《天睛臥龍》の脅威
它・締瓏の策略が迫ります。
龍閣城では「偽装祝言により妖還城へ入る」という一紗が発案を実行すべく祝言の準備に入っていた。皇族排斥派も乗ってくるだろうという赦鶯の読みは当たっていた。間もなく、妖還城で祝言を受け入れるという返答が示されたのだ。
「発案しといてなんだが……本当に応じてくれるとはな。多少ごねると思ってたが」
「《天睛臥龍》も内乱を起こしたい訳じゃないからね。今日まで全面戦争が起きなかったのも彼らの迷いによるものさ。まぁ僕らにも言えることなんだけど」
「外国勢力のいる婚姻の席ならば皇族排斥派と話し合いの席を設けることができます。理には適っていますが、まさか一紗からこの話が出るとは思っていませんでした」
効果がある上に他に代案もないため美鳳も反対できなかった。本当に嫁入りする訳ではないと分かっていても自分が信頼する相手と婚姻するのは割り切れない思いがあった。ありえないことだが、一紗が本気で赦鶯を気に入って輿入れするのではないかという不安が心の片隅にあった。そんな美鳳の心境を代弁するように鎧兜が口を開く。
「姉御、本当に結婚しねーよな?」
「当たり前だ。赦鶯も別に俺が好きな訳じゃねーし、文字通りの政略結婚だよ。《天睛臥龍》の連中と話し合いがまとまれば即刻中止だ。交渉のためのただの前座だからな」
「しかし、祝言が嘘と露見すれば相手は警戒する。惡姫の名に相応しいように高度に偽装する必要があると思うが? 本人が粗暴だし、とりわけ可愛い晴れ着を用意せねばなるまい」
「龍宝! てめぇ、楽しんでるだろ!」
揶揄うようにフリフリのドレスをさし向けてくる龍宝の尻に一紗の蹴りが炸裂する。
二人がいがみ合っている間に蕾華はとりわけ目立たない衣装を見繕っていた。
「ふん、偽りの結婚なのだから一紗さまの晴れ着も地味なものでいいのよ。美しい晴れ着は私との結婚のときに着てもらうんだから」
「殿下との偽装結婚が終われば衣装はそのまま差し上げますので、蕾華様のお好みのモノを選ばれてはどうでしょう?」
「な、なるほど! あまり見ない上質な生地だし、それならいいものを選ぼうかしら! 一紗さまに似合う晴れ着! そのまま私との結婚を執り行うのもいいかもね! うふふ」
凛透に乗せられた蕾華は上機嫌で青系統の晴れ着を吟味し始めた。ここ数日で彼は蕾華の扱い方を学んだらしい。流石は皇子の側近である。しかも皇子の試着の手伝いは既に終えていたらしい。立派に正装した赦鶯が隣の部屋から姿を現した。
整った容姿をより一層際立たせる黒い華服には金色の龍の刺繍が刻まれており、彼が皇子であることを強調している。立派な佇まいに女性陣は元より男性陣の視線すら奪っていた。
部屋中の人間の視線を独り占めにした彼は何と深々と頭を下げた。
「みんな、僕の国の問題にまきこんでしまって申し訳ない。協力に感謝する。この乱世、相手の弱みにつけこむことが推奨されるのに……」
「兄上、私は乱世を平定するために動いているのですよ。……仮に【宍国】が兄上を排した場合、次の領主が人格者とも限りませんし……」
「だが、内乱を収めた後、俺達【愁国】を潰すってんならそのときは容赦しねェ。そして姉御の嫁入りも認めねェ」
「ああ。祝言はあくまで交渉の名目。それに、恩に背くことがあれば今度こそ《巫族》は完全に龍から見限られるだろう。僕の眼の黒い内は【愁国】と敵対しないことを約束する」
彼の胸の中に入っていた白龍が「ギュウ!」と鳴いた。
新顔が多くなったことで警戒し、赦鶯の周囲から離れないが顔だけは見せている。
「内乱も驚きましたが、幻龍種の雛にも驚きですね」
「そうだ! 幻龍使いが百年出ていないってんなら、赦鶯がソイツを使いこなしたら皇族排斥派から認められるんじゃねーか?」
「私も同じことを考えましたが……私達に思いつくことは当然兄上達も考えているはず」
「出来ない理由があるってこと? あっ! 逆に龍を奪われかねないから、かしら?」
「蕾華ちゃん、半分正解だ。数十年前も龍の雛を巡って大規模な騒動になったことがある」
それは美鳳も知らないようだ。今回の内乱のように内々で済ませて外部に漏れないようにしていたのだろう。だが今回の場合は逆に内乱が拡大しかねないため雛の存在を伏せているらしかった。
「良い手だと思ったんだけどな。龍を披露できないもう半分の理由はなんなんだ?」
「僕自身が白龍に認められてないからさ。怪我の治療をしたことである程度気を許してくれているが、パートナーとして容認してくれてるわけじゃない」
