皇族排斥派の動き
【宍国】における皇族排斥派側のお話です。
彼らも皇子の動向を観察し、定期的に会議を開いています。
同じ頃、【宍国】の武器生産拠点【妖還】では皇族排斥派の集会が開かれていた。
参加者は妖魔使いの《巫族》の中でも〝妖装流〟と〝妖混流〟に分類される屈強な戦士たちだ。特に名門とされる六つの一族の頭領を主軸とする彼らは《天睛臥龍》と名乗っていた。
「皇子サマが祝言をあげるそうだぜ? クケケケ、アイツ、本当に惡姫を落としやがった! 垂らし野郎だな! ふるってご参加下さいとよ! 本当ならアタイらが出した和解条件を満たしたことになるゼ?」
州都【龍閣】から届いた文の内容を確認した少女、纏・暗珠が大嗤いしていた。
頭領會に参加する彼女も勿論ただの少女ではない。本来白目の部分が黒く反転した容貌からして普通ではないが、実力も尋常ではなく若くして《纏一族》の家長の座についていた。
「下らん。あの惡姫が男と婚姻などするはずがない。どうせ儂らを【龍閣】へおびき寄せて迎え撃つ腹なのだろう。見え透いた罠だ」
角が生えた白髪の老人、混・貫信は手紙に目もくれていなかった。《混一族》を長年纏めてきた彼は頭領たちの中では最高齢であり、疑り深い性格だった。
「……それが、どうも皇族排斥派が参加しやすいように【妖還】に来るという話だ。【愁国】の連中も花嫁の出身国として参加を表明してるらしい」
注意深く手紙内容を検める体格の良い中年親父は《嵌一族》の頭領、嵌・雲讐。彼は《天睛臥龍》の中では比較的中立的な立場にあった。今尚叛逆に悩んでいる兆しがあった。
「【愁国】が関わるということは惡姫の嫁入りは事実なのか? まさか……」
信じられない、と細い眼を見開くのは《它一族》の頭領、它・締瓏である。彼もまた祝言の話に懐疑的だった。
「外国が関わるなら俺達も強硬手段に出ないと見ているのかもしれんな。【愁国】には《杜族》と雷将軍、そして護帝覇兇拳の鎧兜がいる。惡姫を除いても警戒すべき戦力だ。戦えばタダでは済むまい……」
思慮深く意見を述べる青年は《佩一族》の頭領、佩・慧刃である。丸いサングラスが似合う彼はいつでも戦えるように軍刀の鍔に手を添えていた。
「あえて皇族排斥派の最大拠点であるこの【妖還】を式場に指定し、祝言に招待する、ということは……まだ我々との融和を諦めてはいないようですわね」
大きな胸を胸当てで隠している具・神覧は自分の肩を揉みながら呟いた。柔和な雰囲気であるが、女性ながら屈強な男達を押しのけて《具一族》の当主の座に就いた彼女もかなりの武闘派だった。
名門一族筆頭の六名が一堂に会する頭領會。全員が「皇族を廃し、《巫族》の政権を取り戻す」という信念の下、集まっていたが全ての見解が細部まで一致している訳ではなかった。
ある者が「即刻皇子の首を刎ねるべし」という強硬手段を訴えている一方、「まずは皇子の力を削ぐべし」と慎重になる者もいる。また、「《天睛臥龍》の力を示し、皇子自らの意思で《巫族》に大政奉還させるのがよい」と主張する者さえいた。
つまるところ、《天睛臥龍》の面子は意見がバラバラだったのである。
「皇族主流派の連中は団結している。だがオレ達は反皇族を旗印に集まっただけで意見が統一できていない。ここは当面の方針を決めておこうぜ」
雲讐の発言を受けて各々の当主が自分の意見を表明した。
「アタイは祝言参加してもいいゼ? 色気づいた惡姫ってのは見てみてーし! 一応和解条件は満たしたようだしな!」
「儂は反対じゃ。罠に決まっておる。こちらも戦の準備を進めるべきじゃ」
「私も混殿に同意だ。そもそも暗君の血を引く赦鶯をすぐにでも殺すべきなのだ」
「《它家》の当主よ、貴方は以前皇子の暗殺に失敗してるだろう。二度目が上手くいくとも思えない。俺はもう少し様子を見るべきだと思う」
「慧刃君に賛成です。現状で強引に皇子を廃せば〝呼応流〟の主家や国内の少数民族が全て敵に回りかねません。今は緩やかに皇子の影響力を削ぐべきです」
「《具家》のお嬢はそういう立場じゃろうのぅ。《嵌家》の当主、主はどうじゃ?」
「オレも様子見に一票だ。何か行動するにしても祝言に参加してからでも遅くねぇ。連中をじっくり観察する機会もあるだろう。オレは戦争がしたい訳じゃねーからな」
