《天睛臥龍》頭領の力
貫信を止めるため、封印解除を阻止すべく【融仂】へ向かいます。
幻龍種と準龍種の急加速能力のおかげで一紗達は予定より早く【融仂】に辿り着いた。
街並みは【龍閣】には劣るもののその辺の田舎国の州都よりは整っているように見える。
籠城を決め込まれていると考えて門を無視し、結界破りの準備までしていたが、結界は張られておらず妨害工作もなかった。それどころか町人たちは日常的に生活しているのだ。
「妙だね。仮にも唯一恭順しなかった頭領が治めている町だよ?」
「殿下、一旦下に降りてみましょう」
「このまま空にいても事態は変わりませぬ。いきなり戦闘にはならないでしょう。敵意は感じませぬ故」
高度を下げた一向は融仂城の間近に着地する。
飛行に慣れていない愁国組は乗り物酔いのような症状にみまわれ酷い状態だった。
「うっぷ……俺は陸戦専門。空中移動は専門外だ……」
「龍宝……。帝都に赴く際は空路を通っていたでしょう? 兄上もだらしがないですよ」
「幻龍が速すぎるんだよ……。高度も高かったしよォ。つーか、姉御は何で平気なんだ?」
「一応【宍国】に来てから飛龍種には何度も乗っていたからな」
「私達は慣れたのかも。少し気分が悪いだけで済んでるわね」
「悪いけど、回復を待っている時間はないよ。ことは一刻を争う。頭領達、貫信がいそうな場所に案内してくれ」
「了解――といいたいところだが、オレ達が案内するまでもないようだ」
雲讐が視線を送った先には城門から慌ただしく参上する高官たちがいた。
皆が警戒している中で、彼らは赦鶯に跪く。
「殿下。頭領から聞きました。貴方は領主の器を示された。これからは我ら《混家》も殿下と【宍国】発展のために寄与していきたいと思っております」
一紗と赦鶯も訳が分からず顔を見合わせた。
彼らは《天睛臥龍》と六頭領達が赦鶯を認めて内乱は治まったと考えているらしい。
「あの爺サンが降伏するとは思えんが……アタイらを油断させる罠か?」
「いや、そうとは限るまい。おい、アンタ達の頭領、混・貫信はどこにいる?」
慧刃が厳しい口調で尋ねると彼らは隠す様子もなく素直に答えた。
「伯父上は私に家督を譲り、隠居すると宣言されました。それと、もうすぐ殿下が来るからもてなせ……と」
《混家》の者達の態度から嘘をついているようには思えない。そして敵意が無い町の様子からも「殿下をもてなせ」と命じられた話と符合する。
「ただでさえ不利な中で兵力も拠点も捨てるなんて……貫信さんは何を考えて――」
「自分の野望に《混家》や町の人間を巻きこみたくなかったのかもしれません。あの男は律儀ですからね。――皇鬼を目覚めさせれば全てを逆転できると考えているだけやもしれませぬが」
「――皇鬼! そうだ、守隆サン! 鬼はどこに封じられてるんだ!?」
「今、まさに目の前に見えていますよ、一紗様」
彼の視線の先には裏山が見えていた。
『災眠山』と名付けられている裏山。過去に噴火して多くの被害を出したからだと地元の人間に信じられている。だが実際は活火山ではなく、偽りの情報だった。全ては皇鬼が封じられていることを隠す偽装工作である。
「元々【融仂】は皇鬼封印の主軸になるために作られた町でした。『災眠山』を囲うように他七か所の里にも仕掛けを施して封印する八卦封印術です」
「随分大きな封印式ですね。流石に手が込んでいます」
「いえ、美鳳殿下。これは外封印に過ぎませぬ。さらに本体が眠る場所には五行の封印式が施されております。さらに貫信が番人をしているので普通は破られませんが……」
「封印の番人が結界を解いちまったら形なしだな」
「誠遺憾の極みです。妖魔に探らせましたが外封印は完全に破壊されていました。この分だと内封印もいくつ解除されたか……」
「それで封印術士を集める必要があったんだね。外封印は再封印の準備に取り掛かろう」
