【宍国】の実態調査
愁国居残り組からの命令が届いた一紗たちは【宍国】の隠す事情について捜査を始めていきます。
美鳳から方針が伝えられた一紗と蕾華は目から鱗が落ちていた。
第三者目線からの助言は国力差に怖気づいていた心に活を入れたのである。
「強く見せるのは隠したい真実があるから……か」
「流石は美鳳! 【宍国】の弱みでも見つけられれば一紗さまの縁談も破談にできるわ!」
「少しは本音を隠せよ。誰に聞かれてるか分かんねーんだぞ」
「平気よ。件の皇子様もまた会議に呼び出されてるし。周囲に誰かの気配もない。今思えば定期的に皇子が呼ばれる会議も怪しいのよね」
「けど、俺達は同席できないし、結界まで張ってある。内容は知りようがない」
「だったら、明日も町に出かけましょう。私は単独行動で町の噂とか探ってみるから一紗さまはあの皇子から情報を探ってみて。だけど! くれぐれも惚れたらだめだからね!」
「惚れるかっての……」
翌日、一紗は自ら町をもっと見たいと申し出た。
好意を持つ相手から誘われたことに気を良くした赦鶯は二つ返事で了承してくれた。
「まさか君から誘ってくれるなんてね。今日のデートの希望はあるかい?」
「デートって……。まぁその、妖魔の使役っていうのに少し興味がある、かな」
「了解。初心者が調教体験できる施設もある。今日はそこに行ってみようか。ところで今日は蕾華ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「ああ。昨日気に入った店があったみたいだし、今日は一人で回りたいって」
「じゃあ正真正銘二人きりという訳だ。嬉しいな」
自然に肩に腕を回す赦鶯。相手が拒めない絶妙なタイミングで行動するため、渋々ながらも受け入れるしかないのだ。男性に慣れていない女性ならそれで距離を詰められていつのまにか落されてしまうだろう。
(油断できない男だな……)
赦鶯は一紗を抱えて飛竜種の背までジャンプした。そして自身の前に座らせる。
「手荒な搭乗で悪いね。飛竜種に跨るには思い切りが重要なんだ」
「いや……それはいいけど」
妖魔は二人を乗せて目的地まで飛び立った。手綱はしっかり赦鶯が握っているためにバランスを崩すこともない。吹き抜ける風に心地よささえ感じる。
(俺も女の子を乗せて自転車で滑走するのはよく妄想してたけど、まさか自分が女の子の立場で飛竜種に二人乗りするとは思わなかったな)
長身の男性に支えられるのは不思議な安心感があった。多くの場合身体が男性より小さい女性が高身長男子を求める理由を一紗は身を持って理解したのである。
空のドライブを楽しんでいる内に段々と高度が下がってきた。
近づく地上には動物園のような施設が見える。
「あそこか」
「うん、『妖魔観察園』だよ。降りるからちょっと衝撃に備えてね」
衝撃があると言った割には着地はスムーズだった。降りた先は駐車場のようなガレージで、沢山の移動用妖魔が繋がれている。他の客たちが乗ってきた妖魔らしい。
「いらっしゃいませ。あぁ! 殿下でしたか! どうもお世話になっております!」
「流石皇子。顔が広いんだな」
「身分というのもあるけど、ここはデートスポットとしてよく利用してるからね」
「あっそう」
律儀に入場料を支払った皇子はそっと一紗の手を握る。
「行こうか」
振りほどくのは簡単だが広い施設で迷子になると格好つかない。ガイドと割り切って赦鶯の手を握り返すしかなかった。
(他人の心の隙に入り込むのが上手い奴だ)
そんな一紗の心境は知らず皇子は得意げに施設の紹介を始める。
「ここは珍しい妖魔の観覧施設なんだ。入場料も安いし、ゆったり楽しめるから家族連れやカップルも多い。まぁ妖魔目当てのお一人様もいらっしゃるけどね」
視線を感じて振り返ると中年の男性がこちらを見て「唾棄」していた。客観的に見て一紗と赦鶯は若い男女のカップルに見えるのだろう。やはり異世界でも「リア充爆発しろ」という負の感情を抱く人はいるようだ。
(気持ちは分かるが……俺と赦鶯はそんな仲じゃない! 誤解しないでくれ!)
