最弱幼女の奮闘記【8-1】 幼女と医者
一紗の修業時代のお話です。
色々と描写している内に八話になりました。
最初は第一章のエピローグ後の時系列で雑談する最中に
一紗の口から回想を語らせることを想定していましたが
彼女の視点だと知らないはずの情報もたくさん出てくるので没にしました。
一応前書きに没案を残しておきます。(仲間内で牙王の話は共有されるはずなので)
雰囲気を楽しみたい方は以下の※マークからお読みください。
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――愁国を取り戻して数日。
武言城の縁側で一紗は寝ころんでいた。
蕾華に膝枕されている彼女は大層心地よさそうである。
「一紗、こんなところにいたんですね……って、また蕾華を枕にしてるんですか」
「いいのよ、美鳳。私が提供してあげてるだけだし。それに今回の奪回戦で一番頑張ったのは一紗さまなんだから、労ってあげないと」
「それはまぁそうですが……」
姦しい少女達の声に一紗は目を覚ました。ちょうど城壁を飛び越えてやってくる巨漢が視界に映っていた。
「鎧兜? どうしたんだよ」
「下町で饅頭買ってきたから一緒に喰おうと思ったんだが……チッ、美鳳もいるのかよ」
「なんですか、兄上。領主である私が城にいてはいけない理由でもあるのですか?」
「寝起きに兄妹喧嘩はやめろって。折角菓子があるんだから皆で食おうぜ」
伸びをした一紗は肩を鳴らして身体の調子を整える。
その間に侍女が入れたお茶が配られて四人は仲良くおやつタイムを満喫することになった。
兜の隙間から饅頭を一つ丸ごと平らげて茶を流しこんだ鎧兜は思いだしたように呟いた。
「――気になってたんだが姉御の武術はどこで身に着けたんだァ? 我流って話だが、それにしてはなんつーか、整ってるよな」
「あっ、それは私も気になってた。これでも棒術には自信あったのに、互角でビックリしたもん。一紗さまの氣巧武術はすごく洗練されてるわよね」
「氣巧術そのものは確か……牙王という盗賊に師事してたのですよね? 」
「……ああ。あの人がいなきゃ俺はどこぞのカスに嬲り殺されてただろうさ」
茶柱の立った湯のみに師の顔を投影した一紗は表情を緩ませた。
一気に茶を啜り喉を潤わせた一紗は空を仰いだ。
「ちょうど師父の夢を見た。何かの縁だろう。茶と饅頭と膝枕のお代替わりに昔話を聞かせてやる。俺がまだ弱っちかった頃の話だ……」
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これは後に惡姫と呼ばれるようになる女傑がまだ幼く弱かった頃の話である。
――牙王に拾われて間もない頃、一紗はボコボコにされていた。
「もう死ねよ才能なし! いい加減氣の練り方くらい覚えろや!」
「そ、そんな! あんまりです! 習い始めてまだ三日しか経ってません!」
「三日も経ってるんだ! お前は俺様の時間を三日も使ったんだ!! それなのに全く習得できねぇとはどういうこった!? やる気ねーなら殺すぞ!!」
二人が口論している間に盗賊行為を終えた子分たちが戦利品を抱えて帰ってくる。
腕には高そうな金細工や金貨の入った銭袋、食料と若い女達が抱えられていた。
「親分、また喧嘩してんのか?」
「ガキの御守りなんてよくやるよなぁ。さっさと殺しちまえばいいのに……」
呆れる子分達が戦利品の分け前を相談している間も師弟の口論は続く。
「イーシャ! 蟲だって一日で蛹から蝶になるんだ! 三日で成長できねぇお前は蟲以下なんだよ! クソ鈍間野郎!!」
