皇族主流派に潜む内通者
裏切者は存在するのか? いるとすれば誰なのか?
疑心暗鬼が目的か……それとも?
一方、皇族主流派は別室で内通者の存在について話し合っていた。締瓏のたった一言が皇族主流派に影を落としていたのである。
皇子に性別の秘密がある以上、情報漏洩は最も避けなければならないのだ。
「《天睛臥龍》が言った内通者の話だが皇族主流派としてはどう思うんだ?」
一紗が切り出すと恐否が即答した。
「俺は仲間を疑いたくはねぇ。連中が俺達を疑心暗鬼にさせる戯言だと思うぜ」
「恐否くんに同意です。父上はそんな汚い手を使いませんが、《它家》頭領は奸計を得意としていますし。出まかせでしょう」
「いや、俺はそうは思わん。前々から情報の漏洩を疑っていた。良い機会だ。疑わしきは全て追求し懸念を取り掃うべきだろう」
反対意見を述べたのは侃・頑塞だ。疑り深い彼は今こそ徹底討論すべきと訴えた。
「おおお、俺は、ち、ちち違いますから! 一般家系から取り立ててもらえた義理がありますし、第一内通なんて器用な真似できません! ハイ!」
「硬角君が裏切者だったら面白いけどね。推理モノだと一番無害そうな奴が真犯人なんだよ」
「羽飛団長! やめてくださいよ! この重い空気がもう耐えられないんですから!」
茶化す羽飛も内心の不安を隠しているようだった。
師団長たちに満ちる不穏な空気を察して赦鶯が口を開く。
「正直な話。僕も情報漏洩を疑ったことはある。けどもしかすると悪意はないのかもしれない。または脅されて内通者にされた者もいるかもしれない」
「兄上も情報が漏れていたと確信する出来事があったのですか?」
「ああ。大将として不安は隠してたけどね。この前の【妖還】訪問や【荒途】奇襲の件も相手側に漏れていたから」
「少なくとも俺達【愁国】は関係ねェぜ。姉御の嫁入りだの同盟の話が出たのは最近だしな」
「事前に準備していたのだろう、と指摘されれば弁明は難しいが、俺個人としてはもっと前から情報漏洩があったのではないか、と思うが……」
鎧兜と龍宝の釈明に【宍国】の人間は誰も突っ込まなかった。皆、【愁国】の人間は関係ないということは頭で理解しているのだ。しかしそうなれば内通者は自国の人間に限られてしまう。
「守隆、最古参の団長で先代から仕えていた貴方の意見を聞きたい」
「かしこまりました、殿下。僭越ながら我ら皇族主流派の中に裏切者がいるのは確実かと。それも殿下に近い立場の人間です」
老兵の一言に部屋の空気がいっそう張り詰めた。
単なる裏切者ではない。皇子に近い立場の人間が怪しいと明言したのだ。
「守隆さん、部外者の私が言うのもなんですが、なぜそこまで絞れるのですか?」
「単純なことですよ、美鳳殿下。漏れた情報は機密事項ばかり。そこら辺の下仕えでは知る由もないもの。故に《軍龍武臣》や側近のような近い人物しか知りようがないのです」
「オイ、一人だけ候補者がいるじゃないか。側近で《軍龍武臣》団長の奴が」
頑塞は一人の団長を睨む。同時に皆の視線が〝彼女〟に集まった。
《龍尾師団》団長、它・凛透である。
「凛透、同じ水軍出身として疑いたくねーが、状況証拠的にお前が最も怪しい。お前は元々妖混流だしな。伯父の密命でも受けてるんじゃないか?」
「そのようなことは決して! 天と神龍に誓ってありえません! 最早家元とは袂を分かっています! 私は殿下に忠誠を捧げているのです!」
「その忠誠も怪しいもんだ……」
凛透が内通者ではないことは赦鶯と守隆、そして一紗達には分かっていた。彼女が内通者であるならば「皇子は女である」という決定的な秘密が漏れているはずだ。そうなれば皇族排斥派は絶対に批判材料に使っているはずである。
