われ、少女は言われるがままにベッドから降りて近くに置かれていた白い椅子に座る。
机の上には、3種類のパンにテーブルの中央に鎮座する大きなオムレツ、その隅っこには付け合わせとして瑞々しいレタスとトマトと3本仲良く並べられたソーセージ、別の皿には色とりどりの果物達にスープ、果ては紅茶のポットと焼き菓子まで置かれてあった。
実家という名の監獄にいた頃には考えられない豪華な食事を前に少女は圧巻され、中々手をつけられなかった。
「あのぉ……。これ全部私のですか?」
目の前に置かれた料理が自分の為に用意してくれたものだとにわかに信じられず、少女は運んできてくれたメイドに恐る恐る尋ねる。
少女の質問にメイドは一瞬きょとんとした顔をしたが、あどけない笑みを浮かべながら口を開いた。
「はい。全て貴方様の為にご用意致ししました」
メイドからの答えに少女は、再び目の前の料理に目を移す。
目の前に置かれた物は全て食べてもいい事は理解したのだが、テーブルの上に気になるものがあった。
(何、この変な形をしたものは。)
少女がいう変な形をしたものとは、オムレツが置かれた皿の両端に置かれたフォーク、ナイフ、スプーンの事。
生まれてからずっと、少女は食事は全て手づかみで食べていた。
元々、手づかみで食べられるものしか出てこなかったし、盗み食いする時もそうだったので、これらの使い方が分からないのだ。
少女は取り敢えずフォークを手を持つと、不思議そうにじっと眺める。
少女の不可解な行動にメイドは首を傾げながら、彼女に話しかけた。
「あの……切り分けましょうか?」
「あ、ありがとうございます」
少女がそう答えると、メイドはフォークとナイフでオムレツを食べやすいサイズに切り分ける。
(こうやって使うんだ。)
その様子を見て少女は、フォークとナイフの使い方を学習した。
「それでは、お召し上がり下さい」
先程学んだように少女はオムレツをフォークで刺し、口に運ぶ。
オムレツを口の中に入れた途端、少女に衝撃が走った。
(何これ……すごく美味しい……!)
盗み食いしていたとはいえ、今までロクなものを食べてなかった少女にとってはまさに未知との遭遇だった。
その衝撃と勢いのままに少女は目の前の料理を貪るように食べ始めた。そして、その全部が美味しいのでますます手が止まらない。
あまりの食べっぷりにメイドは目を丸くし、そして少女のある変化に言いづらそうに口を開いた。
「あの……どうなさったのですか?」
メイドから不意に言われた言葉に、少女はようやく手を止める。
「えっ私、何かおかしいですか?」
「はい、申し上げにくいのですが……。貴方様がさっきから泣いていらっしゃいましたので」
メイドからそう言われ、少女は自分の頬に手を当てる。
彼女の言う通り、頬に触れると感触は湿り気を帯び、手のひらを見れば、窓とシャンデリアの光でキラキラと輝いていた。
ここで少女は自分が泣いていた事にようやく気づく。
(あれ……。私、何で泣いて……。)
だが、何で自分が泣いていたのかまでは分からなかった。
「もしかして、お口に合いませんでしたか?」
「そんな事ありません!」
不安そうに尋ねてきたメイドの言葉に、少女は椅子から立ち上がって即座に否定する。
「寧ろ逆で、こんなに美味しいもの初めて食べました!ふわっとしていて中はトロトロでそれでその——」
ここで自分が何を口走っているのかに気づいた少女は、オムレツの付け合わせに乗せられていたトマトのように顔が真っ赤になり、大人しく椅子に座り直して顔を真下に向けた。
さっきまで泣きながら食事をしていたと思えば、今度は出された料理を褒めちぎっては顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
「そこまでお褒めいただければ、料理人もさぞ嬉しいでしょう」
子供のようにコロコロと表情が変わる少女に、メイドは口元に手を当てながらおかしそうに笑った。
そんな和やかな雰囲気が流れていた時、金の装飾が施された白塗りの扉が開き、1人の人物が部屋に入ってきた。
入ってきた人物に少女は釘付けになる。
入ってきたのは、両サイドの髪を耳に掛けたプラチナブロンドのショートヘアに冷めた色だが決して心は冷めていない青い瞳、男女どっち付かずの中性的だが端正な顔立ちで、赤いジャケットを身に纏い、白いズボンに膝の辺りまである黒のブーツを履いた麗しき人物だった。
(綺麗な人……。)
部屋に入ってきた人物に少女は見惚れていると、メイドが慌てて立ち上がって頭を下げる。
「おかえりなさいませミレイス王女殿下。先程までどちらにいらしたのですか?」
「さっきまで母上に長々と説教されていてね。流石に今回は父上にも苦言を言われたよ」
メイドから聞かれた事に、ミレイスと呼ばれた人物は苦笑いしながら気さくに話す。
2人のやり取りで少女は部屋に入ってきた人が女性だと知り、眺めているとミレイスがこちらに気付く。
ミレイスはこっちにむかって歩き出し、微笑みながら少女に話しかけた。
「はじめましてだね。君が無事でよかった」
これが少女とミレイス、2人の出会いだった。
そして彼女との出会いが、少女の人生を大きく変える事になる。




