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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第三章 宍国同盟編
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鬼封じ戦術

前話の闘いの続きになります。

強敵を前にどう戦うのでしょうか……?


 呆気にとられる一紗(イーシャ)達の前で(フン)貫信(グァンシン)は皇鬼と一体となったのだ。

 見た目に大きな変化は見られないが、鬼の人相だけは(フン)貫信(グァンシン)の素顔に似たものになっていた。ただ老人のような皺のある顔ではなく、彼をそのまま若々しくしたような容姿だった。


『漲ル! 漲ルゾ! 大イナル鬼ノ力ガ!』


貫信(グァンシン)! すぐに融合を解除しろ! お前とて皇鬼をいつまでも抑えられるはずがない!」


守隆(ショウロン)、オ前ハソンナニ小サカッタカ? クハハハ! 今ナラ全テヲ手ニデキソウダ!』


 強大な力を手にして高ぶる貫信(グァンシン)だったが、膝をついて呼吸が荒くなり出した。頭を押さえてもがき苦しみだしてしまう。


『アタマガ割レルヨウダ……!』『人間如キガ我ガ身体ヲ奪ウコトナドデキン!』


 性質が異なる声で話す皇鬼。鬼の身体の中で二つの心が争っているようだ。

 皇鬼と呼ばれるだけあって身体だけでなく精神力も凄まじく、禁術による調伏をも跳ね除けようとしている。それを貫信(グァンシン)が必死に抑えているように見えた。


貫信(グァンシン)! 早く融合を解除しろ! 逆にお前の心を乗っ取られるぞ!」


『コノ(フン)貫信(グァンシン)、肉体ハ老イテモ心マデハ朽チテハオラヌワァア!』『我ハ敗ケヌゾォ!!』


 体の主導権を巡って二つの魂が壮絶な戦いを繰り広げる。皇鬼の精神力が優れていることは予想できてはいたが、猛者とはいえ現役を退いた老人が災厄とまで言われた鬼の心と互角に戦っているのが想定外だった。


 やがて鬼の口からはどちらの言葉も聞こえてこず、ただの獣のように咆哮を続けるだけとなった。今もまだ二つの魂が争っているのだろう。


貫信(グァンシン)、なにが貴方をそこまで滾らせるのか……!」


「殿下、今は鬼を封じることを考えましょう。貫信(グァンシン)殿の思惑は外れているようですが心が乱れている今こそ再封印の絶好の機会!」


 凛透(リントウ)の助言に赦鶯(シャオウ)は肯定の意を示した。今は手段を選んではいられない。例え貫信(グァンシン)が融合した状態のままとなっていてもこの巨鬼を封じなければ町が危ないのだ。

 二つの人格が争っている間、鬼は停止するのではなく、本能のままに暴れ回っている。

 このままでは広い洞穴そのものも倒壊してしまうだろう。


「……とはいえ、大人しく封印術にかかってくれるようには見えませんね」


「俺がつけた刀傷も〝暴喰龍(バオスンロン)〟の食った痕も既に再生している。半端な攻撃は効かんぞ」


「もう一度損傷を与えて再生しきる前に封印するしかねぇ。つってもオレは戦力外だな。武具が駄目になっちまった」


「《(チェン)家》のおっさんは封印術の準備してな! 攻撃はアタイらでやる」


 頭領達は役割分担できているが、鬼を仕留める致命の一撃をつけることができなかった。

鬼の攻撃力と耐久力は健在なのである。

治癒術を終えて仲間達の奮闘をつぶさに観察していた美鳳(メイフォン)は力技で押しきれないと判断し、役割分担による作戦を提案した。


「このままでは我々は敗北します。そこで編成を変えましょう。陽動班、補助班、封印班、強撃班の四班に分けます。まず陽動班が鬼の気を惹き、補助班が後衛を務めます」


「その隙に封印班が封印術の用意をするって訳ね。あれ? じゃあ強撃班は何なの?」


「陽動だけではあの鬼を押さえられません。致命傷とはいかないまでも鬼を怯ませる強い攻撃を与えられる者を特別に選任する必要があります」


 美鳳(メイフォン)は氣巧術における〈念話〉を発動する。ある種のテレパシーのようなものだ。有効範囲は狭いが、こういう手の込んでいるときなどは非常に役に立った。

作戦意図を伝えると、戦っている者達からも応答が入った。


美鳳(メイフォン)様、私は封印術には自信がありませんので陽動班に立候補します。人手がなければ補助班でも構いませんが』


『了解しました、龍宝(ロンバオ)