弁明したい気持ちもあったが赤の他人と話す機会もない。中年男性は目に毒だとでも言うようにその場から足早に立ち去ってしまった。
「赦鶯、俺は妖魔の使役がしたいと言ったつもりだが……?」
「勿論分かってるよ。この施設の中央にある『ふれあい広場』では妖魔の使役体験ができるんだ。でもそこだけ向かうのは芸がないだろう? せっかくの道すがらだ。キミとゆっくり妖魔を見ながら目的地を目指そうかと思ってね」
「うーん……言いたいことは分かるが、さっさと目的を遂げた方が他のことに時間を使えるだろう?」
「僕は一分一秒でも長く一紗との時間を共有したい。案内料として僕の我儘に少しばかり付き合っては貰えないかな?」
「ぐっ……そう言われれば断りようがない……が」
「ありがとう。キミのやさしさに感謝するよ」
本当に赦鶯は相手を自分のペースに引き込むのが上手かった。
そして実際、道程での妖魔観覧は非常に楽しめた。
「なんだ!? あの妖魔! けむくじゃらだ! すっごいアホ面だな!」
「毛満象だね。鼻が短いが立派な象種だ。ブサ可愛いと評判だよ」
「確かに見方によっては可愛いかもな」
「野生では群れで行動する。この施設全体に封印術が施されているから心配ないが、野生種は氣巧術を使ってくるから危険なんだ」
「へーよく知ってるな」
珍しい外国の妖魔は一紗の心を魅了した。
生きるのに必死だった頃は妖魔の殆どを危険な猛獣や単なる肉と見なすしかなかったのだ。こうやって落ち着いて観察する機会などほとんどなかったのである。
「うおぉ! アイツ、空飛んでたかと思ったら水中に潜って魚みてぇに泳ぎ出したぞ!」
「水辺に生息する河空類の迯魚鳥だね。河と空に適応した妖魔さ。水中と空中に逃げ場を設けることで捕食者から逃れてきたんだ」
「じゃあじゃあ、あっちの岩に化ける亀みたいなやつは!?」
「アレは擬岩大亀。見ての通りだね。油断して近づいてきた妖魔や旅人を喰らうんだ」
「あんなのほほんとしたツラで肉食かよ……」
最初こそ文句を言っていた一紗も、檻や水槽を見つけると駆けだして妖魔を見つけては目を輝かせた。子供のように説明を求めてくる姿に赦鶯の口角が上がる。
「一紗は見ていて飽きないね。はしゃぐ姿も可愛いし」
「む……俺、そんなにはしゃいでたか?」
「あの時の笑顔を後世に残したいくらいにはね」
「今後は自重する」
「いや、そのままでいてほしいな。キミの隠れた一面を見れて嬉しい。賊を皆殺しにする姿も格好良かったけれど、今の女の子らしい笑顔も素敵だった」
面と向かって褒められたことで赤面して言葉を見失ってしまった。
その間に彼は休憩室まで誘導し、自然とトイレ休憩を挟んでくれた。
用を済ませて第二次妖魔観察を再開するが、一紗の腹の虫が鳴く頃にはフードコートの近くまで着いていた。正午になる時間を考えて「あっちの妖魔はどうだい?」とさり気なくルートを誘導してくれていたらしい。
彼のようなささやかな気遣いや女性の立場に立った言動ができていれば元の世界で彼女の一人でもできていただろう。
(男として敗北感が凄い……)
惨めというよりある種敬意が湧くレベルですらある。
昼食のメニューも選ぶ前にさり気なく味の解説を入れてくれ、一紗が迷った料理があれば、彼女が選ばなかった方を赦鶯が選んでシェアしてくれた。
「美味しいかい?」
「うん……。味は文句のつけようがない」
「僕もキミの笑顔を見れて満腹だよ」
キザな台詞も鼻に突かない。模範的なエスコートだった。
(見習わないとなぁ……)
食事の旨さに夢中になっていた一紗はふと蕾華の言葉を思い出した。
『一紗さまはあの皇子から情報を探ってみて』
そう、デートを楽しんでいる場合ではない。妖魔に夢中になっている暇もなければ料理に満足している暇もないのだ。完全に赦鶯のペースに呑まれていた。頭を振った一紗は改めて皇子の抱える事情について探りを入れてみることにした。
