レイピア考
創作上、エルフや高名な女性騎士・魔剣士などが装備すると言われる刺突剣「レイピア」ですが、果たして、その剣としての在り方は正しいのかという問題です。
既に、幾人かの方が創作論の中で投稿し、意見を開陳されておりますが『妖精騎士の物語』の中におけるレイピアの存在を、登場人物の言葉を借りて描いてみたいと思います。
リリアル学院で仕事の最中、不意の来客に心が波立つのだが、今回は姉ではなくカトリナ主従であった。少し先の話になるが、カトリナはサボア大公妃としてトレノに向かう事になる。そうなれば、こうして顔を会わせる機会もなくなるだろう。
そんなこともあり、カトリナは暇を見つけてはリリアルに来訪することが増えている。
「元気にしているか二人とも」
「そうね、まあまあね」
「あなた達も元気そうで何よりだわ、カトリナ、カミラ」
「副伯への陞爵おめでとうございます、閣下」
カトリナが完全に訪問目的を忘れて出されている菓子に集中している
ことを、遠回しに揶揄するように挨拶するカミラ。
「ん、なに、私も心の中でお祝いしているのだぞ」
「そうね、でも言葉にして貰わないと普通は伝わらないわよカトリナ」
「そうだな。すまん。だが、副伯とはな。古臭い爵位を持ち出したものだな」
ギュイエにおいても副伯領が以前存在した。百年戦争の頃である。当時は王家に並び立つ伯爵領も存在し、それ故、副伯を置いて統治する必要があった家もあるのだろう。
大きな伯爵家は概ね公爵家となり、副伯はその家の持つ伯爵位を継いだり、伯爵領になって副伯という爵位が消えて久しい。
「恐らくは、先の陞爵を見越しているのであろう?」
「伯爵並ということなのでしょうね。でないと騎士団を設立できないからね」
子爵では騎士団を設立できないが、伯爵以上であれば騎士団を設立する事が可能となる。本来、伯爵の騎士団というのは自警団程度の存在なのだが、リリアルの場合は魔導騎士団並の陣容となるだろう。
「騎士団といえば、最近王弟殿下付きの近衛騎士と関わりがあるのだけれど」
「ダンボア卿か。王都では近衛としてよりも決闘好きとして有名だな」
カトリナも王妃様付きの近衛騎士をカミラとともに務めていたこともあり、元同僚というところなのだが、王妃と王弟ではあまり接点がないこと、加えてカトリナが公女殿下であることもあり、関わる事は無かったという。
「帝国に観戦武官として同行させたのだけれど、剣がレイピアなのよ。
あれは……」
「そんなもの、護身用にもならんな。近衛でも式典用の剣に近いぞ」
「でも、あなたの剣もそうじゃないの?」
カトリナはニヤリと不敵に笑い否定する。
「いいや、私の剣は元は『エストック』の魔銀剣であったものをレイピア風に仕立て直したものなのだ。王家から賜った由緒ある魔銀剣で、百年戦争末の物だと聞いている」
エストックというのは、刺突を主な目的とした王国風ツヴァイハンダーであると言えばよいだろう。百年戦争後半の頃、法国で興隆し始めたプレート・アーマーに対抗するために刺突力の高い両手持ち可能な剣が作られたことによる。
これは、ツヴァイハンダーのように剣の付け根の部分に刃をつけておらず、ショートスピアのように用いることができる。今日のツヴァイハンダーが剣の形をしたハルバードであるとすれば、エストックは剣の形をしたオウル・パイク(刺突錐槍)といったところだろうか。
「そんなすごい剣なのね。でも、普通に使っているわよね」
「戦場の剣だからな。たまに使ってやらねば、拗ねると言われている」
騎士学校時代にも、割りと気軽に使っていた気がする。細身のバスタードソードかレイピアだと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
「近衛騎士はレイピアを帯剣している人が多いのよね」
「ああ。あまり幅広の剣身の物は好まれない。実用的であるより帯剣して目立たず、軽いものが好まれる。それに、護拳に意匠を凝らすのも容易であるしな」
ブロードソードと呼ばれる斬る事に特化した片手剣もそうだが、法国で流行らせようとする剣は貴族趣味というのだろうか、護拳の装飾に拘る物が少なくない。
「その装飾は王都でしたものよね」
「ああ。ギュイエは神国に近いからな。神国人の好む装飾をすると、自国でも他国人扱いされかねないから似せないようにしているのだ」
レイピアもブロードソードも神国・法国が流行の発信地であり、元はエストックが原型になっているとも言う。神国語で「ローブの剣」を意味する「エスパダ・ロペラ」が訛ってレイピアになったとも、王国語の刺突剣を意味する「エペ・ラピエレ」が語源ともいう。どちらでも良いのだが。