「おや、おかしーぞ? 【莫国】の密猟者に武器を売っていた男の発言とは思えんなぁ」
雲讐の態度が気に入らないらしい它・締瓏が蛇の如く絡んでくる。彼の指摘通り雲讐は秘密裏に〝妖装流〟が制作した『生ける武器』を密売していた。その態度だけみれば治安を乱して戦争を起こしたいようにしか見えなかったからだ。
「オレが連中に武器を売ったのは紅・赦鶯という男の力量を見極めるためだ。アレで州都や他の村を落とされるようならその場で【莫国】の連中ごと潰していた。―――だが奴は守り切った。領主としての器を示しやがったんだ。だから俺は迷っている」
「よもや貴様、《軍龍武臣》に在籍する娘に肩入れしているのではあるまいな?」
「ふん、俐竪か。確かに親子の血縁はあるが、アイツも今や皇族主流派で《龍脚師団》の団長、オレは《天睛臥龍》の六頭領が一人。……互いの立場がある。いよいよとなれば俺は血を分けた娘だろうが殺す。アイツも同じ気持ちで俺を殺しに来るだろう」
その言葉が偽りではないと証明するように彼は殺気を放ち部屋全体の空気が一変する。
本気の殺意を感じ取った他の頭領たちはそれ以上彼に文句をつけられなくなった。
「締瓏さん、雲讐さんに噛みついていますが、皇子お抱えの《龍尾師団》は貴方の甥が団長を務めていますよ? 他人のこと言えないのでは?」
「あやつは它家の面汚しよ。……だが皇子側近として役には立ってもらうつもりだ」
「クケケケ、まぁた悪だくみしてやがるのか」
頭領たちの意見をまとめれば、「祝言不参加徹底抗戦」が二票、「様子見のため祝言参加」が四票となり、多数決で祝言参加という結果にまとまった。
不参加の意思表示をしていた《它家》と《混家》の当主達も渋々ながら結果を受け入れた。
ここで自分達だけ結果に抗えば、他家からの心象も悪くなる。また不参加に拘れば自分達がいない席で他家が皇族主流派に抱きこまれてしまう懸念もあった。
ならば他家の意思を尊重し、祝言の席で自分達が「皇族排斥派」の確固たる意思を示そうと考えたのである。《纏家》《嵌家》《佩家》《具家》の四家も今はまだ「様子見」というだけで「皇族排斥派」としての立場を変えていないのだ。祝言の内容次第では全員が強行派に回る可能性もゼロではなかった。
「《天睛臥龍》の総意として《混家》も祝言には参加する。じゃが、向こうが祝言を名目に奇襲を仕掛けてくるやもしれん。念のために準備はさせてもらうぞ」
「《它家》も左に同じ。祝言には参加はする。が、皇子が領主足りえないと判断すれば、その場で動かせてもらう」
「祝言が葬式になるってか? 面白れーな! そのときはアタイも参戦するゼ!」
「……決まりだな」
頭領會は幕を下ろした。貫信と締瓏は事前準備のためにいち早く席を外した。強行派の二家がいなくなったことで空気が若干軽くなった。
先程より緊張感のとれたことで親睦会という名の非公式な集会が続行される。皆足を崩したり、煎餅を喰い散らかして寛いでいた。
「まさか、《纏家》のお嬢さんが祝言参加を表明するとは思いませんでした」
「確かに。貴女は妖混流、同じ流派の彼らの方が俺達より近い立場だ。これまでの態度的にも寧ろ皇子を暗殺するように主張すると思っていたが?」
祝言参加を訴えたのは妖装流の三家であり、妖混流の二家は真っ向から対立していた。これまでも急進的に皇族排斥を訴える妖混流御三家と緩やかな排斥を訴える妖装流御三家が意見対立することが度々あった。前回の《嵌家》主導で発案された【莫国】を利用した『皇族主流派消耗作戦』が例外だっただけだ。
妖装流御三家から見ても《纏家》は以前から急進派として行動していたため、今回の行動が想定外だったのである。
「《嵌家》のおっさんじゃねーけどよ。アタイも思うところがあったんだよ」
「何か心代わりする切っ掛けがあったのですか?」
「前から皇子サマが人格者なのは知っていたゼ。だがこの乱世では優シイだけの弱者はいらねぇ。アタイらをまとめ、他国に呑まれない国にする力こそが必要だ」
弱肉強食の世で国を守るためには軍事力は必須である。猛者が集まる【宍国】では人材が不足することはなかったが、その強者どもをまとめ上げる最強の総大将が必要だと纏・暗珠は考えていた。彼女からすれば、女を口説いて側室を増やすばかりの赦鶯は脆弱に見えたのである。