(赦鶯の秘密をここで暴露すれば別の問題が生じる。だから凛透サンは不名誉でも耐えているんだ……)
――その時、ドンッと大きな音が部屋に響いた。
恐否が背後の壁を殴ったのだ。
「つまんねーこと言ってんじゃねー! 俺達が揉めればそれこそ敵の思う壺だ! 凛透が内通者なら殿下を殺れる隙は沢山あった筈! 目が曇ってるぞ頑塞!」
「そうですよ! 《它家》出身の彼を疑うなら私だって妖装流の《嵌家》出身です!」
「この老兵も《天睛臥龍》の貫信と雲讐とは知己。共に先代に仕えた同僚です。内通者と疑われてもおかしくはありませぬが?」
師団長三名から諫められたことで頑塞は押し黙った。硬角と羽飛は仲裁しようとハラハラしている。
一先ず空中分解は避けられたが、内通者暗躍疑惑が払拭できた訳ではない。寧ろ犯人候補を失ったことで益々頭を抱えることになった。
「なぁ……赦鶯、部外者が首突っ込む問題じゃねーかもしれんが、俺達【愁国】なら怪しい人間を客観的に判断できるかもしれない」
「そうですね。私も兄上以外は血縁もありませんし、《軍龍武臣》の方には義理もありません。公平な判断ができるかと。取りあえず情報漏洩の件を詳しく教えてもらえますか?」
「分かったよ。キミ達の判断を仰ごう」
赦鶯の話によると、情報漏洩は以前にもあったという。同民族で派閥割れしているために誰が味方で誰が敵か判断がつかなかった。そこで徹底的な身辺調査を行ってスパイ行為を行ったものは逮捕した。加えて情報管理を徹底して外部に秘密が漏れない環境を整えたのだ。
ところが、数年前から皇族排斥派に対する政策が漏れて後手に回ることが頻発したのだ。
【龍閣】と【廣廛】以外の町で皇族の影響力がなくなったのもそのためだった。
「赦鶯が違和感を覚えたのは具体的にいつからなんだ?」
「うーん……いつだっただろう。半年、いや一年―――」
「二年前ですよ。殿下に相談を受けたのを覚えております」
そう答えたのは凛透である。また守隆も深く頷いていた。
「間違いございません。私が内通者を疑った時期とも被りますし」
時期を特定できたが師団長たちの疑惑は依然残ったままだ。
そこで利害関係の無い美鳳が核心に迫る揺さぶりをかける。
「師団長の中で二年前に不自然な動きを見せた方はいませんか?」
「僕の知る限りはない。凛透と俐竪が団長に就任したのはそれより前だし、最近団長に昇格した硬角は一年前だし……いや、待て。一人、二年前に就任した者がいたね」
「あー……それ私だねっ! ちょうど『妖魔対戦』優勝して勧誘受けた年だし。うーん、私の無実を証明する手立てはないなぁ。うぅ……疑われるのって相当緊張するね」
「羽飛殿はシロです。私が真っ先に内通を疑いました故。徹底的に調べ上げました。二十四時間体制で監視を続けましたが怪しい点はありませんでした」
守隆の監視の事実に驚きつつも無実が明かされて安堵する羽飛。同じ空軍として監視しやすかったのだろう。残る恐否と頑塞も忠臣としてスパイを捕縛し続けた実績と命懸けで赦鶯を守った功績があったため早々に疑いが晴れることになった。
結局全員が限りなくシロに近い状態なのだ。話を聞きながら思慮していた美鳳が心に沸いた疑問を呟いた。
「犯人が《軍龍武臣》とは限らないのでは?」
「「え?」」
「聞く限り《軍龍武臣》に兄上を裏切る動機がありません。それにただ情報を流すだけなら師団長でなくとも可能なはず……」
「……そうだ! 美鳳の言葉で合点が入った!俺に一人だけ心当たりがある!」
一紗の心にはとある人物の顔が浮かんでいた。なぜ内通していたのか動機は分からないが、非常に怪しい点があったからである。
呼び出されたのは赦鶯の側室の二人。
