余興の催しもの
今回は小話です。
一足先に客室に戻った一紗達は月を見て縁側に座っていた。
美鳳は静かにその隣に腰かける。
「一紗、貴女の言葉ではなく行動で語るところ、嫌いじゃないですよ」
「茶化すなよ」
「ふふふ。一つ助言しますが、言葉で語らないといけないこともあると思いますよ?」
村人の警戒心が強く一触即発だった時のことを思いだした。主君の命令を聞かず暴れた末に余計な誤解を招いてしまったのだ。今回はたまたま上手くいったが、次も同じとは限らない。
流石に一紗も思うところがあったのか、素直に頭を下げた。
「……悪かった。今回は……その、軽率だった……」
「分かってもらえたのならもういいですよ。それに貴女という剣に救われているのは事実です。ですので……今は私がその剣を収める鞘となりましょう」
一紗の手を包みこむように掴む美鳳。その温もりは戦場で生き延びてきた一紗が長らく忘れていた感覚だった。現代日本では当たり前だった感覚を思い起こされ疑似的に帰郷したかのような錯覚に陥った。それは心地よく懐かしいものであった。
「美鳳……ありがとう」
涙を浮かべながら震える声で感謝する一紗。
最強の傍盾人がいきなり落涙したことに美鳳はひどく狼狽する。
「ど、どうしたのですか? 異界では無礼に当たることをしてしまいましたか!?」
「違うんだ。寧ろ故郷の優しさを思い出したっつーか……何でもない! それより、村人に笑顔が戻ってよかったなっ! 殺伐とした接客かまされた頃と比べて良い顔になったじゃねーか」
ごまかすように獅子鍋で騒ぐ村人を指さす一紗。だが美鳳は複雑な表情をした。
「このお祭り騒ぎも一時だけですよ。食糧が尽きれば面白おかしく騒ぐこともできません」
「食糧難は地道に解決してくしかねーだろ? 連中が狩りや農耕がしやすくなるように国を安定させるんだろ?」
「勿論そのつもりです。そのために今も先遣隊を送って情報収集に向かわせていますし。でも、せめて私達が滞在中は、今日のように彼らが楽しめる良い案はないでしょうか……」
一紗は夜空を仰ぎ、熟考する。
自分が気落ちしていたとき何をしていただろうか。紅華帝国に来てからは休まる暇もなかったため、思い出すのは以前の平穏な世界の日常だ。
辛いことがあった時は漫画を読んだり、映画を見たりしていた。
それらはこの帝国にはないだろうが、代替手段は考えられる。
「それなら、娯楽に触れさせればいいんじゃねーか? 例えば舞踊とか。毎日単純作業に不景気、夢も希望もなければ根気もやる気もなくなるだろうよ……」
不思議と浮かんでくるのは小学生の時の学芸会だった。ダンスを踊ったり演劇を見せたり、子供心に何が楽しいか分からなかったが、娯楽が少ない今なら大人たちの気持ちも理解できた。
美鳳は一紗の申し出に一瞬驚くもすぐに笑顔になった。
「名案です! 一紗から一肌脱いでくれる発案があるなんて! あなたも民のために身を砕く精神を持ち合わせているのですね!」
「は?」
ただ娯楽を見せればいいという発案をしただけなのになぜそんなに愉快な態度になるのか理解できなかった。
「お前……何か勘違いしてないか?」
「とぼけないでください。私と一緒に村人に舞踊を見せようという発案ではないのですか?」
「ちげーよ! 俺は武術はできても舞踊なんて習ったことがねーし」
「大丈夫。貴女ほどの美人ならば、適当な踊りでもそれなりの物に見えますよ。私が保証します! 一緒に踊りましょう!」
「やらねーよ! お前一人でやってこいっ!」
「え~? あなたは私の傍盾人ですよぉ? 舞台の上の私を凶手から守れるのですかぁ? 私が死ねば即日解雇になっちゃいますよぉ?」
「ぐぬぬ……」
