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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
番外編1『一章~三章の幕間』
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亡国の姫君【3-3】和解

前編中編と続く『亡国の姫君』後編です。

本編第三章エピローグ前のお話でもあります。


 工作員として内通していた温優(ウェンヨウ)は様々な情報を締瓏(ディロン)に伝えていた。

おかげで皇族排斥派が後手に回ることはほぼなかった。


 しかし、内通が隠し通せるはずもなく正体は思わぬ形で露見した。

 指摘したのは皇子の正妻候補として招かれていた外国の姫君だった。

 もはやこれまで、と牙を剥いたが皇子達には全く歯が立たなかった。


「ついに私もこれまでか」


 封印術で拘束された温優(ウェンヨウ)は敗北感でいっぱいだった。

 仇討ちに失敗し、沙汰を待つだけの身である。

 肩の荷が降りたからか、いつもよりも冷静に頭が回っていた。

 どうやら気を失っている間に【龍閣】へと移送されていたようである。


 目を覚ましたことに気づいた看守が役人に連絡を入れたようで、間もなく煌びやかな衣装の初老男性が顔を出した。工作員をしていた温優(ウェンヨウ)は目の前の彼が裁判権を持つ《(ゴン)家》の当主であることはすぐに分かった。


「貴様は皇子暗殺を企てた下手人である。既に計画の全貌は調べがついている。故に速やかなる極刑が妥当であるが、殿下が慈悲をお与えになった」


「慈悲? ふふっ、あの皇子様はなんて言ったの?」


「言葉を慎め。今より真実を伝える。貴様はただ耳を傾ければよい」


 《(ゴン)家》の当主から聞かされた言葉は耳を疑うものだった。

 【嚀国(ネイコク)】の併合計画。妖魔を洗脳して領民を襲わせるというものだ。

 それ自体は既に知っていたことであるが、問題は計画立案者の名前だった。

皇子が実行したと思われた【嚀国(ネイコク)】の併合計画は締瓏(ディロン)が画策したものだと告げられたのだ。


「嘘だ! あの方がそんなこと――!」


「証拠はある」


 目の前に開けられたのは計画伝令書類である。

 殆どが破棄されていたが、一部燃え残った書類が回収されていたのだ。

 加えて締瓏(ディロン)の肉声が録音された巻物も展開される。


『小国を落とすのは容易い』『全てを皇子のせいにすればよい』と話す声はまさしく師の声だったのである。


「嘘だ嘘だ! 捏造品を提示して私の精神を揺さぶるつもりだな!?」


「既に締瓏(ディロン)は殿下御自ら処された。今更小間使いの貴様など尋問するまでもない」


「師が死んだ……?」


 恩師の裏切りを否定できてもその死を突きつけられれば精神が大きく揺らぐ。

 その感情の機微を読みとった《(ゴン)家》の当主は温優(ウェンヨウ)の前に小型蛇妖魔の亡骸を捨てた。


「これは貴様の身体に仕込まれていた洗脳術だ。貴様が歯向かえば死ぬように術式が組み込まれておった。覚えがあるだろう?」


 問われた温優(ウェンヨウ)は妖還城での出来事を思い出した。

 師の名前を漏らした瞬間、首が絞まり苦しくなったのは紛れもない事実である。


「それだけではない。この妖混流の術は対象者の憎悪を増幅させる効果もあった。今、貴様は殿下への殺しきれない憎悪を感じているか? 憎悪が減少しているのであれば、それこそが術にかかっていた証拠である」


 温優(ウェンヨウ)は動揺を隠しきれなくなった。

 確かに今まで胸いっぱいに広がっていた赦鶯(シャオウ)に対する憎悪が今では殆ど感じないのだ。残った感情は愛情ばかり。城で過ごした際に向けられた優しさばかりが思い出される。


 共に過ごす内に「本当にこの男が故郷を滅茶苦茶にしたのか?」という疑心は常に抱いていた。内通して手に入れた情報を締瓏(ディロン)に伝える際に正直な自分の気持ちが文面に出てしまったことがあった。それを疑心と悟った締瓏(ディロン)が術の効果を強めて憎悪を増幅させたと考えれば辻褄が合ってしまうのだ。