「随分懐いているように見えるわよ?」
「いやまだまださ。試しに《巫族》が相棒妖魔に行う『氣の受け渡し』をやってみせよう」
手を翳して氣を送ってみると、白龍は嫌がるように尻尾で赦鶯の手をはたいた。プイッとそっぽを向いて不機嫌アピールをしている。氣の受け渡しができなければ戦争で《巫族》の兵士が見せたような戦い方もできないだろう。
「龍の話題はその辺にして、今は《天睛臥龍》との交渉について話し合うべきでは? 最悪戦闘になったときのことも頭に入れておかねば……」
龍宝の言葉によって部屋に緊張感が戻った。
祝言を近日に控えていた一紗達には時間がないのだ。これまで【愁国】組の裏切りを想定し、情報公開をなるべく控えていた凛透もある程度は信頼してくれたようだ。凛透と赦鶯は頷き合って情報共有の姿勢を見せた。
「おさらいすると、《天睛臥龍》は妖装流と妖混流の主要六家が集まった集団だ。束ねるのは六頭領。『佩・慧刃』、『具・神覧』、『嵌・雲讐』、『它・締瓏』、『纏・暗珠』、『混・貫信』」
「皇族排斥派を訴える彼らの中でも緩やかに皇族の影響力を削ごうという穏健派と速やかに皇族を排すべしとする急進派がいます。時世によって立場は変わってるようですが」
「俺達が穏健派をこっちに抱き込めれば、赦鶯の地位も安泰という訳だな」
「一紗様、言う程容易くはありません。我々もその努力をしてきましたから」
赦鶯や《軍龍武臣》も長い時間を懸けて説得してきたはずだ。しかし事態は動かなかった。穏健派も皇族排斥派閥の中では比較的話が通じるというだけで根本は変わらないのだ。
「寧ろ、急進派を説得した方が早いかもしれませんね。意見が全く異なるからといって初めから捨て票にしてしまうのは惜しいです。彼らの言い分も聞いてみるべきでは?」
「なるほど。それは僕も盲点だったよ。美鳳は考え方が柔軟だね」
「それより赦鶯よォ、俺達が交渉する気でも向こうは戦う気かもしれねェぞ? 場合によっちゃ武力交渉になりうる。敵の主戦力、六頭領について教えろ」
「うぅん……分かったよ、兄さん。警戒するに越したことはないからね」
そう言って赦鶯は相手の戦力について解説し始めた。
彼は妖装流の三頭領、妖混流の三頭領の順に分かりやすく説明してくれた。
佩・慧刃は武者修行で外国に旅をしていたが、帰国するなり早々に一族から頭領に推薦されたらしい。詳細な経歴は不明だが、さる剣術大会で優勝した経歴があり、凄腕の剣士として外国でも有名らしい。
具・神覧は元々「反政府・反《巫族》」を掲げる国内の不穏分子を監視する隠密組織の出身だった。国内のスパイや盗賊が一掃され、【宍国】の治安がよくなったのも彼女の功績だった。また、神覧自身は弓の名手であり、ほぼ地平線の先にいる敵将の首を射抜いたことが確認されている。
嵌・雲讐は元《龍脚師団》団長であり、現団長、嵌・俐竪の実父にあたる。封印術を帯びた拳法〝封陣拳〟の使い手であり、団長時代は多くの武勲を立て、前領主から厚い信頼を得ていたのだという。現在は実質【妖還】を支配下に置いている。
凛透の伯父にあたる它・締瓏は、策略が得意な軍師であり、他国との戦争の際は全ての暗殺者を返り討ちにした上で相手国を同士討ちに追い込んだ実績があった。妖混流の技も一流であり、它一族の僕である蛇妖魔との融合技をよく使う。
纏・暗珠は六頭領の中でも最年少で族長となっており、経歴が異質だった。王龍の亡骸からその生きた細胞をとりこんだ龍人であり、四代目紅帝候補と称された紅・舞龍と同じく龍を体現した拳法の使い手だという。単身で異民族の侵攻を打ち破った実績もあった。
混・貫信は鬼型妖魔を多用し、自身も鬼を纏う戦法を得意としている。かつては《龍鱗師団》の団長を務め同期の守隆と肩を並べていた。先々代の頃から領主に仕え、【宍国】の発展に寄与し続けた。知略、武共に優れた屈強な老兵というのが赦鶯の評価だった。
「……いずれも頭領を名乗るに相応しい猛者たちだ。だから戦争ではなく――」
説明の途中で城内は騒がしくなった。付近から爆発音すら聞こえてくる。
何事かと一同が騒然としていると、官僚の一人が駆けこんできた。
「殿下、敵襲です! 急ぎ身を御隠しください!」
「なんだって!?」
敵対していた《天睛臥龍》は祝言の出席及び【妖還】での実施を受け入れたはずだ。故に完全な奇襲になった。美鳳が窓から身を乗り出すと、既に《軍龍武臣》が賊の対応に動いていた。
多数の妖魔は一般団員が対処し、手強い妖魔は団長クラスが受け持っている。
「チッ、祝言を受けると返答したのは俺達を油断させるためか!?」
