最後の頭領
混・ 貫信の行方を追う一紗達。
最後の頭領との戦いに向かうお話です。
今や皇族排斥派は風前の灯火である。
《天睛臥龍》を率いていた六頭領の内、四人が紅・赦鶯に帰順した。
また、とりわけ反発心が強かった它・締瓏は戦死した。後に当主代理となった《它家》の者もすぐに皇子への忠誠を誓った。前当主である締瓏に嫌々従っていたというのもあるが、彼らとしても皇子に反逆するより恭順を示すことで早く《它家》をまとめる方に舵を取ったのだ。
これにより、元々皇族主流派だった《禽家》《範家》《鞏家》を含めると《巫族》名門九家の内、八家が皇族主流派にまとまったということだ。
しかし、内乱がほぼ終息を見た現状でも【宍国】の人間は緊張を解こうとしなかった。
「皇族排斥派は残り一頭領。勝ったも同然じゃないの?」
「その一人が問題サ。〈杜族〉のアンタは知らなくても無理ねぇが、あの爺サンはアタイら頭領の中でも別格。次の手を間違えればアタイ達が窮地に立つかもしれん」
「そういや元《軍龍武臣》の師団長だったって言ってたっけ?」
「正確には先々代から仕えてる。オレは十三の時に師団長になったが、その頃の師団長たちと比較しても抜きん出てた。結局オレは三番手だったなぁ」
懐かしそうに回想に耽る雲讐の隣で神覧が懐から書物を取りだした。
「混・ 貫信は【宍国】に貢献した人物として教科書にも載っています。幻龍こそ使役できませんでしたが、実力は幻龍使いと比べても引けを取りません」
「俺が外国で修業してた時にもその名を各地で聞いた。実戦経験と実績ではここにいる誰よりも抜きん出て……おっとアンタがいたな」
慧刃は範・守隆に気づいて言葉を中断した。彼は貫信と同年代であり、共に《軍龍武臣》の団長を務めていたのだ。
「懐かしいですなぁ。『〝陸の貫信〟〝空の守隆〟二人いれば【宍国】は不落』、と言われたものです。……しかしそれも今や昔の話。時代についていけない老人は新時代の邪魔になるだけ。私の手で引導を渡してやりましょう」
彼は大義のために旧知の友人を葬る決意をしたのである。言葉は穏やかだが尋常じゃない殺気が老体から迸っていた。例え国の功労者であっても道を違えば非情に接しなければならない。赦鶯も領主として腹を決めた。
「国を守るためには致し方ないか。彼の説得に拘って領民を危険に晒すことはできまい。速やかに頭領を討ち、《混家》には降伏いただこう」
主君の言葉に大きく頷く臣下達。最後の頭領と戦うべく【宍国】は一丸となったのだ。
彼らが士気を上げたところで、空気を読んで黙していた龍宝が口を開いた。
「盛り上がっているところ悪いが、兵力の一部は州都【龍閣】へ戻した方がよいと思う」
「龍宝の言う通りですね。相手が州都を奪い、盟主を自称することも考えられます。或いは部下に襲わせるとか……。今州都は手薄のはず。狙われれば簡単に落ちますよ」
龍宝と美鳳の進言に【宍国】の将兵達は悩んだ。敵将を討つのは国を安定させるためだ。敵将を討つために国を危険に晒していいはずはないのである。
「《軍龍武臣》は元々『州都を守る最高戦力』。キミ達は【龍閣】に戻ってくれ」
「殿下、お、おおお俺だって、デデデ殿下のために闘えます! 留守番なんて!」
「硬角、気持ちは分かるが聞き分けろ。これも殿下の命令だ」
「でも恐否団長!」
「硬角くん! 私達の役目は州都を守ることだよ!」
「そうそう、仕方ないよー。留守番も大事な仕事。私の翼禽竜でひとっ飛びさー」
「だが、外国人と元敵方の連中の中に殿下一人を残してはおけん。最低でも二人は残すべきだ。州都防衛なら五師団あれば十分だろ」
そう言う頑塞は二人の団長を推薦した。一人は敵をよく知り、実力もある守隆。二人目は皇子の傍盾人でもある凛透だった。