故に赦鶯暗殺も辞さない立場を表明していたが、【莫国】の密猟者から領土を守り切り、賠償まで課した実績を見て皇子を再評価したのである。
「皇子サマは【莫国】に対し一歩も退かぬ態度で戦に臨み、力の一端を示した。……だからアタイは少し様子を見たいと思っただけだゼ」
「しかし、よく《混家》と《它家》の当主が貴女を諫めなかったな。その場で説得して自分達側に引き込むと思ってたが……」
「アタイが反対意見を述べるとは思ってなかったんだろうよ。隠してるつもりだろうが《混家》と《它家》の連中はアタイら《纏家》を見下してるんだ」
「見下す? なぜです? 私たち〝六家〟は対等なはずですよ?」
「妖装流は知らなくて当然か。《混家》は最古の妖混流、次いで古い《它家》からは紅帝候補者まで出たが、アタイら《纏家》にはそういうのがねぇ。歴史も浅ければ偉人も輩出してねーから格下認定してやがるのサ」
「偉大な人物ねぇ。オレからすれば幻龍の王骸と適合した嬢ちゃんは十分偉大だと思うが……その若さで当主とか同年代だったら嫉妬してたぜ」
「私も男社会で当主になるのは苦労しましたから、貴女の優秀さは推し量れます」
他家の当主勢から称賛された彼女は少女らしく赤面して湯のみを手にした。誤魔化すように一気飲みし、わざとらしく音を立てて空になった器を置く。
「褒めても何も出ねーよ。……それにアタイも皇子が無能を晒したら殺すのつもりなのは変わらねーぞ? 弱者は【宍国】の盟主に相応しくねぇからな」
「オレもその点については異存ない。呼応流の御三家だけでなく、オレ達六家をも束ねてこそ【宍国】の領主足りえるというもんだ。力と器が足りねぇなら皇子に用はねぇ。お前もそう思うだろ? 《具家》の姉ちゃん?」
「はい。【彎国】【莫国】に勝利と、最近でこそ評価が向上していますが、元々《具家》は皇子に低評価でしたから今後劇的な成果を出さなければ彼の排斥の意思は変わりませんよ。今では【廣廛】と【龍閣】以外の主要都市では皇子の影響力は下がっていますし……」
「他人事みたいに言ってるが《具家》の当主、貴女の奸計だろう?」
「名門九家の内、たった一角の計略で名声が落ちるならその程度の人間ですよ」
悪びれずに「ふふふ」と笑う彼女は見た目よりずっと腹黒かった。
「それより《嵌家》のおっさん、アンタはいいのかよ? 頭領會では親子でも殺すって言ってたが、いざ戦争になれば娘相手だとやりにくいだろ? アタイが変わってやろうか?」
「見た目の割りに優しいねぇ嬢ちゃん。だが気づかいは無用だ。親子だからこそ引導を渡さなきゃならねーことがある」
「そういうもんかぁ?」
「暗珠さん、争いというものは近い者同士が最も起こりうるんですよ。親兄弟、親族なんてその典型です。私も叔父や兄たちを蹴落としてこの座につきましたから」
血縁者でも油断ならない、それが乱世の掟である。
親子でも戦うと宣言した彼の決意に泥を塗らないように暗珠も押し黙った。
頭領會終了後席を外した二家の当主達は未だ妖還城に留まっていた。城下町を取り囲む城郭も妖魔を素材に作られた【妖還】の町は【宍国】の中でも州都を抜いて強固だった。封じた妖魔による防戦機構まで組みこんだ町は、まさに城塞都市といえた。
また、妖混流の最大拠点である地方都市【融仂】は強力な妖魔の生息地の中にあり天然の要塞と化しているため【妖還】を経由しなければ入れない地形にあった。
そのため、《天睛臥龍》は皇族排斥派の前線基地を【妖還】に後衛基地を【融仂】にすることで合意をとっていたのだ。
現状は妖混流の《混家》《它家》《纏家》も城の一角を貸しきりにして貰っている。
そこで《混家》の頭領、貫信は自分の配下の者達と密談することもできた。
今もまた、内心穏やかではない老頭領は配下の一族を招集していた。
「儂らも皇子の祝言に参加することになった。数日後、皇子達がこの城にやってくる」
「では、そこでいよいよ皇子を討つのですか?」
「いや、まだ様子見らしい。呑気なことじゃて。……とはいえ、《天睛臥龍》の決定に逆らえば《混家》が孤立しかねん」
「しかし、頭領様! 黙って見ている訳には参りません!」
「勿論わかっておる。お前達は城の入れる場所に出来うる限り罠を張れ。儂らから仕掛けることはせんが、皇族主流派に少しでも怪しい動きがあればいつでも動けるようにしておけ」
「「「はっ!」」」