自身の妖魔、號水竜を盾に住民の避難を優先しながら闘う侃・頑塞。水属氣巧術で戦うも俊敏な動きで躱されてしまう。
「その割には六頭領の姿が見えねぇ! こりゃ《天睛臥龍》の一部が独断で動いたと見た方がいいんじゃねーか、なッ!!」
恐否は妖魔の群れを既で殴殺しながら愛獣・霸王竜と共闘していた。二人が取り逃がした敵を踏みつけながら地走大竜と俐竪が遅れて登場する。
「私も恐否君の意見に同意です。敵とはいえ父上が騙し討ちするとは思えませんし」
「……あの、俺、気になったんですけど、六頭領どころか使役者の人間も見えません。相棒の鋼甲車竜も感知できてませんし……」
「ブロォオオ!!」
夜空では剛飛龍に騎乗する守隆を攻め手に、翼禽竜に乗る禽・羽飛を守り手として見慣れない飛龍種の群れと対峙していた。
「妙ですな。飛龍種は知力が高いですが……あの編隊軌道はまるで人間の軍隊だ」
「とにかく敵の対処が先だよ! 術者見えないのは不気味だけど、低級妖魔なら殿下の調伏術で簡単に懐柔できるはずだし! 私達は飛竜種を片付けよう!」
「そうですな。殿下の周りには一紗様や蕾華様、それに凛透もいる。ここよりは安全でしょう」
城内には敵はいない。そう判断した《軍龍武臣》は目の前の敵に集中することにした。
――ところが、既に城内にも妖魔の群れは侵入していた。
「ったく、城の防犯意識低いんじゃねーの!? 何で妖魔が入ってんだよ! 仮にも天守閣だろうが! セキュリティガバガバすぎじゃね!?」
「おかしいですね。城には結界が張られており、外部から侵入は不可能なのですが」
「美鳳達は侵入できてるわよ? ねぇ?」
「私達も結界破りには苦労しましたよ。一歩間違えば結界干渉に気づいた妖魔使いに包囲されてしまいますから……冷や汗でビショビショでした」
「美鳳様だからこそ侵入を気取られずに結界を解除できたのだ。他にはまねできまい」
「ハッハッハ、流石は美鳳。僕達の結界術も見直す必要がありそうだね」
「笑ってる場合じゃねェぞ、愚弟! 妖魔がお前を狙ってるのは明らかだ!」
招かれた食客として積極的に強襲者を蹴散らしていくのは一紗と蕾華である。
龍宝と鎧兜は戦えない美鳳を護るために守備役に回っていた。
凛透は傍盾人として赦鶯の傍から離れなかった。自身は結界術として守り手になり、攻撃は配下の蛇鱗竜に任せている。
「ガァアア!!」「シャァアア!!」「ギャァアアアス!!」「ヴァルルル!!」
その時、鎧を纏った妖魔が数匹、屋根を突き破って出現した。これまで城内に潜入していた妖魔の指揮官と思われる獣型、蛇型、爬虫類型、鬼型の妖魔である。使役者の人間は見られないが、妖魔だけは凶暴で知能が高く手強かった。他の主戦力達の前にも同様の強敵が立ち塞がっており、増援を呼ぶことができない。
「殿下、申し訳ありませんが……」
「ああ。僕を守りながらでは戦えないよね。いいよ、傍盾人の任を解き離れることを許可する」
「すぐに戻ります!!」
凛透は獣型、蛇型の鎧妖魔の対処を蛇鱗竜に任せ、自身は複数の小型蛇妖魔を符術で召喚する。そして自身の両腕にそれらの小型妖魔を絡ませた。
「妖混秘術・〈蛇面ノ相〉」
彼は自身の皮膚に溶け込ませるようにして使役妖魔と融合すると蛇のような目付きになり口が裂けた。迫りくる鎧獣型妖魔の強撃を蛇のような動きで躱すと、自身の腕を蛇頭に変えて相手の首筋に噛みつかせた。すると、噛まれた妖魔の体色が紫色に変貌していく。
「私の〈蛇牙毒葬〉を喰らっても即死しないとは強靭ですね」
油断をつこうと背後から襲ってきた鬼型妖魔に首を180度回転させて威嚇した凛透は自身の四肢をも蛇に変形させて相手を締め上げた。
「うわぁ、凛透さんってこんな戦い方もするんだ」
「アレはやり辛いわね。味方で良かったわ」
闘いの最中に凛透の実力を垣間見た一紗達は戦慄していた。
皇子の身を気にしなければここまで戦えるのである。
傍盾人かつ師団長でもある凛透は相当強いです。
普段は呼応流で戦いますが、ピンチでは妖混流としての力を使います。
雲讐は俐竪に封陣拳を伝授した師でもありますが、今では互いが別派閥に属して争っています。父親だから、娘だからという血縁より信念を大事にするところは親子でそっくりです。
貫信は先々代、先代と皇族領主に仕えていましたが、現在の赦鶯には反目しています。彼なりの事情があるのでしょう。
何事においても「純粋な敵」より「元味方のアンチ」の方が厄介ですよね。
次回は它・締瓏の策略の続きです。




