紅・舞龍とその忠臣
美鳳らのお爺さん世代のお話です。
なぜ女子に皇位継承権が認められたかが明かされます。
――今より約六十年前。
まだ十六だった混・貫信は幼馴染でライバルだった範・守隆と共に団長に就任した。当時としても十代の少年が一軍のリーダーに就任することは異例だった。
貫信らは失礼があってはならないと約束の時間より早く領主の玉座に足を運ぶ。そして領主の前に頭を垂れた。
「「誉れ高い《軍龍武臣》師団長へご指名いただきありがとうございます」」
二人より二歳年上だった紅・舞龍は妖艶さと愛くるしさを折衷させた美少女だった。泣き黒子のように顕在化した龍の鱗が彼女の美しさを際立たせている。
彼女は少年達の頭を上げさせると扇子で口元を隠しながら上品に笑った。
「妾がそなたらを推薦したのは他でもない。この保守的な組織を改善するためじゃ。年寄りは若い者に大役は任せられぬと言うが、今や《軍龍武臣》に幻龍使いはおらぬ。最早名門九家の名誉職になり下がっておる。戦えん奴が団長を名乗るなど滑稽じゃ」
「だから、俺達のように年若い者を起用してくださったのですか?」
「ああ、そなたらが後輩達のために若者も敗けてはおらぬと証明してみせよ。さすれば、己が地位が安泰と思うておる年寄り共も危機感を抱くじゃろうて。期待しておるぞ?」
「「はっ!!」」
二人は競い合うように武勲を立てていった。その間、実力についていけなかった他の団長達は戦死するか自ら地位を退き隠居していった。紅・舞龍はたった一年の間に腐敗した《軍龍武臣》を実戦本位の武闘派組織に回帰させたのである。
幻龍の使い手こそいなかったが、分家の者、非嫡出子さえも才覚あれば団長に推薦する方針が功を奏した。舞龍の時代に分家差別、非嫡出子差別がなくなったのである。
また、彼女の政策はそれだけに留まらなかった。
「これからは男女共学とする!」
今まで女子は良い家柄の者しか学舎に通う権利が無かったが、庶民出身の女子も等しく学ぶ機会が与えられたのである。これにより多くの才ある女傑が誕生した。そして彼女達が【宍国】の躍進に寄与することになる。
「殿下は革新的ですね。俺は恥ずかしがら庶民の女子にここまで才ある者がいることを知りませんでした」
「よいのじゃ、貫信。そなたらの価値観は古い大人達が植え付けたもの。それを自分の意思で否定することは難しい。妾も本当は《軍龍武臣》団長に庶民出を入れたいのじゃが、流石に時期尚早だと思うてのぅ」
「確かに分家や非嫡出子の者ですら物議を醸しましたから名門九家からの反発は必至でしょう。……ですが、少々もったいない気もしますね」
「そなたもそう思うか!? 実はな! 彼らの使い道を考えておっての! 傭兵にしようかと考えておるのじゃ!」
何気なく呟いた一言に姫は身を乗り出して反応する。胸を押しつけるように顔を近づけてくる姫に若かりし頃の貫信はたじたじだった。
「よ、傭兵ですか?」
「うむ。州都の要職に就かせられないのならば対外国における軍部門を新設し、そこの将軍級に抜擢する。さすれば波風は立ちまい。彼らを外国に派遣し、諸侯の信頼を得れば【宍国】は大きな影響力を持つことになろう!」
貫信は思案した。確かに舞龍の言う通り外国勢力に【宍国】出身の傭兵団を派遣すれば、信任を得ることが出来る。
今は帝国が三代に渡り善政を強いてきたため、戦争は少ない。しかし小競り合いがない訳でもない。中には太平の世ゆえに軍縮した結果、妖魔相手に苦労している国もある。そういった国々に軍を派遣することで諸外国の信頼を得られるのだ。
貫信は姫の着眼点の良さに感服した。