『俺も陽動だ。強襲班にといきてぇ所だが覇兇拳があまり通じねェコイツ相手だと厳しい』


『愁国側ばかりに危険な陽動を任せるのは忍びない。俺も陽動に立候補しよう。今とやっていることは変わらんだろう』


 十二名中三名が立候補したので一先ず陽動班は十分だろう。一線級の龍宝(ロンバオ)鎧兜(カイドウ)慧刃(フゥイレン)の三人に決まった。


『補助班は妖魔使いが適任でしょう。蛇鱗竜(シュァリンノン)の二馬力なら手助けできる幅が広い』


『ではこの老いぼれも。剛飛龍(ガンフェイロン)と共にお役に立ちましょう』


 妖魔と合わせれば実質四名となる師団長組がサポートをすることになった。軍団指揮の仕事柄、戦況を分析しながら補助することには慣れているだろう。

 残るメンバーは〈念話〉するまでもない距離にいたために直接話しかけてきた。


「オレは封印班だ。『将龍鎧(ジャンロンカイ)』も壊れちまったし」


「私は弓道家なので補助役にしようかと思いましたが、現師団長殿達がいれば十分でしょう。封印班として協力します」


「私も封印術の方にするわ。悔しいけど、私の木属氣巧術はあの鬼に通じなかったし、こっちの方が役に立てそう」


 蕾華(レイファ)は実力が及ばなかった事実に衝撃を受けているようだがそんな状況でもできることをやろうと強い決意を固めていた。〈杜族〉の元姫としての意地なのだろう。


「分かりました。私も封印班に入るつもりでしたが、〈五行封印〉ならばあと一人必要です」


「では僕がやるよ。白龍もそろそろ限界だったしね」


 成龍として闘っていた白龍は風船が萎むように元の雛の姿に戻ってしまった。疲れ切った様子で赦鶯(シャオウ)の懐に入りこみ、眠ってしまった。


「参りましたね。封印班は定員を満たしましたが、強襲班が足りません。暗珠(アンジュ)さんと兄上の攻撃がよく通っていたので、お二人にお願いしようかと思っていたのですが……」


 幻龍の力を借りた二人ならば強襲役には適任だと考えていたのだが、赦鶯(シャオウ)と白龍にはもう戦う力が残されていなかったのだ。暗珠(アンジュ)一人に任せるしかないかと諦めかけていたとき、怪我人の一紗(イーシャ)が会話に割って入ってきた。


「――俺がやる」


一紗(イーシャ)、応急処置したとはいえ貴女は怪我人です。それに言いたくありませんが……今の貴女では力不足です」


 無慈悲な戦力外通告。傍盾人の主ゆえに真実を伝えなければならないこともある。

 一紗(イーシャ)を強襲班から外していたのは負傷したからではなかった。彼女の渾身の技が皇鬼に全く通じていなかったからだ。誰も一紗(イーシャ)が弱かったとは責めない。相手が悪かっただけだ。

 だが、自分の拳で生きてきた一紗(イーシャ)としては、相手が強すぎることを理由に戦場から逃げたくはなかったのだ。


暗珠(アンジュ)一人だと厳しいんだろ? あと一人必須なのは頭の良い美鳳(メイフォン)なら分かるはずだ」


「ですが――」


「俺だって馬鹿じゃねぇ。〝今の状態〟で皇鬼に届かないのは分かってる」


 宍国(ロウコク)組は言葉の意図が分からない様子だったが美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)はすぐにその意味を理解した。