「赦鶯は何か悩み事ないのか? 奢られてばかりだし、何かあれば相談に乗るぞ?」
「おや? 気遣ってくれるのかい? キミは良いお嫁さんになれるよ。うん。今の大きな悩みは意中の女性に振り向いてもらえないことさ。愁国出身の喧嘩が強い姫君なんだが」
「はぐらかさないでくれ! 皇子なら政治とか人間関係とかで色々悩みあるだろ?」
「成程。政情不安の国には嫁ぎたくないってわけだね? うん、でも大丈夫! 見ての通り【宍国】は良い国だよ。キミも自分の眼で確かめられたはずだ」
「いや、まぁ確かに良い国……ではあるが、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてっ!」
「難しい話はまた今度にしよう。それより食べ終わったなら、『ふれあい広場』へ行こう! キミが望んだ妖魔調教ができるよ!」
「あっ、ちょっ――」
強引に手を引かれた一紗は『ふれあい広場』に連れていかれる。話をはぐらかされた感は強かったが、施設の豪華さ、妖魔の多様さもあってすぐに疑問は吹き飛んでしまった。
そこは大きな施設で既に多くの客たちが妖魔と触れ合っていた。
小動物系の妖魔を愛でる子供もいれば、乗馬体験のように跨って移動を楽しむカップルの姿も見える。しかし、中には本格的な妖魔調教コースなるものがあった。
高めの別料金が要求されるが、非常に細かく妖魔の調教をレクチャーしてくれるコースのようだ。
「初めてのお客様ですね。ではこちらの兎種はいかがでしょう?」
「あ、教育係さん。この娘は僕が教えるから、他の人の方をお願いできるかい?」
「殿下がそうおっしゃるのなら……」
皇子の言葉は強力だ。何の疑問も持たずに教育係の青年は他の客の方へ行ってしまった。
「一紗、好きな子を選んで。自分が調教したい子を」
「兎種が初心者向けなんだろ?」
「関係ないよ。パートナーの選定は第一印象が大事なんだ。『この妖魔を使役したい』って気持ちがね。だから一紗の好きな子を選んでいい。大丈夫、僕も協力するから」
皇子に肩を持たれて安心した一紗は調教用に並べられた妖魔を一体一体吟味していく。
その中で目に止まったのは毛むくじゃらの象型妖魔、毛満象だった。
すると、今まで黙認していた係員が飛んできた。
「お言葉ですがその子は上級者向けですよ? 殿下ならともかく初心者の女の子では」
「大丈夫。彼女は僕が妻に欲しいと思った人だ。やりたいことをさせてあげたい。万が一の時は僕が抑えるから怪我人は出ないよ」
「し、承知しました」
「パォオオ――ン!!」
毛満象は大きく鳴いていた。他の受講者たちも皇子と美少女の調教に目を奪われている。大衆の注目が集まると緊張感が増してしまう。
「これ、どうすればいいんだ?」
「大丈夫、リラックスして。相手と目を合わせるんだ。まずは好物の果実を持って近づく」
「コレをあげれば仲良くなれるのか?」
「大人しい妖魔はそうだけど、この子はそれだけじゃだめだ。ただ餌をやれば自分に供物を捧げてくる下僕としか見なさない。舐められないようにして」
「上級者向けと言われる訳だな。するってーと威嚇すればいいのか?」
「一般的な《巫族》ならそれでいいけど、惡姫が威嚇すればこの子は委縮して逃げちゃうよ。あくまで対等の友人を目指すんだ。友人を威嚇したりしないだろう?」
一紗は赦鶯の助言に従って餌で釣りながら、まずはその体毛に触れた。触り心地はモフモフである。今すぐにでも毛の中に飛びこみたいが、信頼関係が構築していない状態でダイブは危険だった。現に初めこそ接触を許していた毛満象は身体を震わせて興奮し始めている。
「いったん下がって。餌の一部だけ床において下がるんだ。この子が餌を食べるために姿勢を下げたとき、頭を撫でる。いいね?」
「……分かった」