締瓏率いる《它家》も同時刻、配下に厳命を出していた。
しかし、その内容は貫信のように受け身の戦術ではなかった。
「時は熟した。皇子を殺せ」
「ですが、頭領。今我々が動けば他の五家から批判が出てしまうのでは……?」
「それはお前達が考えなくてもよいことだ。まぁ皇子さえ消してしまえば皇族主力は神輿を失い、分裂することになる。後のことはどうともなろう。とにかく暗殺を実行するのだ!」
締瓏の主張は過激ではあったが、一部は理に適っていた。【宍国】の皇族は赦鶯しかないのだ。外国の皇族は《巫族》の血を引いておらず、【宍国】領主とする大義名分がない。
彼を亡き者にすれば、もう皇族排斥に舵を取るしかなくなるのである。
当主の覚悟を感じ取った一族の氣巧術士達は固唾を呑んだ。
「い、如何様に暗殺しますか? 赦鶯には低級・中級妖魔を一瞬で調伏させる能力があります。妖魔をさし向ければ全て奴の駒にされてしまいます」
「そんなことは分かっている。前回はそれで失敗してしまったからな。今回はより実現性の高い計画を用意した」
締瓏は自分の計画書を一族の者達に見せた。
確かに実現性は十分にあるようだが、一点気になることがあった。暗殺実行者のことは一切考慮されていなかったのだ。『禁術を使用した強襲』『侵入経路は一度しか使えず、逃走経路のことは考えていない』という部分が目立っていた。
《它家》の者達は皇族を廃するという大義名分は共有していた。だが流石に大義のために捨て石にされるまでは考えていない者達は暗殺計画実行に尻ごみする。
そんな身内の姿に締瓏は爬虫類のように眼を鋭くして威圧した。
「お前達! 家長の命令がきけないのか!? これも全ては《它家》のためだ。皇子抹殺が完了すれば実行犯の一族は次期領主としての地位が安泰になる」
「それはつまり貴方が領主になるために我々が生贄となれということでは――」
耐えきれなくなって口答えした《它家》の女性は言葉を最後まで話せなかった。蛇のように軟体化した締瓏に巻き付かれて、締め上げられたためである。
人間の骨格を無視した柔軟な動きは蛇型妖魔と融合した妖混流の力のものだった。呼吸ができずに泡を吹く女性を助けることもできず一族の他の者達はただただ怯えている。
「当主の命令を実行できない者はいらん。死ね」
弁明の機会すら与えられず女性は首の骨を圧し折られてしまった。見せしめを兼ねて断罪されてしまったのだ。
細長く軟体化した身体を人の形に戻した締瓏は蛇のような舌をチョロチョロと出し入れしながら他の親族に視線を送る。
「私が領主になった暁には貴様らの親兄弟の地位を保証してやる。早く行け!」
任務に消極的な姿勢を見せていた者達も女性術者の死体を見て拒否できなくなった。ここで殺されるのならば武勲を立てて身内の地位を向上させるしかないと走りだしたのである。
暗殺実行犯として締瓏が選抜したのは《它家》の中でも卓越した妖混術を扱える者達だった。故にもう少し年を重ねて鍛錬すれば次期当主にもなれる実力者達だった。
そんな彼らを捨て駒の暗殺に行かせた理由は単純だった。それは《它家》内のライバルを減らすためだ。計略を持って当主の地位を手にしていた彼は、自分が年老いて衰えた際に下剋上されることを恐れていた。故に若い芽を積もうと計略したのである。
「上手くいけば皇族主流派は滅びる。よしんば暗殺に失敗しても第二策の布石とできよう」
ほくそ笑む締瓏は蛇のように口が裂けていた。
というわけで皇族排斥派が集まった集団《天睛臥龍》とそれを束ねる六頭領達の登場です。
ようやく役者は揃ったという感じですね。
第三章プロローグで告知していました通りです。
軍事大国の幹部クラスと内乱相手はどうしても必要だったので名前持ちの登場人物が多くなってしまいました。
今話の登場組織と人物まとめです。
●《天睛臥龍》
妖装流と妖混流の名門六家の頭領を盟主とした皇族排斥派の集まった組織。
同じ排斥派でも緩やかな排除を望む妖装流と急進的な排除を訴える妖混流で立場が異なる。
▼妖混流の三頭領
『混・貫信』、『它・締瓏』、『纏・暗珠』
▼妖装流の三頭領
『嵌・雲讐』、『佩・慧刃』、『具・神覧』
彼らのプロフィールは次の話で少し説明があるので今は名前だけ覚えていただければと。
次回、它・締瓏の奸計が赦鶯に迫ります。




