何があっても、何もなくても
多忙な日々に区切りがつきました。更新再開させていただきます。お待たせしてしまい申し訳ないです
「久しぶりのまともな食事……やはり贅を凝らしたひと匙は、生を実感させてくれますわね」
「ああ、いい店だったな、また来よう」
[ 黒い狐の尻尾]亭の食事は、過去数日の食事がなんだったのかと思えるほどに素晴らしいものだった。
パンは麦畑を走り抜けるように小麦の香りが弾け、肉は舌の上でとろけ、スープは一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。
「あんなに美味しいもの食べたのはいつぶりでしょうね……たしか最初に城にお呼ばれした時だったかなぁ……」
テムの思い出は切ない。
「……また明日も来ような」
「ええ、今から楽しみです」
食事を済ませ腹ごなしに街を散策していると、何やら遠くが騒がしかった。
何かが壊れるような破砕音と悲鳴。
月の明かりには、もくもくと煙が照らされていた。
音の方角から走ってきた男は額から血を流していて、俺達には目もくれず走り去っていた。
「あの……レイノスさん。あれってもしかしてギルドの方角じゃ」
「確かに。何かあったんだろうか」
「何かあったとしたら、早いうちに魔石を換金しといてよかったですわね。見に行きますの?」
「いや、明日でいいんじゃないか。今行ってもトラブルに巻き込まれるだけだ。なにもなくただの喧嘩とかならなんの問題もないし、それが一番だしな」
「そうですわね。騒ぎに乗じてよからぬ事を考えるやからもいるかもしれませんし、もう帰るとしましょう」
「……なら」
と、テムが重々しく口を開く。
「なら、僕1人だけでも行ってきていいですか。もし、あそこで誰かが死にそうになっていて、もしそれを救えなかったら──きっと僕は、ずっと後悔して、勇者なんてものでは、きっと居られなくなるから。だから──」
テムはたどたどしくも言葉を紡ぐ。
きっと葛藤しているのだろう。
もし行った先に自分ではどうしようもない困難が待ち構えていたら、それとももう間に合わないことを恐れているのだろうか。
あるいは何事もなくて恥ずかしい思いをしたくない──いや、テムはそんなことを考えやしないだろう。
俺は決断し、テムに言う。
「そうか。俺はテムの保護者じゃないし、たとえ危険かもしれなくても、誰かを助けたいならそれを止めることはしない。よっぽど命の危険がない限りはな。ただし、一人で行くってのは無しだ。旅の仲間なんだ。こんなことで別行動は粋じゃない」
「ですわね。行きましょう、御二方」
テムの顔が輝く。
「──ええ、行きましょう。たとえ何があっても、もし何も無くても。」