いつも小五月蠅い乃梅とその諫め役だった温優である。
入室した二人の少女に軍人達から殺気の籠った視線が送られる。
「あ、あの……殿下。私達に何か御用でしょうか?」
「夜伽以外ではお役に立てませんが……」
流石に二人共恐縮しているようだ。国の最高戦力と外国の武将に睨まれれば委縮してしまうのも無理はなかった。
「単刀直入に聴こう。キミ達の内通を疑っているんだ」
いつもの優しい雰囲気が消失し、王者としての貫禄を見せる赦鶯を前に、二人は震えながら抱き合い弁明の言葉を口にする。
「そんな、滅相もありません! 私達は殿下に貞操と人生を捧げた身です!」
「決して恐れ多きことなど! 一体誰がそのような悪評をばら撒いたのですか!?」
「俺だ、乃梅。悪いな」
「一紗!? たしかに意地悪もしたけれど、少し嫉妬が混ざっていたことだもん! ここまで仕返しするなんて……ひっく……酷いわ。……あんまりよ」
「俺が疑ってるのは乃梅、お前じゃない。内通者だと判断したのは温優、お前の方だよ」
指摘された温優は呆然と立ち尽くしていた。
乃梅は泣くことも忘れて親友に視線を送る。信じられないと言った驚愕の眼だった。
「何かの間違い……です」
「そうよ! この子は蟲も殺せない無害な子! 氣巧術だって全然できないのよ!」
必死に友人を庇う乃梅を無視して一紗は赦鶯に質問を投げかける。
「赦鶯、寝物語に政策情報を彼女に話したことは?」
「……あったね。ただ情報管理を徹底してからはないはずだよ」
「質問を変えるが、側室に会話を盗み聞きされる隙はあったか?」
「うっ! 改めてそう問われると……自信ないね」
疑心が満ちてきた《軍龍武臣》の団長達は殺気立っている。
そんな中でも乃梅は震えながらも友人を庇った。
「寝物語に政策を聞いたことは私もあります! 殿下の会話を盗み聞きしたことだって! 側室なら誰でも機会はありました! なぜこの子を疑うのですか!?」
「乃梅、友人を庇いたい気持ちは分かる。だが彼女が特に怪しいと思ったことがあった」
「このッ惡・惡・惡・惡・惡・惡――姫ッ! 何なのよ!? 言ってみなさいよ!!」
「温優が側室入りしたのは二年前だ。この城に入る時に俺に言ったよな? ちょうど情報漏洩を疑いだした頃と時期が重なる」
「そんなの……偶然よ」
「極め付けはもう一つ。初対面で温優だけが俺を惡姫だと看破した。他の側室は誰も知らなかったのに……」
「うん、確かに。だから乃梅はビビって漏らしたわけだしね。私が《杜族》なのは見た目から推測できるけれど一紗さまが惡姫なのは事前情報が無いと判断できないはず」
「兄上、温優さんに惡姫が嫁入りすると話しましたか?」
「いや。外国の姫が正妻になるかもしれない、としか。真実を話せば側室が委縮すると思ったし、正体を明かすかは一紗の判断に任せることにしたんだ。当然これも機密事項だから《軍龍武臣》含め一部の忠臣しか知らないはずだよ」
情報漏洩の時期と側室入りした時期の一致。政務政策を知りうる立場にあった事実。知らないはずの情報を知っていたこと。一人の少女を疑うに足る十分な根拠だった。
師団長たちが腰を上げようとしたとき、温優が先に動いた。なんと友人であるはずの乃梅を人質にとったのだ。
「温優……どうして?」
「うるさいっ! 友達ゴッコはもう終わりよ! こうなれば力づくで皇子を殺す!」
懐から取り出した札を宙に投げて合掌すると、幾多の妖魔が出現した。徹底的に戦うつもりのようだ。乃梅は友人の知らない顔に言葉を失っていた。
「愚か者が! 側室如きが殿下に敵うとでも!?」
「殿下には調伏能力があります。多数の妖魔を召喚したところで――」
「妖混流‐秘術・〈多獣混合〉!!」
