蘇る恐怖
貫信との戦いの続きです。
龍人の力と神尊天龍拳の技能を持ってしても中々貫信の拘束を解くことができない。
彼は封印解除の傍らで戦況を見極め、一瞬で相手の隙をついたのである。
「他に狙う奴がいるだろうに、アタイのような小娘に主君と同じ技を使われるのが癪に障ったのか、爺サン?」
「その力はお前が使っていいものではない! どれ程危険な力か分からぬのか!?」
「ハッ! アタイが求めた訳じゃねぇ! 龍の王骸の方が呼んだのよ! 言っておくが、アタイは喰われてねぇゼ? 舞龍サマの時代とは違う」
「っ!? お前は知って――」
「あぁ知ってるさ。神尊天龍拳の極意書にリスクは書いてあったからな。ケド、今は時代が進み封印術の練度も増している。それにアタイが宿したのは『神龍』ではなく『王龍』だ。適合率も高かったし問題ねーよ。……姫様のことは残念だったな」
「そうか、時代はそこまで進んでおったか。お前があの時代にいてくれたら或いは――」
暗珠は後ろ髪を龍尾に変化させて強引に貫信を振りほどく。主君と同じ戦い方故か龍尾の奇襲も予期していたらしく簡単に躱されてしまった。しかし態勢を整える時間は確保できた。
「儂の拘束を抜けおったか。流石に龍人よの」
「けっ! ジジイの抱擁は孫以外には効果ねぇっつーの」
「孫なんぞおらんわ。儂は生涯一人身よ」
「冗談も通じねーのかよ。だが姫サマの作戦通りだな」
敬愛する主君と同じ戦法を駆使すれば貫信の心を揺さぶることができるという計略だった。故に暗珠は目立つように見せつけるように闘っていたのだ。そして彼女が貫信を押さえている間に残りのメンバーが皇鬼の再封印を施すという筋書きだった。
「なるほど、挑発だったか。――ふん!」
貫信は再び召喚術を使用し、〈百鬼夜行〉とは別に巨鬼妖魔を三体呼んだ。
暗珠を取り囲むように配置され、足止めを受けてしまう。
その間に再封印しようと動いていた美鳳達に貫信が迫る。
――しかし、寸でのところでその拳を止める者がいた。
「老いたな、貫信。昔はこんなに軽い拳ではなかったぞ」
「やはりお前が立ち塞がるか、守隆」
剛飛龍を呼ぶ守隆と大鎧鬼を召喚する貫信。
鬼使いと飛竜使い。激戦の時代を生きた古強者の二人が拳を交えたのである。
「ギャァアア!!」 「グゥオオオオ!!」
使役妖魔同士がぶつかると同時に老兵二人の体術合戦が始まる。
とても老人同士の戦闘とは思えない程高速の拳打と蹴りが炸裂していた。
互いに一歩も譲らず、周囲の岩や地面ばかりが砕けていく。
「オイオイ、あの爺さんたちもう78だぞ!? いつまで現役のつもりだよ! オレなんて最近肩上がらなくなってきてんのに」
「……雲讐さん、真剣に娘さんへの家督相続をお考えになっては?」
――等と感想を述べている内にも両雄の激突は続いていた。
「〈妖混流・混絶纏鬼〉」!」「〈呼応流・相氣封装〉!」
一方の貫信は〈百鬼夜行〉残存兵から妖魔を数体纏い、自身を強化させる。
他方の守隆は剛飛龍から借り受けた力を自身に封じて筋力を上げた。
先程にも増して血気盛んな老兵は全力で殴り合っている。
「貫信! いつまで野心を捨てないつもりだ!? 時代は常に動いているぞ!」
「お前こそ短気の癖によくもまぁ三代も皇族に仕えたものよ! そんなに地位が大事か!」
「「――この頑固爺が!!」」
互いに一撃を貰うことになったが、より大きな損傷を受けたのは貫信の方だった。
彼は守隆と闘っているだけでなく、封印解除作業、そして〈百鬼夜行〉の展開など力のリソースを他にも割いていたために僅かに競り負けたのである。
「ハァハァ……お前の、野望は……ここまでだ」
「ハァハァ……儂が目的を遂げずにお前との戦いに興じていたと思ったか? 老いたな守隆」