「守隆さんは分かりますが、なぜ私が?」
「傍盾人だから適任だろ。州都防衛の水軍は俺がいれば足りる。だからお前は殿下を守れ」
「頑塞殿……ですが、私は――」
「……妖混流だからと疑って悪かった。お前の忠誠心は見事だった。そういうわけだから後は頼んだぜ」
謝罪に慣れていない彼は照れくさくなったらしく無理やり会話を打ち切って部屋を出て行ってしまう。慌てて他の団長達が追いかけていった。
何はともあれ州都防衛はあの五師団長がいれば問題ないだろう。
残った愁国組と四頭領、二師団長は赦鶯を中心に『混・ 貫信』討伐作戦の議論に入った。
「老兵とはいえ油断ならない。だがこの戦力なら一人の犠牲も出さずに戦えるはずだ」
「簡単に言ってくれるぜ、殿下。あの爺さんの全盛期は半端なかったんだぞ?」
「クケケケ、それだけアタイらを買ってくれてんだ。今度がアタイらが忠臣足りえるか証明しなきゃならねーしな!」
「皇族主流派に合流するために申し分ない戦果となりましょう」
「相手にとって不足なし。ようやく俺の〝暴喰龍〟の出番ができる」
慧刃は鞘に納まった刀を握り武者震いを立てていた。
「【宍国】ってのは血の気が多い連中ばっかりだなァ。だがよ、まずは相手を探すのが先なんじゃねーの? 元排斥派、てめぇら心当たりぐらいあるだろ? 戦力よりもまずは情報面で役に立ちやがれ」
「なんだよ、覇兇拳。お前も一度主君に背いただろ? 元謀反人同士、仲良くしようぜ」
「勝手に仲間認定してんじゃねェ! ブッコロスぞ!!」
「お? やんのか? オレの封陣拳だって覇兇拳に敗けてねぇぞ?」
「おやめなさいな、まったく」
喧嘩仲裁を兼ねて神覧が思い当たる節を打ち明けてきた。
「私達に心当たりがあるとするなら【融仂】です。あそこは皇族排斥派第二の拠点。ここ【妖還】が落ちた際に利用する後衛地でした」
「ああ。アタイら妖混流の中でも最古の訓練場があるし、《混家》が支配する町だ。他よりは潜伏の可能性があんだろ」
他に相応しい候補もないため一向は【融仂】に向かった。
州都【龍閣】よりは近いがそれでも移動まで時間がかかる。なるべく時間を短縮すべく、移動手段は龍を使った。赦鶯は傍盾人の凛透と四頭領達を連れて白龍に乗り、愁国組は守隆の操る剛飛龍に乗せてもらうことになった。
道中話すのはもっぱら敵の話題である。
「相手は頭領、場所は妖混流発祥の地。【融仂】の住民全てが敵に回るかもしれない。みんな、心してくれ」
「無血開城が望ましいが、抵抗するなら戦いになるかもな。またいつものパターンだ」
「一紗は戦いは得意でしょう? 交渉なら私に任せてください。私達が時間を稼いでるうちに兄上達が頭領を討てば町民の抵抗も止むでしょう」
町の地理に詳しい《天睛臥龍》頭領達がこちら側にいるので、仮に籠城戦攻略となっても対処しやすいだろう。皇族主流派が俄然有利は揺るがない。だからこそ【愁国】のメンバーは老兵が頑なに抵抗を続ける理由が分からなかった。
「ねぇ、あの老人はなんで赦鶯のこと嫌ってるの? ちょっと異常じゃない? 損得勘定で見ても義理で動いても龍を扱える赦鶯につくでしょ、普通……」
「殿下ってより、皇族を嫌ってるぜ。根っからの皇族排斥派だ。名ばかりだった《天睛臥龍》復活させたのも爺さんだし、厳謹のときも最初は認めなかったしな」
「イェンジン? 聞いたことあるな。誰だっけ?」
「先代領主だよ。僕ら兄妹の伯父上にあたる。知っての通り皇位継承戦に敗れてしまったわけだけど、とても人格者だったと聞くよ。僕が領主に就くまで彼の重臣たちが領主を代行して【宍国】を守っていたぐらいだからね」
