武言デート【1-1】
蕾華の武言デートです。
本話は『第二章・寥国攻略編』「愁国の進路について」の後に入ります。
次話「寥国への潜入」との間のお話ですね。
今回も一話完結ですが長めです。
「紅兄妹の仲直り」と本編一話分の中間くらいの分量です。
内乱を治めた【愁国】は、野蛮な隣国の【寥国】を攻略する意向を固めた。
国土が荒廃しているといっても相手は大国に該当する。
落とすには入念な準備が必要であった。
龍宝は自軍の指揮官達と具体的な作戦を進めるべく上級武官を招集していた。
彼らにとっても【寥国】と闘うのは初めてではない。過去の戦闘統計から敵戦力の分析、苦手な戦術などを話し合っている。
そして先行工作組の一紗と鎧兜は必要物の買い出しを行っていた。
美鳳から【寥国】の地域貨幣は預かっているが、敵地であるためいつ買い出しできるかは不明だった。故にまずは長旅に必要なものを自領で揃えておく必要がある。拳法家である二人に武器は不要だ。必然的に日持ちする食料、水筒、野営品が主な調達品となる。
「鎧兜、そんなに水を買いこまなくていい。嵩張るだけだ」
「だが、【寥国】は荒野と砂漠が多いんだぜ? 脱水になっちまう。俺が運ぶって」
「水は安定して確保できる手段を俺が持ってる。だから持ち運び楽な水筒だけでいい。……が、砂漠が多いなら果物は手に入りにくいだろうな。干し柿を多めに買っておこう」
「姉御がそう言うならまァ。……肉は現地で妖魔を狩ればいくらでも手に入るし後は――」
「調味料だな。肉を焼くだけじゃ味気ねぇし。調味料はどの国でも換金すればそれなりの金に変わる。持ち運びも楽だ」
【武言】の商店街で長旅に必要そうな品々を選んでいると、城方面の道から一人の少女が肩を落として歩いてくるのが見えた。
若葉のような髪色の少女はこの町に一人しかいない。《杜族》の姫・蕾華である。
「なんだ? 蕾華の奴、様子が変だぞ?」
幽鬼のようにゆらめき、足取りがおぼついていない。
彼女は一紗の親友である。何かに落ち込んでいるなら気にならないはずはない。鎧兜はそんな姉貴分の心情を慮って背中を押した。
「後は俺が買っておくぜ。姉御は《杜族》の嬢ちゃんと話してきな。仕事が始まったらしばらく会えねぇだろうし……」
「そうか? 悪いな」
蕾華が気になった一紗は後の買い出しを鎧兜に託すことにした。
トボトボと歩く彼女の後を追いかけ、その背中に声をかける。
「蕾華、どうしたんだ? 美鳳から交渉術を教わってるんじゃないのか?」
いつもは「一紗さま」と飛びついてくるはずの蕾華は首を傾けただけに終わった。
目が虚ろで無表情である。
「どうした、蕾華? 怖いぞ……」
あまりに普段と違う態度を不審に思った一紗は彼女の頬をこねくり回した。
すると、今度は涙を溜めて一紗の胸に顔を埋めたのである。
「うわーん! 一紗さま! やっぱり私に交渉人はむりなのぉー!!」
「何かあったんだな。聞いてやるから話してみな」
大通りでは人目がありすぎるため、町外れの城郭まで移動する。
人気のない瓦の上に座ると、蕾華はようやく隠していた想いを吐露し始めた。
「私、美鳳の指導を受けていたの。最初は上手くいっていたわ。【圓国】の風土も理解したし、言葉遣いも合格だった」
彼女は【圓国】という外国と密約同盟を結ぶために交渉役に抜擢されている。仮想敵国の【寥国】包囲網を完成させるためには【圓国】との同盟は必要不可欠だった。
蕾華は無事同盟を成立させるために美鳳に交渉術を習っている最中だったのである。
話を聞けば交渉の鍛錬は上手くいっていたようだ。
「じゃあ何に躓いたんだ?」