そーっと頭を撫でてやる。毛満象は餌に夢中で気にしていないようだ。
相手が油断しきっているのを確認した赦鶯がそっと耳打ちしてくる。
「頃合いだね。この子の背中に乗るよ。……一、二、三!」
腕を引かれて毛満象の背に乗ると驚いた様子で暴れ始めた。
振り落とされないように必死で毛を掴んでしがみ付く。
「いいぞ! 一紗! 毛を引っ張ってこの子の進路を誘導するんだ」
「くっ、虎の方が大人しいぞ、コレ!」
暴れる妖魔に振り落とされないように搭乗する一紗達。
何とかしがみ付いて誘導を続けると、毛満象も数分後には落ち着きを取り戻した。
「良い感じだ。この子に餌をあげて」
言われた通り餌を顔の方に向かって落とすと毛満象は「パオパオ」と短く鳴き、今度はゆっくりと移動し始めた。
「よし、この子は一紗を友達と認めたようだ。食べ物を与えるだけだと格下認定される。脅かせば委縮してしまう。妖魔の調教には信頼関係こそ必要なんだ。今は一紗を背中に乗せる代わりに餌を貰えるという関係が成り立っている。調教は成功だよ」
「そっか。でも上級者向けってわりに背中に乗るだけか?」
「勿論それだけじゃない。一紗、この子の耳を叩いて丸太の方に誘導するんだ」
ポンポンと叩いて丸太の方角に向かうよう毛を引っ張ると毛満象は牙を触手のように伸ばして丸太を掴んで目の前に置いてみせた。
「うわっ、こんなこともできるのか……」
「ああ。伸縮自在かつ硬度変更が可能な牙のおかげでこの種は鼻が退化したんだ。野生種は氣巧術も使えるから一部の部族は愛用してるよ」
背から降りると毛満象は打って変わって一紗に懐いてきた。牙でハグして長い舌を頬にすりつけてくる。
「ははっ可愛い奴め。こんなに人懐っこくなるんだな」
「一紗の筋が良いんだよ。見物の衆! 毛満象を調教してみせた異国の姫に拍手を!」
「おぉ!」「すごいぞ嬢ちゃん!」「カッコよかった!」
他の受講者や指導員、係員たちから盛大な拍手が贈られる。
素直な称賛が嬉しく自然と笑顔がこぼれた。
素敵な思い出ができた一紗は満足して龍閣城へ帰投した。
城に着くなり会議に招集された赦鶯と入れ替わるように蕾華が抱き着いてきた。
彼女も先程帰ってきたらしく、非常に疲れているようだ。
「一紗さま、町で耳よりの情報は得られなかったわ。必死に探したのに一個も出てこないの!叩けば埃が出ると思ったのに……。【龍閣】から出ようと思ったら門番に止められるし。一紗さまの方はどうだった?」
「へっ!? あ、ああ。怪しいところはなかった……な。うん、なかった」
「本当にぃ? 一紗さま、まさかデートを楽しんでいただけなんてことないでしょうね?」
「ない、よ?」
「……視線合わせてくれる?」
「だから、何もな―――」
言い訳しようとした口は蕾華の唇に塞がれた。
何かが口の中で暴れていた気がしたが、恥かしさが感じさせた幻触だと自分に言い聞かせる。
やがてゆっくりと唇が離された。
「うん、よかった。まだ一紗さまの味だわ。こっちが無事なら下の方も無事ね!」
「ちょっ! おまっ! どんな確認方法だよ!?」
一紗は内心安堵していた。例え事故でも唇を奪われれば間違いなく蕾華が赦鶯を殺しに行くだろう。そして前科のある彼女を【宍国】の人間は許さないはずだ。
(色んな意味で安心できねぇ。早いところ、この国の隠し事を見つけねーと)
「せめて会議の内容が知れれば国が抱えている事情が知れるんだけど……ね」
あれから何度か会議が開かれている様子だったが、一紗達は一度も呼ばれていないのだ。警備も厳重で忍び込むすきなどない。二人は成果の無さに仲良く肩を落としたのだった。
エスコートが上手い赦鶯によって一紗は乗せられてしまいました。
結局有益な情報は得られていません。
蕾華は一紗の縁談を潰すために
一紗は万が一戦争になった時のために
【宍国】の弱点を探り続けます。