「牙王さん、その理屈はおかしいです! 蛹は一日で蝶になってません! 時間をかけて身体を作ってから蝶になるんです!」
「ガキが屁理屈言うな!」
堪えきれなくなった牙王の鉄拳制裁が飛ぶ。氣を纏った手加減なしの拳であり、幼女の身体で受ければ最悪死に至るだろう。
一紗は僅かな時間の中で彼から教えられた氣の練り方を思い出していた。
『自分の魂を引っ張り出すみてェに強く集中しろ! 眠る力を呼び起こせ!』
僅かな集中で鉄拳制裁の攻撃を見切った一紗だが幼女の身体は未熟故に回避行動についてこなかった。そのせいで躱しきれなかった。
「うわぁあああ!!」
不幸中の幸いだったのは一紗の身体が軽かったことだ。師の鉄拳の風圧によって拳が直撃する前に吹っ飛ばされたのである。
地面に叩きつけられた衝撃が激痛となって幼い体を蝕む。
「痛い!! 痛い痛い痛い!! 骨が折れた! 死ぬ! 死んじゃうぅうう!!」
「うっせーぞガキ!! 折れてたらそんな転げ回れねェよ!! 黙れ!」
牙王に踏みつけられた一紗は「へぶっ!」と一言叫び大人しくなった。
「――今一瞬、氣を使ったな? 確かに見た。動体視力を強化しやがったな! ハハハハ! ようやくだ! やはりテメェは自分の危機で覚醒するらしい!」
自分を踏みつける脚の重さがなくなった一紗は喜びに沸いた。氣を一瞬使えたこと、師の期待に応えられたことが嬉しかったのだ。
(やった。体力づくりもきつかったけど、コレでやっと褒めてもらえる)
――だが一紗の望みはすぐに打ち砕かれた。
片足を握られ逆さに持ちあげられた一紗は不敵な笑みを浮かべる師と目が合う。
「氣を使えるなら多少殴っても壊れねェよな?」
「へ?」
言葉の意味を理解する前に一紗はボールのように空へ投げられた。
重力に従って落下する間、地上の牙王が腕を引いて構えているのが見える。
「まさか……!」
そのまさかだった。落下してきた一紗の腹に彼はラリアットを喰らわせたのである。
吐血し、豪快に吹っ飛ばされた一紗は大木に激突して止まった。
「ゴホッ! ガハッ! ……オエェエエ!! コホッコホ!」
先程は痛みを訴えることができたが、今は激痛のあまり言葉さえも出てこない。口いっぱいに血の味が広がり、咳と一緒に血が飛び散る。
「情っけねぇ奴。受け身もとれねぇのかよ。ちゃんと氣を練って防御しろや」
まだ氣巧武術は体得していないとか、やる前に声をかけろとか色々言いたいことがあったが、痛みに耐えきれない今は睨み付けることしかできない。
「言いたいことあんなら言え! 何のために口があると思ってんだ!? あ?」
「オレ、こども……のに! けほっけほ! ぼんぎで……ぶっだぁ……」
「俺様がガキ相手に本気出すか。氣巧武術も使ってねーし、手加減もした。受けられねぇお前が悪ィ。弱いお前が悪ィ! なぁ! お前らもそう思うだろ!?」
見物していた子分達に同意を求めると、彼らは食料を食べこぼしながら下品に同意した。
「ガキが悪いっす!」「弱いのが悪い!」「手加減した親分超優しい!」「ガキが無能すぎぃ!」
大の男に殴られて血反吐を吐いても周りは誰も心配してくれない。少し成長できたのに褒めてもくれない。失敗すれば全部が自分の弱さのせいにされる。反抗したいのに彼らに報いる力さえ足りない。
自分が惨めさと身体の痛みに耐えきれなくなった一紗はボロボロと涙を流した。
「出たぁガキの泣き顔! 不細工~」「うるさくてかなわねぇ!」「親分の玩具じゃなきゃ、ぶっ殺してるぜ」「泣いたって変わらねぇのに頭悪ィ」
わざと子分の愚痴を聞かせた牙王は泣きじゃくる一紗の顔面を殴り飛ばした。
