赦鶯の力
一紗たちは次の娯楽、妖魔対戦を観戦しに行きます。
食事を済ませた一向は蟲型妖魔のバスに乗って空路から目的地へ向かうことになった。
目指す先は横に広いドーム状の施設である。一つだけでなく、大きさの違う複数の施設が併設されていた。遠目からでも建物群は確認できた。その中でも一際大きい球技場のようなコロシアムに近づいていくと、客の歓声が聞こえてきていた。
「午後の部、第一試合は始まってるみたいだね」
「途中入場してもいいの?」
「勿論。入り口で切符を買えば出入りは自由だよ」
例によって皇族待遇の特等席に案内されると、ちょうど試合の決着がつくところだった。
猿型の妖魔が勝利したようだ。その妖魔と使役者には既視感があった。
「あれは『美麗競催』に出てた男じゃないか」
「覊・最猛選手と『炎悟申』だね。彼は元々武闘派だしこっちが本業だよ。前回の大会では第三位だったかな?」
「へー両競技とも出る人もいるのね」
「彼は競技の賞金で生活している選手だからね。平時は旅に出て武者修行し、妖魔を仲間に加えて大会の時期に戻ってくるんだ」
その後も滞りなく多種多様の妖魔が対戦する姿を見ることができた。
鍛え抜かれた身体能力で戦う妖魔もいれば、氣巧術を使用する知恵者の妖魔も存在していた。
妖魔同士の闘いは迫力のある者で観客が盛り上がるのもよく分かった。
そして妖魔だけでなく、使役者の方も非常にレベルが高かった。相性の良い氣巧術の使用を命じて相手妖魔の防御を突破したり、相性が悪くても罠作成を命じて逆転勝利となる者もいた。
「素晴らしい攻防だな。人による命令があれば妖魔はここまで戦えるのか」
「命令だけじゃないよ。《巫族》と妖魔の間には確かな絆がある。だから妖魔も信頼して指示を仰いでいるんだ」
いつしか一紗と蕾華は会場の熱気に呑まれ、妖魔対戦に夢中になり、勝敗を予想し合うようになっていた。
「勝敗についてお金を賭けることもできるが、初心者にはお勧めしないよ?」
「やらないわ。あくまで観戦してるだけだから」
次の対戦者が二名入場してくる。二人は握手を交わすと、陣地の方へ退き返して向かい合う。そして札を手に取った。
「「〈召喚〉!!」」
男達が叫ぶと二対の妖魔がそれぞれの前に出現する。
片方が召喚したのはヒグマに鎧を纏わせたような妖魔で明らかに強そうだった。
他方が召喚したのはハエトリソウをより凶悪にしたような植物型の妖魔である。
「アレは捕喰蔓!?」
「蕾華、あの妖魔を知ってるのか?」
「当然よ。捕喰蔓は【木国】にしか生息してない食人植物妖魔。年間でも何人か犠牲者が出てるの」
「犠牲者って《杜族》だよな? あの妖魔、そんなに強いのか!?」
話している間に試合は始まる。蔓と溶解液を駆使する動きの速い捕喰蔓を相手に熊型妖魔は苦戦しているようだ。勝負はすぐに決するように思えた。
「「なっ!?」」
勝敗は予想通り早くに決した。結果も想定外だった。
なんと熊型妖魔が俊敏な捕喰蔓を叩きのめして勝利したのである。
「一瞬、捕喰蔓が突如不自然に停まったように見えたが……」
「一紗さまも? 私もそう見えたわ」
捕喰蔓の使役者も結果に納得できずに審判に抗議している。
客席にまで不穏な空気が漂いだしたとき、赦鶯が腰を上げた。
そして対戦者二人に堂々と宣言する。
「今の試合は無効とする!」
「はぁ!? 俺が勝ったんだ! 抗議される謂れはない!」
今度は熊型妖魔の使役者が抗議する番だった。相手が皇子でも引き下がろうとしない。会場は不穏な空気に包まれる。
「分かった。君が妖魔対戦で僕に勝ったら試合無効は取りけそう。賠償として金貨五十枚も授けることを約束する」
「魅力的な話だが、殿下の妖魔は強力だと聞いている。やるならハンデをつけていただきたい」
