三途の川
なにか考える前に、体が動いていた。振り下ろされた斧の真下のステラを突き飛ばし──次の瞬間、斧は俺の体を真っ二つに切り裂きはじめる。
時間にすれば何分の一秒かだろう。
しかし死の間際で加速した俺の思考は、その斧が我が身を切り裂くのをまるで永遠のようにも感じた。
痛みよりも早く、めりめり、ごきごき、ぐしゃぐしゃと骨を、肉を、脳を、鈍い刃が裂き、砕き、潰していく。
真っ赤に染まった視界も、血と脳漿の匂いに満たされた嗅覚も、そのしばらく後には真っ二つになって何も感じなくなって──そして意識がプツン、と途切れ、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
気がつくと俺は、巨大な川の前にいた。
色の無い水面はさらさらと流れ、河原には1面の生命を感じさせない花が風にそよそよと揺れていた。
これが三途の川というやつか。
この世界にいくつもある宗教の、どの経典にも記された死後の世界と現世を分ける巨大な川。
そうか。俺もついにここに来る日が来たか。
「レイノス。」
背後からかけられた声に振り返ると、かつての仲間だった男がいた。名前も思い出せない、駆け出しの冒険者の頃に2人でパーティーを組み、3回目くらいのダンジョン探索で下層から上がってきた強い魔物に殺された、俺の最初の仲間。
あの日、パーティーを組んだ日のまま。
酒場で盃を交わしたその時と、顔も服装も全く変わりなく、栗色の髪を頭の後ろでまとめ、魔術師の正装だと言い張る極彩色のローブに身を包んだ彼がそこにいた。
忘れかけていた、忘れたかった記憶が蘇る。
あの時、魔物に襲われたこいつを──俺はどうしたっけ?
ああ、そうだ。見捨てて逃げたんだ。
はじめての、大事な仲間を。
「元気してたか?」
俺の気持ちを見透かしたかのように、そいつの声は優しかった。
「ああ、さっき死ぬまではな。迎えにきてくれたのか?まさか数回冒険しただけの俺のところに来てくれるとは」
「死んでからも俺の思い出だったからな。お前は強くて、輝いてて──」
「よせよ。昔の話だ。それに、お前を助けられなかった。逃げたんだ、俺は」
「ああ、それで良かった。お前が逃げた時、おれはもう死んでたからな。お前の命を繋げて後悔はない」
「だとしても、逃げたことに変わりはない。後悔はない?たとえ俺がここで死んでてもか?」
「どうだろうな。なんにせよ、話せてよかったよ。次に会うときは、もっと笑っててくれよな。そしたらさ、旅の思い出話でもしてくれよ。奢るから」
「待て、次って──」
言いかけた俺は、ガクン、と強烈な衝撃を受ける。
後ろに引っ張られるような感覚──再び俺の意識は途絶えた。




