紅兄妹の仲直り【1-1】
紅・美鳳と紅・鎧兜が和解するお話です。
降伏したと言っても完全に和解はできておりませんでした。
その状況を改善するお話です。
本話は第一章【愁国奪回編】のエピローグ後に入ります。
短編集で言えば、ちょうど前の「ニセモノの思い出」の後の時系列ですね。
※本話は一話完結型ですが分量的に二話分程度あります。
キリの良い二分割点が見つからなかったので……申し訳ないです。
紅・美鳳と紅・鎧兜、同じ父を持つ異母兄弟である。
知略の妹と武勇の兄は共に協力して【愁国】を治めたこともあった。
しかし、鎧兜の謀反により【愁国】は内乱状態に陥り、互いに部下を失うことになった。
鎧兜の降伏により【武言】を取り戻した美鳳であったが、兄妹の確執がすぐに解消されるわけではない。
表面上は美鳳の下に鎧兜が侍るという組織構成に変わったが、過去の諍いがなくなった訳ではないのだ。そのため、少しでも衝突することがあれば緊張状態に陥る。
「一紗、相談したいことが……」
「姉御、ちょっと付き合ってくれないか?」
ほぼ同時に廊下で声をかけた紅兄妹は視線で牽制し合っている。
居た堪れなくなった一紗は仲裁に入った。
「えっと……順番に聴くが?」
「一紗は私の傍盾人です。私が先です!」
「それは政務なのかァ? 急ぎじゃねーなら兄に譲るべきだ」
「おいおい、同じ父親を持つ兄妹同士仲良くしろよ」
「「あんな父は恥だ(です)!!」」
そこだけは意見が一致していた。
ここまで実子に嫌われる父親も相当なものである。
玩具を取り合うように争う兄妹に振り回された一紗は休憩室で倒れた。
その功を労う蕾華は疲れ果てた想い人のために膝枕を提供する。
「お疲れ様。あの兄妹は相変わらずなの?」
「鎧兜はあり余る体力で振り回すし、美鳳は小難しい理論講釈垂れるし、体も心も限界だ……」
「流石の俺も同情するぞ」
そう呟くのは非番の龍宝である。彼としても主人が苛立っているのを見ていたくはなかったのだろう。【愁国】の三将は休憩がてら二人の皇族の蟠りを解消すべく相談することになった。
「ちょっと空気悪すぎよね。あの二人、意図的に避けてるみたいだし」
「無理もなかろう。俺だって鎧兜殿には割り切れない想いがある」
「鎧兜の方も妹に復讐されたわけだからな。俺の顔を立てて暴力沙汰は起こさねーが、あのピリピリした空気を続けられるのはこっちの身がもたねー」
「対立が長引けばまた内戦に発展しかねんしな」
「あの兄妹には仲直りしてもらうしかないわ! この国のためにも!」
こうして兄妹仲直り大作戦が決行された。
龍宝は【利邑】への出張のため参加できなくなったが、三人で練った企画を一紗と蕾華が実行することで合意していた。
~仲直り大作戦1『お食事会大作戦』~
美味しい料理を並べられた食卓に二人を誘い、一緒に豪華な料理を味わうことでその旨味を共有して過去の蟠りを解消してしまおうという計画である。
「腹が満たされれば心も満たされ、諍いもなくなる……か」
「美味しい料理に文句を言う人はいないでしょ。唐さんにお願いして二人の好みの料理を出すようにお願いしたから大丈夫だと思うわ」
「勿論皇族の二人の舌を満足させることは難しいだろうが唐さんが用意するなら問題ねぇな」
長らく【武言】で食糧管理を担当していた唐・俊豪は、美鳳と鎧兜双方に仕えていた。故に二人の好物も把握済みなのである。
準備が整い次第、美鳳の方は蕾華が、鎧兜の方は一紗がそれぞれ呼びに行った。
友人として呼びかけに答えるだろうと判断した上での采配だった。
目論見通り呼び出すまでは簡単だったが問題はここからである。
廊下で鉢合わせた際、美鳳は露骨に視線を逸らし、鎧兜は大きく舌打ちした。
「私を労う会とお聞きしましたが?」
「姉御からは俺の歓迎会だって聞いてるぜ?」
今度は一紗達が視線を逸らす番だった。