「御見それしました、殿下。貴女が次期領主のためにそこまで考えなさっているとは」
「いや、次期領主のためではないのじゃ。笑わずに聞いてくれるか?」
「はい? ……なんでしょう?」
「実はのぉ、妾は此度の皇位継承戦に参戦しようと思うておる」
貫信は己が耳を疑った。
当時は女子が皇位に就くことはできなかった。故に領主として帝都から派遣される皇女は次世代の皇子のために国の地盤を固めることが常識だった。だから貫信も『まだ見ぬ五代目候補の皇子』のために舞龍が【宍国】を改革していると思っていたのだ。
「お言葉ですが、姫……帝国に女子の皇位継承権は―――」
「分かっておる。じゃが妾が最も推していた皇子が先日病死してのぉ。残るは男子は凡人しかおらぬのじゃ。誰に任せても帝国衰退は目に見えておる」
「ならば御自らが帝を目指すとおっしゃいますか?」
「……茨の道じゃ。反対する勢力はそこかしこにいよう。それでもそなたは妾を皇帝候補として認め、ついてきてくれるか?」
「勿論でございます! 殿下にその気があるのでしたら俺はどこまでもついていきます!」
舞龍は幼い少女のような微笑みを見せて貫信に抱き着いた。
照れる貫信はこの先どんな苦難が待ち受けていようと主を支える決意を固めたのだ。
帝都において舞龍が女帝を目指す宣言を行ってからは非常に困難な道のりだった。
それまで彼女の善政を高評価していた帝都官僚達が手の平を返して批判し始めたのである。
「女子に皇位継承権はない! 紅華帝国は男系皇子によって三代栄えたのだぞ!」
「身の程を弁えろ! 例外を認めれば他の皇女達も騒ぎ出しかねん!」
「貴女は次期皇帝の執権補佐となることが確約されている! これ以上世迷いごとを話されればお立場を悪くしますぞ!」
「愚帝のパシリなんて御免じゃ! 妾は史上初の女帝になるぞ!」
錚々たる顔ぶれを前にして一切動じない胆力に貫信は見惚れていた。
(貴女様こそ、この大帝国を牽引するお方……!)
この騒動により中央帝国議会では舞龍の皇籍廃除まで話され出したが、床に伏していた父・三代目紅帝が「実績で示してみよ」と仲裁したために舞龍は皇位継承順位の末席に位置することになったのである。
しかし、帝都の妨害は常軌を逸していた。彼らは他の皇女達に「身分を弁えない姫がいる」と唆して彼女達を舞龍の躍進阻止に動かしたのだ。
恐れ多くも姫の身分で皇子に抵抗しようとする若い女に敵愾心を抱いていた姫たちも当時は多かった。「自分は我慢してるのになぜこの者だけは我儘を申すのか」という心境である。
彼女達は自身の国の屈強な戦士たちに【宍国】侵攻を命じた。
「貫信! 守隆! 右翼と左翼は任せたぞ!」
「舞龍様! 敵将は俺達がとります! 貴女は大義ある御身! 陣地で控えていてください!」
「臣下の影に隠れる臆病者が次期皇帝を名乗れるはずなかろう! 妾も戦う!」
舞龍は好き勝手に戦場を駆けまわってしまう。援護に向かおうとも貫信らも強敵の相手で忙しかった。
「【宍国】はこんな若造に将軍を任せるのか。姫が愚かなら臣下もまた愚かだな」
「黙れ! 俺は姫様の信任で師団長を任されている! 姫様の侮辱は許さん!」
貫信は七体の巨鬼を召喚した。独活の大木ではなく膂力も装甲も尋常ではなく、敵軍はただ蹂躙されるだけである。
「なんだ、コイツ!? こんな凶悪な妖魔を七体も使役するなど……!」
「驚くには早いぞ! 妖混流・〈混絶纏鬼〉!」
若き貫信は召喚した鬼の内一体を吸収して身に纏うことで妖魔の攻撃力を得る。
縦横無尽に駆け巡る鬼人を前に敵右翼は敗走する他なかった。
