牛頭の怪物
たどり着いたそこは、酸鼻を極める状況だった。瓦礫となった建物、血の跡や血溜まりが点在する石畳、逃げ惑う人々、それに手を伸ばし何事か叫ぶ逃げ遅れた人々。しかしそれより異質なものがある。
「……なんで街の中に魔物がいるんだ?」
街を、日常を破壊しているのは二足歩行の、牛頭を持つ巨大な怪物。迷宮の奥にまれにいるというミノタウロスだろうか。
その手に持った無骨な斧は赤く血に染まっていた。
「門が破られた様子はありませんし……空を飛んできた、ってわけでもなさそうですわね」
「あの巨体じゃな。となると考えられるのは……運ばれてきたか、ここで発生したか」
俺は洞窟で戦ったクイックシルバーを思い出した。
本来いるはずのない強い魔物がいる、という点は近しいものがある。
「なら……またあの黒い玉があるかもな。見つけてどうにかなるかは分からないが……」
「とりあえず、最初にやるべきはあのデカブツを叩きのめすことですわね」
「ああ。避難誘導はその辺のやつに頼んで……頼んで大丈夫そうだろうか」
見たところ、周囲に誰かを助けたり避難の手助けをしている者、怪我人の救出をしている者はいない。
無事な者も誰もがパニックになり、我先にと逃げているようだ。
残されたのは自力で逃げられない負傷者ばかり、これでは協力は期待できない。
「よし、ステラ。怪我人の治療と避難誘導を。こいつは俺とテムで何とかする。いけるか、テム?」
「ええ。ここまで来て逃げるほど甘ったれじゃないですよ」
と、テムは剣を構える。
「よし、いい心意気だ。──行くぞ!」
同時に駆け出す。
俺は右から、テムは左から。
ミノタウロスの注意を分散させつつ、横薙ぎに振り回された斧をかわし、巨大な蹄を持つ足元にたどり着く。
「行くぞ!"Mollius lana erunt!!"」
俺は地面に手をつきながら詠唱する。
同時にミノタウロスの足元の地面が泥沼のように柔らかくなり、その巨体がよろめく。
「はあああああっ!」
同時にテムの鋭い一閃が、もう片方の足の腱を切り裂く。
ズズン、と地響きが怒り、土埃が舞う。
ミノタウロスは膝をつき、大きく体制を崩していた。無事な方の足で立とうとするも、ぬかるみに取られ上手くいかない。これで機動力も、攻撃力も大きく削いだ。
「油断するなよ!」
「はい!」
テムは追撃を加えるべく剣を構え突進──
「待て!」
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じ、テムを制止する。
テムが止まり、身構えたのとミノタウロスが斧を手放し、その両の手で地面を踏みしめたのは──つまり、四足歩行になったのはほぼ同時だった。
「VRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!」
牛とも人の悲鳴ともつかない咆哮が街を揺らす。
ミノタウロスは後脚の1本を引きずりながらも、泥沼に取られていたもう片方はそのぬかるみを脱した。
「まずいな……」
言ってしまえば、手負いの巨大な牛。
だがその力は、実感するまでもなく恐るべきものであろう。
巨大な角。
力強い体躯。
突進されればひとたまりもない。
背後にはまだ逃げ遅れた住民と、その治療と救出に当たるステラ。
引く訳には行かない。
が、引かなければ──待つのは火を見るよりも明らかな、死だ。
ならば、やるべき事は1つ。
やられる前に、殺ることだけだ。