回れ右をしようとした兄妹の背中を必死に押して部屋へと導くと食卓に豪華な料理の数々が並んでいた。職務で疲れていた兄妹はその匂いに刺激されて仲良く腹の虫を鳴らす。
「まァ、姉御の厚意を無碍にする訳にはいかねェしな」
「料理に罪はありませんから」
座席は四席用意されていたが、既に上座が空けられるように一紗と蕾華が並んで座ってしまったために美鳳と鎧兜は並んで上座に座らざるを得なかった。
席替えを打診しようにも空席の前には二人の好物が取りやすい位置に並んでいたためにその座席へ座ることを受け入れる他なかったのである。
「「「「いただきま~す」」」」
――そして始まった食事会。
料理は一級品であり、腹を空かせていた兄妹は一時休戦して、一先ず目の前の料理に手をつけ始めた。美鳳は上品に礼儀正しく箸を使い、鎧兜は口元の鎧だけ上に上げて手づかみで書きこんでいる。兄妹でも食事のスタイルが対称的だった。
「これ、美味しいですね」
美鳳の席に並ぶのは亀のスープ、ハクレン等の淡水魚を材料にした唐揚げや煮付けである。全体的に美容や知力向上に良いとされるものが多かった。
「中々旨ェじゃねェか」
鎧兜の席に置かれているのは珍味が多かった。ヤーシューと言われる鴨舌の料理や蝉、サソリといった昆虫、甲殻類系統の料理が並んでいた。
二人共好物を前に目を輝かせている。
このまま料理の美味しさに夢中になり、兄弟は遺恨を忘れて笑顔のまま閉会するというのが一紗と蕾華が思い描くハッピーなシナリオだった。
しかし現実はそう上手くはいかなかった。
「兄上の皿、珍味ばかりじゃないですか。よくそんなゲテモノ食べられますね」
「お前ェは舌がガキだからわっかんねェんだよ。もっと大人になれ」
食卓の会話は互いを知るため、思い出を共有するためのものであるが、相手が気に入らない者同士が同席すると、些細なことも批判の的になってしまうのである。
「美鳳、テメェは魚にしろ亀にしろ、食える部分を残し過ぎなんだよ。あーあ、コレだから食に苦労したことのねェお姫様は駄目なんだ」
「私だって食べ物に苦労したことはありますよ? 誰かが謀反したせいで国を追われましたからね。もっとも、何でも丸ごと呑みこむ下品な食べ方までは習得しませんでしたが」
犬猿の仲の二人は互いの好みや食べ方まで目につく様子である。
食事の間すら眼で牽制し合っている。
「兄上はもう少し魚を食べたらどうですか? 頭がよくなりますよ?」
「俺が馬鹿だってか? お前ェこそ、鴨の血豆腐残してんだろ! 好き嫌いしてっから発育が悪いんだ。俺のおふくろがお前ェくらいの頃には既に巨乳だったらしいぜ」
「恵まれた体格が約束される《膂族》の尺度で考えないでください! あなた方の第二次性徴が劇的すぎるんですよ! これでも私は成長期なのです!!」
表面上は和睦した者同士、殴り合いには発展しないが、目の威圧と口論は尚も続いている。
向かいの席から兄妹喧嘩を見せられる少女達はたまったものではなかった。
「食事一つで何で喧嘩になるのよ……」
「火種が分からねぇな。まるでバルカン半島だ」
ひたすら互いの好みをひとしきり批判し合う兄妹。食卓の空気はすこぶる悪い。同席している一紗と蕾華が料理の味を感じられない程だった。
「食事の時くらい仲良くしろよ。ほら、黒牛の肉だ。これなら二人共好きだろ?」
一紗は脂がのった赤身のお肉を食卓の中央に置いた。【愁国】でも流通数の少ない高級牛の贅沢な肉である。一応皇族のいる武言城であるが、内戦の後で食料が十分とはいえないとのことで納品も制限されていた。よって、皇族兄妹も久しぶりに見る贅沢食材に目を奪われている。
高級肉の魅力は憎しみに勝るようで二人は早速鉄板で焼き始める。
「ようやく喧嘩が収まったみたいね。静かだわ」
「アレは互いを見てないからだぜ。二人共肉しか目に映ってねぇ……」
黙々と肉を焼いてタレにつけて食べ続ける紅兄妹。動作がシンクロしているのは血の繋がり故なのかもしれない。
一紗と蕾華も自分達の皿の肉を焼いて食べていた。しかし、やっとまともな食事ができると安堵できたのは数分間だけだった。