「ふん、覚えがあるようだ。(ター)締瓏(ディロン)という男は人を騙すことに長けている。お前はまんまと騙されて小間使いにされただけだ」


「信じられない……。だってあの方は私に様々な技を教えてくれた。私の覚えている師はとても優しい人だった」


 記憶に残るのは締瓏(ディロン)の笑顔と優しさばかりである。

 外国の異民族である自分に親切にものを教えてくれた師が自分を捨て駒にしたとは思えなかったのだ。記憶の中の師のイメージが強すぎるために証拠品を出されても捏造品だと思ってしまうのだ。


「では、貴様の記憶に潜む締瓏(ディロン)の化けの皮を剥いでやろう。――貴様の正体が露見した理由を思い出してみろ」


「それは惡姫が指摘したからで――」


「惡姫が貴様を裏切者だと示したのは皇族主流派の中に裏切者がいることを知ったからだ。では、なぜ裏切者がいるとバレた? 誰がその情報を暴露した?」


「―――っ!?」


 あの時「皇族主流派に裏切者がいる」と声を上げたのは(ター)締瓏(ディロン)本人である。

 工作活動をしている身からすれば背後から撃たれた形になっている。

 元から《軍龍武臣》の間で内通者の可能性が疑われてはいたが、まだ温優(ウェンヨウ)には辿り着いていない段階である。それをわざわざ《天睛臥龍(テンセイガリョウ)》が仄めかしたために犯人探しが始まったのである。時間稼ぎのために捨て駒にされたことは明白だった。


 現実を受け止めきれていない温優(ウェンヨウ)に対して追及は止まなかった。

 寧ろ最後の追い打ちとばかりに非情な証拠品が提出される。


「これは旧【嚀国(ネイコク)】側の密書である。この筆跡に見覚えはないか?」


「あっ……まさか……」


 それは【嚀国(ネイコク)】大臣の筆跡であった。亡き父の同僚であり、【宍国】へ徹底抗戦を訴えて戦争へ舵を切った右寄りの男だった。


 密書には『戦争への誘導』と『【宍国】への奇襲実行』について書かれている。

 弱小国である【嚀国(ネイコク)】が強国の【宍国】へ勝つためには重い一撃を与えて早期講和に持ちこむべしともっともらしい内容が記されている。


 彼の主張通りではあるが、問題はその目的である。

 密書を読み解くと、【嚀国(ネイコク)】に宣戦布告させる目的は、【宍国】に併合してもらうためだという意図が見えてくる。大臣は国の世論を戦争へと駆り立てる役目を締瓏(ディロン)から仰せつかっていた。見返りに併合後、高い地位につくことが約束されていたのだ。


「こんな……! こんなことが……!」


「戦争を起こすために貴様の父が邪魔となり排除したようだな」


 締瓏(ディロン)の計略と【嚀国(ネイコク)】大臣の思惑が一つになり、【嚀国(ネイコク)】併合計画は実行されたのだ。その一環として父親の暗殺計画も含まれていた。


「領主の(ホン)壤壇(ランタン)は知恵者だったと聞く。彼女が存命ならこの政変は起こらなかったかもしれぬな。……同情はする」


 呆然自失の温優(ウェンヨウ)は崩れるように膝を突いた。

 その衝撃で証拠品に録音されていた封印術が再生される。


『馬鹿な娘ですね。締瓏(ディロン)様の計略とも知らずに』


『年頃の娘は騙しやすい。精々役に立ってもらうつもりだ。仮に温優(ウェンヨウ)の正体が露見しても皇子の精神を揺さぶることはできるだろう』


 それは締瓏(ディロン)とその側近の会話だった。

 先程はねつ造だ、と耳を塞いだ内容が今では不思議と頭に入ってくる。


「信じて……いたのに……敬愛していたのにっ……!」


 光を喪失した眼から大粒の涙が零れ落ちていく。

 もう「嘘だ」と否定することはできなかった。


「ふん、《(ター)家》の者から録音媒体(こんなもの)が提出されたときは驚いたが、締瓏(ディロン)は余程信頼されていなかったらしい。……まぁ小娘を納得させる程度には役立ったか」


