【妖還】入場
一紗ら愁国側と皇族主流派は
祝言を口実とした妖還へと入っていきます。
冷戦相手の《天睛臥龍》はどう出るのでしょうか。
数日後、準備を整えた一紗らは皇族排斥派の最大拠点【妖還】の近くまで来ていた。
今までに見た中で一番荘厳な軍門が開かれて一団体ずつ入町が許可される。
最初に、新郎である皇子・赦鶯が《軍龍武臣》に護衛される形で入っていく。
久しぶりに見る【妖還】の街並みに赦鶯は自然と笑みを零した。
「町は変わらず盛況なようで何よりだね」
「油断大敵です。道を作っている兵士達は全員武装しておりますし、町民に混じって監視している者もおります。《天睛臥龍》の手の者でしょう」
「一応は敵地になるからね。大丈夫、白龍もいるし、二度目の油断はないよ」
懐に白龍を隠した赦鶯は正装に身を包んでいる。完全に男装スタイルに戻っており、彼女が女性であることを見極める者はいないだろう。
想定通り表立った敵対行動は見られず、無事に城の方へと通過することができた。
次に町への入国を許可されたのは祝言の主役、花嫁となる一紗、及び花嫁出身国である【愁国】の者達だ。豪華な馬車には領主である美鳳、主役の一紗、侍女役の蕾華が三人仲良く乗っていた。一紗は普段は見られない女性らしい雅な姫衣装である。
「眼福~! 一紗さま! と――っても似合ってるわよ!!」
「茶化すなよ。笑ってんだろ!」
「いえいえ、とても綺麗ですよ。貴女は見た目だけは美しいのですから」
「引っかかる物言いだな……」
馬車の左は龍宝、右は鎧兜が守護している。その他千名程度の貴従兵も同行していた。
一国の姫君の輿入れなので非常に仰々しかった。しかし、馬車内はそんな雰囲気はどこ吹く風でガールズトークに花を咲かせている。
「一紗さま、髪飾りも似合って――ってそれ赦鶯に貰ったヤツじゃないの!?」
「ああ。ケチがついちまったが、一応アイツとの結婚式な訳だし……」
「婚姻相手から貰ったモノを大事にするなんて、一紗も乙女になりましたね。輿入れ効果はあったようです。心なしか仕草も女性らしくなった気も……」
「そう! 聞いてよ、美鳳! 一紗さまったら赦鶯の口説き術にタジタジでね~」
「いや、違う。俺はアイツの本性を知ってたからだ。俺が男相手にトキメクはずが――」
「あっ! 今ときめいてたって認めた! やっぱりそうだったんだ!」
口は災いの門とは言ったものである。一紗は誤魔化すように話題を打ち切り、外の景色を眺めた。噂通り【妖還】では妖魔を素材にした武具が大量に出品されていた。
中には武器ではなく日常品を作る鍛冶屋や漢方店まであるようだ。
「本当に妖魔を素材に何でも作ってるんだな……」
「食料、武器、薬……と妖魔はあらゆる原料になりえますからね。《巫族》でなくとも利用している民族は多いです。ただ、ここまでの経済規模を持つ民族は滅多にいませんが」
「《天睛臥龍》だっけ? 皇族排斥派が拠点に選ぶ訳ね」
町を観察している間に【愁国】組も城近辺に辿り着いた。
既に馬車を降りている赦鶯達と合流する形になる。そこには皇子と《軍龍武臣》だけでなく、温優や乃梅といった側室達の姿も見られた。出発の時は準備に手間取っていたので彼女達が同行しているとは気づかなかったのだ。
「なんでお前らがいるんだ?」
「あの、殿下の新しいお嫁さんが決まれば私達側室は全員参加する通例がありまして。二年前の私の婚姻の際も乃梅ちゃんが色々と世話を焼いてくれましたし」
「ふん、まさか本当にアンタが正妻になるとは思わなかったわ。言っておくけど、私達の方が先輩なんだからねっ! わきまえなさいよ!」
小五月蠅い乃梅とそれを諫める温優は一度見たら忘れられないほど印象深い娘達だ。出会う度に突っかかられている一紗だがこの滞在中は彼女達の存在が愛おしくも感じていた。乃梅と揉めているおかげで他の側室たちとは自然と打ち解けられたのだ。
(相手の人格否定とかはしないし、周りの本音を代弁するから側室はまとまってるんだろうな。赦鶯が気に入ったわけだぜ)
「なに? 私の顔見てニヤけてるの? 優越感!? もう正妻の余裕かましてるわけ!?」