一紗(イーシャ)さま……まさか!」


「ああ。修羅の力を使う。蕾華(レイファ)、力が及ばなかった無念、お前の分まで晴らしてやる」


「待ってください! 確かに七代目・刑楽(シンラ)戦で見せたあの力ならば有効かもしれませんが、本能のままに暴れるあの状態は危険すぎます。仲間との連携が必須の今推奨できません!」


「勿論、全部の力を使う訳じゃねぇ。ほんの一部を一瞬使うだけだ」


「使いこなせる保障はありません。この重要な局面において、そんな危険な博打は認められません」


 作戦立案者として当然の判断だった。しかし一紗(イーシャ)の意思も固い。彼女は美鳳(メイフォン)の肩を掴み、真剣な眼差しで訴えた。


「信じてほしい。そして俺が呑まれそうになったら名前を呼んでほしい。お前や蕾華(レイファ)の声を聴けば俺は自分を見失わないはずだ」


「うぅ……ずるいです」


 既に陽動班と補助班は動きだしている。彼らに先行させている以上悩んでいる時間はなかった。美鳳(メイフォン)はなし崩し的に一紗(イーシャ)の提案を追認する他なかった。


「話はまとまったかよ、惡姫」


「悪いな、暗珠(アンジュ)。俺達も行こう」


 二人の女傑は地面を蹴って鬼の下へと向かった。


「よく分からないけど、美鳳(メイフォン)が根性論を受け入れるなんて珍しいね」


一紗(イーシャ)が強引すぎるだけです。……それに傍盾人を信じるのも主の務めですから」


「ははは、じゃあ僕らも彼女達を信じて封印術の準備といこうか」


 美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)赦鶯(シャオウ)雲讐(ユンチョウ)神覧(シェンラン)の五名は皇鬼を取り囲むような位置に移動し、自分を守る或いは隠蔽する結界術を張ってから五行封印術の準備に取り掛かった。


「ウラァアァ!」


 鎧兜(カイドウ)は自身の経孔を刺激して氣を増幅させ、皮膚や脂肪の薄い個所を覇兇拳で狙う。人体構造として守りの薄い個所は急所ではないため大した損傷は与えられないが、陽動としては十分な戦果である。