「甘えんな! 泣く暇があれば鍛えろ! 喚こうが誰も助けやしない! 信じられるのは自分の力のみだ! それを俺様が身に着けさせてやろうと言ってんだ! 感謝しろや!」
殴られた一紗は起き上がろうとしない。「ヒュ~ヒュ~」と狂った呼吸を繰り返し偶に吐血する。それを拗ねた態度だと見なした牙王は拳を鳴らしながら近寄っていく。
だが彼よりも早く一紗の下に駆けつけた者がいた。見慣れない若い女性である。
「あん? 誰だテメェ?」
「あ! 親分! ソイツ戦利品ですわ! 別嬪だったんで親分にと! まだつまみ食いもしてねぇですぜ!」
「ほう、確かに美しい女だな」
男達の下卑た視線を無視した女性は倒れた一紗に治癒氣巧術を施す。
その様を見た盗賊達や他の攫われた女達も静かになった。治癒氣巧術は医学知識と精密な氣のコントロールが必要であるため使える者は大変珍しいのである。
「あなた! 盗賊団の頭領でしょうけど、子供を苛めるなんて酷すぎるわ!」
「苛めてねェよ。鍛えてやっただけだ。ガキが受け身も取れずに泣いたのが悪ィ」
「この子はね! 骨が折れてるの! 肺に骨が刺さってるの! あなたが体格差を無視して暴力を振るったからよ!」
「あん? さっきは泣きべそかく元気があったぜ?」
「その後殴ったせいで悪化したのよ! まだ子供……それも女の子相手に……」
牙王はバツが悪そうに頭を掻いた。自分が育てようとしていた教え子を危うく殺す所だったのだ。手加減しても尚自分の身体が強いことを彼は考慮できていなかった。今までも体罰は加えていたが、今回は弟子の成長に喜ぶあまり加減を見誤ったのかもしれない。顔色が悪い一紗を見て少し反省したようである。
「お前……ソイツを治せるのか?」
「今治してるの。集中させて」
女性は治癒術を続けた後、薬草を煎じて一紗に呑ませる。
しばらくすると、一紗は回復の兆しを見せた。
「あなた、大丈夫?」
「……誰?」
「私は藍写。徐・藍写。見習いの医者よ」
見習いという割には適切な処置だった。一紗の身体が小さいからというのもあるが、人体の損傷個所を綺麗に治してしまったのである。
「痛くない……? すごいっ! 死ぬほど痛かったのに……」
初めて治癒氣巧の効果を受けた一紗は、元の世界の医学よりも精密で迅速な治癒術に感動すら覚えた。自分の身体の無事を確かめるように激しく動かしてみる。
盗賊達も死にかけた子供が一瞬で回復したのを見て言葉を失っていたようだ。
頭領の牙王は「ふん」と鼻を鳴らすと、略奪品から食料を取りだして藍写に投げてよこした。勿論盗品だが治療代のつもりらしい。
「イーシャ、テメェは貧弱すぎる。コレ食って栄養つけとけ!」
牙王が投げ渡したのは小さな桃だった。鍛えてやると約束したのに殺しかけてしまったことに対して少しは負い目があったらしい。盗賊頭領として謝罪の言葉はなかったが、残飯ばかり渡された数日間と比較するとご馳走であった。子供が好くであろう甘い果実を手渡してやるのが彼の精一杯の優しさだったのだ。
「美味しい……」
このとき食べた桃はとても甘く一番おいしく感じた。何より師から桃一個を与えられたことが嬉しかったのだ。感動のあまり涙を流す一紗を見た藍写は盛大な勘違いをしてしまった。
「可哀想に! 怖くて泣いてるじゃない! 幼女を苛めて威圧するなんて貴方は人でなしよ!」
頭領への侮辱に盗賊団は一気に殺気立った。武器を一斉に構える彼らはただの犯罪者ではなく屈強な氣巧術士なのだ。反感を買えば命はない。それでも藍写は一紗を庇うように背中に隠して気丈にも頭領を睨み付けたのだ。
――感心した牙王は子分達を腕一本で制した。途端に男達の殺気が消える。