「なんだと? ――まさか!?」
突如耳を劈く破壊音が響き、洞穴を震わせる。
同時に窒息しそうな程濃い瘴気が辺り一帯を満たした。
一紗たちは間に合わなかったのだ。
巨体の鬼が目覚め、歓喜の咆哮を繰り返している。
「吐き気を催す酷い瘴気だわ」
「規模が違うが、修羅化した姉御と性質が似てやがるなァ」
今までは封印術の影響で感じなかった禍々しい氣が今ではひしひしと伝わってくる。この鬼が〝傾国霊鬼〟〝崩界童子〟等と呼ばれていた理由をその場にいる全員が瞬時に理解した。嵐や噴火、地震といった天災が敵意を向けているに等しい気迫だったのだ。
『ヨウヤク目覚メタゾ、忌マワシキ人間共!!』
「この妖魔、口利きやがった!?」
「成程。言葉を使う程に知恵があるということですね」
皇鬼は視線を下げて状況を確認する。そして自身の封印を破ったのが貫信だと理解すると口角を上げて牙を剥き出しにした。
『愚カナ人間共ノ中ニ我ノ封印ヲ破ル者ガイルトハ思ッテイタガ、マサカ貴様トハナ! 大方我ガ力ヲ狙ッタノダロウガ、貴様如キニ操ラレル我デハナイワ!!』
皇鬼は一睨みで百鬼にかけられていた封印を解いてしまう。自分が乗っ取って使役するのかと思ったが、なんと鬼たちを両手で掴みとって喰らってしまった。
『コンナ小物デハ腹ノ足シニモナランガ、貴様ラハ旨ソウダ!!』
大きな足を持ちあげて地面を踏むだけで地響きが起こる。同時に土属氣巧術が発動し、地面が一紗達を襲った。ただの一歩だけで軍を蹂躙する一撃である。
「無茶苦茶だな。こんな奴外にだせねーぞ!」
「そうね! 私達で止めましょう! 図体が大きい分的も広いわ!」
蕾華は得意の木属氣巧術を発動し、地面から太い蔦の植物を生えさせた。そのまま皇鬼の四肢を封じようとする。
『《杜族》カ? 我ヲ縛ルナラバ〝木王〟級ノ技ヲミセヨ! コンナモノ雑草ニ過ギヌ!!』
幾重にも伸びた蔦は皇鬼の放った邪気に触れた瞬間、生命力を失って枯れ果ててしまった。
五大民族の技が通用しなかったことに動揺を隠せない美鳳たち。呆然とする蕾華を一紗が抱きしめて鬼の拳から辛うじて回避した。
「蕾華、驚くのは分かるが戦意は喪失するな」
「うん……ごめんなさい」
「気にすんな。次は俺が行く!」
一紗は目にも止まらない足運びで皇鬼を翻弄し、その攻撃の全てを躱すと、がら空きの心臓目掛けて氣巧武術で強化した自慢の拳法を叩きこんだ。
「我流・狙鷹砲殺!!」
己の拳に氣を一点集中し、凄まじい拳速で胸部を打つ技である。
一紗の我流拳法の中でも屈指の破壊力があり、攻撃を受けた相手の心臓を衝撃で破壊する技だ。今まで幾人もの強敵を屠ってきた。
――が、手ごたえをまるで感じなかった。
『ソレダケカ? 小娘? ――ハァ!』
皇鬼は氣を纏って胸筋を強化し、カウンターにより一紗の拳を壊してしまった。
反動で宙に投げだされる一紗に皇鬼が膝蹴りで追撃してくる。辛うじて受け身を取ったものの、怪力を殺しきれず岩壁に叩きつけられてしまう。
壁面との衝突と同時に吐血する一紗は全身の骨に響く痛みに耐えきれず失神する。
「「一紗(さま)!?」」
「オイオイ嘘だろ? 惡姫はアタイの拳を受け止めた女だぞ!?」
「規格外の強さですね。ご先祖様が封じるのがやっとだったって事実を痛感しました」
一紗の元に駆けつける美鳳と蕾華。頭と口から血を流す彼女の応急処置を始める。
その間、他の者が足止め役となる。とりわけ鎧兜の怒りは凄まじかった。
「よくも姉御を! 伝説の鬼だか知らねーが死んでもらうぜェ!!」
鎧兜は顔面にある決死の経孔を突いて皇鬼の爆殺を狙う。
(皮膚と氣が厚すぎて経孔まで拳が通らねェ!?)
