【迎梠】の機織士【1-1】
今話も前話に続き第二章エピローグ前の話ですね。
前話『胡・洋の国家再生計画』に続く時系列でもあります。
【迎梠】新市政官達視点のお話です。
文盲の《叛族》に代わって一紗が任命した元遊女と雑用係達ですね。
本編にもチラっと登場してますがその際は無名だったので
少年少女四人に名前を付けました。
料理人だった青年は九垓、清掃員だった少年は護理、
遊女だった最年長少女は萌優、最年少の少女が明鳴です。
その中でも裁縫技能が高い明鳴が
一紗のために頑張る一話完結型のストーリーです。
美鳳が初めて仕掛けた戦争は【愁国】の勝利で終わった。
早速改革は進み、治安はさらに改善されていっている。
だが一紗は迎梠城で一人落ち込んでいた。
自身が内なる修羅に呑まれてしまった事実が彼女の心に影を落としていたのだ。
「はぁ~……なんでこうなっちまったんだ……」
その様子を覗き見るのは【迎梠】市政官達である。
かつては雑用や娼婦として城に仕えていた彼らも今では立派な文官である。美鳳もその優秀さに彼らの地位を追認したほどだ。
「一紗さま、お元気がないご様子……」
「何か嫌なことでもあったべさ?」
「戦争は完勝だったって聞いたけどね。他に悩みがおありなのかな?」
若い知恵を出し合って恩人の悩みを推察する少年少女達。
その中で一人の少女が一紗の衣装に目をつけた。
以前纏っていたチャイナドレスではなく、簡素なズボンスタイルの華服である。
刑楽戦でボロボロの布きれになってしまったので捨てる他なかったのだ。
「もしかすっと、お気に入りの衣装を捨てられたこと気にされとるのかもしんねぇ」
「あー確かに前の戦闘装束は蒼く上質な感じで美しかった。一紗様の紺青色の髪に映えてオイラも思わず見惚れてしまったしなー」
「護理! 一紗様に邪な眼を向けないで! 相手は皇女殿下の傍盾人なのよ!? 失礼だわ! 町の清掃の前に自分の心の汚れでも掃除しなさいよ!」
「萌優姉も少しはあの方を見習ってほしいぜ。同じ暴力的でも一紗様には品があるというか」
「なんですって!」
「コラコラ。護理、萌優、私情を挟むなよ。今は明鳴の推論について議論している時だろ?」
男女二人の仲裁をしたのは九垓という青年だった。若き男性市政官の中では最年長であり、頭も切れるためまとめ役をすることも多かった。
食品管理部門を担当する九垓、都市再生部門を牽引する護理、財政管理を引き受ける萌優、特産品生産部門を盛り立てる明鳴。彼ら四人こそ【迎梠】復興を担う若き市政官達である。
仕事を終えた彼らが集まっていたのは改めて一紗に感謝を伝えるためだった。
彼女に見染められなければ自分達は今でも汚れ仕事をしていただろうことは分かっていたからだ。しかし、声をかけようとした時に一紗が落ち込んでいることに気づいてしまい、どうにかできないかと相談する事態へと発展していた。
「そうだ! オイラ達であの服に似た衣装を買い直すってのはどうだ!?」
「おバカ! あの服がいくらすると思ってるの!?」
「萌優姉の言う通り。アレは見た目だけじゃなくて動きやすさも重視している戦闘服。生地も上質だけど裁縫師の仕事ぶりも凄い。きっとオラ達の小遣全部足しても不十分」
「萌優姉、市の財布握ってんだろ。少しくらい……」
「それは横領! 絶対ダメ! 一紗様を悲しませるだけよ!」
新しい服を買うお金はない。横領など許されるわけがない。
だが何にしても予算が無いことには始まらない。四人は贈り物を買うための予算を確認するべく自分達の小遣いを床にぶちまけた。
小銭が持ち主の前に並べられる。
「護理、すっくな! もっとあったでしょう!」
「自由に使える金が嬉しくて豪遊しちまったんだ。つーか萌優姉も似たようなもんだろ!」