「……殺してっ! 殺してくださいっ! あんな男を師父と仰いだことが恥ずかしいっ! お父様に申し訳ないっ!」


「貴様の処分は決まっておる。殿下の嘆願と情状酌量の余地を考慮し、私財の没収及び側室特権の剥奪。そして一週間の労役後、州都からの永久追放とする」


「どうして下手人の私を処刑しないの!? ねぇ!? 殺して殺して殺して殺して殺してぇ!! あはっ、あはは! 殺してよぉ!」


「現実を受け止めきれず壊れたか。……憐れな」


 《(ゴン)家》の男性が退席してからも彼女は乾いた笑いと号泣を繰り返していた。

食事にすら手をつけていない。生きる気力が湧かなかったのだ。

処刑が執行されないのであれば自ら餓死するつもりでさえいた。

だが、翌日食事を持ってきた人物に温優(ウェンヨウ)は思わず反応してしまった。


「痩せたわね、温優(ウェンヨウ)。死罪は免除されたのだから食べないと駄目よ」


 先輩の側室、乃梅(ナイメイ)である。彼女は温優(ウェンヨウ)が連行されている間もずっと傍にいたのだ。温優(ウェンヨウ)が目を覚ましてからは取り調べがあったために引き離されていたが、面会の許可が下りたために彼女は一番に駆けつけてくれたのだ。


しかし、その憐憫の眼に温優(ウェンヨウ)は耐えきれなかった。

 本物の仇に利用されて善良な彼女達を騙していた罪悪感がボロボロの心をさらに蝕んでいく。精神的損傷が限界に達していた温優(ウェンヨウ)は過度に自罰的になった。


乃梅(ナイメイ)! 私は殿下を殺そうとした大逆人よ! あはは! ずーっと貴女達を騙してたの! ねぇ憎いでしょう!? お詫びに私の命をあげるわ! さぁ殺しなさいよ!」


「事情は聴いてるわ。仇に騙されていた貴女をどうして私が裁けるの?」


「もう家族はない! 帰る家はない! 信じるべき正義も師も! 何もない! 空っぽなのよ! 私はもう死んだ方が良い! ……お願いだから私の人生を終わらせてよ……!」


 乃梅(ナイメイ)は喚き散らす温優(ウェンヨウ)の頬を打った。

 久しぶりに味わう痛みが自罰的な脳に思考の余地を生じさせる。


「何もないって? 貴女には私がいるじゃない! 決して裏切ることのない親友がね! 友達に恵まれてる人間が〝空っぽ〟なんて言わないで!」


「……乃梅(ナイメイ)。でも……私は……」


「先輩命令よ! 黙って聴きなさい!」


 剣幕に押された温優(ウェンヨウ)は自然と口を閉じてしまう。

 そのまま対面に座った乃梅(ナイメイ)は無言で優しい笑顔だけを向けてくる。

 不思議とそれだけで彼女と過ごした楽しい思い出が蘇ってくる。

 温優(ウェンヨウ)が落ち着くのを待って、乃梅(ナイメイ)は口を開いた。


温優(ウェンヨウ)、貴女に対して私が怒っていることが二つあるわ。今懺悔してみなさい」


「え? それは私が内通してた事と殿下の命を狙ったことだと――」


「ぶっぶー! 不正解! 温優(ウェンヨウ)は百億点減点よ」


「……何、その減点方式……意味が分からないわ」


 もう一度しっかり考えてみても答えは見つからなかった。

 少々の沈黙後、大きな溜息の音が聞こえてくる。


「分からない? じゃあ教えてあげる。一つは貴女が凄腕の氣巧術士だったこと! もう、私が教えたときはわざと手を抜いていたわね! 思い出して超恥ずかしかったんだから!」