「考えていることが顔に出すぎているから気をつけなさいって言われて……」
蕾華は交渉人を受けるにあたって礼儀と知識に関しては問題なかった。
しかし、その裏表のない性格のせいで喜怒哀楽が顔に出てしまうのだ。
交渉が自分の望む方向へ進めば表情を輝かせてしまい、逆に上手くいかなければ表情が曇るという癖を直せないでいた。
それでは交渉で勝ち取りたい詳細な内容やそこに至る背景までが相手側に全て伝わってしまうため不利になると判断した美鳳が咎めたのだ。
「常に笑顔の仮面を被った無表情を作れって、初めて会った時の〝あの表情〟が一番近いって言われて、私どうしたらいいか分からなくなっちゃって……」
「それであんな無表情になってたのか」
蕾華と初めて会ったのは寒村だった。【利邑】の武商の護衛を名目にした調査員として派遣されてきたのだ。
あの頃の彼女はやさぐれて現実を直視できないでいた。《杜族》の王族の家系に生まれたはずなのに金髪を受け継がず、そのことが理由で王位継承権を剥奪されたからだ。
放浪の度の中、目を虚ろにして本来の優しさを殺して【利邑】の悪政に加担していたのだ。
確かにあの状態では心理状態が読み取りにくかった。
一紗が蕾華の心を見通せたのは「金髪の《杜族》じゃないこと」を指摘し彼女が初めて激怒したからである。
「昔の私に戻れるならきっと美鳳も合格判定を出してくれる。だから私――」
いい結果を出せずに焦っているのが分かった。
今の心理状態では美鳳の伝えたいことも理解できないだろう。
「蕾華、今、時間あるか?」
「え? うん……。美鳳は影武者の子と相談ごとしてるみたいだし、今日は多分お稽古もないはずだけど……」
「じゃあ俺に付き合え」
急に手を引かれた蕾華はバランスを崩してしまうが、一紗に抱きかかえられた。
態勢を立て直した蕾華は改めて一紗の顔をまじまじと見つめる。
「国の食糧庫満たしてくれた礼にデートするって約束だっただろ? 今しようぜ」
「でも……国家の命運をかけた交渉の訓練中だし、空いた時間でも自主学習しないと――」
「自主学習もいいが、気分転換も大事だ。どの道仕事が始まればしばらく会えなくなっちまうしな。今の内にお前との時間を楽しんでおきたいっていう俺の我儘じゃダメか?」
「……だめじゃない。駄目じゃないよ! うん!」
一紗に手を引かれた蕾華はそのまま導かれるように駆け出した。
かつては王族から排斥された《杜族》の姫と悪党の群れの頂点に立っていた惡姫。
現在は小国の将として多くの役目を背負う少女達。
だが、今この瞬間だけは年相応の女の子になっていた。
最初に向かった場所は【武言】でも下町に該当する裏通りだった。
表通りでは【愁国】奪回に貢献した一紗と蕾華の顔と名前は広く知られているが、裏通りでは未だに偉い人の名前も覚えていない庶民が多いのだ。都督の美鳳は知っていても新顔の一紗達が宮仕えであることは認知していなかった。
権力という威光が通じない訳だが民間人として楽しむにはもってこいの場所だった。
「あら、いらっしゃい。この前も来てくれた子だね。今日はお友達も一緒かい?」
「ああ。蕾華ってんだ。ここの茶菓子はうめぇからお勧めしようと思ってな」
「嬉しいこといってくれるねぇ。あらまぁお友達も美人だわぁ。……まるでお姫様みたいじゃないのさ」
蕾華に目を向けた店主の婆は素直にその容姿を評価した。彼女が本物の姫君であることなど知る由もない。蕾華本人も事情を知らない人間からの直球評価に照れているようだ。
「お転婆娘が来たときも驚いたもんだが、お友達まで美人なんて。あたしが看板娘してた時から【武言】の町娘のレベルが上がっちまったみたいだねぇ」