「いいだろう。僕は自分の妖魔を使わない。そうだな、君! 妖魔を貸してくれないか?」
赦鶯が声をかけたのは捕喰蔓の使役者だった。
「殿下の申し出なら喜んで。ですが、私の手持ち妖魔は移動用の紅眼狼しかおりませんが」
「その子でいいよ。貸してくれ」
彼が狼型の妖魔を召喚すると赦鶯はその頭を優しく撫でた。様子を見ていた対戦者は嘲笑を隠さなかった。
「妖魔を変えた方がいいぜ! いくら殿下でも俺の黒鎧獣相手に狼で勝てる訳ねー!」
「番狂わせの方が会場が盛り上がる。変更はなしだよ。かかっておいで」
優雅で冷静な挑発だった。格下の妖魔で強力な妖魔を相手にするという状況、皇子自らが参戦するという状況に会場は再び盛り上がった。両者は握手した後、位置に着く。
「紅・赦鶯殿下と欣・斑浄による妖魔対戦、始めてください!」
恐縮する審判の言葉を合図に妖魔対戦が始まる。
先に動いたのは斑浄の操る黒鎧獣だった。大降りの拳を振るい、一撃で仕留めにきている。重量差に筋力差が明確であり紅眼狼の方が明らかに分が悪い。そして何より彼の使役する妖魔は借り物なのだ。即席のチームワークなどないはずである。しかし――
「紅眼狼! 右に跳んで側頭部を狙え!」「ガルゥ!」
まるで生まれてからずっと赦鶯が育ててきたように紅眼狼は命令に従った。そして指示も的確だった。少しずつだが着実にダメージを与えている。
「赦鶯ってこんなに妖魔の扱い凄かったのか」
「彼の方が妖魔と呼吸を合わせているみたい……」
即席コンビでよく動けているのだが種族差の暴力は埋めようがない。耐久力も腕力も体格も全て黒鎧獣が上だ。唯一速度は紅眼狼の方が上だが段々と疲れが蓄積しているのが分かった。体力が尽きて嬲られるのは目に見えていた。
「ふん、そろそろ疲れてきたか? 殿下! 報酬は貰うぜ!」
妖魔の疲労を感じ取った斑浄は黒鎧獣に猛攻撃を命じる。
息を切らせていた紅眼狼に大振りの爪撃が迫った。
「今だ! 躱せ!」
「何っ!?」
明かな疲労は攻撃を誘う罠だった。紅眼狼はギリギリのタイミングで躱して一撃を入れる。それでも耐久力のある体躯には大した損害は与えられなかった。しかし、猛攻撃命令を受けている黒鎧獣は無理な姿勢で追撃を続けてしまい、最後には脚を捻挫して倒れてしまった。
「身体の大きい生き物程、重心の関係で脚に負担がかかる。普段は本能的に分かって無理な動きはしないのだが、妖魔対戦では無茶な命令をする使役者がいるんだよね」
「ぐっ! 立て! 黒鎧獣! お前はこんなものじゃないはずだ!」
主に応えるように立ち上がる妖魔。審判もまだ戦闘不能とは見なさないようだ。
「やれやれ! 仕方ない。止めを刺してあげようか! 紅眼狼!」
「ガウッ!」
紅眼狼が飛びかかり、黒鎧獣の首元に喰らいついた。
その俊敏な動きに初めて動揺を見せる斑浄。
「馬鹿な!? なぜ動ける!? どうして俺の術が効かない!」
「キミが封印術で対戦相手の動きを封じていたのは知っている。神聖な試合で氣巧術の使用は禁じられている。だから僕が君の封印術を封印したのさ。握手した時にね」
「ぐっ! あの時か!?」
「さて、不正者には罰則が必要だな」
「クソッ! こんなところで捕まってたまるかァ! 黒鎧獣!」
斑浄は自身の妖魔の口に木の実を放りこんだ。それを口にした黒鎧獣は身体を二倍程に膨張させる。鎧のような外皮もより殺人的な形状に変化していた。
「覚醒実か。不正行為の次は違法果実の使用……正々堂々という言葉はないのかな」
「ハハハ! もう賞金はいらん! 黒鎧獣! 敵を殺せ!」
「ウォオオオオ!!」
興奮した黒鎧獣は頑丈な腕を薙いだ。その結果、最初に死んだのは主である斑浄だった。最早敵味方の区別すらついていないらしい。