「あれ、気にしていたの……」


 自分より遥かに技能が高い者にドヤ顔で教えていたことを振り返って悶々としていたらしい。気にする点がおかしいのであるが、それが乃梅(ナイメイ)らしさでもあった。


「それで、もう一つは……?」


「言ったでしょう。困った時は私を頼りなさいって。先輩の厚意を無碍にしたわね」


 牢の柵越しに伸びた手が温優(ウェンヨウ)を撫でる。

 その温かかさは側室として過ごしていた日々を思い出させるに十分だった。数日前まで当り前だったあの日常にもう戻ることはできない。


 今なら痛いほどわかるのだ。龍閣城の住人がどれだけ優しかったか。乃梅(ナイメイ)や他の側室たちと過ごした日々がどれだけ尊いものだったか。赦鶯(シャオウ)がどれだけ自分を愛してくれていたか。

 分かるからこそ彼女達を裏切ってしまった自分が許せなくなり、罪悪感が胸を締め付ける。


 自分が間者でなければ、という在り得ない想像を巡らせるが、そもそも間者でなければ城には潜入できなかっただろう。罪悪感と後悔と懺悔と哀しみと苦しみが混ざり合って感情を揺さぶり、温優(ウェンヨウ)は涙を抑えられなくなった。


「泣きなさい。いっぱい泣きなさい。自分の感情に嘘をついては駄目よ」


「うえぇええ―――んっ! ひっくっ……ぐすっ……あっあぁあああああ!!」


 乃梅(ナイメイ)は実の姉の様に傍で抱きしめてくれた。牢屋越しなければその胸に顔を埋めていただろう。牢獄中に響くほどの絶叫に耳を塞がず、ずっと傍であやしてくれた。


 その翌日、自害の可能性なしとみなされた温優(ウェンヨウ)は牢から出されることとなった。

 命令に逆らうと激痛が伴う呪術を施された上で労役現場へと派遣される。

 内容は他の犯罪者と共に配送や妖魔の調教、警備といったものである。一見すると一般職と同じ職務だが、スケジュールや仕事の密度が桁違いだった。


 国境警備では扮装地域の最前線に立たされるし、配送では交通利便性の悪い難所を任される。

 妖魔調教では危険種の調教に駆り出される。命を落とす場合さえあった。

 しかし曲がりなりにも妖混流の術式を叩きこまれた温優(ウェンヨウ)にとってはどの職務の問題ないものだった。


 同じく呪術を施された労役受刑者たちが一緒になって働いている。彼らは数年から十数年単位の労役が課されているため、受刑者同士での派閥争いもよくあった。犯罪マウントは日常茶飯事である。


「アタシは五人殺したよ」


「たった五人かよ。私なんて十一人だぜ? おい、新入り。お前はどんな罪で捕まったんだ?」


「……皇子の暗殺未遂」


「アハハハ! いくらなんでもフカシこきすぎだろ! そんな奴は極刑だって!」


 温優(ウェンヨウ)は彼女達となれ合うつもりはなかった。前科者の受刑者だからではない。

 たとえ彼女達が善良な市民であっても心を開くつもりはなかったのだ。

 信頼していた師に騙されていた事実がトラウマとなって尾を引いていたのである。


 黙々と作業している内に一週間などすぐに過ぎてしまう。

 早朝、労役監督官が呼びに来たことで七日経過したことを初めて悟ったくらいだ。


「二百八番! 昨日分で労役は終了だ。向こう十年罪を犯さなければ貴様に施された呪術は消失する。二度と馬鹿な真似はするなよ」


「……はい」


 刑務官たちも彼女が皇子を暗殺未遂したことを知らない。「他人に強要されて高い身分の者を暗殺しようとした」程度にしか知らされていないのだ。それも赦鶯(シャオウ)の配慮だった。

 皇子暗殺未遂の犯罪者と知られれば私刑も起こりえるという懸念があったためである。


 赦鶯(シャオウ)に合わせる顔はない。もう城に居場所はない。

 側室としての満ち足りた生活は捨てても後悔はなかった。

氣巧術を使えるため、最悪自給自足でも生きてはいける。


(これからどこへ行こうかしら。どこかに士官? 配送業にも慣れてきたし天職にするのもそいいかもね……)