「それ、五十年前の話だろ?」
「失礼だね、まだ四十年もたっとらん。それにあたしゃまだ現役のつもりだよ!」
店主と一紗のやり取りがおかしくて蕾華は思わず笑ってしまう。
その微笑にキュンとなった店主の婆はお品書きを手渡してきた。
「笑顔はとびきり可愛いね。一見さんだしサービスするよ。好きなの選びな」
「ありがとう。え~と……何にしようかな……」
「蕾華、一番高いヤツにしとけ。お得だぞ」
「ウチの主品は定価のままだよ。サービスは安い商品だけさね」
「チッ、しっかりしてらぁ」
悩んだ末に蕾華が選んだのは草餅だった。
一紗は定番の流れらしく「アレ」と言っただけで店主の方は理解したようだ。
そしてあまり時間も経たない内に『草餅』と『大福』が運ばれてきた。
添えられたお茶の香りもよく、その苦さが茶菓子の甘さを引き立たせる。
「疲れたときには甘いもんだぜ。糖類は適度に摂取しねーと」
「ホント、美味しいわね。お茶の方も煎じ方が上手いし……流石州都ね」
お茶を飲みながら餅を摘む動作を繰り返している内に蕾華の皿は空になってしまった。余程美味しかったようで気が付いたら全て平らげてしまっていたのだ。
空の皿を掴もうとした彼女の手に一紗は自分の食べかけの大福を渡してやった。
「まだ足りないんだろ? やるよ」
「えっ、でもそれだと一紗さまが……」
「いいって。元々お前のためのデートだし。あ、俺の食べかけじゃ嫌か……。だったら新しいもんを――」
「ううん、いただくわ。寧ろ一紗さまの食べかけの方がいいからっ!」
「お、おう……」
蕾華は大福の断面から味わうように食べる。余程気に入ったようで草餅のときよりも満面の笑みを浮かべていた。
やがてお茶を流しこんで一息つくと、彼女は行儀よく合掌した。
「……ごちそうさまでした。ここのお菓子ならいくらでも食べられそう」
「そりゃ何よりだ。じゃあ追加の分も一緒に食べようぜ」
「え? 追加注文したの?」
「いんや、俺は注文してねーよ。向こうが勝手に持ってくるんだ。そろそろかな」
食器を下げに来た青年と少年は新しいお菓子を乗せた皿を交換するように置いていく。
「お嬢ちゃん、また試作品作ったんだ。良かったら食べてくれ」
「お友達もどうぞ。勘定はいらないけど。か、か、か、感想とかもらえるとうれしい」
「ありがとう! 味わわせてもらうよ」
とびきりの笑顔を向けられた二人の男性は紅くなってそそくさと奥に引っ込んでしまった。
州都で店を構えているとはいえ、美人との接触に慣れていないらしい。
「今のは?」
「ああ。さっきの婆の三男と長男の息子だな。俺が来ると何故か試作品が増えてるんだよー。研究熱心だよなぁ」
彼らが一紗に気に入られようとお菓子を振舞っていることは一目瞭然だった。
アイドルへの貢ぎ物という方が近いのかもしれない。
満面の笑みで『専用の試作品』を頬張る想い人に蕾華はジト目を向ける。
「一紗さま……。色目使っちゃダメよ。彼らが可愛そうだわ」
「いやぁ、自分の容姿は利用しないと損だろ。治安の悪い場所だと女ってだけで貞操の危機だし、男尊女卑で見下されることも多い。だから女の特権を使えるトコはレアなんだって」
「あのね、女の子は分かっていても遠慮するものなの。これは乙女の教育が必要そうね」
「えっ……?」
試作品への感謝と感想を述べて甘味処を出た蕾華は一紗の手を引いてとある店舗を探し回る。
数分後にはよさげなお店を見つけたらしい。笑顔の蕾華が指さす店は呉服屋だった。
店頭には艶やかな着物が並んでいる。
「ふっふっふ。一紗さま、たっぷり乙女らしくしてもらうからね」
「ちょ、勘弁してくれ。俺が悪かったから……」
「問答無用」
