路地裏の戦い
「おい。それで何やらかすつもりだ?」
俺は男に声をかける。
尾行してくる奴がいるとは予想もしていなかったのだろう、振り向いたその額には脂汗が浮かんでいた。
「お前は、まさか昨日の……」
「昨日の?と、いうことは……あの呪文を唱えてたの、お前か?」
ミノタウロスを進化させたあの魔法。
そういえば声も聞き覚えがある気がする。
「……ああ、そうだ」
律儀にも男は答える。
「なんの目的でそんなことをしている?その黒い玉はなんだ?」
「お前に答える義理などない──ここで死ぬお前にはな」
男は黒い玉を懐に収め、剣を抜く。
「まあ、普通ならそう来るよな。気は進まないが……」
俺も剣を抜き、構える。
相手の構えを見るに剣術の心得はあまりなさそうだが、油断は出来ない。
なんせあのミノタウロスを従えていた相手だ。
どんな技を、どんな魔法を使ってくるか定かではない。
「"爆炎"!!」
男が手を突き出し唱えると、巨大な火球が俺に襲いかかる。
俺は前方に跳んで回避し、火球は一瞬前にいた地面に落下する。
ジュワァ、という音と共に、背後の地面が赤く溶解する。
速度や軌道はそれほど驚異ではないが、当たったら良くて消し炭、悪ければ灰というところか。
「ほう……今のを避けるか。なかなかやる」
「そりゃあな……当たったら死ぬからな……」
答えながら俺は思案を巡らす。地面に干渉できるあいつとはそれほど相性がいい訳ではない。
例のナイフを使ってもいいが制御できる自信はない。
最終手段に取っておこう。
それを踏まえて俺にできることは……おや?
「なあ、お前屋根とか飛び越えられるのか?」
「何を急に……あっ」
そう。ここは袋小路。
戻る道はあれど、行く道はない。
そして戻る道は、真っ赤に溶けた地面によって塞がれていた。
「まさか俺にビビって特に考えもなくさっきの火球を……?」
「ぐっ……どうやら策士としても一流のようだな……」
「お前の知能が三流なだけだと思うが……で、どうする?俺を避けた上でこの溶けた地面を飛び越えるか、俺を倒して安全に脱出するか、そのあたりがまともな選択肢だと思うが……」
「くっ……こうなれば成すべきことはひとつ……!」
男は懐から黒い玉を取り出す。
「"展開、包括、召──"」
俺は前方に駆け、黒い玉を持った右の手首を切り落とす。
「え……?」
男の目が驚愕に見開かれる。
「それは悪手だろ。その玉はおそらくダンジョンを展開するのに使うものだ。そして展開にある程度時間のかかる、かつ展開中は無防備になる可能性が高いものだから、目立たない裏路地に来たわけだ。それが分かっていれば躊躇する理由なぞ無い。」
俺は握力を失い地面に力なく転がる手首から、玉を拾い上げる。
「貰っとくぞ。さて、お前の処遇だが……」
俺は男の方を見る。手首から流れる血を止めるための圧迫で、もう片方の手も塞がっている。
ほっといても死ぬような状態だ。
奴の剣も傍らに無造作に投げ捨てられている。
まな板の鯉と言うやつだ、もはや戦闘にはなるまい。
殺すか、あるいはギルドに引き渡すか。
「た、頼む!殺さないでくれ!なんでも話す、話すから!」
痛みに顔をしかめながら、男は命乞いをする。
「いや、さっきみたいな魔法使える奴ふんじばったところで逃げられる可能性が高いんでな……なら殺してその死体を検分してもらった方が安全に情報が得られる。運が悪かったな。」
俺の言葉は半分脅しのようなものだったが、効果は覿面だった。
「ま、待ってくれ!死体からじゃ得られない情報を話してやる!この玉のことも、俺たちの目的も!攻撃もしない!降参だ!だから!」
男の命乞いの必死さが増す。
覿面以上だ。
正直ここまで命乞いされると殺しにくい。
「わかったよ……そこまで命乞いするやつを殺すと後味が悪い。ちょっとこっち来い」
俺は道具袋から布と治癒薬、そして棒を2本取り出す。
「こ、殺すのか?やっぱり殺すのか?」
「違う。」
怯える男の切られた手を取り、治癒薬をぶっかけてあてがう。
そのまま添え木をして布で固定した。
「これで運が良ければくっつく。ひとつ貸しだ。運が悪ければそのまま腐るが」
「お前……見かけによらず良い奴なんだな……」
男の目がうるうると輝く。
「お前は見かけより馬鹿だな。切り落としたのも俺だぞ」
「それは戦いだから仕方ねえよ。治ったら絶対にお礼するからよぉ」
「要らん。さっさと話せ。話し終えたらギルドに引き渡す。」
「ああ、そうだな、そうだった……」
と、男は話し始めた。