「乃梅ったらまだ噛みつく元気があるの? 一紗さまの正体を知ってお漏らししてたくせに」
「アンタなんで知っ――違う! 私は漏らしてなんてないわ! ……少ししか」
赦鶯と他の側室たちが仲裁している間に《天睛臥龍》の出迎えの者が現れる。
下っ端だけのようで六頭領の姿は見えなかった。あくまで場所を貸しているだけで遜るつもりはないらしい。
「この度はご結婚おめでとうございます。【妖還】は町を上げてお祝い致します」
「一般兵の方達は宿でお待ちください。主賓、及び親族、友人の方だけ上階へどうぞ」
兵士全員を城に入れるわけにもいかず、赦鶯と美鳳は大多数の兵士達に待機休憩命令を下し、極少人数で階段を上げっていく。
花婿の赦鶯に追従するのは側室とその侍女、そして《軍龍武臣》の師団長のみ。【愁国】組は花嫁の一紗、領主の美鳳、侍女として蕾華、友人兼護衛として鎧兜、龍宝が城内へと進んだ。
案内されたのは『竜座』と銘打たれた豪華な部屋である。
扉を開けるとまず目に入ったのは龍の屏風と龍の置物である。屏風の絵は躍動感に溢れており、龍の置物は本物の宝玉が当てはめられていた。【龍閣】の軍議室に劣らない豪華さである。
そして傍には六頭領が左右に分かれて三人ずつ並んで鎮座していた。
「クケケケ! 本当に正装してやがらぁ! その姫サマが惡姫かぁ!? 噂よりめんこいな!」
「やはり軍龍武臣を連れてきおったか。本当の目的は何じゃろうのぉ」
「殺気はまだ感じない。それに戦争するつもりなら側室は連れては来まい」
「ただの女好き故だろう。こんな優男が領主とは《巫族》も地に堕ちたものだ」
「オイオイ、いきなり喧嘩売るなって。めでてぇ席なんだからよ!」
「そうです。皆さん落ち着きましょう! 取りあえず、お茶と料理は皆さんの着席後に運ばれてくる手筈となっておりますので席にお座りくださいな」
俐竪と雲讐親子は視線で牽制しあっている。《軍龍武臣》師団長と《天睛臥龍》の頭領という対立派閥同士、親子と言っても互いの信念を譲るつもりはないようだ。
「父上、【龍閣】に暗殺者が来ましたよ? 貴方が主犯とは思っていませんが、祝言前に部下をまとめることもできないのですか?」
「ソイツはオレも知らねーなぁ。オイ、《它家》の頭領。テメェ先走ったな?」
「何のことやら……証拠でもあるのなら見せていただきたいものだな」
締瓏が甥(姪)である凛透に視線を送った。だが彼女も抗議に留めただけで俐竪を諫める方に回っている。実際、敵が『妖混流の禁術』を使ったというだけで締瓏に繋がる証拠は何一つないのだ。彼は証拠隠滅に余念がなかった。
「いいよ、みんな。僕も〝あの程度のことは気にしていない〟さ。だから席に着こう」
赦鶯は敢えて暗殺未遂を大したことが無かったと振る舞い、皇子の威厳を見せつけると同時に主犯であろう人物のプライドを傷つけた。締瓏は悔しそうに顔を伏せた。
広い部屋だが人数が多いので左右六人の十二人席が複数設けられた。
六頭領の席には向かい合うように守隆、凛透、赦鶯、一紗、美鳳、蕾華が着席する。
《軍龍武臣》の五師団長と鎧兜、龍宝は一番近くの席に座ることを許されたが監視の者が五人ついていた。側室と侍女達は机を繋げて仲良く談笑している。
全てのテーブルに料理が運ばれたことを機に話し合いが始まった。
「さて、祝言という話で集まったが……」
「見ての通りだ。条件は達した」
惡姫を嫁にし、愁国と同盟を結べば紅・赦鶯を【宍国】の盟主と認める、というのは皇族排斥派である《天睛臥龍》から出された条件である。
赦鶯は同盟の証書を六頭領に示した。美鳳と共に記載した本物の文書である。
六頭領を代表して具・神覧がその内容を検める。
「公式の聖紙に両国の印鑑、そして盟主の署名まであります。確かに本物のようです……が、それだけでは真なる同盟とは認められません」
「そうじゃ。惡姫よ、嫁入りを受け入れているということは、儂らが政争しとることは知っておろうな?」
皇族主流派及び【愁国】の人間に緊張が走る。
相手側から外国の人間に内戦の事実を暴露してきたのだ。それはつまり赦鶯を領主とさせるために【愁国】が話を合わせている可能性を疑っているということだった。彼らは追求のために敢えて内乱の事実を公にしたのである。もし【愁国】側が真実を知らないなら赦鶯の評価を下げることにもなっていたため狡猾である。