それからはずっと蕾華が見繕った着物の試着を強要されることになる。
女の特権を濫用した者への罰は厳しく、着用拒否は許されなかった。
「かわい~! 一紗さま、惡姫と言われるだけあって姫衣装が映えるね~」
「ぐっ……恥辱的だ……なぜ、俺がこんな……」
選ばれた服は嫁入り時や祝い事の際に着られる艶やかな華服だった。
いつも戦闘服ばかり着ている一紗はヒラヒラの乙女チックな衣装は着慣れておらず、風通しの良い足元が落ち着かない様子だった。
「こういうのは似合わねーって。もう脱いでもいいか?」
「だーめ。体勢をかえて! そう、腕の位置をもうちょっと寄せて!」
蕾華は服だけでなくポーズまで指定してきた。彼女が今カメラを持っていれば激写していただろう。それがスマホならすぐにSNSに投稿しそうな勢いだった。
(蕾華は日本に転移しても上手くやっていけそうだな……)
現実逃避しながら恥辱に耐えていると、今度は違った衣装を手渡してきた。
試着室でたたまれた服を広げてみると、それは華風ロリータ衣装であることが分かった。蕾華が日常的に愛用しているヒラヒラの服である。彼女のものとは若干デザインが異なり蒼色を基調としているが華風ロリータというカテゴリーは同じだ。
「これ、着るのか?」
「大丈夫! それも一応戦闘服だから。私だってちゃんと動けているでしょう?」
「いや、運動性能を心配しているわけではなく……」
「はやく! はやく!」
輝く瞳で急かしてくる蕾華。やはり拒否権はないらしい。
どうせ店にいる間だけだと自分に言い聞かせて袖を通していく。
カーテンをめくってお披露目すると蕾華は貧血を起こしたように地面に倒れた。
「おい、蕾華大丈夫か?」
「似合う……超可愛い! 超超尊い!! しかも私とお揃い!!」
起き上がった彼女は抱きついて激しくジャンプする。
喜んでくれたのなら恥かしさを我慢して着た甲斐があったと一紗は朗らかな気持ちになった。
「店員さん! コレ買います! 即金で!」
「おおきに~。何か風呂敷で包みましょうか?」
「風呂敷には元の服を入れてください、買った服はこの子がそのまま着ていくので!」
「は!? 聞いてねーぞ蕾華!」
涼しい顔で代金支払いを済ませる彼女に一紗は断固抗議の意を伝える。
店舗にいる間だけだと思ったから抵抗せずに着ていたのだ。この衣装で町を練り歩く自分の姿を想像しただけ茹蛸になってしまう。
「えぇ……一紗さま、着ていてくれないの?」
涙を瞳に溜めて潤んだ上目遣いで懇願してくる。
泣き顔の不意打ちを受けた一紗は大きく肩を落とした。
「人には女の特権を使うなと言っておいて……女の涙は卑怯だろ……」
結局押し切られる形で蕾華とおそろいの華風ロリータを着て歩くことになった。
上機嫌で腕を組む蕾華に一紗はなされるがままだった。もう周囲の視線が気になってまともに前を見ることができていない。事実、二人の美少女の鮮やかなペアルックは大衆の眼を引いていた。
頬を赤く染めて顔を伏せて歩いている一紗の姿が意図せず奥ゆかしさを出してしまっており、余計に男性陣の目を奪っていたのだ。
そこへちょうど買い出し途中だった鎧兜と鉢合わせてしまう。
「蕾華か。姉御はどうした? 一緒じゃねーのか?」
「へ? 隣にいるわよ?」
「あん? 隣は―――」
「鎧兜、俺を笑ってくれ……」
伏せていた顔を上げて声を発したことで鎧兜は華風ロリータ服の少女が自分の敬愛する姉貴分だと察した。あまりの驚きに絶句しているようだ。
「もう! 何か反応してくれないと恥ずかしいだろ!」
「……いや、すまん。ちょっと見違えたというか。ンガガガ! 姉御は今日はそのまま遊んでいてくれ! 残りは全部俺がすませておくから!」