その重臣の一人が今は敵対する混・ 貫信なのである。しかし雲讐は「先代・厳謹も最初は認めなかった」と言った。つまり元々は違う人物に忠誠を誓っていたということになる。
「貫信は今も昔も変わりませんよ。奴が真の意味で忠義を貫く人物はただ一人、紅・舞龍様だけなのです。厳謹様に仕えたのは舞龍様への義理立て故……」
若人たちの疑問を推察した守隆が遥か彼方を見通しながら呟いた。
美鳳が補足するように相槌を打つ。
「四代目候補だった人物ですね。他民族の血を引く私ですら聞いたことがあります。あまりに優秀だったために『女子にも皇位継承権を与えるべし』と論争になったらしいですね。その下地があった故に五代目皇位継承戦時には女子の権利も認められた、と」
「でもその人が補佐した四代目の時代に帝国は弱体化したって前に俺に話したじゃねーか」
「天才でも暗君は御しきれません。アホに帝位を与えたのが間違いなのです。祖父は三文安かつ権力を傘に着た勘違い野郎だったらしいですよ」
実の祖父でも容赦ない人物評価であるが、美鳳が断言するということは事実なのだろう。掘り起こせば屑エピソードが出てきそうであるが、興味はそそられない。
今重要なのは四代目ではなく、四代目の補佐を務めた才女・舞龍についてだ。
「そんなに慕ってたのなら舞龍って人に説得頼めないの?」
「不可能ですよ、蕾華様。彼女はもういませんから」
「亡くなったのか? 確かに生きていれば婆ちゃんだろうし――」
「いえ、彼女は行方不明なのです。今日に至るまで。弟の無能ぶりに嫌気がさして蒸発などと世間では騒がれていましたが……真実は如何ほどか。ですが、奴は未だに主君の帰りを待っているのかもしれないですな」
「オイオイ、いもしねェ人間に頼るのはどうかと思うぜ。今の時代の厄介ごとをどうにかすんのはそこにいる人間だけだろォ?」
「鎧兜、良いこと言うなぁ。確かにそうだ! 俺達の手で止めねーと!」
(姉御に褒められた……)
会話の波に乗り遅れている龍宝はわざとらしく咳払いして自分の存在をアピールする。
そして軍人的見解から懸念を述べた。
「しかし、一人で我々に抵抗を続けるというなら何か隠し玉があるのではないか? 赦鶯殿は何かご存じないですか?」
「僕はあまり彼に詳しくない。《天睛臥龍》の頭領達の方が余程詳しいと思うけど」
話を振られた頭領達は必死に過去に記憶を辿った。
「そういえば、彼は〝秘密兵器がある〟というようなことを示唆していたな」
「オレも聞いたぜ、それ。中身は明かしてこなかったが」
「ですが、あの口ぶりから言って相当強い切り札だと思いますね」
「アタイも詳しくは知らんが〝オウキ〟がどうとか呟いてんのを聞いたことあるぜ」
「皇鬼だと!?」
暗珠が口にした言葉に守隆は冷や汗を流していた。唇まで真っ青になっている。古強者の彼がここまで怯えるのは珍しい。
「守隆、知ってることがあるなら皆に話してくれ。皇鬼とはなんだい?」
「殿下や若い世代の《巫族》が知らないのも無理はありません。知っているのは老いぼればかり。それも直接見た訳ではなく、口伝で年寄りから聞かされた話ですよ」
彼が伝え聞いた話では、皇鬼とは桁外れの氣を宿した鬼型妖魔の通称であり、〝傾国霊鬼〟〝崩界童子〟等、様々な名称で呼ばれていた災神妖魔なのだという。
かつては欲望のままに世界を荒らし回っており、人々は天災として恐れていたという。
「遥か昔、【宍国】に現れたその鬼を当時の族長と麾下の《軍龍武臣》団長達がようやく封印しました。当時は今と違って師団長全員が本物の幻龍使いでした。その力をもってしても封印するのがやっと――鬼の強さは推して知るべしです」
「僕は城の書庫にある本は一通り読んでいるが、そんな伝説は知らないよ?」