『フン、その拳。懐カシイナ。――ガ、オ前ハ始祖ノ血筋デハナサソウダ。正統血統デナケレバ我ニ致命傷ハ負ワセラレンゾ!』
今度はチョップで地面に叩きつけられた挙句に足で踏みつけられてしまう。
頑丈な《膂族》の身体のおかげで彼は無事だったが、相手との力量さに愕然としていた。
皇鬼は一紗治療のために集まっている少女達に向けて火属氣巧術を放ってきた。
灼熱の業火が少女達に迫る。
「チッ! させるかよ! ――〈封攻盾龍〉!!」
炎の津波と少女達の間に雲讐が割りこんだ。身体の衰えを感じる五十代の中年が若人のため気合を見せたのである。手甲を盾のように可変させて攻撃吸収の封印術を駆使する。
凄まじい熱気の前に発汗能力が壊れる程の汗が流れ出るも、何とか炎の攻撃を防ぎきることに成功する。代償に彼の自慢の手甲の大部分が溶解してしまっていた。
『我ノ一撃ヲ止メルダケデ手一杯カ!?』
「オジさんの宝物で女の子三人守れたら上々だ。それに油断しすぎだぜ?」
物陰から飛び出た赦鶯と暗珠が龍の力を借りて両頬を打った。虚を突いて一番柔らかい個所を攻撃したことで初めて皇鬼を怯ませることができた。
痛みに吠える鬼の絶叫に一紗が目を覚ます。
「……俺はトンでたのか? 戦いはどうなった?」
「まだ続いていますよ」
怯んだ鬼に龍宝と慧刃の追撃は続いている。復活した鎧兜も参戦した。
さらに遠方から矢を放つ神覧は封印術で皇鬼の脚の動きを封じようとする。同様に鬼の腕を守隆が封じ、胴体は凛透が蛇鱗竜と封印術を駆使して完封しようと尽力していた。
『ヌルイワ! 人間共!』
それでも氣を全開にした皇鬼の動きを停止させるには及ばず、全員が撥ね飛ばされてしまった。鬼の方も疲弊が見てとれるが、人間側の消耗はそれ以上だった。死人こそ出ていないが、一線級の猛者が十人以上集まって鬼に致命傷を与えられないのだ。
『所詮ハ人間ヨ。クハハハ! 動ケナクナッタ者カラ喰ラッテヤルゥ!!』
「いや、喰われるのはお前の方だぞ、〝崩界童子〟」
顔を歪ませて笑う鬼の肩には、いつの間にか老人が立っていた。
鬼が疲弊するのを待っていた貫信が仕掛けてきたのである。
「妖混流‐禁術・〈浸蝕融合〉」
皇鬼はその技が妖魔と人間を強制融合させる技だと見抜いて抵抗する様子を見せたが、抗うことができなかった。
「無駄よ。封印が解けたお前が空腹故に周囲の妖魔を喰うことは分かっておった。じゃから儂が召喚した鬼全てに封印式が組み込んでおった。腹の中の封印術には皇鬼とて抵抗できまい」
「グァアア! クソォオオオ!! 人間如キガァァアア!!!」
貫信は溶けるように皇鬼の身体に沈んでいった。
ついに封印が破られました。
《天睛臥龍》の爺、《軍龍武臣》の爺、鬼妖魔の爺と古強者たちが暴れ回りました。
別に作者は爺が好きな訳ではないです、はい。生粋の百合好きなので。
貫信の狙いは両戦力をぶつけて消耗させ、皇鬼と融合し乗っ取ることでした。
新手のBLではなく、列記とした戦術なのです。
それはさておき、
ずっと強キャラポジションだった一紗がまさかのワンキックKOです。
氣巧武術の達人なので辛うじて命は落としませんでしたが……。
皇鬼は過去の覇兇拳正統血統や《杜族》の王と戦った戦歴を持ち、
今も尚生きていた訳ですから相当強いですね。
封印半解事件のときも当時の師団長が数多く落命していますし。
貫信と皇鬼は融合を果たし、一紗の拳は通じない。
そんな敵を前にどう戦うのか、という引きで次回に続きます。