「女は美を追求して維持するためにお金がかかるの。ちゃんと予算の範囲で使ってるわよ? ……はぁ~、予想通りというか九垓が一番持っていたわね」
「ふむ。俺も結構使ったんだがな。というか明鳴はそれだけしかないのか?」
皆誤差の範囲で似たような残金だったが明鳴だけは異常に少なかった。
遠慮がちな彼女の性格から浪費は考えられない。不審に思った仲間達が追求すると明鳴は困った顔になった。
「新しい服を織るための生地代とか高ぐて……。お金なくなっちまった」
「へ!? それって特産品を生産するための必需品よね? 言ってくれれば予算として計上するわよ?」
「でも機織り機は買ってもらったし、【迎梠】はどこも金欠で厳しいって萌優姉も言ってたし」
「明鳴、つまらないところで遠慮するな。必要な物は経費で落ちるんだ」
「でも、各部門に回すお金は限られてるはず。 だからオラは――」
「それを何とかするのが財政を担う私の仕事よ。大丈夫! 護理の給料から引いておくわ」
「えっ……」
律儀な明鳴は購入を証明するものを保管していたためにそれを経費扱いになった。
無事返金されたことでやはり明鳴が一番お金持ちになっていた。
「これだけあれば、服買えるんじゃね?」
「護理、重要なことを忘れているぞ。【迎梠】にはまともな店が無い……」
「あっ……」
元々【迎梠】は宿場町として栄えていたが満喰就任後は旅人狩りの町になってしまった。
町の市場らしい商品は何もないのだ。辛うじて略奪品が闇市に流れてくる程度である。
これではお金があっても欲しい物を買うことができない。
「――そもそも町を復興させるのが私達の仕事だしね」
「いつか、オラたちの手でお金さえあれば自由に物を買えるくらい品物で溢れるようにしたいな……」
「ああ。だがまずは一紗様へ贈る服だ。……待てよ。【寥国】が【愁国】に併合されるにあたり、【利邑】から先行して商人が来ると聞いたぞ! 良い品を買えるかもしれん!」
「その話は私も聞いた。売買のための予算を編成していたし……」
「オイラ、その行商人なら今日見たぞ! 町が賑わってたから祭かと思ったけど食い物も服もいっぱい売ってた!」
一同は町へと下っていく。
商いの町からの来訪者は美鳳の命令で来たのではなく、自発的に来た者達だった。
金の匂いにいち早く気づき、妖魔の出没地域を難なく通って【迎梠】まで来れる存在。即ち〝武商〟である。卓越した氣巧術を扱う彼らでなければ元破落戸の町には来ないだろう。
元々彼らは【利邑】の中ではあまり儲けられていない類の商人であったが、慢性的に物資が不足している【迎梠】なら粗悪な品でも高く売れるだろうと考えて一旗揚げに来たのだ。
そしてその試みは成功していた。金より実用品を欲する町人達は武商の露店に殺到したのである。
「さぁ! 【迎梠】の方々! 【利邑】の特注品を持ってきたよ! 俺の店でしか買えない期間限定販売! さぁさぁ! 早い者勝ちだよ!」
「その工具! 売ってくれ」「私は薬が欲しい!」「その服素敵ね!」
住民たちは破落戸から生まれ変わろうと、粗悪な家を立て直せる工具や自分を綺麗に見せる着物や髪留めに興味津々である。
「道具や服なんてどうでもいい! 旨い食いもん売ってくれ!」
「はいよ! 干し柿、川魚、妖魔の干し肉、秘伝の調理法で作り上げた一級品だよ!」
中にはひたすらに食料を求める客もいた。
武商たちの露店に並ぶ品々は【利邑】では三流四流品であるが、比較対象を知らない住民たちは物珍しさに買い漁っている。
中には手癖の悪い客もいたが、武商の氣巧術で折檻されていた。
「ヒドイ商売ね。値段設定がおかしいわ」
「仕方がないさ、萌優。それだけ【迎梠】は品物がないんだ」
「んなことより、オイラ達も服を見つけようぜ。出遅れちまってるよ」
「行こう! 良い服があるかもしんねぇ!」
多くの露店の中から呉服を扱う店を探す明鳴達。
