亡国の姫君【3-1】仇に抱かれる覚悟
温優がどういった経緯で復讐心を抱き側室となったか。
そして暗殺失敗後、如何にして乃梅と和解したかを描いたお話です。
三話構成の内の一話目になります。
・前編は復讐者になる過程
・中編は側室時代の乃梅との関係
・後編に本編第三章エピローグ前の時系列における和解のお話
――というお品書きになっております。
かつて【宍国】の隣に存在した【嚀国】は非常に小さな領土の国だった。
少数民族《壅族》が治めていた国である。
土・木属氣巧術と封印術が得意な民族であったが、五大民族や《巫族》に比べるとその差は歴然で劣等民族と陰口を叩かれるほどだった。それでも小国として【嚀国】が成り立っていたのは野生の妖魔が多数存在して天然の防壁になっていたことが大きい。
また利便性が悪く、資源も少ないために周辺諸国は侵攻するよりも友好関係を築いた方が良いと判断していたのだ。
当然【嚀国】にも紅帝の血を引く皇族がいた。紅・壤壇という第四十七皇女は自身の治める地が弱小国であることを自覚し、事実上皇位継承戦から離脱していた。
勝ち目のない戦に奔走するよりも次期紅帝有力候補を擁する国々と友好関係を結び、【嚀国】と《壅族》が生き残る道を選んでいたのである。
《壅族》の有力豪族であり、父親が皇女の臣下だった杪・温優は宮廷に出入りし、壤壇から可愛がってもらっていた。家臣の中には壤壇を弱腰と陰口を叩く者もいたが、少数民族の《壅族》が強力な他民族の間で生き残るには現実的な政策だった。
温優はそんな壤壇を心から尊敬していた。
事実、彼女の治めていた【嚀国】は小さいながらも豊かな国だった。
しかし乱世は残酷にも紅・壤壇の命を奪った。
皇女を擁する小国同士同盟を結ぼうと呼び出された上で騙し討ちされたのだ。
政治力に長けた壤壇の死により【嚀国】は荒れた。
「皇女の弔い合戦をする」と意気込む者、「もう【宍国】に併合してもらおう」と弱気になる者、「今こそ帝国から離脱し《壅族》の国を取り戻そう」と急進的に主張する者など、有力豪族や臣下の意見はバラバラだった。
どう民族同士が激しい口論を繰り広げて国の幾末を議論している間に事件は起こった。
突如、国内の妖魔が人を襲い始めたのだ。今までも領民が妖魔に襲われる事故はあったが、今回は規模が違った。統率された妖魔の群れにより村々が次々と襲われて住民が殺されたのだ。
「【宍国】の連中だ! こんなに妖魔を統率できるのは《巫族》しかおらん!」
「まだ決まったことではなかろう。少し様子を見てだな」
「何を呑気な! 既に十の村落が滅んでいる! このままでは州都にも攻め込まれようぞ!」
「《巫族》相手に戦争しても勝てるはずがない。皆の者落ち着くのだ! ……私が使者として【宍国】に出向いて真相を確かめる。なんとか戦争にならぬように説得しよう」
敵国かもしれない【宍国】に自ら赴くと主張したのは温優の父だった。
重臣であった彼の言葉で臣下達は落ち着きを取り戻したのである。
「お父様……【宍国】へ向かわれるのですか?」
「心配するな、温優。かの国の皇子・赦鶯様は徳のある方だと聞く。あの方は手紙の返事までくださったんだ。直接話し合えば双方の誤解は解けるはず。きっと万事上手くいくさ」
父はお付きの兵隊と共に国境へと渡った。
だが父は帰ってこなかった。
数週間後、使者たちの遺体が国境付近で見つかることになる。
馬車は破壊され、妖魔の群れに遺体は貪られていたのだ。
父の服を着た遺体の顔を確認しようとした温優を武官が止めた。
「姫様、見ない方がよろしいかと」
「そんな! 嘘よ! 氣巧術にも長けた父が殺されるなんて!」
「いくら父君が優秀な氣巧術士であろうと、危険種妖魔の群れに襲われればひとたまりもありません。馬車の進路から考えて国へ帰る途中だったのでしょう」
武官は遺体から回収された条約を手渡してきた。
【宍国】と【嚀国】間不可侵同盟条約の締結書簡が無傷の状態で残されていたのだ。
これに一人の臣下がある可能性を推理する。
「杪大臣は【宍国】の者に暗殺されたのではないだろうか」
「馬鹿な。我が国の国力が低いとはいえ、大臣だぞ。無碍に扱うものか」
「私もそう思う……が杪殿の交渉術は素晴らしかった。その優秀さがために反感を買い、疎ましく思った赦鶯殿が暗殺を試みた、とは考えられないだろうか?」
(嘘よ。だってお父様は赦鶯様は徳のある人物だって言ってたもん!)