勿論、一紗達は真実を知っていたので動じなかった。
話し合いの争点は「和解条件を本当に満たしているか」になった。
「我が国には金も資源も武器もある。小国は取り入ろうとするだろう。皇子、もし同盟を結ぶにあたり、【宍国】を売るような密約を交わしていれば貴方の評価は逆に落ちることになる」
「天と神龍に誓って売国奴の如き行為はしていない。保身のために国を売るなどそれこそ領主失格だろう。キミ達に失望されるようなことはしていないよ」
佩・慧刃の追及に赦鶯は敗けていなかった。事実、不平等密約など結んでいない。《天睛臥龍》も皇子の声音や態度から信憑性を感じたらしい。
「その言葉に嘘はないようだ。だが……【愁国】の盟主、紅・美鳳は徳があると聞く。隣国が内乱にあると知り仲裁を申し出た、とも考えられる」
嵌・雲讐の追及は鋭かった。彼の指摘は当たらずとも遠からずだ。しかしそれを認めてしまえば赦鶯は外国の領主に泣きついた軟弱者と低評価されかねない。だから美鳳は毅然とした態度を示すことに決めた。
「私は一度国を追われたことがあります。その時に甘さは捨てました。だから兄・満喰を殺し【寥国】を滅ぼしたのです」
美鳳は敢えて厳しい言葉を使い、冷徹な領主としての風格を形作る。【寥国】を滅ぼし、領地を併合したことは事実なのだから相手も突っ込みを入れる余地を見つけられなかった。
「同盟の話に乗ったのは義理があったのも事実。ですが、弱い領主と結ぶつもりはありませんでした。赦鶯兄上と交渉した際には同盟相手足りうると思ったからここにいるのです」
「ほう、具体的には?」
「まず、内戦状態であることを上手く隠していた点。偽装工作能力にも感心しましたが、同盟を打診する相手にすら弱さを見せない主君としての風格を感じました」
美鳳の言葉に隙を見た它・ 締瓏が蛇のように絡みついてくる。
「優秀な主君なら、そもそも内乱など起こらないはずだぞ。つまり器ではないということだ」
「耳が痛いですね。ですがそれは貴方達にも言えることです。貴方達も皇族主流派を説得できてはいないでしょう? 仮に貴方達の中から次の領主を選出したとしても既に領主の器ではないということになります」
自分の主張をそのままオウム返しされた締瓏はボロが出る前に黙るしかなかった。
「私が兄上を最も評価した点は忠臣の存在です。《軍龍武臣》は国益の観点から我々【愁国】と衝突したこともありました。臣下を束ね、その信を得ている兄は領主の器と言えます」
美鳳らが城へ到着した際に衝突したのは事実であり、《軍龍武臣》の強さもまた真実である。強者を束ねる者は主君の器という主張は理に適っていた。
六頭領も弁が立つ美鳳への追及を断念し、矛先を一紗に向けた。
「愁国領主としての見解は分かった。じゃが疑問がある。儂としては蛮勇・惡姫が嫁入りを受け入れている事実がどうも納得できんのじゃ」
「同意。盗賊の巣全土を恐怖で支配した女が家庭に収まる訳がない」
「好き勝手言いやがって……俺だって恋愛することもあ―――」
一紗が答えかけた瞬間、尋常ではない速さの拳が顔面に飛んできた。
間一髪で拳を受け止めることはできたが、机の上の料理は拳圧で吹き飛んでしまった。
「血の気の多いのがいるな。【妖還】では花嫁の顔面に拳をぶちこむのが礼儀なのか?」
「おい、《纏家》の若頭。俺も流石どうかと思うぞ。一体どうした?」
「クケケケ。なぁに、恋愛なんぞとほざいた娘が本物の惡姫か確かめただけだゼ。結構殺すつもりで殴ったんだが……アタイの拳を受け止めたってことはホンモノらしい」
(何だこいつ? 女の拳で腕全部が痺れたのは久しぶりだぞ……龍人の力ってヤツか)
「本物の惡姫だってんなら、尚のこと男の嫁にっていうのが信じられねぇ。婚姻するってんなら二人が好き合ってる証を見せな!」
(証明って何すればいいんだ? 俺、誰かと付き合ったことないから分かんねーよ。恋愛映画はリア充の見るものと敬遠してたし、恋愛小説はラノベしか読んでなかったし、どうやって他人に恋人関係を証明するんだ!?)