 未練を断ち切るべく、目を瞑って身の振り方を考えていると誰かから呼び止められた。


「おーい、温優(ウェンヨウ)! お疲れ様!」


 なんと目の前に私服姿の乃梅(ナイメイ)がいた。側室として煌びやかな衣装に身を包んでいるはずの彼女が簡素な格好で佇んでいたのだ。


乃梅(ナイメイ)……? わざわざ見送りに来てくれたの?」


「見送り? 私が出来の悪い後輩を一人放り出すはずないでしょ? 仕方ないから貴女の面倒を見てあげようと思ってね」


「面倒を見る!? あなた側室でしょ!? 主君暗殺未遂を働いた前科者の世話なんて駄目よ。自分の立場を分かって――」


「側室なら辞退してきたわ」


「ハァ!? 側室を辞退!? なんで!? どうして!?」


 側室は一生困らない裕福な暮らしができる。様々な特権が与えられる。それを捨ててまで一緒に来る彼女の行動が理解できなかった。


「殿下には沢山の臣下がいる。側室の代わりは他にもいる。けれど、貴女の友達は私しかいないでしょう?」


「……馬鹿よ。貴女はずっとバカ姫だと思ってたけど、大バカ姫なのよ」


「保身のために友達を見捨てるのが理知的であるなら、私は馬鹿で結構よ」


 温優(ウェンヨウ)乃梅(ナイメイ)の胸に飛びこんでしっかり抱擁する。自分が思っている以上に心細かったのだ。そんな妹分を優しく撫でる乃梅(ナイメイ)

 労役所門番の咳払いで我に返った二人はゆっくりと歩きだした。

 かつて宮中で暮らしていたときのように自然と手を繋ぐ二人。


「もう甘えん坊なんだから」


「ごめんなさい」


「いいわ、許してあげる」


 峠を超える辺りで少女達の上に大きな影がかかる。

 それは雲ではなく、一体の飛龍種妖魔だった。


 搭乗者は長い後ろ髪を縛り、肩に白龍を乗せる優男。【宍国】の主にして乃梅(ナイメイ)温優(ウェンヨウ)の夫である皇子・赦鶯(シャオウ)である。


「やぁお嬢さん方、散歩なら送ろうかい?」


 口説き文句を交えたジョークのつもりだったが、温優(ウェンヨウ)はその姿を見るや否や地面に伏した。


「殿下! 申し訳ありませんでした! 許してほしいとは申しませぬ! わたくしは如何なる処罰も呑みこむ次第であります!」


「……恐縮しすぎかな。だいぶ絞られたみたいだね」


「殿下、まさか私を引き留めに来たのですか?」


「散々引き留めて無理だったんだ。しつこい男は嫌われるだろう? 用事があったのは温優(ウェンヨウ)の方だよ。今日が釈放の日と聞いていたから」


「私ですか?」


 飛龍種から降りた皇子は温優(ウェンヨウ)に深々と頭を下げた。


「キミが凶行に走ったのは元を正せば我が国の内乱のせいであり、ひいては僕自身の政治基盤の弱さにあった。申し訳ない」


「で、殿下のせいではありません。内政の失敗をおっしゃるのならば私こそ大失敗をしました。我が国の大臣が売国奴だということに気づかなかったのですから」


「【嚀国(ネイコク)】の(リー)大臣だね。彼は我が国にも甚大な損害を出した。既に逆臣として極刑が成されているよ。……キミの内通が露見するより前にね。それも(ター)締瓏(ディロン)による誅殺である可能性が否めないけれど」


「そう……ですか」


 温優(ウェンヨウ)は旧【嚀国(ネイコク)】の現状について赦鶯(シャオウ)に尋ねなかった。


 彼が善政を強いていると信頼しているということもあったが、自分の立場をよく理解していたからでもあった。旧【嚀国(ネイコク)】の重臣・(ミャオ)大臣の娘はそれだけで一定の名声がある。加えて一連の【嚀国(ネイコク)】併合が仕組まれたものであると知られれば旧【嚀国(ネイコク)】領は謀反を起こすかもしれなかった。そうなればまた多くの血が流れることになるだろう。


