ニセモノの思い出【2-2】記憶に残る言葉
影の話の後編です。
妖魔が生息する美酒の町【慶酒】。
愁国奪回後、美鳳は【利邑】には訪れていたが、【慶酒】にはまだ足を運んでいなかった。妖魔に襲われて外町を破壊され、畑を荒らされていたために復興に時間がかかると考えて後回しにしていたのだ。
住民への激励の言葉は宋の妖魔騒動後に贈っているし、功労者の泰然一派は【武言】に呼びよせて持て成している。今は蕾華を調査員兼助っ人として派遣するのみに留めていた。
その蕾華から連絡があったということはそれなりの復興を遂げているのだろう。
足が速い馬に乗って現地へ赴くと、その発展ぶりに目を疑った。
「道中、妖魔に遭遇することも殆どなかったな」
「ええ。そればかりか町が新築され、畑も沢山できてますね」
【慶酒】の外れから見える景色だけでその復興具合は十分伝わってきた。
町を眺めていると、遠くから若葉色の髪の少女がかけてくるのが分かる。
「お~い! 一紗さま~! 美鳳~!」
「蕾華、久しぶり……でもないな。お前は転移術で結構頻繁に帰って来てるし」
「もう、それが功労者への態度? 私、頑張ったんだから」
「それは見ればわかります。よくここまで……感謝します!」
「ふふ、お酒は飲めないけど、葡萄をおひとつどうぞ。新鮮もぎたてよ~」
彼女が差しだした葡萄を一粒口にすると甘味が口いっぱいに広がった。これなら名産物としての復活も近いだろう。《杜族》の力と町の人々の努力が実を結んだのだ。
(蕾華様は私のことを一切疑っていないみたい。一紗様に夢中だから気にしてないのかも)
その一紗も蕾華にくっつかれているのでこちらへの注意が今までより疎かになっていた。傍盾人としてはいけないのだが、影武者の立場としては願ったり叶ったりである。
「実は壊れていた酒場を新装開店することになったの。昨日から運営されているわ。料理も食べれる所よ。ちょうど日も暮れるし、食べていってよ」
「そういうことなら馳走になろう。あ、美鳳。食費は経費で落ちるんだよな?」
「一紗、まだ贋金の件気にしていたのですか……」
ショックから完全には立ち直ってなかったらしい。
一同は木製のお洒落な酒場に足を踏み入れる。
「中々文明的な場所じゃねーか」
「そうですね、なんというか内装も革新的な意匠で―――」
店内を見渡していた影は途中で固まってしまった。
なんと鎧兜がカウンターテーブルに座っていたからである。
「ちょ! 貴方は【武言】にいたはず! 見張りはどうしたのですか!?」
「あ? ウザってェ《顔無》共なら撒いてきたぜ。お前ェは詰めが甘いんだよ」
懐の『転伝識字』を確認すると「鎧兜失踪」の緊急連絡が入っていた。一紗に贋金の追及を受けていたときに受信していたらしい。あの時は自身の胸の熱さと勘違いしていて気づかなかったようだ。
「兄上はここに一体何しに来たのです? まさかまた謀反の策略ですか?」
「ちょっ、殿下! 余計なこと言わねーでくださいよ! 折角鎧兜の兄貴と和解したってのに!」
背後からの声に振り変えると酒瓶をいくつか持参した泰然が立っていた。一度兄貴分を裏切り美鳳側に寝返った泰然一派だが鎧兜も降伏して美鳳の麾下に入ったために結局元鞘に納まっていた。戦後処理で顔合わせした際に酒で恨みを流して和解したのだ。
鎧兜にとって裏切者の弟分だったが、一紗に自分を認められて気分がよくなっていたことと酒で酔っていたこともあり、関係改善は早かったようだった。
「鎧兜の兄貴! この前の酒の礼に俺達が作った酒持ってきやした!」
「うめ~んだろうなァ?」
「ここの店主にも納品されてる自慢の酒ですぜ?」
泰然は市政長と仕事の傍ら、酒造を趣味に目覚めたようだ。葡萄畑独占から色々と懲り出したらしい。
「まさか泰然が酒造りに精を出すとはな。【慶酒】の市政長らしいといえばらしいが」
「結構評判良いのよ? 彼を市政長に推薦した美鳳の眼は間違ってなかったわね」
「あっはい! なによりです!」
荒れていた【慶酒】もかつての活気を取り戻している。否それ以上だった。
妖魔狩りに行っていたモヒカンと町人が仲良く肩を組んで酒場に集まってくる。畑作業に勤しんでいた農民たちも次々に入店し、酒場は大盛り上がりだった。
酒で味付けされた山羊の肉、煮魚も非常に美味である。
カウンターテーブルからは酔った鎧兜達の話声が聞こえてくる。
「大兄貴ィ、一紗さんとはその後どうなんですかァ~?」
「バッカ! 俺と姉御はそんなふしだらな……ヒック! 関係じゃねェんだよォ! もっと崇高なもん……ヒックッ!」