温優は召喚した妖魔全てを融合させて合成獣化させた。複数の意思を持つ合成獣は即効で調伏にはかからないらしい。赦鶯をして妖魔を押さえるのに苦労していた。愁国組も加勢するが、強い妖魔の集合体相手に苦戦を強いられる。
「使い手を殺れば! ――っと!? なんだこの硬さ、結界か!?」
「〈封印術・自籠封間〉。自分の術を封じる代わりに一定期間あらゆる敵の攻撃を防ぐ術よ。ちなみに妖装流から貸与された衣が術の効果をあげてるの。だから師団長でも簡単には壊せない」
事実師団長たちは封印結界破壊に苦労しているようだった。
また【愁国】の将たちと赦鶯は依然として合成獣相手に手間取っていた。
「温優、なんでこんなことするの? 殿下に恨みでもあるの?」
「そうよ、愚かで短慮なお姉さま。私は【宍国】に滅ぼされた【嚀国】の人間なのよ」
「嘘……貴女は移民の出身で貧しさで売られた所を殿下に救われたって話してたじゃない!」
「皇子に気に入られるように憐れな女を演じただけ! 私は元々【嚀国】の姫よ!」
聴き慣れない国名に一紗は首を傾げる。
「【嚀国】? 美鳳、どこなんだそれ」
「数年前に存在した小国です。確か【宍国】に戦を仕掛け、逆に併合されたと」
「返り討ちにしただけじゃん。赦鶯は悪くねーだろ」
「黙れ! 私の国が狂ったのは周囲の妖魔が暴れ出して襲ってきたからだ。呼応流の手引きがあったのが明らか! 工作員を逮捕し尋問すれば皇子の名も出たわ! 人為的妖魔強襲作戦は皇子の提案で始まったのだと! 知らないとは言わせない!」
「いや、まったく知らないが……何かの間違いじゃないのかい?」
「国中の妖魔を支配するなどお前の如き調伏能力以外できるはずがない! 私はお前に復讐するために! 《天睛臥龍》の教育を受け! 側室として潜りこんだんだ! ずっと待機命令されてたけどそれも今日で終わり! 領民の仇、私の手で討ってやる!」
温優は本気で殺意を向けているが、赦鶯に身に覚えがなかった。彼女がらすれば、【嚀国】は単に自国に侵攻してきた国という認識しかなかったのである。
「殿下、恐らく伯父上が関わっていると思います。【嚀国】攻略は伯父の担当でした。策略を巡らせ全てを殿下と呼応流の責任とし、使い勝手の良い復讐者として彼女を育てたのかと」
「やれやれキミと同じ血が流れているとは思えない程冷徹な男だ。言うなれば温優も【宍国】の内乱被害者でもある訳だね。皇子として責任を感じるよ」
赦鶯が手をかざすと暴れていた合成獣は急に苦しみだした。
そして数秒後には元の妖魔へと分離していく。多少時間はかかっても《巫族》の血を色濃く受け継いだ皇子にとっては即席合成獣を元に戻すことなど造作もなかった。
「馬鹿な!? 私の秘術が……!?」
同時に彼女の張った封印結界も師団長の手によって破られた。鍛えていたといっても元は非戦闘員。国の特級戦力を相手に単身で敵うはずもなかったのだ。
切り札が敗れ、猛者たちに囲まれた復讐者は己の最期を悟って力なく笑った。
「ははは……いいわ、殺しなさいよ。私の家族も戦争で死んだ。もう、誰も残っていない。ふっ……結局最後は正義が勝つんじゃなくて強い方が勝つのね」
悲劇の主人公に酔っていた温優の頬は盛大に叩かれた。
手を出したのは団長ではなく人質にされていた乃梅だった。
「おバカ! 側室として殿下と接してきたでしょう!? 殿下が貴女の国を狂わせるほど冷徹に見えた!? その片鱗を少しでも感じたの!? 貴女は誰かに利用されただけなのよ!」
自ら折檻しようとしていた師団長たちも鬼気迫る乃梅を前にタイミングを逸してしまったようだ。彼女は粗相をした妹分を叱りつけるように往復ビンタを御見舞いする。
流石に会話ができなかったので赦鶯はビンタを止めさせた。