「気に入ったぞ、女。お前が俺様の言うことを聞くなら悪いようにはしない」
「……あなたの相手をするのですか?」
「違う。その治癒氣巧だ。ソイツを俺様のために使うならば命と貞操の安全は保障してやる」
選択肢はなかった。また、このときは一紗が牙王に虐められていると勘違いしていたために彼を刺激しないように条件を呑んだのである。
「いいわ。けど条件をもう一つつけて。この子を苛めないで!」
「別に苛めてねーよ。鍛えてただけだ。それはガキも同意の上だぜ」
「そんなはずないでしょ!? まだ子供、女の子なのよ!?」
「徐さん、本当だよ。その人は俺の師匠なんだ」
「……え?」
状況を呑みこめていない藍写に一紗が説明している間に、牙王は子分達に藍写を手厚く扱うように厳命した。食事を与え、手を出すことを禁じたのだ。
食事の間、藍写は同じ質問を一紗に尋ねていた。
「一紗ちゃん、本当にあの男に師事してるの? 盗賊の頭目よ?」
「強さを身に着ける一番近道だと思ったから……。氣巧術を教えてくれる人はいなかったし」
「でも、だからって……」
「盗賊に捕まる俺を誰も助けてくれなかった。奴隷として酷使される俺を助けてはくれなかった。今はまだ子供だからマシだけど、成長すれば貞操を狙われる。だからその前に強くならなきゃいけない。お姉さんだって戦う力がなかったから攫われたんでしょ?」
藍写は幼女の人生観に絶句した。あまりにも大人びすぎているのだ。
(この子はこの年でどれだけの地獄を見てきたのかしら……。けど、今の帝国ではありふれているのよね)
医者見習いとして各地で実践修業をしていた彼女は地方の村々で痛ましい光景を見てきた。盗賊や妖魔に荒らされた村々である。あのような光景を見て育っていれば達観してしまうのも無理はないのだ。
「ハァ~……酷い時代だわ……」
藍写の溜息と涙が彼女自身の状況を悲観してのものだと考えた一紗はその手を握って励ました。
「大丈夫だよ。牙王さんが約束してくれたから、お姉さんが襲われることはないよ」
一紗は牙王と過ごしたこの数日間で彼の人格が掴めてきた。
粗暴かつ短気であるが一度かわした約束は必ず守る。そして自分が気に入った相手は厚遇する。一紗は余興相手として選ばれ、藍写は医療技術を買われたのだ。
事実として、一紗と藍写は彼の子分から手を出されることは全くなかった。
子分達の殆どは無教養で武術と氣巧術だけの荒くれ者であったが、「親分の命令は絶対」という唯一不変のルールは順守していた。それだけ頭の牙王を畏敬していたのである。
また、牙王の傍には《四脚》と呼称される四人の側近達がいた。
知と武に優れた古参兵であり、まさに頭を支える四本の脚に相応しい猛者達だった。
牙王不在時は彼らの内一人は拠点に残留していたために子分たちが隠れて何かをすることはできなかった。非常に統制がとれたグループだったのである。
期せずして藍写という傷薬を得たことで牙王盗賊団の活動は精力的になった。
また、彼女の治癒術のおかげで一紗の修業も効率的になる。
「またガキが壊れやがった。女ァ! さっさと治せ!」
「ちょっと! あなたがボコボコにしておいて……!」
「イーシャが望んだことだ。氣巧武術は体で覚えさせるのが手っ取り早い」
牙王は手加減を誤ることがあったが藍写がいるために大事には至らなかった。しかし、治癒術士の存在が鍛錬内容をより過酷なモノにしていった。
氣巧武術の防御力を鍛えるために牙王の技をかけられるのだ。当然骨を折られ、肉を潰されることになるが修業は続行される。脚がふらついても、地面に叩きつけられ血反吐を吐いても中止はない。意思を失くすか体が完全に動かなくなるまで拳骨の鍛錬は再開されるのだ。