「危険種妖魔を操ることは《巫族》でも一部の者しかできない。だが、あの皇子ならば可能だろう。同盟条約を撤回し、我らと戦争するつもりなのだ!」
この疑惑は波紋のように伝わり、【嚀国】は政争へと発展する。
併合派、中立派、徹底抗戦派同士が争い、そうこうしている間に【宍国】と【嚀国】は戦争状態に陥ったのだ。
結局国力の差から戦争は【宍国】の圧勝に終わり、【嚀国】は武力併合されることになる。
しかし、温優は壊れ行く祖国を見て悲嘆と憎悪に心を狂わせた。
戦後処理を行う本陣に出陣して【宍国】の将軍の首を取ろうとしたのである。
勝てないまでも一矢報いようとしての凶行だった。
将軍が一人になった隙に奇襲を実行する。
「〈土属封印術・土葬窒殺〉!」
殺意が向けられたのは責任者として派遣されていた它・締瓏であった。
地面が足を呑みこみ、封印術を帯びた土がどんどん被せられていく。
「中々の封印術だが、私には効かんよ」
締瓏は身体から解き放った無数の蛇に土を食わせて封印術を打ち破り、そのまま蛇妖魔を縄代わりにして温優を締め上げていく。
「我が〈多蛇絞束〉は抜けられまい。封印術で《巫族》に勝てると思ったか?」
「ぐっ……! 殺しなさいっ!」
「ふん、殺すのは簡単だが……いささか惜しい。お前、私に士官しないか?」
「バ、馬鹿にするな! 誰が《巫族》に仕えるものか!」
「怒りは尤もだ。しかし私は皇子・赦鶯に対抗するために私兵が必要なのだ」
拘束が解かれた温優は首を傾げた。赦鶯は《巫族》の代表のはずだ。男の言葉は謀反を企てているようにしか聞こえなかった。
混乱する彼女が考える隙を与えないように締瓏は話を続ける。
「異民族の外国人は知る由もないが、我ら《巫族》は今や二つに割れている。皇族主流派と皇族排斥派だ。私は赦鶯を排そうと考えておるのだ」
「なぜ自国の皇子を?」
「あの男は外面は異様に良いが、他民族を見下し冷遇する。此度の【嚀国】攻略戦もそうだ。私は反対したのだが、あの男は劣等民族に自治権なしとして侵攻を命じた」
「なんですって!」
「【嚀国】側も我が国の捕虜を尋問しただろう? 両親の呵責に耐えきれずに皇子の命令と溢したものがいたはずだ。妖魔を使役して襲わせるのは呼応流――つまりは皇子派閥が最も得意とする戦術だ。私には真似できんよ。精々弱小妖魔の使役で手一杯だ」
突如領民を襲いだした妖魔が人為的に引き起こされた事変である可能性は何度も議論されていた。加えて赦鶯にはその力があるということも。
赦鶯と同じ《巫族》の男に皇子の命令によるもの、皇子派閥の者による凶行だと囁かれることで温優は自分でも制御できない程の憎悪に心を焼かれた。
(皇子のせいで……! 我が父は! 我が民族は! 我が国はぁ!!)
「私はな、《巫族》が他民族から孤立すると恐れておるのだ。今のお前のように《巫族》を憎む者はいる。だが誤解しないでほしい。《巫族》には心優しき者もおるのだ」
「《巫族》が優しいだって!?」
「では聞くがお前はなぜ生きていられるのだ? 痛みもなく、なぜ私の話を聞いていられるのだ?」
締瓏の言葉の意味を咀嚼した温優は沈黙した。自分を殺しに来た敵国の刺客などその場で処刑してもよいはずだ。しかし彼は温優を罰していなかったのである。
「このままでは《巫族》は滅びる。皇子一人の蛮行を《巫族》の連帯責任としてな。私はそれが何より恐ろしい。これ以上少数民族の犠牲者を出さぬためにあの男を政権の座から引きずり下ろす必要があると常々考えているのだが、皇子は強大。兵力が足りぬ」
「それで私に士官しろと言ったのか?」
「無論、タダでとは言わん。お前は弱いが才能と胆力がある。お前の勇気と復讐心に敬意を表し、我ら妖混流の秘術を授けてやろう。どうだ? 悪い話ではなかろう?」
温優はよく考えた上で締瓏の話を受けることにした。
断れば殺されるかもしれないが、許諾すれば生き残ることが出来る。
彼の狙いがどうであれ、《巫族》の技を覚えられるのは有意義であると打算的に判断したのだ。
――いざ、修業が始まると温優は締瓏に心を開いていくことになる。
彼の教えは非常に分かりやすく、また良く褒めてくれたからだ。
「温優、お前は筋が良いではないか。純血の《巫族》でもここまでの才覚は中々おらんぞ」
「……先生の教えが良いからです」
おかげで温優はメキメキと腕を磨いていった。
