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魔族と人間

イェンタイと名乗る男は魔族だった。魔族と言っても人と異なる部分は人によりけりで、彼は犬歯がやたら鋭いだけらしいので大口を開けない限りそうそうわからないだろう。翼があったり角が生えてたりする奴もいるが……そういう奴はあまり人のいる街には来ない。

まあ表立って敵対している種族のところにわざわざ来るやつは普通居ないだろう。

彼が言うには、魔王復活のために動いているらしい。そこまではまぁ……想定内だった。異国の人間ですら同じである魔法言語が明らかにそれと異なっていたし、魔族であるのならば目的は魔王の復活だろうと。

しかし彼自身も詳しいことは聞かされていないようで、黒い玉を使ってダンジョンを作る、ということだけを命じられていた、と。

「ダンジョンを作ることが魔王復活に繋がる……?」

「この黒玉を使って作ることで、魔王様の復活を促すことができる、とかなんとか言ってたな……」

「誰がだ?不審に思わなかったのか?」

「名前は知らん。修道服の女だ。人間なのか、魔族なのか、それとも他の種族なのかも分からない…気味の悪い女だった。怪しいとは思ったさ。なんなら今も思ってる。だがな。あんたらが思っている以上に魔族の……いや、魔領の状況は悪い。大気中の魔力が枯渇しかけていてな。土は死に、作物が出来ないから魔族が死ぬ。生まれたばかりの子を手にかける母親を見たことがあるか?ありゃ地獄だ。状況が少しでも良くなるなら魂だって賭けていい」

「そうか……」

こいつにもこいつの正義があるのだ。

俺はその正義を手折ったことになる。

戦いとは常にそのようなものであるが──手折った正義に対し、敬意を評するのもまた、勝ったものの責務であろう。

「微力だが俺も魔領のためにできることを探そう。だが、その黒い玉を使う以外の方法でだ。それは多かれ少なこっちに人死にが出る。魔王の復活もできることなら避けたいしな。魔力問題を解決すれば魔王の復活を回避できるのなら、それが一番いい」

「……都合がいいな」

「勝者の特権だ」

「……そうだな。俺は敗者だ。あまり期待はせずに待ってるよ。どうせ俺は囚われの身だ。気が向いたら面会にでも来てくれ。あ、そうだ。これ持ってけよ」

イェンタイは懐から黒玉を取り出し俺に渡す。

「最後の1個だ。お前が持っててくれた方が故郷のために良さそうだ。内緒にしといてくれよ」

「ああ。約束しよう」

遠くが騒がしい。どうやら俺たちの戦闘の音を聞きつけた誰かが憲兵に通報したらしい。

「じゃ、ここまでだな。俺は塀の中だが……お前が魔領に光をもたらしてくれるのを祈ってるよ」

「やれるだけはやっておくよ」

憲兵が到着し、俺に事情を聴取する。

イェンタイは大人しく手錠をかけられ──たと思いきや、突如メリメリメリッと何かが剥がれる音が路地裏に響く。

俺が振り返った時には既に、彼は治癒しかけていた己の手首をもぎ取り、拘束から逃れていた。

「悪いな。生きてればまたどっかで会うだろうさ」

動揺する憲兵達をよそに、俺が止めるまもなくイェンタイの姿は霧になり掻き消えた。

「探せ!まだ近くにいる可能性がある!」

髭面の憲兵が叫ぶが、多分彼はもう見つからないだろう。

せめて次にあった時はあの手がくっついてると良いものだ。

「じゃ、俺帰りますんで」

俺は髭面に言う。

「何を言っているんだ。聴取はまだ終わってない。もう少し御協力願おうか」

有無を言わせない慇懃な態度。それは俺が帰ると、追われるのは俺になるぞ、と言わんばかりだった。

「夕食とか出ます?」

「出ない」

出ないらしい。久しぶりの1人での夕食はお流れになるようだった。


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