「うわぁ……お気の毒。自業自得感満載だけど」
「暴走状態で我を忘れるか。すっげぇ親近感涌くなぁ。出来れば殺さずに止めてやりてぇ」
闘技場すらどんどん壊されていく。このままでは観客の被害も出てしまう。一紗が客席の注意を引いている内に蕾華が木属氣巧術でバリケードを作る。そしてすぐに黒鎧獣の前に立った。そんな二人を赦鶯が制止する。
「二人共下がっていてくれ」
「赦鶯、丸腰で挑むのは危険すぎる。俺と蕾華が前衛で戦うからお前は後衛から援護を――」
「いや、一人で十分だ。こういうときに身体を張るのが男の役目さ。一紗、キミが敗けるとは思わないが傷つく姿を見たくない。だから少しばかり僕に出番をくれないかい?」
淑女扱いされてリードされることに慣れていない一紗は面食らってしまった。想い人を取られたくない蕾華が一紗に抱き着いて赦鶯に威嚇する。この一連の流れで二人の少女は後衛に皇子が前衛になる状況となる。狙ってやったのかもしれない。
「さぁ、黒鎧獣クン、怒りを鎮めてくれないかな?」
赦鶯が手を翳して睨み合うこと一分。
黒鎧獣は段々と大人しくなり、赦鶯の指を舐めるまでに至った。妖魔の落ち着きを見定めた赦鶯は懐から解毒剤を取りだしてその口に放り込む。やがて黒鎧獣は深い眠りについた。
「凄い殿下!」「流石皇子!」「妖魔を傷つけずに場を収めるなんて!」「惚れ直しました!」
四方八方の客席からは赦鶯を称賛する声が聞こえてくる。
一紗たちも呆然としてしまった。
「氣巧術も使っていなかったよな?」
「うん、凄いわ……。暴走状態の妖魔を抑え込むなんて」
「当然です。殿下にかかればあらゆる妖魔は僕になります」
「うわっ! 凛透サンか。びっくりした」
城で待っていたはずの赦鶯傍盾人の男性が音もなく背後に立っていた。
「ねぇ、あらゆる妖魔は僕になるってどういう意味なの?」
「言葉通りですよ。殿下がまだ幼い頃、暗殺を企てた妖魔使い達がいました。全員が凄腕の使い手で扱う妖魔も危険種ばかり。ですが暗殺は未遂に終わりました。理由は賊の妖魔を全て殿下が乗っ取ったからです」
「えーっと……妖魔ってそんなに簡単に操れるもんなのか?」
「まさか。本来は長い調教期間や擦りこみがいります。まして他者の妖魔を奪うなど事実上不可能。城にも危険種が飼ってありますので姫も一度お試しになりますか?」
「遠慮シトキマス……」
「賢明な判断ですね。調教中の妖魔に殺される事故は《巫族》でも起こりえますから」
涼しい笑顔を向ける凛透だが一紗は笑えなかった。
「さて、もうじきお夕食のお時間なので呼びに参りました。城へお戻りください」
「騒ぎになってしまったし、その方が良いかな。一紗、蕾華ちゃん、行こうか」
迎えの飛竜種に跨り、龍閣城へと戻っていく。
その道中、一紗たちの顔色はすぐれなかった。
(国だけじゃない。領主本人も相当強い。しかもまだ底を見せてねぇ。弱点でも見つけられれば上手く縁談を断れると思ったが……相当厳しいぞ)
(全ての妖魔を下僕にできるって超危険人物じゃない……! 仮に戦争になれば自領の妖魔を兵力にできるし、他国の妖魔を操って襲わせることさえできる。どうしろっていうの!?)
城に入った二人は着替える時間の隙を見つけて『転伝識字』で【宍国】の状況を【愁国】に伝えた。――「戦争になれば勝ち目なし」と。
妖魔対戦は読んで字の如く育てた妖魔同士を戦わせる競技です。
《巫族》一番の娯楽ですね。観戦も参戦も非常に人気が高いです。
そして今話は赦鶯の実力の片鱗が見える回でした。
低級・中級妖魔は一瞬で調伏でき、場合によっては危険種も下僕にしてしまえます。
妖魔が生息する紅華帝国においては非常に有益な能力です。
この力ゆえに皇子は畏敬されています。