「ローブの剣でも刺突の剣でも意味は通るわね」
「そうだな。近衛は基本、護衛任務であるしその場合、護衛対象に合わせた衣装を着る。戦場用の剣では物騒であるし、襲う相手も軽装の物が多い。勿論、郊外の馬車移動の護衛などなら騎乗になるから、装備も変わる。ただ、剣はレイピアのままの物も少なくないかもしれん」
魔力を用いるものが比較的多く、剣も相応の魔銀の剣であることもあり、魔力が通れば何でもいいという風潮もあるという。騎乗であれば、ランスかそれに類する長柄装備が主武器なので、剣はおまけに過ぎない。
「だから、ルイダンもレイピアで観戦武官をしていたのね。死にたがりなわけではないのね」
「奴の場合は知らん。あいつは守る意識が低いからというのもあるだろうな」
王弟殿下のお友達感覚であり、自分が護衛対象を守るという意識が低いと遠回しに揶揄されているのだろうか。
「実際、斬れるものなの?」
伯姪は法国の影響を受けるニース育ちだが、レイピア使いには縁がないようだ。船上ならカッツバルゲルやカットラスのような片手曲剣で斬撃に向いた剣を選ぶからだろう。
「斬れるものと斬れないものがある。それは、そもそも剣術の流儀がことなる」
元々はエストック同様、ある程度刃もあり、剣身もある細身の剣として神国でレイピアは作られていた。神国の剣が、剣を円を描くような軌道で旋回させ切裂く剣術が主流であるからだと言えるだろう。
「それに、決闘に用いるなら相手に出血させることが重要で、致命傷を与えたり行動不能にする必要性はない」
「確かにそうね。法国のレイピアは先端以外切れないし、あの国のレイピアを用いた剣術は直線的に素早く動いて、相手を効率的に刺突することに特化しているもの」
「そう考えると、ダンボア卿の剣では決闘には勝利できたとしても、戦場では生き残れそうもない剣ね」
彼女の言葉にカトリナと伯姪が頷く。傷をつけられるのは平服であるからだ。また、マントや左手の小剣で受けるような剣術も戦場では使えない日常生活の延長線上での剣術に思われる。
神国では銃火器の装備が進み、槍と銃と剣の組合せの軍から剣兵が廃止された経緯もある。鎧が軽装化しそれに伴い剣も細身で長さの割に軽い剣となれば、リーチの長い分有利となる。
そのような工夫が進んだ結果、凡そ戦場では使えない剣となったのではないだろうか。そもそも、戦場で剣が主流の装備ではないところから始まった進化なのだが。
「帝国傭兵は、ブロードソードのようなごつい曲剣装備よね」
「カッツバルゲルでしょ? 護拳も実用的なS字の簡素なものであるし、傭兵の世界では剣は実戦的なモノなのでしょうね」
「戦場だけが使用する場ではないからな」
酒場に通りすがりの農村、傭兵は戦場以外でも剣を必要とする。
「ベーメン・ソードって、もっと実用的な一枚の鋼鉄板から作る剣もあるのだから、実際はそのようなものの方が役に立つ道具というところね」
究極の戦場道具の紹介に、カトリナが頷き言葉を繋げる。
「まさしく、レイピアは貴族が帯剣して身分を示す為の剣でもある。身分と名誉を示す剣とでも言えばいいだろうか。だから、あまり厳ついものが好まれないのだろうな」
レイピアは長さの割に軽いというメリットがある。貴族が身分を示す為に必要な剣という意味では、それで十分なのだ。
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日本においても、江戸期の太平の世、日本刀が細く軽くなる傾向が現れるようになります。職業軍人であった武士が実質官僚となったため、戦場で使うような重ねの厚い重い刀が嫌われたためです。
また、太刀を摺り上げて刀に直したり、長巻なども同じように打ち刀に直されました。
結果、尊王攘夷運動の最中において、『新新刀』と呼ばれる実際に人を斬るために必要な重厚さを持つ刀が復刻されるようになります。
身幅が広く、切っ先が長く、反りがある、斬撃性能を増したものですね。
レイピアが切れる斬れる剣かどうかといえば、斬れることは切れるのだと思います。但し、対人戦闘に特化した剣であり、鎧を装備した相手を斬るには『魔銀剣』のようなギミックが必要でしょう。
レイピアの使用目的が、剣術というスポーツもしくは決闘という娯楽にあるわけですから。
え、危険だろって? 何をおっしゃいますか。サッカーや野球だって半身不随や再起不能の怪我をするのは珍しくありませんよね? まして、名誉に命を掛ける貴族にとっては当然のことではありませんか。
勿論、その場合、決闘代理人が存在するので、命も安全ですけどね。