「殿下、内封印を完璧にしなければ意味がありません。前回は三つの封印が破られましたが、師団長の半数の命を犠牲に舞龍様と貫信と私で何とか再封印したのです」
――裏山の洞穴に入ろうとした時、天地を揺るがす雄叫びが聞こえてきた。
今までに聞いたことのない妖魔の咆哮である。だがこの場にいる〝経験者〟の青い顔を見ればその声の正体は容易に想像がついた。
「急ぎましょう」
駆けつけた先には大きな鬼があった。角が王冠状に変形しており、近づいただけ酷い邪気を感じてしまう。既に顔と両手の枷が外され、今まさに左足の枷が解除された状態だった。
唯一右足だけが大岩に挟まれる形で封じられている。完全封印されていた際は五体全てが岩に覆われていたのだろう。
皇鬼の頭の上に乗っていた老兵が前方に降りてくる。
「来たか、守隆。懐かしかろう」
「馬鹿な!? 四つ封印が解けているだと!?」
「驚いたか? 驚くに決まっておるわな。前回は三封印が解けた状態でも暴れ出して手に負えなかった。じゃが見ての通りじゃ。儂は長年の研鑽の末完全に制御できておる」
「驕りが過ぎるぞ貫信! お前も忘れた訳ではあるまい! ソイツは人の手に余る!」
「忘れるはずがない。あの時は舞龍様の力でようやく止めた。だが今は舞龍様はいない。儂を止められる者はおらん!」
希望があるとすれば残り一つの封印が生きていることである。今止めればまだ間に合う可能性はある。だがそれを許す程に貫信は無策ではなかった。
「残る封印はあと一つ。貴様らの相手は僕共に任せるとしよう」
彼が手をあげると地面から百個の氣巧陣が描かれ、屈強な鬼妖魔が出現する。
一紗らを敵と見定めると棍棒や剣を手に襲い掛かってきた。
いつものように急所狙いで反撃するが、受け身をとったり、回避したりと非常に戦い辛い相手だった。
「なんだ、これ!? とんでもねぇ数だぞ」
「ただの雑魚じゃない! 皆強い氣を纏ってるわ!」
「これは〈秘術・百鬼夜行〉。通常の召喚術に加えてそれぞれを相互強化状態にする貫信開発の兵団術です。若い頃の奴は単身で万の敵軍に突入し、この術で敵陣を蹂躙したのです」
確かに一体一体が半端なく強い。妖魔故の頑丈さと怪力に加えて人間のような連携を見せてくる。おまけに数が多いのだ。
一紗が背後から迫る敵を迎え撃とうとしたとき、白龍が先に蹴散らしてくれた。
また別の敵は赦鶯本人が体術で倒してくれる。
「一紗! 僕の後ろに下がって!」
「赦鶯? 別に俺は自分の身くらい自分で守れるぞ……」
「そうだろうけど、僕はキミが心配なんだ!」
戦闘中にもかかわらず情熱的な視線を送る皇子を相手に一紗は断り辛そうだった。なし崩し的に一紗と共闘している赦鶯は大層嬉しそうである。
「ねぇ美鳳?」
「ええ、これは由々しき事態ですね」
本能的に好意を感じ取った美鳳と蕾華は互いに目配せすると赦鶯の両肩を掴んだ。
そして一紗からグイグイと引き離してしまう。
「ちょっと! 二人共どういうつもりだい!?」
「兄上、皇子たるもの亡国の危機に私情を挟んではいけませんよ」
「そうそう、国と民のために滅私奉公、滅私奉公。欲望優先だと白龍に見限られちゃうわよ~」
「いや、僕は食客の身を案じているだけであって、え? 大丈夫だよね、白龍!?」
同意を求める赦鶯と視線で威圧してくる二人の姫を相手に白龍は困ったように目線を下げていた。しかし、私情を優先している場合ではないことは確かだ。
「赦鶯、守るなら美鳳にしてくれ。この中じゃ一番戦闘能力がないんだ」
「そうですよー。か弱い妹ですよー。ですから守ってくださいな、あ・に・う・え・様」
「ぐぅ……確かに……うん、一紗がそう言うなら」
想い人の頼みということに便乗されて断る機会を逸した赦鶯は実妹の護衛に回ることにしたようだ。彼女に見えないようにと美鳳と蕾華はハイタッチしていた。――が、ふざけている余裕は段々となくなってくる。時間が経つにつれ赦鶯も蕾華も敵の対処に手一杯になっていた。