殆どが大衆向けの雑貨屋のような店ばかりで古着を乱雑に置いているだけだった。
裁縫が得意な明鳴はそれらの服に乱雑な補修跡があることを見抜いていた。
「ダメ……見つからない」
「【利邑】の武商なら或いはって思ったけど、残念ね」
【迎梠】の市政官である彼らは知る由もなかったが、一紗が【利邑】で買った戦闘服は町一番ともいえる名店で買い取った一級品であり、三流の武商が卸せるような品ではなかったのだ。
しかし、息を切らせて走ってくる護理が「あった!」と叫び手招きしてくる。
急いで現場に駆けつけてみると確かに見慣れた蒼い戦闘服、即ち美しいチャイナドレスがあったのだ。
「おぉ! 嬢ちゃんたち眼が高いね! コイツはかの惡姫が愛用していた戦闘服と同じもんだ! 他では買えない貴重品だよ!」
「良かったな! 明鳴! 幸運じゃないか!」
「値段は少々張るけど、ギリギリ予算の範囲内に収まるわね」
「似たような商品があればと思ったが、全く同じ服があるとは驚いたな」
護理、萌優、九垓は満足そうに手を繋いで万歳ポーズを続ける。
だが明鳴の表情は硬かった。
じっくりと衣装を観察した後はその生地を触って確かめ、裏地の縫合後さえも念入りに検めていく。満足するまで吟味した彼女はぽつりと呟いた。
「これ……ニセモノ……」
「なっ!? 適当なことを申すな小娘!」
商品にいちゃもんをつけられた武商は激怒しているが、明鳴は臆さず冷静に指摘する。
「表面の光沢がそれっぽく見せとるけんどこれは後で妖魔の油を塗っただけだぁ。本物は生地そのものが上質だった。それにコレは縫い目が荒い。本当に外見を似せただけだべ」
明鳴に指摘を受けた武商は明らかに狼狽した。彼の持ってきたチャイナドレスは一紗の人気に肖ったコピー品だったのだ。
見せかけだけ取り繕っても裁縫に覚えのある明鳴の眼は誤魔化せなかった。
「ぐぬぬ……! 小娘、貴様は目に自信があるようだが、俺達武商は腕に覚えがあるんだよ!」
年若い少女に言い当てられた武商は大剣を担ぎ上げる。
完全にやる気満々である。破落戸の町で暮らしてきた明鳴達は生き残ることに長けていた。しかし戦闘能力は皆無である。このままでは首を刎ねられるのも時間の問題だった。
「誰か武官を呼んできてくれ!」
「――必要ない」
背後から駆け抜けた人影は大剣を足技で粉砕する。
そのままかかと落としを武商に決めて戦闘を制してしまった。
華麗に着地する少女は見慣れた人物であった。
「「「「一紗様!!」」」」
「たくっ、他所の地で勝手してんじゃねーよ。目が覚めたら罰金払わせてやる」
町の騒ぎを偶々見つけて駆け付けてくれたようだ。
露店に展示してあった服を一瞥した彼女は若き市政官達に目を向ける。
「なんだ、お前ら俺の替えの服を探してくれてたのか?」
「あ、はい。でもよく似た粗悪品だったみたいで」
「……ふーん、ちょっくら試してみるか」
一紗は水属氣巧術で水のカーテンを形作り、その中央で店のチャイナドレスを試着した。
水流を止めて皆にお披露目するその姿はかつての出で立ちと同じである。
それからピョンピョンとジャンプして身体を慣らした一紗は虚空に向けて華麗な足技を披露した。何度目かの技を繰り出したときに「ビリッ」と大きな音を立てて服は大きく破れてしまった。顕わになった彼女の太股を見た男性陣が卒倒してしまう。
「なるほど……確かに粗悪品だ。動きにくい上に脆いとはな。嫁入り衣装探してる訳じゃねーんだから運動能力までちゃんと再現してほしかったぜ」
「一紗様……」
「お前らも変な気を遣わなくていい。あの衣装は【利邑】でも高級な店で買ったんだ。その店でも同じ衣装は二つとなかった。だから別のモンを探すよ」
元のズボン衣装に着替えた一紗は名残惜しそうに壊れたチャイナドレスを一瞥し、去っていった。
城に戻った明鳴達は再度会議を開く。