「俺も続くぞ! 美鳳(メイフォン)様の御為に!」


 龍宝(ロンバオ)は氣巧術と剣術を駆使して四肢の動きを封じようとする。そこに慧刃(フゥイレン)の剣捌きが連携され、鬼の身体に凄まじい切り傷が刻まれていった。

 だが皇鬼の生命力は膨大であり、時間が経てばすぐに自然治癒してしまうのだ。

 さらには自分の体を傷つける存在に怒りを顕わにして集中的に狙い始める。


「「させませんよ!」」


巨体を持つ蛇鱗竜(シュァリンノン)剛飛龍(ガンフェイロン)の二妖魔が目晦ましを兼ねて顔面を攻撃する。

そして守隆(ショウロン)凛透(リントウ)が封印術により鬼の行動を制限していく。


「予め鬼の力や戦い方を聞いておいてよかったですよ、守隆(ショウロン)団長」


「ほっほっほ。伊達に年ばかり重ねていませんよ」


 鬼がすぐに回復してしまうのが難点ではあるが、陽動と補助自体は上手くいっている。

 後は鬼の人格が貫信(グァンシン)を駆逐する前に身体ごと封印できるかだ。それには強襲役の一紗(イーシャ)暗珠(アンジュ)に懸っていた。


「大丈夫なのかよ、惡姫。なにか切り札的なモンを感じたが、危険な力なんだろ?」


「王龍の力を使ってるお前が言えるのか?」


「ハッ! 違いねぇ! だが無理すんなよ。大半はアタイがやってやるから」


 暗珠(アンジュ)は再び王龍の力を解放し、龍人形態となって皇鬼に突撃していった。

 神尊天龍(こうそてんりゅう)拳による拳打のラッシュは凄まじく、鬼の超速再生能力をもってしても治癒に時間がかかっていた。


 その間、一紗(イーシャ)は意識を集中させ、修羅の力へと手を伸ばす。

 自らこの力を引きだしたことはない。しかし何がトリガーになるかは分かっている。

 貞操の危機、明確な敵意や悪意を前にして、心がドス黒く染まったときだ。


 今この瞬間に貞操の危機はない。明確な悪意を向けられてはいない。そこで一紗(イーシャ)が頼るのは過去の辛い記憶である。


(思い出せ……あの頃の憎悪を! 胸を焦がす絶望を!!)


 二度と経験したくはない仲間が殺され汚される不快感と抑えきれない殺意に胸を満たしたとき、一際大きな心臓の鼓動が鳴った。――瞬間、心の奥から御しきれない禍々しい氣が迸る。洞穴いっぱに満たされた皇鬼の邪気と比べても遜色ない氣のオーラだった。

 皇鬼も闘っていたメンバーも思わず一紗(イーシャ)の方を一瞥する。


「盗賊の巣の王者だけあるぜ、惡姫! これならアタイの拳と合わせて皇鬼に痛恨の一撃を与えられる!」


 だが一紗(イーシャ)は動けなかった。制御しきれない程の憎悪と殺意に窒息しそうだったのだ。強靭な意志力でなんとか保っているが、一歩踏み出すことさえできない。


(ちく、しょう……! 腕一本分強化できればいいと思ったが、一呼吸する度に本能に呑まれそうだ……修羅の力を抑えることがこんなに難しいなんて!)


 冷や汗と呼吸の回数だけが増えていく。

 精神が闇に覆われていく中、一紗(イーシャ)は自分の意識を手放しまいと意識を保った。


『『一紗(イーシャ)(さま)!!』』


 封印術の準備中だった美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)が念話で呼びかけてきた。


『敗けないで!』


『いつもの意地を見せてください!』


 二人の少女の透き通る声が闇の中を照らし導くように一紗(イーシャ)の精神をすくいあげた。

 そして勢いのままに自分を呑もうとした闇を右腕に纏う。

 黒い帯状の邪気を腕一本に収束させた姿はガントレットさながらだった。


「この一撃に全てを懸ける!!」


 自身の足への衝撃を無視した跳躍。突貫した勢いに任せて右腕を振りかぶる。

 本能的に危険を察知した皇鬼は両腕で防御しようとするが、暗珠(アンジュ)の足技によって無理やり腕を開かれて胸ががら空きになった。


「〈黒装-狙鷹砲殺(ソオウホウサツ)〉!!!」


 一度は破られた技であるが、雪辱を果たすため修羅の力を使ってリベンジに出たのだ。

 懐に飛び込んで放った技は綺麗に決まり、皇鬼の胸に大きな衝撃を与える。


『ガハッ!!』


 初めて後ろ倒しになって岩壁に背中をぶつけた鬼は苦しそうに顔を歪めて吐血した。




皇鬼は精神と肉体で別々の敵と闘っています。

身体は本能で一紗(イーシャ)達と戦っていますが、

精神は貫信(グァンシン)と身体の主導権を懸けて激闘しています。


体と本能だけで一線級と戦えるってのはヤバいですね。

もし知恵まで使えていたら大ピンチでした。


一紗(イーシャ)は戦力外通告されてしましましたが

諦めずに戦い、一度は敗れた技で皇鬼に一矢報いることができました。


「キミ戦力外だから」なんて言われたら作者なら「あっはい」と返事し帰って部屋で一人いじけることでしょう。

一紗(イーシャ)は修羅の力に手を伸ばしてまで汚名返上したのですから強い子ですね。


美鳳(メイフォン)も意地悪で言ったのではなく、負傷した一紗(イーシャ)を慮っての発言でした。

修羅の一撃を受けた皇鬼をどう封印するか、次回に続きます。


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