「乃梅の言う通りだ。【嚀国】崩壊を手引きしたのは它・ 締瓏だろう。ただ……彼を管理下におけなかった僕にも責任の一端はあるが……」
「嘘だ! 私はあの方に―――あ、……ひぐぅ、苦しい……」
急に苦しみだす温優。その首筋には蛇の鱗に巻きつかれた痕がついていた。何かを察した凛透がその痕に手を添えて黒蛇の妖魔を引きずり出した。同時に温優の意識が飛ぶ。
暴れる小型妖魔の首を圧し折った凛透は深いため息をついた。
「これは〈秘術・混濁心操〉。妖魔を他者に封じて操る術です」
「では彼女に悪意はなく、ただ妖混流の誰かに洗脳されていただけなんだね?」
「いえ、今回は完全な洗脳ではないですね。この術式からみて彼女は憎悪と殺意を増幅させられていただけで殿下を恨む気持ちは本物でしょう。彼女が裏切れば体に封じた妖魔が命を奪うように仕掛けてありましたから」
首謀者の名前を漏らそうとしたために抹殺の暗示が働いたのだろう。いずれにしても目が覚めれば温優本人の憎悪によりまた暴れ出すことは想像に難くなかった。
「殿下の命を狙った大逆人。極刑が妥当だろう」
「待ってくれ、頑塞。彼女の故郷が迷走した責は僕にもある。処分は一旦保留とさせてほしい」
「……殿下がそう言うなら。だが牢には繋いでおく」
失神した温優は氣を封じる手錠をかけられ、羽飛と頑塞に連行されていく。乃梅も「心配だから」と同行を申し出て一緒に着いていった。
側室が裏切者だという事実、また它・締瓏の奸計を見抜けなかったことにショックを隠せない赦鶯は、彼女達の姿が見えなくなると大きく肩を落として己の無力を嘆いた。
「まさか、温優が間者だったなんて。僕がちゃんと気づいていれば……!」
「殿下、ご自分を責めないでください。これは全て伯父上の策略です」
「いいや、僕は自分が情けないよ。彼女の国が滅茶苦茶になる前に気づけたはずさ。こんな間抜けな話はないよ。領主失格だ。 こんな僕より相応しい主君がいるんじゃないのかな?」
「兄上……しっかりしてください。貴方を支持する者はこの国には沢山いますよ」
「そうだぜ殿下!」「殿下!」「弱気にならないで!」「俺達が支える!」
「みんな、ありがとう。……でも美鳳達がいなければ僕は皆の疑心さえ解くこともできなかった。それに僕が領主の座にしがみ付けば政争とは関係のないところで温優のような不幸な子を作ってしまう。……そう思うと、どうしても駄目なんだ」
赦鶯は床に腰を落として落ち込んでしまう。
母のため、領民のために強い領主であろうと気張って努めてきたが、自分のせいで不幸になった者が身近にいたという現実を突きつけられたことで緊張の糸が解けてしまったのだ。
白龍も服の隙間から悲しそうに赦鶯を見上げている。
(母上……僕は立派な皇子にはなれませんでした……。もう、貴女に合わせる顔がありません)
この状況こそが締瓏の意図したものだったのだ。温優が失敗しようが赦鶯に罪悪感と挫折感を味わわせることが出来る。人の心を踏みつける汚いやり口だった。
「「殿下……」」
いつも飄々としている社交的な皇子が臣下の前で弱音を吐く姿は見せたことはなかった。故に師団長たちもそれ以上慰めの言葉が見つからなかった。それは美鳳達兄妹も同じだった。
絶望の淵に堕ちた赦鶯を無理にでも次の会談に連れて行けば、今度こそ心理的に致命傷を負いかねない。しかしここで交渉を中断すれば今度こそ皇族排斥派に「赦鶯は領主の器でなし」と判断されかねなかった。
誰もがどうすればいいか分からず沈黙している中、一紗は迷いなく皇子に近づいて行ってその前に立った。
「赦鶯、たしかにお前は間接的に温優を不幸にしたのかもしれない」