実際、師が用意した《巫族》の氣巧術士を相手にしても勝利する程に彼女は実力を伸ばしていた。
また、締瓏との交流により温優の中で《巫族》に対する恨みは消えていった。
修業の後は茶菓子を用意して弟子を労い、弟子の話をよく聞いてくれるからだ。
時に「お前の父は立派だった」「小国でありながら狡猾に生きてきた【嚀国】は素晴らしかった」と称えてくれさえした。
おかげで温優は締瓏を信望するようになり、他の《巫族》に敵意を向けることはなくなった。
だがその分、皇子への憎悪はどんどん膨らんでいった。
「また皇子が難民を虐殺しているのだ」
「酷い! あの皇子は【嚀国】を滅ぼしただけでは飽き足らずまだ殺戮を続けるのですか!」
締瓏は皇子の蛮行を具体例をもって話していった。難民の虐殺、小国への恫喝外交など聞くに堪えない酷い話が彼女の耳に強く残った。
「また《巫族》が野蛮人だと噂されてしまう」
「先生! 私は先生のような純朴な方がいることを知っています! どうか気を落とさないで」
「そう言ってくれるか、温優。お前は優しい子だな」
修業を続けて数年後、神妙な顔の締瓏から話があった。
待ち焦がれた皇子暗殺作戦である。
締瓏が打ち明けた内容は、皇子に気に入られて側室となり、城の内情を探って機密情報を流すという工作員としての仕事だった。
「私が側室っ!? いくら先生の頼みでも嫌です! あんな男に抱かれるなんて!」
「お前の気持ちは分かる。だがこれが最も成功率が高い手段なのだ。あの男は他民族の女子を囲って抱くことを趣味としている。辱めて内心愉しんでおるのだ」
「尚のこと嫌ですよ! 私は《壅族》の誇を捨てません! 仇の女になるなど! 百歩譲って側室となった日に暗殺しろと言うなら分かりますが!」
「あの男には隙が無い。私も以前暗殺者をさし向けたが退けられた。女を抱いている間でさえ眠っている時ですら隙が見られないのだ。そこでまずは情報を集めることに決めた」
師匠から具体的な暗殺計画の失敗を数多く聞かされた温優は寝込みを襲うのは不可能だと考えを改めていくことになる。それでも作戦に参加するのは躊躇っていた。
(仮にも豪族の娘……姫として生まれた私があんな男に抱かれるのは許容できないわ)
しかし、修業の傍らで次々と暗殺計画が失敗したことを締瓏に聞かされ続け、少数民族が虐められているという内容の報告を受けることで彼女の考えは段々と変わり始めた。
(私さえ我慢すれば……他の少数民族を助けられるのかな……)
だんだん心に葛藤が生まれていた。
それでも最後のプライドで任務を拒み続けていたある日、締瓏とその側近の者が口論していることを偶々盗み聞きしてしまった。
「締瓏様、そろそろ温優を使いましょう!」
「手段が手段だ。あの子がその気になるまでは待とうと考えている」
「締瓏様は十分恩を売っているでしょう! 技を教えただけでなく併合した【嚀国】の管理、《壅族》に対する穏健策を実施しているではないですか。今こそ恩返しさせるべきです」
「大事な作戦だからこそ温優の気持ちも尊重したい。感情に折り合いをつけなければこの作戦は上手くいかんからな」
(知らなかった、先生がそこまで私達のことを考えてくださっていたなんて!)
温優は皇子の側室となって密偵する任務を受ける覚悟を決めた。
仇を討つため、恩師に報いるためと自分の心を殺した。
「そうか、やってくれるか! すまぬ!」
土下座せんばかりに感謝してくれた締瓏を見て自分の選択は間違っていないと確信した。
それから数日後、師に言われた通り難民を装って待機した。
町内視察で皇子が現れることは事前調査で分かっていたからだ。
(皇子に気に入られなければ駄目だ。仇であることは忘れろ。媚びを売って恥辱に耐えてでも気に入られるんだ。そうすれば我が民族と師のためになる!)
赦鶯が通り掛かったとき、憎悪が胸に燻った。
「千載一遇を逃すな」という師の言葉を思い出して感情を殺した温優は大事そうに抱いた果実を皇子に差しだす。
「あの、私達難民を受け入れてくださってありがとうございました」
果実を受け取った赦鶯はボロボロの衣装に身を包んだ温優の姿を検める。
貧しい自分の腹を満たすことよりも相手への感謝を優先した振る舞いに微笑んだ。
「キミはとても心が綺麗な子だね、行くところが無いなら僕の元に来るといい」
(馬鹿な奴め……! 私の心にはお前への殺意しかないのに!)