「へ? いや、流石に全部は悪いだろ? 後で俺も――」
「今日はずっと蕾華に付き合ってやれよ! 良いもん見せてもらったが、その姿だと俺が落ち着かねェ」
そう言って彼は全速力で走って行った。
「変な奴……どうしちまったんだ?」
「きっと一紗さまに見惚れてたんだよ」
「鎧兜が? ないだろ。アイツは武道に生きる男だぞ?」
「そういうことにしておくわ。同僚の許可も得たし、もう少し付き合ってよ」
それからも二人は狸を使役する曲芸を見たり、足湯を満喫したりと武言デートを楽しんだ。
気が付いた時には日も暮れており、最後は手を繋ぎながら公園の近くを歩いていた。
「今日は楽しかったな……でも、明日からまた特訓あるし」
蕾華は再び交渉術の鍛錬のことを思いだして気落ちしてしまった。そんな彼女の気を反らすように一紗は公園の中央に集まった人だかりを指さす。
「あそこで紙芝居やってるみたいだぜ。最後に見ていかねーか?」
「うん」
紙芝居の内容は『桃太郎』だった。
日本では馴染み深い昔話であるが、実際に見る内容は大きく異なっていた。
大陸国である紅華帝国では島は馴染が薄いと考えて『鬼ヶ島』ではなく『鬼ヶ城』へ主人公が突撃していく話に変わっている。
仲間となる猿、雉、犬がそれぞれ似た妖魔に変わっており、妖魔を使役する主人公が鬼の妖魔を退治するというリアリティのあるものに変貌してる。世界観を合わせたのだろう。
「ふふ、黍団子で妖魔を味方につけるなんて面白かったわね」
「この話、演者の男に教えたのは俺なんだけど……話がだいぶ改造されてたな」
「へー。一紗様の故郷の話なんだ。そういえばあんまり聞いてなかったわ。樞が沢山ある日本っていう国なのよね? どんな樞があるの?」
「例えば……『写真』っていう今この瞬間を一瞬の内に記憶し焼き付ける絵があってな。逆に動いている状態を記憶する『動画』もあったんだ」
「動く絵? なんだか凄いわね」
「ああ。氣巧術なんてなかったけどその分技術力は高かったな。もしかしたら【金国】に似たようなもんがあるかもしれんが」
一紗の話に相槌を打つ蕾華は意図的に明日の話を避けているように見えた。
だが現実逃避ばかりしていられない。今日のデートで彼女の心のゆとりができたと考えた一紗は本題を切りだすことにした。
「――美鳳はな、お前だから交渉人を任せたんだよ」
「でも……私、失敗ばかりだし。顔に出ちゃうし……どうしたらいいか」
「美鳳だっていつも交渉に成功してるわけじゃねぇ。【利邑】の市政官には反感買って蕾華に助けられてたって聞いたぜ?」
「そういえば……」
あの時は、ありのまま失政を叱咤してしまったせいで危うく殺されかねない状況だった。蕾華が機転を利かせたおかげで何とか事なきを得ていた。
「元々隙を見せたせいで鎧兜に政権奪われた訳だしな。今だって教育相手の蕾華の不興を買っちまってる。恐らくお前を放りだしたのは自分の頭を冷やすためだろうよ」
「……美鳳も失敗するんだね」
「アイツは失敗してる経験が多いからこそ、ダチの蕾華にはそうなってほしくないと思ったんだよ。だから少々厳しくしちまったんだろう」
「でも、美鳳の態度からそんな心情は全く感じなかったわ」
「アイツに教えられた交渉術の秘訣を思いだしてみろ」
「考えていることが顔に出すぎているから気をつけなさい……って、あっ!」
美鳳は身を持って教えていたのだ。心の内を相手に読ませないということを。交渉相手も真意を隠してくるためその環境に慣れてほしかったのだ。