最後の肉を兄妹の箸が同時に掴んだのだ。
「美鳳、肉ばっかり食ってると太るぞ?」
「発育不足を叱ったのは兄上ですよ? コレを我が血肉とする所存です」
このまま箸で引っ張り合えば柔らかい肉は二つに裂けてしまう。残飯を食べるつもりのない二人は一旦箸を置いて肉一つをどちらが手にするか勝負することにしたようだ。
「よォし、腕相撲で勝負だ。勝っても敗けても恨みっこなしだぜ」
「明らかに兄上が有利すぎます! 勝負は算術で行いましょう」
「それこそテメェが有利じゃねーか! 俺が算術苦手なの知ってるだろ!?」
両者がもみ合いになる内に食卓に置かれていた皿は盛大にひっくり返る。
当然最後の肉も床に落ちてしまった。
料理の皿を頭からかぶった一紗はついに堪忍袋の緒が切れる。
「お前ら……いい加減にしろ!!」
結局お食事会は誰も幸せにならずに閉会することになった。
第一次仲直り作戦は失敗である。
「やっぱり一度殺し合った兄妹はそう簡単に仲直りはできねーか」
「一紗さま、次の作戦に移ろうよ!」
~仲直り大作戦2 『相互互助計画』
如何に仲が悪い者同士であろうと、人材的に必要であれば手を取り合うしかない。
大人の社会は互いに利用し合っている側面もある。そして共に仕事をする内に相手を認めて関係が改善することもあるのだ。
そこで、美鳳と鎧兜双方が相手の能力を認めざるを得ない状況を作ろうというのが『相互互助計画』の内容である。
「鎧兜の武と力強さは美鳳も認めてる。過去の謀反と衝突が今の歪な関係を作ってるんだ」
「美鳳の知略は鎧兜も警戒してたし、一紗さまを慕っている彼もこのままじゃダメだってわかってるはずよ」
「切っ掛けさえあれば仲良しにはなれなくとも、普通に会話できるくらいにはなるはず……」
例によって、一紗が鎧兜に、蕾華が美鳳に話をつける構図で作戦が実行された。
この作戦ならば直接両者が顔を合わせることはないため、冷静に相手を評価できる可能性がある。
いつものように内戦後の【愁国】立て直しに尽力している美鳳に蕾華が将として意見を述べる形で誘導を図る。
「ねぇ美鳳、実は内戦の混乱で失業した人がいるの。彼らにも仕事を与えてあげないと後々盗賊になっちゃうかもしれない。ちょっと一緒に来てもらえるかしら?」
「失業者ですか? 大方対処済みだと思いましたが……取りこぼした方がいたのですね。元々私が都落ちしたせいでもありますし、話してみましょうか」
領民のことを第一としている美鳳は失業者がいるといえば付いてくることは明白だった。
蕾華は嘘をついた訳ではない。意図的に情報を隠しただけだったのである。
現場についた美鳳は失業者の正体を認識して硬直してしまった。
「蕾華、まさか……失業者というのは……?」
「そう、鎧兜派だった人達ね。内戦の結果仕事を失くしちゃったの。嘘じゃないでしょ?」
謀反を起こす際に鎧兜が味方に抱きこんだ勢力、及び内戦中に彼に寝返った【愁国】タカ派の人々である。鎧兜の降伏により彼らは武器を捨てることになった。
その中で鎧兜への恐怖心から従っていた者達は早々に美鳳勢力に吸収され、公務に復帰していったが、鎧兜を支持していた彼らはそう簡単に文官や武官へ復帰ができなかった。
彼らにもプライドがあったこともさることながら、美鳳配下の勢力が彼らの復帰を拒んだためである。
「自分の仲間を殺した仇敵をおいそれと許せるわけじゃないからね。上同士が納得しても下っ端は割りきれなかったってわけね」
公職に復帰できなかった元鎧兜派勢力は町に下野し、日雇い労働や万屋を開いて生計を立てざるを得なかったのだ。
「これ程の大人数が日雇い労働を見つけるのも大変だったでしょうに」
「だから、鎧兜が融通してたみたいだよ? 自分が降伏したせいでこうなったからケジメだってさ。現役市政官達じゃ対処できない危険な仕事や小さな仕事とかを集めて振り分けてたらしいわ。一紗さまから聞いたんだけどね」