鎧兜は覇兇拳、龍宝は偃月刀による剣術で確実に仕留めていくも、敵の守りを崩すには至らなかった。
「強ェ妖魔だがッ! 勝てねェわけじゃねェ!」
「だが数が多すぎる。敵の目的は封印解除までの時間稼ぎだ。この防衛網を突破し封印解除を止められなければ俺達の敗けだ。――美鳳様! 何か策はありませんか!?」
「地の利は相手にあり、交渉術も使えないとなれば、力で押し切る他ありません。……がこちらの戦力が少なすぎますね」
「戦力が足りないって? 随分アタイらを過小評価してるなぁ。【愁国】のお姫サマは!」
「しょうがない。俺達の力を披露する機会が殆どなかったからな」
「これは身内の不手際です。私達《巫族》の頭領が体を張らなければなりません」
「オッサンもここいらで良いトコ見せねぇと娘より弱いと思われちまうぜ」
前に出たのは《天睛臥龍》の四頭領である。
最初に動いたのは愛刀を抜いた慧刃だった。
「――止まって見えるぞ」
一陣の風のように駆け抜けると彼が通った軌跡上にいた鬼たちは大根のようにバラバラに斬り刻まれてしまった。恐ろしいほど正確な早斬りである。彼の手にする剣の峰に龍鱗があることに気づいたのは技を放った後だった。
外国の剣術大会で優勝したというのは本当らしい。だが一流の剣士でも唯一隙ができるときがある。それは大技を披露した直後だ。体力的にも体勢的にも一瞬の間ができてしまう。
鬼妖魔はそこを見逃さず、反撃を受けにくい間合いの外から氣巧術を放ってくる。
「――貪れ! 『暴喰龍』!」
慧刃が持つ龍鱗の剣は刀身を龍の首に変化させて間合いの外から技ごと敵を喰らい尽くした。伸縮自在の龍首は鬼の腸を喰らいその技を盗んで口から氣巧術を放つ。
慧刃は己の剣術と『暴喰龍』を変幻自在に使いこなして鬼の数を減らしていく。
「ハッ! どっちが鬼に金棒か分かんねぇな!」
若い者に遅れてなるものかと年長者の雲讐が続く。
「――来たれ! 『将龍鎧』!」
彼が召喚術で呼び出したのは妖魔ではなく甲冑だった。人の形をした鎧そのものが生きているようで周囲の妖魔を蹴散らした後にその一部が分解され、雲讐の身体に合致するように姿を可変して装備されていく。
彼が纏った瞬間腕の鎧は龍の頭を模した手甲へと代わり、腹部も龍の腹に似た頑丈な装甲へと変わる。防毒面のように鼻と口を覆った鎧は龍の顎のように変わった。
「〈龍人装甲〉! いくぜ『将龍鎧』!」
全ての鎧は纏わないようで、残りの鎧が小型の龍に可変し、雲讐の良きパートナーとして戦闘のサポートを行う。雲讐本人は振りかぶると、鬼の大軍に向けて渾身の拳打を繰り出した。
比較的弱い鬼たちは拳一撃で吹き飛んでしまう。
これはまずいと知恵のある将軍級の鬼が立ちはだかり、雲讐の足止めに動いた。
他の鬼と違って龍人装甲状態の雲讐の拳にも耐えられる程耐久力があるらしい。
「ふん、鎧に頼ってるだけじゃねぇぜ! 〈封陣拳・禁衛破極〉!」
腕を前に出して防御態勢をとる鬼に雲讐は氣を込めた拳を炸裂させた。
すると拳が当たった腕が力なくぶら下がってしまう。鬼が腕の動きを封じられたことに気づいたときには頭を砕かれてしまった。
「封陣拳は敵の動きを封殺する封印術を帯びた拳法だ。始皇帝と共に覇兇拳が台頭してくるまでは結構有名な拳法だったんだぜ」
「やるじゃねェか。封陣拳! 俺の覇兇拳も敗けてねェぞ!」
触発された鎧兜と共に雲讐が道を開いていく。
さらに矢筒から矢を手にした神覧は遠距離から味方が取りこぼした敵兵を正確に射殺する。百発百中であったが長期戦の末、矢筒にある最後の矢を使い果たしてしまう。
弾切れになれば狙われると焦った一紗がフォローに回ろうとしたが、逆に彼女は一紗の背後に迫る鬼を射抜いてくれた。
「矢は全部尽きたはずだが……?」
「私の矢筒は龍の爪根を改造したもの。矢筒が生きている限り、無限に矢を補充できます。定期的に食事させる必要がありますがね」