(もう戦争は終わったんだ。領主が悪党なら死に物狂いで戦ったけれど……殿下なら悪いようにはしないでしょう)


 既に【宍国】の一員として動いている《壅族》をまた混乱させるのは良くない。

 高度に政治的な判断というやつである。


「本当は側室に戻してあげたいんだけど、流石に臣下達に反対されてね」


「いえ、減刑だけで十分です。数々のご厚意忘れません。これから乃梅(ナイメイ)と二人で頑張っていこうと思います」


「まぁ何を頑張るかは決まってませんけど」


「そうか。だったら初心に戻ってみないかい?」


 赦鶯(シャオウ)は懐から取り出した木の実を温優(ウェンヨウ)に渡した。少女達は意味が分からず首を傾げていると、「乗りなよ」と背中を押されて飛竜種に乗せられてしまった。


「どちらに案内されるつもりですか?」


「いいから、ついておいで」


 半刻のドライブで連れてこられたのは農村だった。

 州都【龍閣】から遠くない場所にあるが、お世辞にも大きいとは言えない。

 ただ空気は美味しく、のどかではあった。付近には農家のお年寄りたちが作業をしていた。

 彼らに挨拶しつつ、道を進んでいくと雑草にまみれの農地に辿り着いた。


「土地の所有者が最近亡くなってね。跡取りがいなかったから国の所有地になったのだけれど、面積は大きくないし、付近に農地しかないから開拓もできず放置してしまって」


「殿下……まさか」


「うん、キミ達にあげようかと思って。一度は契った仲だし、そのまま放り出すのは忍びない。作物が取れるから飢えることはないだろう。農地を開拓してくれるなら僕としてもありがたいし。餞別だと思ってよ」


「わぁ! ありがとうございます! 殿下! ほら温優(ウェンヨウ)もお礼!」


「ありがたいですが……どうしてそこまで?」


 赦鶯(シャオウ)温優(ウェンヨウ)の持つ果実を指さした。そこでようやくその果実が初めて赦鶯(シャオウ)に出会った際に温優(ウェンヨウ)が差しだした物と同種であることに気づく。


「キミと僕との出会いは仕組まれたものだった。出会いが間違っていたのなら出発点からやり直せばいい。キミが城に戻ることは禁じられているが僕がここに来るのは自由だから」


「殿下……!」


「また実りの季節になったら会いに来るよ。それまで元気で。温優(ウェンヨウ)乃梅(ナイメイ)


「「はいっ!!」」


 二人の少女達は皇子の厚意に深く感謝し、飛び去る彼の背中を仲良く見送るのだった。




(ゴン)家》の当主は本編未登場でした、恐否(コンフォウ)の親父です。

荒途(コウト)】で恐否(コンフォウ)が使用した敵の武装を封じる術は

司法長官である父から教わったものです。

父親が文官、息子が武官と、《(チェン)家》の父娘とは真逆で似てない親子ですね。


今回は刑務所での生活も描きました。

帝国は治安最悪なので犯罪行為が普通に横行していますが、

【宍国】のように治安が保たれた領地における犯罪は厳しく取り締まれます。

大体どこも似たようなもので氣巧術士は呪術で叛逆を封じられて労役を課されます。

せっかく氣巧術を使えるなら利用した方がいいという考えですね。



本話は、赦鶯(シャオウ)の厚意で原点に戻ったお話でした。

温優(ウェンヨウ)たちが第三章エピローグに続くように農作業を始めることになります。

温優(ウェンヨウ)視点のお話なので赦鶯(シャオウ)の三人称は彼で統一しました。



これにて『亡国の姫君』は終了です。


次回は長らく主役の座を譲っていた一紗(イーシャ)が復帰します。

『牙王との出会い』をより掘り下げたお話ですね。

惡姫の強さの根源の説明回であり、まだ弱かった頃のエピソードです。


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