「そんなこと言ってェ、寝る前に妄想したりするでしょ~?」
「そりゃ、ちょっと手ェ繋いだりとか……はある……ケドよォ……ヒック!」
「も~! ピュアかよ~!」
声量は大きかったが、他の席でも宴会が行われていたためか一紗達には聞こえていないようだった。しかし大きな躰で騒ぐ二人の存在自体は目立っていたらしい。
「アイツら、並んで飲んでると店が狭く感じるな」
「仕方ない……よ。二人共《膂族》だ……もん」
「へ? 鎧兜は半分《膂族》なのは知ってたが、泰然もそうだったのか? 言われてみれば……。美鳳は知ってたのか?」
「多くの皇族は母親の出身民族と懇意ですからね。兄上を慕う《膂族》もいるのですよ」
「知らなかったな。……ってあれ? 蕾華? お前寝てんのか?」
テーブルに突っ伏した少女は「すぅ……すぅ……」と寝息を立てている。
不審に思った一紗が彼女の皿の匂いを嗅いでみると酒臭かった。調理に使ったお酒のアルコールが完全に飛んでいなかったらしい。煮込みが甘かったのかそう言う調法なのかは不明だが強いアルコールに当てられた蕾華は寝入ってしまったようだ。
「仕方ねぇ、ちょっと夜風にでも当たって一休みするか」
「そうですね。彼女を宿屋まで運ばないとだめですし……」
寝息を立てる蕾華を一紗が背負う形で宿屋に向かう。
今シーズンは酒を目当てにした旅人が多数入ってきており中央付近の宿屋は何処も満席だった。仕方なく少し離れた宿屋まで足を運ぶことになる。
――刹那、大きな物音と破壊音が鼓膜に響いていた。
「グォオオオオ!!」
「助けてくれー! 妖魔だァ!」
獣の咆哮と人間の叫び声を聞いた影達は蕾華を下ろす暇を惜しんでそのまま現場へ向かった。移動中、影はおかしな光景を見た。
(どういうこと? これは……?)
町の外れに位置する建物は妖魔に襲撃されたにしてはそこまで壊れてはいない。
所感としては修繕中であり完全に復興していない印象を受ける。
「復興は完了してない?」
一紗はバツが悪そうに舌を出した。まるで悪戯が露見した子供のような表情である。
「ネタばらしは後だ。取りあえず妖魔を片付ける」
蕾華を影に託した一紗は一陣の風の如く駆け抜ける。
そして妖魔の顔面を飛び膝蹴りで粉砕してしまった。
「おう、無事か?」
「ありがとうございます。服が少し汚れたくらいです」
他に妖魔もいないらしい。起き上がった彼は妖魔除けの柵を立て直し始めた。
遅れて蕾華を近くに寝かせてきた影が追いついてきた。彼女は塗装や工具が置かれた町外れを見て一紗に詰め寄った。
「一紗、どういうことですか?」
「見ての通りだ。まだ完全には復旧していない」
「でも手紙が届いたのですよね?」
「ああ。もう少しで復興するから近い内に見に来てほしいってな」
一紗の伝えてきた内容とは食い違いがあった。「復興は完了したからすぐに来てほしい」という内容を伝えられたはずである。視線のみで追及すると彼女は大きくため息をついた。
「【慶酒】が完全復興する頃には別の仕事が入ってるだろ? そしたら視察はまたいつになるか分からねー。ならまだ手が空いてる今来た方がいいと思ってよ」
「確かにそうですが……敢えて急かさずとも……」
「今日来る必要があったんだよ。お前、最近睡眠時間削って仕事ばっかりだったろ? そんなんじゃ国が治る前にお前が壊れる。……だが休めと言っても聞きやしねぇ」
「だから公務という形で連れてきたのですか?」
一紗は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
酒造の町では豊富に果物も取れる上に酒を使った美味しい料理も食べられる。加えてこの町はお酒以外に温泉も出ているのだ。リフレッシュ休暇の旅行先としては十分だった。
手紙の内容を改竄して視察を早めたのは傍盾人なりの気遣いのようだ。
(もう少し決行が早ければ入れ替わる前に美鳳様ご本人を連れてこられたのだけど……)
やはりこの傍盾人は身内には甘いらしい。
「お気遣いありがとうございます。では視察のお仕事をゆっくり全うすることにします」
配下を労うのもまた領主の務めである。笑顔を見せて感謝の意を伝えた。
だが次の瞬間、影は一紗に押し倒されてしまった。いつになく真剣な眼が目の前にある。
(えっ!? ひ、姫様と一紗様は実はただならぬご関係なの!? どうしよう!? 私は偽物なのに……! あ、でも影武者としてはご本人を正しく演じなければ……!)