「……一紗? そう……だよね、やはり僕なんか領主に相応しくは――」
「だけど、お前はそれ以上に人を幸せにしてきた。【龍閣】の人々は皆笑っていたぞ。《軍龍武臣》だってお前を慕ってるからここにいるんだ。そんな臣下の期待を裏切るつもりか?」
「……でも、一紗達がいなければ、内通者の正体にも気づかず――」
「その〝俺〟がここにいる理由は何だ!? お前と結婚するためだろうが!」
肩をがっしりと掴まれて叱りつける一紗の声は自静かな室内に大きく響いた。「きっと自分の不甲斐なさに失望したのだろう」と思っていた赦鶯は一紗の瞳を見て驚愕する。口調とは裏腹にとても優しい眼だったのだ。
「所詮は政略結婚だ。皇族排斥派と交渉するための前座だった。でも! 嘘でも結婚してもいいと思えるくらいにはお前は領主としての器を見せたんだ! 俺の信頼じゃ不服なのか!?」
赦鶯は現実を呑みこむため何度も瞬きをする。
その脳裏には一紗と過ごした日々が駆け巡っていた。
裏切者を看破した彼女が、自分を交渉の場へと連れてきてくれた彼女が、自分を領主足りうると太鼓判を押しているのだ。その事実に赦鶯は少しずつ自信を取り戻していく。
(そうだ。僕は何をやっていたのだろう。女の子にここまで言わせるなんて。これじゃあ……カッコイイ皇子さまにはなれないよね)
立ち上がろうとする彼女に一紗はそっと手を貸した。
「国がまとまれば、こんな悲しいことは二度と起きない。そのためにお前は内乱を終わらせる覚悟を決めたんじゃないのか?」
「あぁ……そうだね。皆ごめん。不甲斐ない所を見せてしまった。けど、もう一度頑張りたい。内乱を終わらせたい。不幸な人間を出さないためにも僕が名実ともに領主として【宍国】を導く! だからもう一度手を貸してくれるかい?」
「私は元よりそのつもりです」「もちろんだぜ!」「ええ!」「それでこそ【宍国】の主!」「つつ、ついていきます!」「ふふ、良い顔になったね~!」「殿下、ご立派になられて」
師団長たちは主君の立ち直りを喜び、歓迎している様子だった。
「その意気だ。応援してるぜ、赦鶯!」
一紗の見せた激励の笑顔に目を奪われる赦鶯。自分に向けられる笑顔が今まで見た女性の誰よりも可憐で力強く、また美しく映ったのである。
ドキリと胸の鼓動が高鳴った。
(なんて愛らしいのだろう……)
しかし今の赦鶯にはやるべきことがあった。
すぐに頭を振って《天睛臥龍》との再討論に向けて準備を整えるのだった。
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それはそれとして、凛透は忠臣ぶりが見える回でした。
主のためなら裏切者の不名誉にも耐えます。
主の秘密を明かせば自分の無実が証明できるのにそれが言えないという状況は彼女も歯がゆかったでしょう。
結局、内通者は側室ちゃんでした。
もう少し出番があればその分ヒントも散りばめたのですが、尺の都合――まぁ作者がポンコツだっただけですね。
※温優は外国人なので《巫族》ではありません。
それにしても乃梅は強い子ですねー。
相手が内通者だろうが、自分を人質にとろうがお構いなしです。
先輩でありお姉さまである以上、後輩の教育をします。
後輩の不始末は一緒に被ります。口は悪いですが良い子ですね。
今話は締瓏の策略で荒れるお話です。
内通者を潜ませたり相手の心を抉ったりと酷い奸計ですね。
そんな彼だからこそ【嚀国】を滅茶苦茶にできたとも言えます。
野生妖魔に国を襲わせ、呼応流と皇子に責任を被せ、復讐者を養殖する。
控えめに言ってクズですね。
彼に追い込まれた赦鶯は一紗の激励により復活します。
落ち込みから立ち直ったら恋に落ちていたって感じですね。