「やっぱりその辺で売っているものじゃないのね」
「でも、オラ、どうにかしたい。いつもお世話になってるから服くらいは……」
「気持ちは分かるが俺達でどうにかできるものじゃない。今回は諦めて――」
「九垓にしては後ろ向きな考えだな。しかたねぇ、ここはオイラの出番だな」
「ハイハイ、どうせ変な思いつきでしょ?」
適当にあしらう仲間達の前にボロボロの衣服が置かれた。
所々焼け焦げて破損しているが、その服は一紗がかつて着ていた戦闘服だった。
「護理……これをどこで……?」
「みんな忘れてるな? オイラは元清掃員だぜ? 城で捨てられたものはオイラが全て管理している」
「勝手に女の子の捨てた服を拾うなんて! ……まぁでも今回はでかしたわ」
「護理、変な目的で拾ったんじゃないだろうな?」
「ないない! 捨てるのがもったいなかっただけだって! これを明鳴が修繕できれば……と思ったんだけど、やっぱり厳しいよな」
焦げ付いた衣装は表の生地が半分以上消失している。
既に修繕できるレベルを超えていた。素人目に見ても新調した方が早い。
「でも、ありがと護理。おかげでこの服がどういう風に繕われているかじっくり観察できるべ」
「明鳴、まさか……自分で縫おうっていうの!?」
「ふんだぁ。お店に売られてないなら自分で作るしかねぇ。護理のおかげで原型は手に入れられたし、後はオラがやる。オラだってこの地域の特産品を作る部門を任されてるんだ。一番お世話になっている人を満足させる商品をつくれなきゃ先はなかよ」
いつもは遠慮がちな明鳴が今までにない程自己主張している。
仲間達は彼女の意思を尊重し、その手助けをしてやることにした。
「食料品を扱っていると色々顔が広くなる。俺も良い生地を扱っている武商に心当たりがないか探ってみるよ」
「じゃあ私は必要な予算を準備するね。あんまり無理はできないけど……」
「オイラも何かあったら手伝うからさ。……裁縫はできねーけど」
「……うん! ありがとうなぁ、みんな!」
若き市政官達は【迎梠】復興の傍らで時間を見つけて動いていた。
お目当ての生地が得られるまで明鳴は自身の腕を鍛えることにしていた。彼女の努力は目を見張るものがあった。どんどん裁縫技術は上達し、他の裁縫師たちは「もう十分に特産品といえる領域だ」と口々に絶賛した。
彼女が織った服飾品の一部は既に町に並んでいる。即日完売になる人気ぶりであり、一部の武商は外国へ売る【迎梠】の名産品として見定め出したほどだ。
「ダメ。まだ一紗様の服を再現できねーべ」
仕事で余った生地を使ってチャイナドレス製作していくが、どれも見栄えばかりがよくなるばかりで肝心の動き易さを担保できていなかった。拳法家の女性が着れば悪徳武商が売りつけようとした模造品の如く破れてしまうだろう。
「やっぱりオラじゃ作れねーのかな……」
原型が手元にあるとはいえ、大部分が焼失している。裁縫について憶測や類推で再現している部分も多分にあった。恐らく焼失した個所に着用者の運動性能を向上させるような特殊な縫い方をされていたのだろう。
「ハァ……。こんなことならもっと真面目に習っておくんだった」
明鳴の母は服飾店を営んでいた。まだ【迎梠】が宿場町の形跡があった頃の話だ。
裁縫師の母に習って明鳴は幼い頃から裁縫技術を習得させていったのである。
しかし、【迎梠】が廃れ、治安が悪化した際に店の物品は略奪され、店主だった母も強盗に殺されてしまった。命からがら逃げだしたが、裁縫道具もなく、大人の後ろ盾もない小娘は生きていくことができなかった。
間もなく身体を売ることになり、客として来ていた《叛族》に気に入られ迎梠城へと連れ込まれることになる。そんな中でも密かに隠し持っていた手縫い針を捨てることはできなかった。
時間を見つけては遊女仲間の服を修繕したり、簡単な装飾品を作ったりして裁縫の技能を磨いていた。