「貫信はまだ鬼を一体しか纏っていないのに、此度の敵軍は軟弱ですなぁ。私も武勲を立てねばなりますまい! ――〈七龍召喚〉!」
眼帯の少年・守隆は七体の飛竜を同時に召喚し、空爆の果てに左翼兵士を追い詰めていく。
「何だよ!? 【宍国】の龍使いは滅びたんじゃねーのかよ!?」
「飛龍種と幻龍種の違いも分からぬ無学者が我らが姫の邪魔をするとは笑止千万! 消えろ、ゴミ共! 〈隔絶滅空〉!」
飛竜を使役して敵を誘導した守隆は結界術に閉じ込めた兵士達を蒸発させてしまう。
左翼兵団も総崩れとなり、戦う余力を残していない。
「ふぅむ。やはり一体くらいは幻龍を使役したかったが……」
「守隆! それは飛竜種すら使いこなせなかった俺への嫌味か!?」
「そう噛みつくな、貫信。私達が争うより姫様の援護を――」
――と言いかけたところで遠くから龍の咆哮が聞こえてきた。
音源は敵軍中央からである。
「どうした!? どうした!? 妾の躍進を止めたいのじゃろう!? 口だけか!?」
「つ、強い……! 他の皇子でもこれ程の武力は中々……」
舞龍は自身の体に封じた神龍の細胞を解放し、龍人化して闘っていた。背後の敵は龍尾に変化した後ろ髪で締め付け、或いは薙ぎ倒し、前方の敵は龍の腕で屠っていく。
「これが噂に聞く神尊天龍拳! ……自らに封じた神龍の聖骸の力を発揮し、龍の力を人の身に体現させた龍身一体の我流拳法! 人の形をした龍そのものではないか!?」
巨漢の兵士も結界術による防御も龍の腕より繰り出される殴打により悉く粉砕される。武術には武術で対抗しようと名のある拳法家が彼女と対峙するが、神龍の覇気を纏った姫の前に委縮し、全力を発揮できないのだ。
中には喰いついてくる猛者もいたが、舞龍はギアを上げるように神龍の力を増していき追いつけなくなる。まさに人間離れした神業だったのである。
近接戦は分が悪いと遠距離から氣巧術や弓矢で奇襲するが、龍の鱗を纏った彼女の急所を突くことはできず、逆に龍の咆哮や火炎氣巧術により反撃を受けてしまうのである。
膝を突く敵大将を龍眼で見下ろす舞龍。
「そなたの主に伝えよ。文句がある者は相手になると! 妾が皇位に相応しくないと言うなら己が武を持って示せと!!」
返り討ちにあった他皇女の国々は、知略と武に優れた舞龍こそ次期皇帝に相応しいと逆に認めるようになっていく。焦ったのは中央帝都側である。
残る皇子を抱える国々が結託し、舞龍勢力に抵抗するも、彼らには求心力がなかった。
男子故に皇位を継げるだろうと考えていた怠け者達に志も矜持もありはしなかったのだ。
ある皇子は「舞龍を討つ」と言って迂回した先で事故に遭って死んだ。
また違う皇子は「自分こそ紅帝に相応しい」と訴え諸侯を団結させたが、失政を繰り返したために部下に見限られて謀殺されてしまった。
大言壮語のとある皇子は勇み足で舞龍軍との戦争に出陣するも、予想外の大軍と総大将・舞龍の覇気に怖気づいてしまい、軍を置き去りにして逃亡。行方不明になってしまった。
舞龍の采配能力の高さと皇子連合の脱落によって彼女の即位は現実的になっていた。
ところが、そんな彼女に凶報が届く。現紅帝である三代目の崩御である。
三代目の後ろ盾があったからこそ舞龍の女帝候補の話が黙認されていたのだ。最大の味方であった父を失ったことで帝都の影響力を急激に失ってしまった。
これ幸いと帝都の官僚達や古い男尊女卑の考えを持つ大臣たちは結託し、四代目紅帝を強引に決めてしまった。選ばれたのは最後の皇子で知略も武勇もない弟である。
舞龍を四代目にするからと帝都から遠ざける用事を申しつけた上での騙し討ちだった。
貫信を筆頭に臣下たちが激怒したのは言うまでもない。