やはり口では交渉人を自称する美鳳には勝てなかった。
一紗の抵抗もむなしく、翌日舞踊会が行われることとなった。
洗練された貴従兵たちが作った舞台は即席にしては随分綺麗だった。
見栄えだけでなく頑丈さも十分である。
「突貫工事にしてはやる気出しすぎだろう。この乱世でこんな雅な舞台は見たことねーぞ」
「ふふふ、私が舞踊を披露するといったら貴従兵の皆さんの士気が高まりました」
背後を見ると貴従兵達が色めき立っていた。
村人を元気づけるためだったのに連れの男達の方が浮足立っている。
「揃いも揃って鼻の下伸ばしやがって……。とても姫様の護衛とは思えねー」
「そう言ってやるな、惡姫よ。我らは美鳳様の盾。いつ死ぬやも分からん。部下達にとっては美鳳様の舞踊を拝見することが士気の上昇につながるのだ」
「尤もらしいこと言って、テメーら美鳳の晴れ舞台観てーだけだろ? だらけきった顔しやがって。――ってお前も何かやるのか?」
龍宝は演武用の模造刀を持って艶やかな鎧に身を包んでいた。
「俺は前座だ。惡姫、精々美鳳様の足を引っ張るなよ」
そう言う龍宝は数人の部下を連れて幕の内側へと入っていった。
「これより、美鳳様が企画された演舞をお見せします」
司会担当の貴従兵が宣言する。
娯楽がない村の人達にとって物珍しいようで貴従兵の傍に駆け寄ってきた。
「頃合いね」
美鳳の合図で舞台の幕が開く。
同時に龍宝が部下達と共に刀を使った演武を開始する。
セリフなどは一切ないが、ダンスと演劇が一緒になったような演目だった。貴従兵同士の息もぴったりあっている。猛々しさと優雅さを兼ね備えた演武は観客の心をすぐにつかんだ。
「お~!!」
「見事! 見事!」
素直に感心する大人たち。そして少年たちはある種の憧れにも似た感情で舞台を眺めていた。
ジト目で舞台を眺めていた一紗は肩を落とした。
「俺もこっちがよかった……」
「文句言わないでください。舞踊は一人よりも二人で踊った方が見栄えがいいのです。さ、私達も準備しますよ」
美鳳は美しい紅い踊り子衣装に着替えた。ヒラヒラの袖は薄く透けており、肩は露出している。色気と愛らしさを兼ね備えた衣装だった。一紗の衣装は同じものだが色が蒼い。生まれが違うのか、やはり美鳳の方が映えて見える。一紗はそのことを多少気にしているようだ。美鳳はそんな心情を察して一紗の手を取って微笑んだ。
「似合ってますよ」
「ハッ! 嫌味にしか聞こえねーな。ゴミ溜めで生きてきた俺とお姫様じゃ全然違うわ」
「本心から褒めているのですが」
美鳳の言う通り、対照的な色合いが青海と太陽のようで並べば見目麗しかった。
一紗は照れるように視線を外した。
「もうすぐ出番です。村の皆さんを楽しませましょう」
「練習一回で本番とはな」
「初見で私の舞踊を模倣したじゃないですか。十分披露できる水準です」
「まぁ、他人の技を模倣してでも奪わなければ生き残れない環境にあったからな……」
話している間に龍宝の演武が終わり、幕が下りると一紗と美鳳を中央に立ち、そして楽器担当の貴従兵二名が舞台の端に鎮座する。左の貴従兵が笛を、右は三弦を手に携えている。
幕が上がったのを合図に貴従兵が三弦と笛を奏で始めた。
楽器の音色に合わせて扇子を片手に舞い踊る。舞踊を嗜んでいる美鳳はもとより、一紗も持ち前の運動神経でキレのある動きで舞い続ける。
艶やかな衣装を着飾った美少女が舞う様に観客は釘付けとなった。
「おお美しい……」
「心が洗われるようじゃ……」
観客となった村人達は感涙にむせ位でいる者さえいた。
踊りの完成度もさることながら、二人の動きがシンクロしていた。一紗の模倣能力が高いこともあるが、美鳳が一紗の息に合わせているために踊りやすかったというのが正しい。