(もう、公の人に見せる機会はないと思っとった。けんど、オラの技能を認めてくれる人がおった)
その人は突如現れ、一夜にして迎梠城を掌握すると遊女と雑用係を市政官に任命した。
皆が遠慮していたが、なぜかその人の言葉には説得力があり、その人に「できる」と言われたら自分でもできる気がしていた。彼女とのやりとりは昨日のことのように思い出せる。
『明鳴、お前、裁縫できるのか? 刺繍も上手いもんだ。……そうだ! 【迎梠】は名物もなんもない町だから特産品作ろうと考えてたんだ。お前、服作ってみろ!』
『そんな、オラにはできっこないべ……売りもんになる服なんて』
『やる前から諦めんなよ。少なくともこの町にいる誰よりお前は裁縫技術が優れている。【迎梠】の連中は汚ねぇ布きれしか着てねーからな。きっとお前の服を気に入るぜ』
『……え?』
『いつかお前の作った服を【迎梠】の町人みんなが着れるといいな!』
その言葉にとても勇気づけられた。だから断ろうと思っていた特産品開発部門の仕事を引き受けたのだ。そして今はなにより自分を助けてくれた、裁縫ができる環境を取り戻してくれた恩人のために一張羅を贈りたい。そんな想いが満たしていた。
「――頑張っているようですね」
「え? はい……って皇女殿下!? 申し訳ねぇ。オラ、礼儀とか知らねぇから」
声をかけてきたのは新領主の美鳳だった。皇族であり、此度の戦を制した姫君。恩人が仕える高貴な少女。雲の上の人を前に明鳴は恐縮してしまう。
「どうか楽にしてください。今日は貴女に贈り物を持ってきたのです」
彼女は書籍を手渡してきた。流れで受け取ってしまった本をパラパラとめくるとそれは裁縫技能について記したものであることが分かった。それも高度な技能が分かりやすくまとめてある。皇女だからこそ持ちうる上流階級の書籍であることは間違いなかった。
「い、いただけねぇです! こんな高価な本! オラなんか相応しくねぇ……」
「これがどんな書籍か貴女はすぐに理解しました。十分です。差し上げますよ。それにこれは貴女個人に贈った訳ではありません」
「へ? どういう……こと、だべ?」
「貴女の技能が磨かれれば【迎梠】に服飾という特産品が生まれます。そして貴女の教え子が次の世代へ技能を継承していくでしょう。これは投資なのです。宮廷裁縫術など独占していても腐らせるだけですから、活かしてくれる人に学ばせるべきだと思ったまでです」
「殿下……ありがと、ごぜぇやす!」
「どうやら貴女方は我が傍盾人のために行動してくれているみたいですからね。勿論一紗には教えてませんよ? 凄い服を作って驚かせてあげてください」
「はいっ! 必ず!」
明鳴は自分が知る限りの最大限の敬意を持って美鳳に感謝した。
明鳴がバトルドレス作成に必要な技能を習得する頃には、上質な生地を複数枚携えた仲間達が帰ってきた。
「これをどこで手に入れたの!?」
「【迎梠】が宿場町だった頃によく来ていた武商がまた来訪してくれたんだ。満喰が死んで、【寥国】が【愁国】に併合されるのを知って来ることにしたようだ」
「んで、萌優姉がガメツイ交渉をしてかっぱらった訳よ!」
「人聞きの悪いこと言わないで。商談よ。明鳴、相手は貴女が卸した服飾を高く評価してくれたみたいなの。だから貴女の服の卸売り優先権を求めてきたわ。勝手に認めちゃったけど、よかったかしら?」
「うん! ありがとな! みんな! ありがと!」
懸念事項だった上質な材料は揃った。必要な技術も磨いた。
「後は作るだけ。これは失敗できねぇ! いんや、失敗したくねぇ!!」
明鳴は自身の配下の少女達に町に卸す服飾制作を命じて三日間休暇を取った。
そして食事と睡眠など最低限の生命活動に必要な時間以外を服の制作に費やした。
夜遅くまで機織の音が聞こえていたという。