「ふざけるな! あんな愚者を帝にするだと!? 権力を握りたいだけの官僚共め!」
「いささか強引すぎますな。既成事実を作りたいという考えが透けて見えます。あの男では帝国は持たないでしょう。百歩譲って他の皇女を帝にした方がまだマシです」
「舞龍様! 戦いましょう! 貴女を支持する勢力は帝国全土で沢山います! 弟君を討ち、貴女が帝になるのです!」
激昂する臣下達を諫めたのは他でもない舞龍本人だった。
「……もうよいのじゃ。妾は執権として不出来な弟を支えようと思うておる」
「貴女が皇帝になりたいと! 俺達に夢を語ったではありませんか! その夢は手の届く所にあるのですよ! 戦いましょう! 俺は貴女が帝になってくださるなら命すらいらない!」
抗議する貫信を姫は優しく抱きしめた。
「ありがとうな、貫信。そなたは忠臣だった。だがもう決めたことじゃ」
「……なぜですか? なぜ諦められるのですか?」
「妾が皇帝に就けば五代目候補不平等問題が起きる。帝は次の後継者をつくるため、百八の異民族と交配し、子を設けなければならぬ。じゃが妾にはそんなに多くの子は産めん」
百人以上の嫁と契るのは帝国の権威を主張するためでも、肉欲を貪るためでもなかった。どんな少数民族でも平等に次の皇帝候補になりうる、というチャンスを与えるためだった。
女子に皇位継承権が無い理由の一つである。男は種を蒔くだけでいいが、女は産む必要がある。一年に一人子を産んでも百八人を産むことなど不可能だったのだ。
「次期皇帝の子が必要なら、あの馬鹿皇子が種馬になればいい話です」
「妾も同じことを言ったが……異民族を納得させるためには皇位という権威が必要らしいのじゃ。どこぞの馬の骨に嫁はやらんと。そうなれば異民族は離反することになる」
「ですが! ――」
「問題はそれだけではないのじゃ。妾が抵抗すれば確かに皇位を手にできようぞ。しかし戦えば国は荒れる。父上達ご先祖が築き上げた財産を妾が潰してしまうことになる。それを復興させるのは難しい。妾が少しでも失敗すれば『女子だから』と嗤われるじゃろう」
「だから退くことにしたと……? あのような愚物に帝位を明け渡すのですか?」
「帝国を繁栄させた偉大な先祖は皆男子。故に男子に任せるべきという保守的な意見に議会は凝り固まっておる。妾達が相対しているのは愚弟ではない。父上達が築き上げた帝国の歴史そのものじゃ。頭の固い爺共が理解するには男子の失敗者が必要なのじゃ」
「失敗者!? 愚物に任せればこの大帝国は崩壊しますよ!」
「そうならんために妾が支える。それで実績を立てれば十何年、数十年先は女子の皇位継承権も認められよう。妾の悲願は未来に託すことにしたのじゃ」
舞龍は世を乱すことを躊躇した。断固抵抗の意思を示して挙兵すれば帝都が舞龍を大逆人に仕立て上げることは目に見えていた。女子の権利が認められるためには時間が必要だと聡明な彼女は理解していたのだ。
「殿下……無念です」
「すまぬ、皆。今日まで尽くしてくれて感謝しておるぞ」
こうして舞龍の覇道は彼女自らが身を引く形で終わりを告げた。
しかし、舞龍や貫信達が危惧した通り、四代目は想像通りの――否、想像を超える愚物だった。彼を補佐する姉妹たちの苦労は目に余るものだった。四代目が愚政や陳腐な行いをやらかす度に彼を推した議会の権威は失墜していった。
官僚達もまさかそこまでの愚か者だとは思っていなかったのである。それでもプライドからか四代目を廃して舞龍を即位させようとは言わなかった。
