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追放勇者と出会いました

憧れはいずれ、諦めに変わる。

35にもなって自分の身の丈に合わない功績を狙う馬鹿がいないとは言わないが、大抵の馬鹿はそうなる前に死ぬ。

冒険者はそれほど甘い職業ではないのだ。

大きな町の近くの森で弱い魔物を狩って日銭を稼ぎ、帰りに安い酒を二杯か三杯、それとつまみで夕食を済ませ泥のように眠る。

こんな仕事をいつまでも続けていられるはずもないから老後の蓄えも少しずつ積み立てて。

そんな堅実な人生を送り、貯金で道具屋でも経営して堅実に死んでいくのが俺、レイノスという男だった。

少なくとも、今日の昼過ぎまでは。

だが、テーブルの向かいに座る少年は、泣き腫らした目をこすり、俺に言う。

「一緒に、魔王を倒しに行きましょう。」と。


話は2時間前に遡る。

昨日の稼ぎが良かったのと最近働き詰めだったのもあって、今日はゆっくり休んで英気を養おうとしていた。

昼に起きて酒場で酒でも飲んで、女でも買って、それからゆっくり寝よう。

そう決めていた俺は行きつけの酒場に行く途中で──物見櫓(ものみやぐら)に登っていく少年を見かけた。

栗色の髪を短く切りそろえ、育ちは良さそうだ──が、その見た目に不釣り合いな重鎧を身にまとっていた。

幼い子供が登ってはしゃぐならままあることだが、いや、それでも危ないから止めるにこしたことはないのだが……見たところ13か14、あるいはもう少し幼いか。

一人で櫓に登ってはしゃぐ年頃ではない。そしてその横顏には、どこか思い詰めたような表情を浮かべていた。

──おい、まさか。

嫌な予感は的中し、櫓に登った少年はほどなくして、その柵から身を乗り出した。

「待て待て待て待て少年!早まるな!」

下から叫ぶ俺に、少年は虚ろな目でこちらを見た。

「なんですか?」

「なんですかじゃ無くてだな!どう見ても飛び降りようとしているだろ!やめとけ!君は若いんだからまだ……」

「あー、無いです。未来なんて。」

「は?」

「いないほうがいいんですよ、僕。」

さも当然のことのように、彼は言う。

「話くらい聞くから!死ぬな!せっかくの休みに寝覚めが悪くなる!」

「……ぷっ……なんなんですか、それ」

少し笑った。いけるか。

「だから、一旦下りて……」

「はぁ……しつこいですね。わかりました。下りればいいんでしょ……」

少年は踵を返し──突如、突風が吹き付けた。

「え?」

その細い足がバランスを失い──少年は落下する。一瞬、時間が止まったように感じた。

何か考えるより前に、俺は走っていた。

「間に合えよ……!"Mollius lana erunt!!"」

少年の落下地点。

地面に手をつき、唱える。一瞬の遅れもなく、半径1メートルほどの地面が変性していき、スライムのような軟質さをたたえた光沢をはなった。

「うわあああ!?」

少年は地面に落下し──ぷよん、と音を立てバウンドした。

「え……?えっ、と……」

「間に合った……しょぼいが、俺の魔法だ。地面を柔らかくする魔法。立てるか?」

俺が手を差し出すと、少年は俺の顔をじっと見つめ、ぽろぽろと涙を流し始めた。

道行く人が俺達を見て何やら言い始める。肝心な時には気付かないくせに、こういう時には目が聡い。

「ここじゃ人目につく。場所を移そう。近くに行きつけの酒場が……」

少年はふるふると首をふった。

「すみません、腰、抜けちゃって……」


それからだいたい10分。

肩を貸して連れてきた酒場でこの少年は、俺の奢りの果実水には手も付けずにぽつぽつと語り始めた。

少年はテムと名乗り、彼曰く勇者というやつらしい。

何百年年に一度だったか、復活する魔王を倒すために生まれる、神の力を得た選ばれし者。

今回も当然魔王討伐のため王の勅命を受けて冒険をするのであるが……あまりにも弱い、という理由でお供の3人にパーティーを追放されたらしい。

勇者メインのパーティーだぞ?

そんなことがあるのか?

しかしこの少年が嘘を言っているようには見えないし、語りながらおずおずと見せてくれた胸元には勇者の印である翼の形の痣が微かに発光していた。

この少年が勇者に憧れすぎて変な妄想を抱いた頭のおかしい奴である可能性よりかは勇者パーティーなのに勇者を追放するイカれたメンバーが存在する可能性のほうが、いくらか高い。

「で、さっきみたいな馬鹿をやろうとしたわけだ。」

「あの……えっと……すみませんでした」

「怒っちゃいない。ただ、あんなことはもう少し生きて、にっちもさっちもいかなくなってからにしろ。場所もよくない。街中で死ぬと色々厄介だ。」

「はい……」

俺も勇者の力のことは知っている。

勇者が死ぬと、その力は王族の誰かに受け継がれるとかいう伝承も。

彼も彼なりにこの国の行く末のために、死んで次代の勇者に希望を託そうとしたのかもしれない、が。

「いいのか、それで。」

「それで……って?」

「お前が死んで、次の勇者がお前を捨てた奴と一緒に魔王倒して。それでお前は成仏できるのか?お前は勇者だから、死ななきゃいけなかったって、そう思って、満足して死ねるのか?」

「……いえ、きっとできないと思います。だけど……」

「だけど、じゃない。弱いなら強くなればいい。幸いこの辺りには腕試しに丁度いい魔物が沢山いる。そいつらを倒せば装備だって調えられる。魔王の復活の前には魔物が強くなるというが、今のところその予兆もない。焦りすぎて、なんの結果も出さないまま降りるのは早計なんじゃないか。それにお前が死んで、次の勇者も弱かったら──そいつも死ぬかもしれない。そうしたら、その選択肢を与えたのは、決断させたのはお前だ。前のやつも死んだんだ。だから自分も死んだほうがいい──そうやって沢山死体を重ねて、血塗れの手であの世行って、お前の人生に意味があったって胸張って言えるか?」

「……それは、確かに……」

「だからな、捨てられたっていいだろ。逆に焦る理由もなくなったんだ。ゆっくりやればいい。ゆっくりやって、いつの日か魔王が復活した時にその剣が魔王の喉に届くくらい速くなればそれでいい」

「そう、ですね。もう少し頑張ってみます。おじさん、お名前は?」

「レイノスだ」

「レイノスさん……ありがとうございます。あの……」

テムは数秒思案し──さっきの台詞で俺を魔王退治に誘い、今に至る。

これが俺とテムの、魔王を倒して英雄になるまでの物語の始まりだった。






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