激痛のあまり失神した振りをしたこともあったが、氣の扱いに長けた牙王に看破されて無理やり起こされた。そしてペナルティと称して鉄拳が飛んでくることになる。
「もう立てねぇのか。口ほどにもねぇぞクソガキ」
「酷い。一紗ちゃん、昨日よりは持ちこたえてるのに」
藍写はボロボロの一紗を気遣いながら治療するも、牙王の叱咤は続けられた。
「足りねェんだよ。この俺様が稽古つけてやってるんだからよォ。昨日より少し強くなるのは当たり前ェだ。昨日躱せなかった技を躱せるようになれ。昨日失神した技に耐えられるようにしろ。俺がイーシャの年の頃にはもっと氣を上手く扱えていたぞ」
「……ごべん……な、さい。明日には……必ず……」
「ふん、明日の自分に甘えられんのもこの俺様の庇護下にあるおかげだということを忘れるんじゃねぇぞ」
興味をなくした牙王は気晴らしを兼ねて妖魔狩りに出かけてしまった。
勿論監視の眼がなくなったわけではない。盗賊団の縄張りの範囲内でしか自由は許されなかった。藍写は己の非力を憎みながら一紗の治療を続ける。
「ごめんね、私にもっと力があればあなたを守ってあげられるのに……」
「守られるのは駄目だよ。その人がいなくなったら生きていけなくなるから」
「一紗ちゃん……」
「それより藍写先生はどこで治癒氣巧を学んだんだ? 治癒術士の存在は知ってたけど扱う人は初めて見る。ひょっとして名家出身?」
「先生だなんてご大層なものじゃないわ。私は庶民。……こんな時代でしょ? 医者の数が足りなくてね。昔は私の村にも都市部から治癒術士が派遣されてたらしいんだけど……治安が悪化してからは来なくなっちゃって」
紅華帝国の偉い貴族や領主が貴重な治癒術士を囲っていることは明らかだった。治癒術士達も治安が乱れた地方の村にまで足を運ぼうとはしなかったのだ。金払いが良く、比較的治安がマシな都市部に留まるのは仕方のないことだった。
「だから村の兵士と一緒に都市部へ行ったの。治癒術士にお金を払えば治癒氣巧を教えてくれるっていう教育計画があってね、えーっと、私は貧乏だったけどお金は先生方に借りて医者になってから働くことで返せるっていう――」
「へー都市部には奨学金なんてあるんだ」
噛み砕いて説明しようとしていた藍写は目を丸くした。
「一紗ちゃん難しい言葉知ってるね。そう、奨学金。それでなんとか試験に合格して見習いになった私は実技実習と奨学金返済を兼ねて色んな僻地に派遣されてて……」
「その過程で盗賊に攫われた、と?」
「うー、ついてないよね。赴任初日に襲われるなんて。診療所開くのが夢だったのに……。故郷にはいつ帰れることやら……」
「藍写先生はついてないけど、最悪でもないよ。この盗賊団が攫った女は飽きるまで抱かれた後は奴隷商か遊郭に売られるから。貞操が無事なだけ幸運だよ?」
「一紗ちゃん……幼いのにすごいこと言うね。っていうか私と一緒に攫われた子達はそんなことになってたんだ。かわいそうに……」
藍写は夜になると逃げられないように一紗と結界に閉じ込められるため気づけなかった。
彼女達に同情する一方で自身が医療技術を身に着けていたことに安堵する。技術がなければ自分も同じ運命を辿ったことは想像に難くなかったからだ。
心細くなった藍写は幼い一紗を抱き枕代わりにして寝転がった。
「ところで、先生はさ。異世界について詳しい?」
「イセカ……え? なに? 一紗ちゃんもう一回言ってくれる?」
「此処と異なる世界のことだよ。どうやったら行けるかとか」