「あいつも教育に熱心になりすぎて真意を隠してしまったんだろうけどな。でも最初に蕾華を交渉人に推薦したことこそお前の力を信頼してる証だ。ただ五大民族だからというだけで重要な交渉を任せたりしないはずだぜ?」
一紗の言葉を聞いた上で美鳳の教育を想い返してみると、小さな気遣いが所々に散見されていた。「考えが顔に出すぎている」と叱咤はされた。逆に言えばそこさえ克服できれば、交渉人として及第点をくれる領域に達していると判断してくれているということだ。
「蕾華、俺はお前の素直なところは好きだ」
「えっ、ちょっと一紗さま、いきなり何を言いだすの……」
赤面する蕾華は取り乱して言葉に詰まっていた。
普段絡んでくる割りに思い人から直球で褒められることには弱いらしい。
「素直なのは良いことだが、そこを敵に利用されたら大変だ。お前の真っ直ぐな性分は俺や美鳳……仲間がいるときだけにとっておいてくれ。いつも無表情でいる必要はない。仕事のときだけでいいんだ」
「……お仕事の時だけ?」
「ああ。俺もお前も戦士として敵兵を殺すことはある。だが殺しが好きな訳じゃないだろ? 交渉も同じだよ。時に嘘をつき、口八丁で相手を丸め込むこともあるが、本来の優しさまで捨てる必要はない」
仕事の時だけスイッチを切り変える。訓練のときでも本番だと思って取り組む。
一紗と過ごしてリラックスし、彼女の助言を得たことで蕾華は美鳳の教育指針を正しく理解したのだ。
「私、やってみる! 今ならできそう! ありがと一紗さま!」
心の蟠りが解けて表情が変わった蕾華はまっすぐと武言城まで駆けだしていった。
城に戻った蕾華をいち早く美鳳が出迎える。
「あの、蕾華。先程は失礼しました。最初から詰め込みすぎましたね。本日はゆっくり休んでまた明日――」
「ううん、美鳳。私、貴女の言いたいことが分かったの! 交渉の鍛錬、もう一度お願いできるかしら」
教え子の顔色が変わったことで何かを悟った美鳳は模擬交渉実習を再開する。
そしてすぐにその変化を感じ取った。
蕾華は今までと異なり、自然に笑顔を作って真意を読ませない術を習得していたのだ。
「見違えましたね。何かあったのですか?」
「うん、一紗さまに助言を貰ったの!」
(やはり一紗が関係してましたか。恋する乙女は強いようですね)
「美鳳は表に出さないだけで私のことを考えてくれてるんだって!」
傍盾人に真意を見通されていた事実に美鳳の顔は紅く色づいてしまった。
彼女はすぐに扇子で顔を覆ったが赤くなった耳までは隠しきれなかった。
「おっ、照れてるねぇ。これが相手の真意を見通すってことね! 先生もまだまだねぇ」
「ぐっ……。交渉の真髄はこんなものじゃありません。明日からはさらに難易度を上げます!」
「え~!!」
この日を皮切りに、蕾華は特訓で劇的な成果を出し始める。
残念ながら一紗達潜入工作組の旅立ちに間に合わせることはできなかったが、この日の特訓の結果が【圓国】との密約同盟締結へと繋がったのである。
息抜きも兼ねた一紗×蕾華のデート回でした。
甘味処の親子ら裏町の人は一紗達が偉いとは知りません。
テレビもネットも無い世界なので口伝では伝わる情報に限りがあります。
偉い人は特に役職名(都督・傍盾人・将軍など)で呼ばれるため
町人はフルネームを知らない人も多いです。
蕾華は髪色で分かる可能性がありますが、
町人達は実際に他の《杜族》を見ていないので比較対象がおらず、
まさか本物が下町に来るとは思っていないので気づきにくいです。
暴れ●坊将軍のシンさんみたいなもんですね。
一紗の助言で美鳳の鍛錬を乗り切ったことが
本編二章における蕾華の交渉成立に繋がりました。
次回のお話は二章エピローグ前後の時系列に飛びます。