「おい守隆さん本当なのか? オレも知らねぇぜ?」
「知らなくて当然です。この伝説は私や貫信が若い頃に秘匿されることになりましたから」
「秘匿? 何故隠したのです?」
「私達が師団長として若手だった頃、鬼の封印を破り、帝都に攻め入ろうと考えた者がいました。不幸中の幸いにも封印は完全に解けていませんでしたが、それでも師団長が何人も戦死し、舞龍殿下と私と貫信でようやく再封印したのです」
その苦い経験から皇鬼は人間に御しきれるものではないと痛感したのだ。封じられた鬼の存在を明かせば、無思慮の者が封印を解こうとするかもしれない。それ故に国家機密として鬼の存在を隠し、忘却させる方針をとった。存在を知らなければ鬼の封印地に足を踏み入れる者はいない。不用意に解ける程やわな封印ではないのだ。
当時から伝説として年寄りが知るだけだったので緘口令が敷かれたことで鬼の存在を知る者はどんどん減っていったのである。
「待てよ。そんなやっべー鬼が復活なんてしちまったら……」
「うん、僕達で倒すことはまず不可能だね」
珍しく守隆の顔色から恐怖が見てとれる。彼の脳裏に焼き付くのは自分の先輩に当たる他師団長が次々と命を落としていった絶望の情景だった。
「――殿下、念のため封印術に長けた氣巧術士を集めるよう戒厳令を出していただきたい」
赦鶯は深刻な顔で頷くと、文による指示を国中に行った。
その間、守隆は背後に乗る一紗達に声をかける。
「【愁国】の方々は退き返してください。外国の問題に命を散らす必要はありません」
「死ぬ前提かよ!? そんなこと言ったって帰らねーぞ。ここまできたら一蓮托生だ」
「一紗に同意です。どの道鬼が復活してしまったら地理的に近い【愁国】も他人事では済みませんし……。封印術なら私も出番もありそうです」
「そうそう。私達がいた方が勝率があがるってもんでしょ? 龍宝と鎧兜も残るわよね?」
「勿論。姫様が残るのに貴従兵の俺が残らん道理はない」
「伝説の鬼に覇兇拳が通じるか、試すのも悪くねェ」
「つーわけだ。もう少し同盟国を頼れよな。いいだろ、赦鶯?」
「感謝するよ。――それにしても鬼の恐ろしさを知る彼がなぜ封印を解こうなどと……」
「長年の研鑽の末、制御できる見通しでも立ったか、耄碌したかのどちらかでしょう」
一向はさらに速度を上げて【融仂】へと飛んで行く。
彼らは一様に鬼の封印が解けていないことを祈っていた。
――しかし既に鬼の封印は半分が解けていた。
この複雑な封印式をかけたのは若かりし頃の貫信本人なのだ。だからこそ解き方も理解していた。そして守隆の推測通り、彼は鬼を制御する術を編み出していた。その効果はしっかりと出ており、封印が半解した皇鬼は大人しく呼吸するのみである。
家程の大きさの顔と目を合わせる貫信は自嘲気味に笑う。
「皇鬼よ、儂を覚えておるか? 自身を封じた男が今度は封印を解こうとするというのは滑稽に映るやもしれんな。じゃが、悲願を達するためには貴様が必要なのだ」
皇鬼の顔には深い爪痕が残っていた。老兵はその傷跡をつけた美しい姫君の姿を想起する。
勇敢で威風堂々とした姫。老いて尚、彼女との思い出は昨日のことのように思い出せた。
《軍龍武臣》の五師団長は州都防衛のために帰還します。
全戦力集中は手薄なところを狙われれば終わりですから。
【寥国】は手薄箇所を狙われて【愁国】に侵攻された訳ですし。
貫信を追うのは赦鶯と師団長の守隆、凛透
《天睛臥龍》の四頭領
雲讐、暗珠、慧刃、神覧と愁国組です。
混・ 貫信の目的は皇鬼=〝傾国霊鬼〟/〝崩界童子〟の封印解除でした。
次回は彼の若かりし頃のお話です。
〝崩界童子〟の顔面に傷を残した伝説の才女、紅・舞龍様も登場します。