藍写は耳を疑ったが聞き間違いではなかったらしい。目の前の幼女は期待するような目で尋ねてくる。
「えーっと、一紗ちゃんは物語が好きなのかな? 私も不思議の世界に迷い込むお話とか父に聞かされて好きだったわ。寝る前はよく妄想したもの。その年の乙女ならよくあることね」
「ちがっ――そうじゃなくて! こことは違う世界のこと何か知らない!? 異世界へ渡る術とか聞いたことない?」
鬼気迫る表情で前のめりに尋ねる一紗に藍写は同情の目を向ける。
(この子、不幸な目に遭い過ぎて現実逃避しちゃってるんだ……)
幼くして親に捨てられた挙句、身内を殺され、奴隷商に売られている。さらに盗賊に拉致されて虐待まがいの修業をつけられる。その境遇だけ見れば心が壊れてしまっても仕方がない。
藍写は一紗が現実逃避で心のバランスを保っていると盛大な勘違いをした。一紗を抱きしめて満面の笑みを向ける。
「大丈夫! 異世界はきっとあるよ! いつか行けるといいねっ!」
「うん、なんとなく馬鹿にされてるのは分かった」
「馬鹿になんかしてないよ! そういうこと言う患者さんはじめてじゃないから!」
「ハァ~……異世界の件はもういいや。代わりにこの国のことについて教えて」
「いいよー。国名は紅華帝国で今は大きな内乱が起きてるの」
「うんうん……で、終わり!?」
「知識としては十分でしょ?」
「いや、内乱の原因とか今の地理がどうなってるかとか色々あるじゃん」
「えーと四代目? あれ三代目だっけ? どこかしの代の皇帝陛下が暗君だったから後継者争いとかなんやかんやあって国が荒れたとかって聞いたかな」
一紗の中にあった医学知識を持つ教養高い女性という藍写のイメージは脆くも崩れ去った。
期待が大きかった分失望も大きい。その心情が視線にも現れてしまったらしい。
「そんな眼で見ないで! 私地理とか歴史とか苦手だし。それより医学や治癒術を学ぶのに忙しかったもん!」
「先生、よく試験に合格できたね……」
「ひどーい! 一紗ちゃん、年上を馬鹿にしたなぁ」
藍写から優良な知識を得られなかった一紗は、やはり師父に習って強くなるのが近道だと改めて自覚して修業に邁進するようになった。
牙王盗賊団は悪党であって義賊ではありません。
普通に村落を襲いますし、殺し、掠奪、狼藉もやらかします。
一紗との初対面時も奴隷商襲って子供売り払ってましたし。
ただ、今話で描きました通り牙王は女子供相手でも約束は守ります。
※弟子を殺しかけた時には約束を破りかけた訳なのでバツが悪そうにしていました。
利用価値のある者や気に入った者に入れ込む性格ですね。
また、子分達は親分の命令は徹底順守します。
なので、一応話の分かる〝比較的マシな悪党〟ではあります。
あくまで修羅の国基準ですが……。
本話で登場した藍写は文系科目が壊滅的な研修医です。
一紗の帝国知識が乏しかったのは
藍写が歴史や地理に疎かったからというのも理由の一つです。
治癒技能は美鳳>藍写>愛珍です。
余談ですが女性の治癒術士が多くなってしまうため
構想では彼女を男性にしようかと練ってました。
……が、牙王盗賊団が野郎しかいないため
流石に花が無さすぎると判断し女性キャラで決定になりました。
幼女時代の一紗は元の世界に戻ることを
目的として強くなろうとしていました。
ですが、身体も精神も未熟なのです。
成人男性の人格だけを幼女の身体に移植されたので涙脆く気弱です。
平和な日本で暮らしていたことも相まって
「幼い女の子なら優しくしてもらえる」という甘えが拭えていません。
そこを見透かされた師父にボコボコにされ精神面を矯正されていくことになります。