今は一紗の自主性が見られている。下手に経験豊富な赦鶯が補助に回ればそれこそこの婚姻が芝居だと露見してしまう。
考えた末に一紗は赦鶯と肩を寄せて体を密着させ、指と指を絡ませるように手を繋いだ。所謂恋人繋ぎである。恋愛初心者の一紗が咄嗟に思いついたのは実にプラトニックなものだったのだ。どうだと言わんばかりに繋いだ手をアピールしているが、自慢する程のものではなかった。
惡姫の奥手ぶりに言葉を失う《天睛臥龍》。呆れる美鳳達。しかし一人だけ猛烈に感心の意を示した人物がいた。《纏家》当主、纏・暗珠である。
「アイツ、男女で手なんか繋ぎやがったぞ! 婚約はマジなんだ!」
「「「えっ?」」」
今度は皇族主流派が絶句する番だった。恋人でなくとも手を繋ぐ男女などいるし、それが婚約関係を証明する根拠に乏しいのは明らかであるが、彼女は違ったようだ。
「《纏家》の嬢ちゃん、初心すぎだろ……」
「戦歴が凄い分、恋愛の方の経験は皆無だったのでしょう」
眉間を押さえる神覧。惡姫の奥手ぶりも暴力と殺戮で生きてきたが故だと言われればそれらしく見えてしまう。だが《天睛臥龍》の立場としては惡姫と赦鶯の婚約が事実だとは認められなかった。
次にその婚約の事実に揺さぶりをかけてきたのは《混家》の頭領、貫信だった。
「……では惡姫よ。主は皇子のどこに惚れたのじゃ?」
全員の視線が一紗に集中する。答えを間違えれば婚約の嘘がばれてしまう。さりとて適当な言葉を並べれば追及された時にボロが出る。よってここで回答すべき内容は実際に一紗が赦鶯に対して感じた評価である。
「積極的で人を楽しませるところ、かな?」
一紗は初めて町を案内してくれたときのことを思い出しながら答えた。意図せず頬を染めてしまったことで苛立ちを覚えたらしい它・ 締瓏が絡んでくる。
「男としては魅力的なのかもしれんが、領主としての器は測れまい! 一紗殿、あなたは国家同盟のために婚姻している事実を軽視してないか? ただの町娘の婚姻ではないのだぞ!」
「勿論分かってる。嫁入り先の国が滅びれば俺は不幸にしかならんからな。俺が……その、しゃ、赦鶯に惹かれた理由は他にも……ある」
「例えば? 具体的に申してみよ!」
「相手に合わせてくれるし、相手の心情を慮る観察眼にも優れてると……思う」
「確かに将来性を吟味するにあたり人や時世を見る力は領主として必要ですね。ですが、政略結婚の嫁入り先に選ぶには少々弱いと思います」
「《具家》の姉ちゃんの言う通りだぜ。第一、皇子はアンタに内戦の事実を隠してたんだろ? 普通は失望するはずだ。統治能力の低さに加えてホラ吹き野郎ってことだし」
嵌・雲讐の指摘に頑塞が怒り席を立とうとするも、恐否に制止されていた。雲讐は娘・俐竪の睨みにも動じず「どうなんだ?」と一紗に問いかけた。
「内戦がどうした。【愁国】でも内戦は起きたが美鳳は治めたぞ。この国のも赦鶯が治めるだろう。それに部外者の姫に内戦の事実を隠すのは領主として当然だ。寧ろ真実を打ち明けてくれたことは妻として信頼を示してくれたものだと感じたよ」
「綺麗ごとだ! 姫ならば内戦国への嫁入りなんて願い下げのはず!」
「アンタ、さっき『ただの町娘の婚姻ではない』と言ったな。その通りだ。俺は覚悟を決めてこの場にいる。内戦だろうが俺が妻として夫を支え【宍国】統合に一躍買ってやるってんだ!」
「なっ!? あ、惡姫がそこまで皇子に惚れたと!?」
「ああ! 赦鶯が好きだ! 身分を傘に着ない飄々とした態度が好きだ! リードしてくれる所が好きだ! 弱さを見せないカッコよさが好きだ! 妖魔を調伏する強さが好きだ! 実力に驕らない殊勝さが好きだ! 何より優しいところが大好きなんだ!」
起立して顔を真っ赤にしながら答える一紗。半分事実、半分やけくそだった。