大人しく身を委ねようとしたが、意外にも一紗の方が身を引いた。
訝しんで半身を起こすと、彼女は地面に落ちた大きな木の実を拾い上げていた。
「すまん、敵襲かと思ったが偶然木の実が落ちてきたらしい。梅かな?」
「あっ、そうですか。うん、そうですよね」
「美鳳、食べてみろよ。熟れてて生でもいけるぜ」
齧られた梅を渡されて一口食べてみる。
渋みが抜けて甘みが入ってきた良い味わいだった。
「他にも落ちてら。一個くらい蕾華にも持って行ってやろうかな」
屈んだ際に一紗の懐から銭袋が落ちた。落下の衝撃で一枚のコインが飛び出して影の足元に転がってくる。拾い上げてみると、それは贋金だった。
「一紗、本物と偽物は区別してあげたはずですよ。まだこんな贋金持っていたのですか? 換金すれば小金にはなりましたのに……」
「これも何かの縁だ。記念に貰っておこうと思ってな」
「記念? 偽物がですか?」
不思議そうに首を傾げる影の前で一紗は誇らしげにコイントスを行った。
「俺の故郷ではな。二度と手に入れない品にプレミアがつくことがある」
「ぷれみあ? 貴重という意味ですか?」
「ああ。贋金を鋳造してる業者が潰れれば二度と作られないコイツの価値も上がるってもんだ。他の贋金は鋳造屋で溶かされてるだろうし、残ったこの硬貨がいつかホンモノを超える価値がつくかもしれねーし。その時売れば億万長者だぜ」
中々の希望的観測に基づいたどんぶり勘定である。
「……ニセモノは所詮偽物です。本物を超えることはありません」
「どうかな? 今だってこの贋金の方がコイントスしやすいし、偽物だって本物より価値を持つときがある」
きっと一紗にとってはプレミア価格化を信じただけで他意はなかったのだろう。影自身もそのように解釈していた。しかしそれでも「偽物だって本物より価値を持つときがある」という言葉は偽姫・影の心を大きく揺さぶった。
(私は影に生きる影武者の〝影〟でしかない。こんな感情は持ったら駄目。偽物は本物の価値を守るためにあるんだから……)
揺れ動く感情を殺して平静を装った影はいつもどおりの作り笑顔を浮かべる。
「外は冷えてきました。蕾華を回収して宿に参りましょう」
「そうだな……」
改めて蕾華を背負う一紗の横に並んだ影はその横顔に視線を向ける。
寝言を呟いたり、寝ぼけて髪の毛を食べようとする蕾華を相手に彼女は四苦八苦していた。
手持無沙汰になった影は密かに本物と贋金をコイントスして比較してみる。
(ほんとうに……贋金の方がしやすいな……)
宿屋に着くまで影は贋金を強く握り絞めるのだった。
【慶酒】視察を終えて帰還する頃には美鳳の風邪は完治していた。
影は主にそれまでの仕事内容を事務的に伝える。
「えー!? 【慶酒】で温泉!? 一紗がそんな気遣いを!? あー熱が高くても風邪でも働き続けるべきでした!」
「ダメですよ、姫様。休んでいたから回復したのです。【慶酒】に向かっていれば確実に道中で倒れていました」
「うっ、否定できませんが、行ってもいない温泉の話をされてはこっちの身が持たないですよ」
鬼に叱咤される姫は温泉慰安旅行を諦めきれないらしい。本来ならば民のために身を砕いて仕事をしていた本人が行くべきだったのだから当然だろう。
「美鳳様、また私が代わりますからその際にお忍びで旅行されてください」
「そうですね! その際は是非お願いします! ただ流石に今日からは復帰します。温泉を楽しみにして!」
【愁国】の姫様は絶好調のようだ。
天井の下からは「美鳳どこ行った?」と主を探す傍盾人の声が聞こえてくる。
隙間から覗くと、蒼いチャイナドレスの美少女が歩き回っている姿が見えた。
(きっと貴女はあの数日共に過ごしたのが影だったとは気付かないだろう。けれど私はずっと覚えている。『偽物だって価値を持つ』と言ってくれた貴女の言葉を――)
復帰した美鳳と入れ替わるように影は《顔無》の仮面を被るのだった。
という訳で影ちゃんが美鳳を演じるお話でした。
一紗たちは結局入れ代わりに気づけなかったので彼女の偽装模倣技能は高いですね。
慰安温泉旅行に行けなかった美鳳は運が悪かったです。
「ニセモノは本物のためにある」と考えて使命を全うする影にとって
「偽物だって本物より価値を持つときがある」という一紗の言葉は記憶に強く残りました。
天然ジゴロです。
短編集で一紗の垂らし度が上がった感ありますね。
本話で影武者のお話は終了です。
次回は鎧兜と美鳳のお話です。




