洞窟の難敵
「見つかった、か……」
洞窟のさらに奥。
地面に倒れ伏す緑髪の少年は、おびただしい血にまみれてこと切れていた。
ステラの言っていたルースという戦士だろう、その姿を見た彼女の顔が曇った。
駆け出しの冒険者は仲間の死を悲しむ。だが冒険者という仕事を続けていくうちに数えきれないほどの死と直面し、やがて他人の死に心が動かなくなる。それを成長と捉える者もいるが、人として大事なものを振り捨てて行くことが成長とは思えない。
「覚悟は、出来てましたわ。それでも……辛いものですわね。こうして突きつけられるのは……」
「ああ……だが、おそらく悲しんでいる暇もない」
「そう……ですわね。ごめんなさい、ルース。せめてあなたの認識票だけでも、持ち帰って弔わせてもらいますわ……」
冒険者の一部は、自分の死後の手続きのために認識票という金属の板に自分の名前や生まれを記したものを首から下げている。魂が天国へ行くため、とか認識票に命が宿るとかそういう信仰もあるらしいが、眉唾というか俺は信じていない。
家族も恋人もいない俺は死後の手続きをする必要がほぼない。
貯蓄は寄付にまわされるだろうが、それも放っておけば数年でされる。
なのでそれを紛失してから、再発行もしていない。
テムは……持っているんだろうか。持ってはいるはずだが、見たことはない。
ひょっとしたら俺と同じく紛失したのかもしれない。
ステラはルースの亡骸の首にかかった血塗れの認識票を外すと、それを自分の首にかけた。
「テムさん、レイノスさん、油断はなさらないで。ルースの亡骸は荒らされていませんでしたわ。つまり私達が彼を探しに来ると判断しての……」
「ケケケケケケケケケケケケケケーー!!!!!」
突如、耳をつんざくような甲高い笑い声が洞窟を揺らした。
「な、なんですかこれ?」
テムが動揺する。
「これは……魔物の襲撃の時にも聞こえた笑い声……!」
ステラは血の気の引いた顔で周囲を見渡す。
俺はその笑い声に聞き覚えがあった。
彼女に知識が、あるいは経験があれば魔物の同定もできただろう。
しかし半端な情報や早計な判断は死に直結すると判断した彼女は、笑い声と魔物の襲撃を結びつけなかった。
だから俺に笑い声のことを伝えなかったのだろう。
その判断自体は正しい。
だが正しいことが最前とは限らない。
特にこんな、イレギュラーの時は。
魔物の人型に近いシルエットが、立ちすくむテムの背後に現れる。
「テム!屈め!」
「え、はい!」
俺の声にテムが頭を低くする。そのすぐ上を、ぼやけた輪郭を持つ銀色の手が空振る。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!」
そりゃ早いわけだ。
そして見えないわけだ。
そもそも、こいつがこんな所にいるのがおかしいのだ。
俺はその魔物を知っている。
かつて戦い、そして何度目かに俺に仲間を失わせた、駆け出しの冒険者が知るはずもない魔物。
元来魔領に程近い名も無き洞窟に潜む、その半霊半生の上級魔物を、俺たち冒険者はクイックシルバーと読んでいた。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!!」
クイックシルバーは実体化し、威嚇するようにその鋭い爪を持った両手を広げた。