その後も『皇鬼の封印半解事件』があったりと波乱の出来事は多かったが、貫信はずっと舞龍のために尽くした。四代目紅帝に無礼を働かれても彼女の顔を立てて許し、彼女のためならばどんな汚名をも呑みこんで滅私奉公し続けたのだ。
そして四代目即位から十年が経ったある日、珍しく舞龍は【龍閣】に戻ってきた。
お忍びの里帰りだと判断した《軍龍武臣》は多忙な主を出迎えた。
愚弟の補佐に疲れ切っているのは目に見えていたからだ。
そんな彼女は夕食を終えると貫信を呼び出した。
「貫信、そなたは立派になったのぉ。妾はとうに枯れてしもうたわ」
「何をおっしゃいますか。初めてお会いした時から変わらず、お美しゅうございます」
御世辞でもなんでもなかった。彼女はもう三十路であったが、十八のときから容姿の変化が見られなかったのだ。神龍の聖骸を封じた身体が老いを妨げているからである。
「今日まで帝国全土を見てきたが、そなたほどの忠臣はおらなんだ」
「もったいないお言葉です」
「貫信、そなたに見せたいものがある。近う寄れ」
敬愛する主の命令に背くことはない。貫信は何の疑いもなく彼女の傍に寄った。すると舞龍は自身の着物の胸元をはだけさせたのだ。
「い、いけませぬ……! 姫様! 貴女のような高貴な方がこのような!」
「幾つになっても初心よのぉ。じゃがよく見よ、貫信。妾が見せたいのは乳房ではない」
指摘を受けて彼女の身体に目をやると信じられないものを見た。
その胸や腹などに龍鱗が広がっていたのである。戦闘中に龍の鱗を使うときもあったが、日常的には抑えられているはずだ。龍鱗は唯一彼女の左目の下に浮かぶだけだったのに、今では躰のあちこちに病の如く広がっている。
「妾はもうじき龍に喰われるのじゃ。それが分かっていたから愚弟とも権威を争わなかった」
「なぜ……! なぜこのようなことに!」
「神龍は聖なる者。今まで妾に力を貸していたのは大義のためじゃ。しかし、官僚や兄弟たちと争う内に神龍は妾を見限った。己が権力に固執する妾にな」
「馬鹿な!? 国と民のために心を折った貴女様をなぜ見限るのです!?」
「妾に宿したのは神龍そのものではなく、その聖骸じゃ。善か惡か簡単な判断しかできぬのじゃ。そして兄弟から権威を奪うために策略を巡らせた妾を惡と判断したようじゃ」
心を持つ神龍ならば舞龍がどれだけ身を砕いて世に尽くしていたかは判断できただろう。しかし魂亡き聖骸は雑なAIのように彼女を惡と判断してしまった。妖混流の秘術により常に融合状態であるのも災いし、彼女の黒い心に反応したのである。
「補佐している弟が何度も馬鹿を晒す度に黒い感情が沸いてしまってのう。ついに神龍は妾を喰らうことに決めたらしい。妾はもうじき人でなくなる」
「融合を解いてください! そうすれば浸蝕はなくなるはず!」
「無理じゃ。もう何度も試した。最早この身体の八割は龍のもの……。だからのぉ、人である内に最後に一目……お前の顔を見ておきたかった」
彼女は弱々しく貫信を抱きしめる。貫信もまた彼女を強く抱擁した。
「妾は……誇れる君主だったかの……?」
「はい! 神が貴女を認めずとも俺が認めます! 貴女は俺ほどの忠臣はいなかったとおっしゃったが、俺から言わせれば貴女のような君主こそいなかった! 最高の君主でした!」
どんどん龍の鱗に覆われていく姫の姿に貫信は涙する。世のため人のために尽くした女子の最期にしてはあまりに惨い。そう涙する彼の頬を姫は優しく撫でた。
「そなたを忠臣と見込んで一つ、頼みがある」
「……なんなりと!」
「妾がいなくなった後も【宍国】を支えてほしい。次の領主は愚弟の子になろうが、そやつのことも嫌わずにいてやってくれぬか……?」