手を引かれた温優は周囲を確認する。非常に強そうな氣を放つ傍盾人が常に警戒していたために殺意を表に出すことはできなかった。
(あれが凛透。先生の甥の癖に皇子に付き従う裏切者……)
『傍盾人・凛透には気を付けろ。かの者は私と同じ妖混流の使い手であり皇子の右腕。暗殺を強行すれば必ず邪魔をされ、お前の首が討たれるだけだ』
本当は隙さえあれば刺し違えてでも皇子を暗殺するつもりだったが、凛透のただならぬ気配と彼の連れる妖魔の存在に暗殺強行を断念せざるを得なかった。
城についた温優は益々動けなくなった。
屈強な氣巧術士と妖魔が警備しており、賊の一人でも入ろうものなら秒殺されるセキュリティの高さがあったからだ。
(先生が暗殺に失敗するわけだ……仕方ない)
当初の予定通り温優は工作員に徹することにした。
風呂に案内されたので汚れた身体を洗い流す。
火属氣巧術で髪を乾かして外に出ると、綺麗に畳まれた着物が置かれていた。
(ふっ、辱める前準備ってわけね)
異民族を辱めているという噂から恥辱的で露出度の高い寝間着でも用意されたのかと考え、うんざりしながら手に取った。
「綺麗な衣装……」
昔の父が健在だった頃の彼女なら目を奪われるレベルの上質で美しい着物だった。それこそ一国の姫君が召すような煌びやかな着物である。
(壤壇様なら似合いそうだけど、私にはちょっと綺麗すぎるかな)
着物に心を奪われている暇はない。今は復讐を完遂するために工作活動に従事しなければならない。きっと女をモノにするための処世術だと温優は自分に言い聞かせた。
殺意を隠して袖を通し、皇子が待つ居間へと馳せ参じる。
「ご厚意感謝致します」
「気にしなくていいよ。キミの清純な心に相応しい衣装を見繕っただけさ。うん、僕の見立て通りよく似合ってる」
髪を撫でる赦鶯は女性の扱いになれていた。
飲み物を用意して椅子を下げて温優を座らせる。
(何見知らない生娘ならば騙されるでしょうね。でも私は騙されない。お前の本性を知っているのだから!)
この皇子は傷心の女を騙そうとしていると考えた温優は先に自分が先に相手を落とそうと画策した。
胸を押しつけ、色気を前面に出して細い指を赦鶯の身体に乗せる。
「私は覚悟はできておりますよ、殿下」
皇子に見染められた女は関係を強要されることを知っていたので温優は自ら従順な女を装いモーションをかけたのだ。
性欲だけの助平な男ならすぐに寝室に連れていくことだろう。
そして一度抱いた女には気を許してしまうだろう。
(私はお前に抱かれる覚悟はできてきた! さぁ! 醜い本性を曝け出すのよ!)
――ところが赦鶯は温優の密着から逃れて彼女の身体に毛布を被せた。
そのまま個室に案内されて「ここで休むといい」と部屋から出て行こうとする始末である。
「殿下、どうしたのですか!? 私がお気に召しませんでしたか!?」
「違うよ。ただその気のない女の子を抱くつもりはないんだ」
「私は覚悟はできていると申しました!」
「男女の交わりに覚悟なんていらないよ。必要なのは相手に気を許すことだけさ。今のキミは緊張しているように見える。今日はゆっくり休んだ方が良い。また明日話そう」
そう言って本当に皇子は去っていってしまった。
広い部屋に一人残された温優は親指の爪を噛む。
(警戒したのかしら。早く気を許してもらえるようにならないと)
ところが翌日もさらにその次の日も皇子は温優に手を出してこなかった。
職務に従事する傍ら、顔を見に来るだけで労いの言葉だけを残して去っていく。
ある日、情熱的な眼を向けられて髪を撫でられた際はついに手を出してきたかとほくそ笑んだが、髪飾りをつけてきただけだった。
「やはり温優に合うと思ったんだ」
「……ありがとうございます」
温優は困惑を押し殺して笑顔を取り繕う。
結局、赦鶯のさり気ない優しさにふれるばかりで悪意を向けられたことはなかった。
【嚀国】が滅びたのは領主が不在だったことが大きいですね。
観察眼に長けた紅・壤壇が謀殺されてしまったのが悔やまれます。
内戦ばかりの帝国では誅殺は珍しくないですが……。
この話だけ見ると締瓏は良い師匠にみえます。
弟子に秘術を授け、よく褒め、労う。理想的な師匠。
彼女が信奉したのも仕方ないですね。
それこそが策略だったのですが……。
皇子は心の清い女性に弱いというタレコミから
優しい難民を装って城に入ることはできましたが側室にはなれませんでした。
第二話は乃梅との出会いのお話です。