「兄上が……?」
美鳳にとって兄は野蛮で武闘派のイメージしかなかった。護帝覇兇拳の力に惹かれた破落戸や恐怖した人間が集まっただけなのだろうとさえ考えていた。しかし、彼らからは恐怖心だけでなく忠誠心が確かにあったのだ。氣巧術も扱える彼らが叛乱を起こせば町は大損害を被るはずだ。鎧兜がリーダーとして彼らの不満を抑えていたに違いなかった。
「なぁ、蕾華嬢ちゃん。知恵を貸してくれる助っ人って殿下のことなのか?」
「そうよ。あなた達にとっては政敵なのかもしれないけど、それはもう過去の話! 嫌だって言うならこの話は無しだよ? これからも鎧兜に助けてもらえばいいわ」
「それは……駄目だ。もう俺達は兄貴の足引っ張りたくはねぇんだよ!」
「アタイ達が弱いばかりに鎧兜の兄貴が敗けちまっただけなのに……!」
彼らは号泣するばかりで美鳳に危害を加えようとはしなかった。そんなことをすれば鎧兜の立場が悪くなることを分かっているからだ。
毒気を抜かれた美鳳は腰を据えて彼らと話をすることにした。
「そもそもですが、貴方達は何故兄上の配下に入ることにしたのですか? 兄が外国から連れてきた方もいるでしょうが、殆どが旧来から【愁国】領民のはずです」
顔を見合わせた鎧兜の子分たちは躊躇いがちにポツリポツリと謀反に加わる経緯を話し始めた。
「俺は国境を警備する防人だったが、【愁国】の力を甘く見た諸外国に何度も威力偵察されて疲弊してたんだ。もっと積極的に武力を行使すれば他国に舐められねぇとずっと思ってた」
「私は他国と交易する文官でしたが、我が国が他国に大勝した実績がないために相手側から低く見られ、武力をちらつかせた交渉をされることもあったのです。だから鎧兜さんが掲げる『強い【愁国】』という思想に感銘を受けました」
「アタイのお父は【寥国】との戦で死んだ。最初の戦のときに休戦せずに【寥国】を滅ぼしていたら二度目の戦いでお父が死ぬこともなかった……! だから姫様の甘さが嫌いだった!」
美鳳はしばらく言葉を返せなかった。なるべく武力ではなく言葉で世を制したいという気持ちに変わりはないし、間違っているとも思っていなかった。
かつては今よりさらに甘く非現実的な思想であったことも自覚しており、その結果都落ちしたことは自身にも非がある痛い教訓だと戒めていた。
しかしその甘すぎる思想の犠牲者が都落ち前から存在していたのだ。この事実を真摯に受け止めた美鳳は彼らの前に手をついて謝罪する。
「全て私の甘さが招いた結果です。あなた達には苦い想いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
一国の姫が領民に、しかも政敵の配下に頭を下げるのはありえないことだった。
今度は鎧兜派が沈黙する番だった。
「私は都落ちで多くを学びました。そして天下統一の野心を抱きました。救える命は救う。避けられる戦いは避ける、という思想は変わりませんが、今後は戦となれば戦い抜く覚悟で臨みます。兄上を再び麾下に加えたのもその思想の一部を取りこんだ故です! ……ですので、もう一度私を信じてはいただけないでしょうか!?」
鎧兜派勢力は顔を上げた姫の力強い瞳に甘さが見えないことを悟った。
相談の末、代表して一人の男が前に出る。
「殿下、過去のアンタの甘さを許すことはできない……。だが、今のアンタは鎧兜の兄貴と同じ目をしていた。兄貴がアンタを信じたならば、俺達も信じることにする」
「ありがとうございます!」
「良かったね、美鳳。それでこの人達の仕事はどうするの?」
「……それなら考えがあります」
美鳳は【愁国】復興の主軸として活動しているため、水車をはじめとした建物の修繕、新築工事などを行う業者が足りていないこと、各町との連携が取れていないこと等を全て把握していた。人材が不足している箇所に彼らを割り当てようというのである。