最後は扇子を広げた状態でポーズをとって舞踊は終了した。
観客の拍手が周囲に響き渡る。
一紗と美鳳は手を合わせてお辞儀をすると、舞台の裏に引っ込んだ。
「良いもん見せてもらったなぁ」
「ええ。こんな素晴らしい舞台は都会に行かなければ見ることはかなわないはずなのに」
「よーし! 俺やる気がわいてきたぞ!」
昨日まであった陰鬱とした雰囲気は吹き飛んだようだ。
企画は大成功といっていいだろう。
舞台を降りた美鳳に龍宝が駆け寄ってくる。
「美鳳様、流石でしたね。娯楽で民の心を癒すなんて」
「コレは一紗の発案ですよ」
「えっ!? あの惡姫が!?」
そんな馬鹿なと口をあんぐりさせる龍宝がおかしくて美鳳はクスクスと笑った。笑顔の彼女の元に仮面をつけた少女達が数人、音をたてずにやってきた。跪いて美鳳に何かの封書を手渡す。感謝の意を伝えた後、美鳳は彼女達を次の町に向かわせた。
傍盾人として、女達の存在を不審に思った一紗が尋ねる。
「今の女共は何だ?」
「あれは隠密部隊《顔無》ですよ。情報収集が彼女達の仕事です。先んじて私達の進路に派遣し、町娘や芸者に扮して情報を探らせています」
「先遣隊ってあの《顔無》のことだったのか。でも何で〝かおなし〟なんだ? 面を被っているからか?」
「それも理由の一つですが、彼女達は自分の顔や経歴そのものを消したいんですよ。全員が戦災孤児や商品として売られた娘達ですから」
「――っ!?」
それは別段珍しくないことだというのは一紗自身が経験から分かっていた。今の紅華帝国では内戦で親を失ったり、盗賊に攫われたり 、貧しささから親に売られるのはありふれた日常だった。一紗は強さを磨いて辛うじて命と貞操は守れてきたが、《顔無》に属する彼女達は自身の顔ごと過去を消し去りたい程の酷い目にあったのだろう。
「アイツら、何で隠密部隊になんてなったんだ?」
「彼女達の希望です。私に恩義を感じてくれているようで、まだ私が【愁国】の領主だった頃から私の力になろうと隠密として修練していました。私が【愁国】から落ち延びた時もお世話になりました」
兄・鎧兜に政権を奪われ捕えられていた私を助け、逃がしのも彼女達だったという。以来、美鳳のために情報収集と敵対する危険人物の暗殺までこなしているという。
「そんな奴らがいるなら何で俺を雇ったんだ? 《顔無》に守らせればいいだろ」
「彼女達はあくまで隠密なので、直接的な戦闘能力そのものは高くないのです。例えば《顔無》全員で正面から龍宝や貴女にぶつかれば秒殺されるでしょうね」
「ふ~ん……」
「けれど情報収集能力は折り紙付きですよ。今回も彼女達のおかげで先手を打てます。もしかしたら戦闘になるかもしれないので、貴女は英気を養ってください」
「――? まぁもともと休むつもりだったが……」
疑問に思いながらも深くは追求せず美鳳と別れることにした。
一紗は屋根に寝ながら村を見下ろす。まだ先程の舞台の話でもちきりのようだ。
少し表情が綻ぶが美鳳が言った言葉が心に蘇ってきた。
『このお祭り騒ぎも一時だけですよ』
「一時だけか。確かにな。何とか子供だけでも長く楽しめる娯楽があればいいんだが……。俺達がいなくなってもできる遊びか……っ! アレがあったな」
一紗は日のある内に材料を集めて、夜遅くまで〝あるモノ〟を作り続けた。
龍宝は、一紗にはまだ美鳳の護衛を任せきれまいと寝ずの見張りをしていた。
すると、夜も更けた頃に鋸でギコギコ切る音や、金槌をカンカンと叩く音が響いてきた。
不振がった龍宝は音が聞こえてきた客間に向かう。そこは一紗が寝ている部屋のはずだった。部屋の前まで来ると一層大きな音になったため襖をそっと開けて覗く。