そう言って神覧は倒した鬼の肉片を龍を象った矢筒に放り込んだ。すると待ってましたと言わんばかりに肉を平らげて五本の矢が底から生えてきた。
また、近距離に迫った敵は龍翼を模した弓を鈍器のように扱って倒している。彼女も頭領を名乗るだけあって補助は必要ない程強かった。
だが〈百鬼夜行〉の展開力も凄まじく、鬼が一匹絶命するごとに新たな鬼が補充されてしまう。折角崩した防御網が補強されてしまうのだ。
「これじゃあキリがねぇぜ」
「ご安心を、惡姫殿。〝数が決まっている〟ならば崩す隙があります!」
神覧は新たに召喚された鬼の身体に矢を正確に当てるが全て急所から反れていた。今まで一矢で射殺してきた彼女にしては珍しいミスである。
「外した!?」
「いいえ、〝狙った〟のです」
矢を当てた鬼は神覧に頭を垂れて跪く。そして矢が刺さった鬼たちは彼女のハンドシグナルに応じて仲間の鬼を抑え始めたのだ。矢を当てた相手の意識を封じて傀儡にするのが彼女の得意な封印術だった。
「意識を封じて操り人形にしちまうとはおっかねー」
「彼女は諜報組織出身だからね。いやぁ、味方に引き込めてよかったよ」
「ええ、まったくですな。……あっ! 伝え忘れていましたが〈百鬼夜行〉は封印術が有効ですよ。私が封じた分は補充されませんでしたでしょう?」
今まで目の前の敵の対処で全員が忘れていたが、守隆は貫信とは旧知なのだ。戦術の打開策も知っていて当然だった。皆が老兵に殺意を向けたのは言うまでもない。
「クソ爺! そういうことは早く言え! 今までのアタイらの苦労無駄じゃねーか!」
「面目次第もございません。年を取ると物忘れが激しく……」
雲讐も露骨に目線を反らしていた。彼も前領主の時代に貫信と共に闘っているために対処法を知っていたはずだが、今まで伝え忘れていたようである。
慧刃と神覧の無言の威圧を受けた雲讐は肩身が狭くなっていた。
「身内で揉めるのはもう沢山だろ? 対処法が分かっただけ良しとしようぜ、な?」
「チッ、《嵌家》のオッサンとクソ爺は後で奢りだからな!」
暗珠は脚と腕を龍に変化させると、地面を蹴って跳躍する。人間離れした身体能力と動体視力で敵を捉え、殺さない程度に半殺しにしていく。凄まじい速度と重すぎる拳に鬼たちは全く反応できていなかった。舞龍が開発した龍身一体の拳法・神尊天龍拳を体得した暗珠の実力は異常だった。
「これくらいでいいか。――妖混式封印術〈龍鱗禁縛〉」
彼女の腕や股についていた龍鱗が剥がれ吹雪のように空を舞って満身創痍の鬼たちを包んでいく。龍鱗に覆われた鬼たちは身動きが封じられてしまった。
「一丁上がりってよ――うぉ!?」
圧倒的な身体能力で鬼を倒していた暗珠は突如地面に組み敷かれた。
〈百鬼夜行〉の鬼たちをほぼ封殺したタイミングで貫信本人が介入してきたのである。
《天睛臥龍》頭領たちの実力が見える回でした。
貫信は百の鬼妖魔を召喚し相互強化状態にし、倒される度に百を上限に補充召喚されるチート兵術〈百鬼夜行〉を披露しました。
対処法は封印術で生かしたまま妖魔を封じるか、使い手本人を殺るしかありません。
かつて二人の主君を皇位継承一歩手前まで導いた腕は伊達ではないですね。
慧刃は己の剣術と刀身を龍に変化させる化け刀『暴喰龍』で斬喰殺する戦術です。
神がかり的な太刀筋に加えて、刀自体が意思を持って動くために敵は非常に戦い辛いですね。
雲讐は封陣拳と『将龍鎧』という龍を素材にした生ける鎧を纏って戦います。
本来なら全身に纏いますが、寄る年波は超えられないようです。
神覧は肉を喰わせると矢を吐きだす生ける矢筒で矢を補充しながら敵を射殺します。
また、矢の当たった敵の意思を封じて傀儡化する封印術も使えます。
暗珠は舞龍が開拓した神尊天龍拳を使います。
人間離れした身体能力なので見切るのは至難ですね。
《巫族》の名門頭領らしく封印術も使えます。
戦いは次回へと続いていきます。