「大工舗装店を創設しましょう。家屋の建設と修繕、そして道路の整備をやってもらいます。腕に自信のあるものはいますか?」
「五十人はいるぜ!」
「ちょうど城内部でも破損個所があるので直してみてください。それで実力は見えるかと。勿論報酬は払います」
俄然やる気を出し始めた大工技能者達は相談し始めた。
しかし大工技能を持たない他の人間は不安そうである。
「えーっと、今まではどのように割り振っていたのです?」
「俺らが鎧兜兄貴や町人から情報集めて仕事を割り振ってたが」
「ではあなた達はそのまま職業斡旋屋として看板を立ててください。城門の目安箱だけでは網羅しきれない町の声もあるでしょうし、今後も失業者対策として必要になります」
どんどん仕事が決まっていくが、まだ半数程残っている。それも氣巧術に長けた猛者ばかりだ。彼らに向き直った美鳳は一呼吸入れて訓令を出すように告げた。
「あなた達には兄上が戦争で勝ち取った領土の開拓と警備をしてもらいます。必要経費はこちらから出します。今後も【寥国】の侵攻が予想されるので強い防人が必要になりますから」
「……どうせ、また日和るんじゃないの?」
ボヤいたのは父親を戦争で亡くした女性である。彼女を憐憫の眼で見つめた美鳳はその耳元で囁く。
「私は力を蓄えた後、【寥国】を平定するつもりです。今度は間違いませんから」
驚愕に目を見開く女性はそれ以上何も言わなかった。
無事に仕事を割り振った美鳳は蕾華と話しながら帰路についた。
「兄上がここまで人に好かれていることも、その政策の意味も分かっていなかったみたいです」
「それ、鎧兜も同じことを思ってるかもね」
一方、鎧兜は一紗の頼みで治安維持を敢行していた。
美鳳は政務に忙しく、手が回らないから手伝ってくれと言われれば断れなかった。
「――にしても、盗賊じゃなくて窃盗団とはな。ちんけな仕事だぜ」
「馬鹿にはできねーよ。空き巣で家宝を取られる奴や商品を奪われた店も多いって話だ。最近では負傷者も出てる。いつ殺しに発展してもおかしくねーんだ」
「犠牲者が出る前に叩くってか? 相変わらずお優しい妹だことで」
二人はこれまで被害に遭った家を地図に記していき、窃盗団の大まかな行動範囲を割り出していく。そして次に狙われる家を数件割り出して張り込みを開始する。
――深夜、早速獲物は引っかかった。
窃盗でその日ぐらしをしていた犯罪者には日時をずらしたり、しばらく行動を控えたりするといった知恵は回らなかったようで十人程度の窃盗団全員が一網打尽となったのである。
「攻撃に特化した氣巧術は使えねェらしい。だから盗賊になれなかったんだろう」
「……死人が出なかったのもコイツらが弱かったからか。幸いというか情けないというか」
彼らは少々足を速くするとか目晦ましするとかそんな手品のような術しか使えなかったのだ。今も縛られた縄を解く術を持たず、睨み付けるばかりである。
「テメェ! 俺達にこんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
「そうだそうだ! 女は後で××した上で●●●●してや―――」
聞くに堪えない罵詈雑言は鎧兜の拳で叩き潰されてしまった。殴られた窃盗男の顔面が不自然に歪み、肩が脱臼してしまっている。
「鎧兜、怒ってくれるのは嬉しいが……少しは手加減してやれよ」
「あん? 俺は覇兇拳どころか氣巧武術も使ってねーぞ?」
「《膂族》の拳はそれだけで凶器なんだからさ……」
簡単に捕縛されてしまった彼らが知る由もなかったが、鎧兜と一紗が凄腕の武芸者だと悟ると態度を一変させた。完全に降伏状態である。
「お前ら、何で窃盗なんかした? そんなに金に困ってんのか?」
沈黙する男達に鎧兜が怒声を浴びせる。
「姉御の質問に答えなァ! 死にてェのか!?」
「お、俺達! 難民なんです! 出身もバラバラで……」
「難民だぁ? そういや、美鳳が地方から受け入れてるって聞いたことあったな。けど、難民は職業斡旋されて平穏に暮らしてるはずだぜ?」