「もういいよ、一紗。こっちが恥ずかしくなってくる」
そう制した赦鶯だったが〝彼女〟の高度な恋愛テクニックは決して受け身で終わらなかった。《天睛臥龍》のメンバーが見えない床下で一紗の足を引っかける。バランスを崩した一紗の身体を上手く自分の方へ誘導して唇と唇が接触するように転ばしたのだ。
見ようによっては惡姫の方から婚姻の証明のために赦鶯の唇を奪ったように見える。一紗は数秒間我慢する――というより女性と分かった赦鶯から口づけされるのは嫌ではなかった。
立ち上がろうとする蕾華と鎧兜。それぞれ隣の席の美鳳と龍宝が肩を掴んで止めていた。
「今度は接吻かよ!? こんな公衆の面前で堂々と!? 今度こそ間違いないゼ! 婚姻もしていない男女が接吻をするわけがないからな!」
「……オレはもう突っ込まねーぞ」
「暗珠さんの貞操観念は大丈夫でしょうか」
「あまり貞操観念が強すぎると《具家》の当主のように婚期を逃……グハッ」
相手側から見えない机の下で慧刃の腹部に神覧の裏拳がヒットしていた。
ともあれ、口づけしたことで惡姫の皇子への好意が事実だという認識が会場に伝播した。
ここでようやく皇族主流派の攻撃のターンとなった。
一紗は兼ねてからの疑問を六頭領にぶつける。
「なぁ。仮に赦鶯が皇子の座を自ら退位して領主を辞めた場合、お前ら《天睛臥龍》の望み通りになる訳だが……次の領主の宛てはあるのか?」
《天睛臥龍》の間に緊張が走った。ここが正念場だと一紗はさらに追及する。
「皇族主流派は皇子を盟主としているが、排斥派は誰を対抗馬にしてるんだ?」
一同は難しい顔で黙りこんだ。《天睛臥龍》の思惑通り皇子が廃された後、空席となった領主の地位に誰を置くかは皇族排斥派が長年抱える問題だった。
《天睛臥龍》の六頭領が有力候補になるが、そうなると六家が対立して再び内戦が起きてしまう。それを回避するために妖装流の御三家は時間稼ぎをしていたのだ。それでも未だ対抗馬は決まっていない。
沈黙はまずいと考えた貫信は言葉を濁しながら一紗の問いに答えた。
「儂ら六頭領の内で最も支持率が高い者が都督となろうな。現時点では明言は避けるが」
「ふーん、誰か知らんがソイツは今の赦鶯より人気があるのか? 皇族排斥派も頭領六人分に票が分かれれば少数派になる訳だが……?」
《天睛臥龍》の一般構成員、城内の係員の間にもざわつきが起こる。漏れ聞こえてくるのは「自分の頭領こそが適任者」だと推す声である。これ以上、一紗の発言を許せば《天睛臥龍》の分裂につながりかねなかった。その事態を危惧した它・締瓏は爆弾発言を投げてくる。
「私達の内部分裂を狙っているのだろうが、皇族主流派とて一枚岩じゃないだろう! 貴様らの中には私に情報を流している者がいるのだからな!」
今度は《軍龍武臣》ら皇族主流派と【愁国】側が混乱する番だった。口から出まかせの可能性もあったが、スパイが本当ならば皇族主流派は心臓を握られているに等しい。
双方の陣営とも収集がつかず、祝言の顔合わせは一旦お開きとなった。
側室の二人、乃梅&温優の再登場です。
皇子が正妻を迎えるということで側室らも関係者として入場します。
非戦闘員である彼女達を連れてくるのは危険なのですが、
祝言が本物だと偽装するために必要なことだったのです。
ついに開始された花嫁の顔合わせ……を名目にした和解交渉。
交渉術で一紗、美鳳は敗けていませんでした。
卓上の攻防の末、様々な問題が露呈します。
《天睛臥龍》は次期領主候補が決まっていないという致命的な問題を抱えていました。「何かの反対派」にはよくあることですね。
逆に皇族主流派には〝裏切者〟がいるということが示唆されてしまいました。
両陣営は利害一致のため、一旦顔合わせを中断してそれぞれ問題解決にあたります。
次回は《天睛臥龍》側のお話です。