「この混・貫信! 人生を懸けて誓いを果たしましょう! だから――」
――だから一緒に生きてほしい、という言葉を最後まで紡げなかった。
姫は美しい神龍へと変貌し、窓から抜け出ると天へと昇っていってしまった。
「姫さま……」
貫信は姫が残した髪飾りを懐に仕舞うと姫との約束を実行するよう腹をくくった。
舞龍が龍に変わったことは誰にも言わなかった。自身が封じた龍の聖骸を制御できなかったという不名誉を与えかねなかったからである。
また、帝都への復讐という側面もあった。執権筆頭だった舞龍が失踪すれば愚弟に愛想を尽かせたと誰もが思うからだ。
事実として都は大混乱に陥った。舞龍ほど政に長けた補佐官はいなかったからだ。止め役がいなくなったことでいよいよ四代目の失政は目立ちだした。大臣や官僚達による醜い責任の押し付け合いの末に『五代目皇位継承戦からは女子にも継承権を認める』という決定が成されたのである。
そして貫信は血の涙を呑んで憎い男の息子に当たる紅・厳謹に尽くした。しかし嫌っている態度は当時入団したばかりの雲讐にも分かる程だった。
自分への忠義が先代・舞龍との約束のためだと見通した厳謹は貫信に頭を下げた。
「自分が愚者の血を引くのは分かっている。貴方の眼に適わないことも。だが偉大な伯母上の祖国を俺の代で廃れさせるわけにはいかない。俺は帝国を復興させたい! 帝位に相応しい男になって見せるから、貴方の力を貸してほしい!」
「……分かった。今度こそ殿下を帝にしてみせよう」
厳謹に舞龍の面影を見た貫信は彼を次期皇帝にすべく尽力した。その二年後に師団長に電撃出世した雲讐らと共に躍進していく。ついには次期帝候補の中でも五本の指に数えられるくらいになった。
――しかし、結果は歴史が示す通り、厳謹は敗れたのだ。現皇帝の汚い計略によって。
貫信はまたしても主君を玉座に座らせることができず、己の不甲斐なさを嘆いた。
「なぜだ! 舞龍様に続き、なぜ志を持つ清い者ばかりが不幸になるのだ!」
憎しみに心を焦がした彼が帝都へテロ行為に走らなかったのも舞龍との約束があったからだ。
今帝都へ喧嘩を売れば【宍国】の立場が悪くなる。彼は姫が帰る場所を守るため、その後二十年に渡り軍事大国【宍国】を保ち続けた。
そして、次の領主となる赦鶯が【龍閣】に派遣されたことを機に崩壊寸前の《天睛臥龍》に合流することになる。流石に憎い紅帝の息子に義理立てする気はおきなかったのだ。
――そこまで記憶を辿った貫信は憎悪に目を見開いた。
「もはや皇族に義理はなし。高潔な器を壊した皇族共にくれてやる慈悲などないのだ!」
百合話をかいていたのに、気が付いたら爺の恋愛話になっていたでござる。
それはさておき、舞龍様が優秀だったというお話でした。
彼女がいなければ美鳳ら現皇女達は「女子の皇位継承権を認めさせる」という余計な一手間を経由しなければなりませんでしたのである意味恩人ですね。
厳謹世代のお話まで描くと脱線しかねなかったので省略しました。
貫信は舞龍に義理があり、厳謹を今度こそ帝にしようとしたが叶わなかったことが謀反の動機ですね。
それでも赦鶯が来るまで国を守り続けたのですから忠臣です。
五代目即位から二十年は全土で混沌の時期ですね。
紅華帝国は元々各民族の統治と監視のためにそれぞれの血を引く皇子・皇女を各国に派遣していました。
それが皇位継承戦で皆殺しにされたために権力の空白が生まれてしまったわけです。
各民族の動きも把握できなくなり、各国で本編の《天睛臥龍》のような皇族排斥勢力がどんどん出てくることになります。
爺の回想はこれにて終了。次回は現代時系列に戻ります。