一紗の問いかけに男達はバツが悪そうに顔をそむける。
口を噤む男達の態度から鎧兜は全て悟ったようだった。
「姉御、難民全てがこの国に馴染む訳じゃねェんだ。中には外国で法を犯して逃亡してきた屑もいるだろう。難民と見るや美鳳が全て受け入れちまうから質が悪ィのも入ってくんだよ。こりゃアイツの不始末だ。言わんこっちゃねェ」
鎧兜の言にも一理ある。だが過半数の難民は【愁国】に溶け込もうと努力していた。そして彼らからもたらされた技術や氣巧術も多く存在するのだ。おかげで【愁国】が発展した側面も多分にあった。
「美鳳の失政って訳じゃねーが、今後は難民の入国調査を徹底させる必要があるかな」
市政官に彼らの身柄を引き渡そうとした時、往生際側いことに窃盗団のリーダーらしき三十路の男が暴れ出した。強引に抑えつけようとすると彼は声を張り上げた。
「俺が犯罪者になったのはお前のせいだ! 鎧兜!」
「あ? 何の話だ?」
「俺は【利邑】の商人だった! だがお前が都督になってから景気が悪化し失職したんだ! 店を失くした俺は盗みで生きてくしかなかったんだ!」
鎧兜は咄嗟に反論できなかった。かつて一紗がはじめて【利邑】を訪れた際、閉店した店舗がいくつもあり、「一部が盗賊に身を落とした」という話を町人から聞いていた。【利邑】の景気が悪かった真の理由は、当時の市政長が鎧兜から政権を奪取するために領民に重税を課していたからなのだが、元を正せば彼が市政長に就いたのも鎧兜謀反後である。
鎧兜自身が彼を【利邑】の市政長に推薦した故に知らぬ存ぜぬとは言えない立場なのだ。
それを知ってか窃盗団の頭は全ての責任を鎧兜に押しつける。
「お前さえ謀反を起こさなければ俺は今も商いをやれていた! 全部お前のせいだ! お前は俺の人生をめちゃくちゃにした責任を取るべ―――ぎゃ!?」
三十路の男は一紗の美脚に蹴り飛ばされた。
腹の虫が収まらない彼女は地面に転がる男の胸倉を掴む。
「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! 確かに鎧兜政権の影響もあるだろうよ! だが不景気や不幸を理由にして楽な方に逃げたのはお前自身だ!!」
「なんだと!?」
「気に食わねぇならなぜ【利邑】の市政長に歯向かうことをしなかった!? 氣巧術を鍛えれば武官として生活する道だってあったはずだ!」
「お、俺には武術の才がなかったから仕方なく――」
「じゃあ内戦が終わった後に【利邑】に帰るなりここ【武言】で新しく店を出すなりすればよかったじゃねーか。商才には自信あんだろ!?」
「そ、それは……! 準備金とか支度金とか商い再開するにも入り用なんだよ!」
「あ? お前はなぜ【利邑】がいち早く復旧したか知らねぇのか? 知らねぇ訳ねーよな? 美鳳が大々的に告知してたし、お前の古巣の話だぜ?」
男は何も反論できずにぷるぷると震えている。鎧兜の方は訳が分からず、男と一紗を交互に見えていた。都督としての権利の全てを剥奪された彼が知らないのも無理はない。彼が知りうる情報は自分で見聞きしたものと美鳳から告げられたものに限られている。
そこで一紗は鎧兜にも分かるように説明してやることにした。
「美鳳はな、奪回した町を復興させようと努力した。税を正常値に戻すのもそうだが、アイツは貧しさから犯罪に走ってしまった領民の更生に尽力したんだ」
「更生……? 全員処刑したんじゃねェのか?」
「勿論重篤な犯罪、殺人を繰り返していたような奴は極刑だ。だが軽犯罪者や同情すべき点がある者に関しては軽度の労役を課して再教育課程を受講させた上で釈放したんだ」
「だがよォ、人の性根は簡単には代えられねェし、受け入れねェ奴も周りにいただろ? 金がなければ再犯しちまう」
「ああ。だから釈放にあたって社会復帰費を支出した。早くに社会名誉を回復した元犯罪者に関しては商い継続のための無利子融資まで行ったんだぜ?」