「惡姫の奴、夜に何をやっているんだ?」
目に見えたのは一紗が刃物を使って何かを作っている光景だった。龍宝は唾を呑みこみその姿を凝視する。不気味な笑みを携えて一心不乱に刃物で何かを創作する少女の姿に狂気を感じた。そして彼女の足元に転がる小槌と槍が合体したような物体を見つけて眉を顰める。
(あれは一体なんだ? 何かの武器か? なんて凶悪な形状なんだ……)
「よしっ! これくらいで……って誰だ!?」
気配を感じた一紗は刃物を投擲した。
「まずいっ!」
刃物を間一髪で躱した龍宝はすぐにその場を離れた。
「確かに誰かがいた気配がしたんだが……勘が鈍ったか? ふぁ~……夜も更けたしなぁ。もう少し作業したら寝るとするか」
一紗は再び作業に戻った。
――チュンチュン。
美鳳は小鳥の囀りで目を覚ます。
「良い朝ですね……ひっ!」
部屋の隅で龍宝が目に隈を作って亡霊のように佇んでいた。
寝起きの主に見せる顔ではない。
「龍宝、私を守ってくれるのは嬉しいですが、ちゃんと寝てください。昨日も一昨日もまともに寝ていないでしょう?」
「惡姫がいつ美鳳様の寝首を掻くか分かりませんから」
「またそんなこと言って……。昨日の一紗の行いを見たでしょう。民のために舞踊を――」
「いいえ! やはり奴は危険ですよ! 昨日も夜な夜な暗器のようなものを作っていたのですから!」
「暗器? 何を馬鹿な……んあ~」
眠気の残る美鳳は洗顔のために井戸の方へ行ってしまった。
「美鳳様は危機感を抱いておられないご様子。俺がしっかりしなければっ!」
女子の美鳳に四六時中くっつくのは憚られるので彼女の護衛は部下達に交代で任せて、龍宝は一紗の後をつける。昨日作ったものを何に使うかその目で確認するためである。
早起きしていた一紗は何やら子供達を空き地に集めていた。
その手に握られているのは昨日見た物体だった。しかし昨夜見た者と形状が微妙に違っている。
(昨晩見た形状に鉄球が付いている!? 殺る気満々じゃないか!)
一紗は持ってきた箱の中から同じものを大量に取り出した。
「量産済みだと!? あんなに短時間で大量の暗器を作るとはっ! 恐ろしい奴め!」
龍宝の勘違いスパイラルが加速する。
「それじゃあ、ガキ共。一人一つもっとけ」
「うん、姉ちゃん、何に使うの?」
「教えてやるよ、コイツはな……」
草葉の陰に隠れていた龍宝が飛び出した。
「惡姫! 幼気な子供達に何を教えようと……」
偃月刀を片手に飛び出した龍宝は拍子抜けした。一紗がその道具の玉を乗せて遊び始めたからである。
「よっ、ほい、そらっ」
「お姉ちゃんすごーいっ!」
「これは剣玉と言ってな。俺の故郷の子供が遊ぶ道具だ。尖った部分が剣先、槌の右が大皿、左が小皿、持ち手の下部分の凹んだ所が中皿といってな、それらに上手く玉を乗せればいい」
一紗は慣れた手つきで剣先に玉を乗せた。
「うまい奴は歌に合わせて色んなところに乗せる。暇つぶしにはなるだろ? やってみな」
「「うんっ!」」
コツが掴めない子供達に一紗がやり方を教える。指導する様を見て阿呆のように口を開ける龍宝。そんな彼を見つけた美鳳は、一紗の様子と交互に眺め、全てを察しお腹を抱えて笑いだした。
「あはははは! くすくすくす……、龍宝、貴方が言っていた暗器は子供の児戯道具じゃないですか! ふふふ、それを暗器などと……」
「笑うことないじゃないですかぁー! うわーん!」
美鳳も笑いすぎたのを反省したが、龍宝はしばらく姿を消してしまった。
身を隠している間、彼は睡眠不足を解消するように惰眠を貪れたので却ってよかったかもしれない。
一紗は見た目だけは美しいので舞踊は絵になったことでしょう。
龍宝君は気を張りすぎですね。