「できた! オラの最高の作品!」
満足のいく仕上げになった戦闘服を丁寧に飾る。
朝食のために食堂へ向かった際、仲間達は明鳴の晴れやかな表情を見て全てを悟ったようだった。実際に完成品を見た彼らは拍手をして称賛し、すぐに一紗を呼びに行ってくれた。
【迎梠】で知らない者がいない彼女は容姿も目立つためすぐに見つけることができた。
「……なんだよ、おまえら。また暴漢騒ぎでも起こったか?」
「いいえ。とにかく来てください」
手を引かれて辿り着いた明鳴の作業部屋には見慣れたチャイナドレスが飾られていた。
以前着用していたものと瓜二つ、否、僅かに目の前にある者の方が出来栄えが綺麗だった。
一紗は感動のあまり言葉を失い、思わずその服に触れてしまう。
「明鳴が作ったんですよ! オイラ達も制作以外は手伝ったけど」
「そういうことは黙っておくの! 一番頑張ったのは明鳴なんだから!」
「一紗様、彼女の自慢の一品です。是非着てあげてください」
「あ、ああ」
試着室で着替える一紗はその服のすばらしさが見栄えだけでないことがすぐに分かった。
肌に当たる着心地の良さもさることながら非常に動きやすいのだ。
試着室から飛び出して多少強引な動きをしても自分の身体についてきてくれている。
「……お気に召しましたでしょうか」
遠慮がちに尋ねてくる明鳴。
一紗は最高の笑顔を見せて彼女の頭を撫でてやった。
「ありがとう! すっごく気に入った! 実は服をどうするかも悩んでいたんだ。お前らのおかげで助かった。大事に着させてもらうよ」
敬愛する恩人から感謝の言葉を受け取った明鳴は涙を流して喜んだ。
仲間達も笑顔で互いのサポートを労い合った。
「これ、以前のより頑丈そうなんだが、何か秘密があるのか?」
「前の服は炎で焼かれたとお聞きしましたんで、天蚕妖魔の生糸を使ったんです。一紗様は戦いに出られるので耐熱性、耐久性、伸縮性を重視した設計にしま……した」
「着用者のことをよく考えてるな。お前は立派な服飾デザイナーだよ。この【迎梠】にも他の町に自慢できる特産品が生まれたって訳だ」
「……っ!? もったいのうお言葉です! けんど、オラ頑張ります! 一紗様もまた服が壊れることがあったら言ってくだせぇ。いくらでも作るので……」
「そんじゃあその時は頼もうかな、特産品開発部門長さま?」
「うぅ……茶化さねぇでくだせぇ……」
それから一紗の戦闘服は明鳴に特注するようになった。
また、明鳴とその教え子達の織った着物は【迎梠】の町中に流通し、小汚い装いの民衆はめっきり見なくなっていった。【迎梠】は宿場町兼服飾の町として奇跡の復活を遂げ、【愁国】の他町でも彼女の服を求めて交流が盛んになっていく。
【迎梠】の服飾は特産品として町の経済を支えるに至るのであった。
刑楽に破壊された一紗の中華風戦闘服を新調するお話でした。
一章で美鳳が普通に買い与えてますけどかなりの高級品だった事が判明します。
あれも美鳳なりの信頼と愛情の証だった訳ですね。
前回のお話から探していた服を一紗はやっと見つけることが出来ました。
いちばん番外編っぽい話だったかもしれません。
明鳴らのおかげで破落戸の町が服飾の町に生まれ変わっていきます。
資源もない、土地も痩せてるとなると技術を加工品を作っていくしかないです。
技能は大事ですね。
明鳴はヒャッハーな世界観でなければ
アパレルメーカーの女社長になっていてもおかしくない裁縫師です。
……が、修羅の国なので親という後ろ盾を失った若く弱い娘は
遊女になるしかなかったのですね。世知辛い世の中です。
治安が良きことは美しきかな。
まだまだ小さな窃盗は多いですが【迎梠】の治安がよくなったので
彼女は裁縫師として再スタートできました。
もう一紗の服が壊れても安心ですね。
次回は三章で登場した側室・温優を主役としたお話です。