鎧兜は絶句していた。宿敵同士の政権交代があれば前任者に失政の責を負わせて自身こそが正義であるという主張をするのが大陸では普通だった。
しかし、美鳳は兄と口喧嘩する一方でその失政の責任を負い続けていたのだ。
犯罪者を許すなど甘い、と一笑に付すことはできなかった。現に止むを得ず犯罪に走ってしまった有能な人材を美鳳は見極めて再雇用させていたのである。
「姉御、ちょっと待ってくれ。美鳳がそんな政策してたんならコイツはなんで窃盗団の頭なんてやってんだ?」
「おかしいよな? この馬鹿は殺人はやってない。であるなら再教育過程を受講し社会復帰費をせしめたはずだ。そんな端金じゃねーはずだぜ?」
二人が批難の眼を向けると男は開き直った様子で絶叫した。
「ああ! 使ったよ! ぜーんぶ使っちまったよ! アレッぽっちで足りる訳ねーだろ! 俺は失政の犠牲者だ! かわいそうな奴なんだ! もっと手厚く保障すべきなんだよォ!」
「多くの商人は【利邑】でやり直したり、他の町、辺境の村々で商いを成功させてる。だが同じ条件、同じ立場だったお前は自分の不幸を社会のせいにして甘えてるだけだ」
「違う! 俺は悪くない! 俺を追い詰めた周りが悪いんだ!!」
連絡を受けた司法市政官が現れるまで彼はずっと叫び続けていた。
無事に身柄を引き渡した後、鎧兜は巨躯が小さく見える程落ち込んでしまった。
「鎧兜、お前もお前なりの矜持をもって政権運営してたんだろう。その全部が間違っていた訳でもない。だからお前の謀反に協力した連中もいたんだ」
「姉御……」
「だがどんな政治でも結果には必ず影を落とす。美鳳はそれを直そうと努力してたんだ。……かつては宿敵同士、内戦で死人も出ている。だが今は未来を見て手を取り合ってはくれないか? 鎧兜の力強さと美鳳の智謀、双方あって成せることもあると思うんだよ」
一紗の言葉を咀嚼し呑みこんだ鎧兜は一層大きく肩を落とした。
身体の大きい彼が小さく見えるほどの落ち込みぶりである。
「ハァ~、美鳳はずっと俺の尻拭いしてたんだなァ。そうとは知らず噛みついてばかりで……俺はどうしようもねェ駄目兄貴だなァ」
「学ぶことがあったなら昨日より成長したってこった。次は妹に優しくしてやれよ、お兄ちゃん?」
「……参ったぜ」
それから自分の思想が招いた結果、相手の影の努力を知った紅兄妹は食事の席で謝罪し合った。他人の眼がある場所で双方が自分の非を認めて頭を下げるのは初のことである。
「兄上、過去のことは互いに水に流しましょう。今後は協力していきたいです」
「……ああ。俺も改めてお前の凄さを思い知ったぜ。よろしく頼む」
兄妹は真の意味で和解したのだ。二人の握手を見て一紗と蕾華は顔を綻ばせた。
この日から、兄妹が互いに鉢合わせても摩擦が生じることは少なくなった。協調する歩みを見せ始めたのである。
兄妹が互いに力量と配慮を認めて歩み寄ったお話でした。
恐怖と暴力だけでは国を乗っ取れません。
鎧兜にも慕う者がいたのですね。
かつての美鳳は性善説よりの考えでお花畑だったので
周囲から小娘が治める小国として舐められてもいました。
そんな友愛博愛精神の犠牲者が領民にもいた訳です。
彼らが鎧兜謀反に力を貸していたのですね。
反面、美鳳は鎧兜の失政を修正していました。
仕事を引き継いだ以上責任もまた引き継ぐという立派な考えです。
二人が相手の功績を認められたのは一紗と蕾華、
そして仲直り企画に関わった龍宝のおかげでした。
これ以降兄妹は協調し合うので二章以降は普通に会話しています。
※二章冒頭で龍宝と揉めて緊張するなんてこともありましたが
結局アレも推し姫の違いというしょうもない口論でしたし。
また、短編集で【利邑】へ視察に行く頃=笙鈴後半のお話では
和解した後なので兄妹仲良く愛珍の聞き取り調査を行っています。
時系列ややこしくてすみません。
次回は予告しておりました一紗と蕾華の「武言デート」のお話です。




