【宍国】の地方経済
州都へ向かうまでの道中のお話です。
一紗たちは【宍国】の地方を観光していきます。
一紗が赦鶯について考察に耽っていると守隆が再び声をかけてきた。
「姫様方、次の村で少々補給を行いたいのですが、かまいませんかな?」
「ああ。補給は大事だからな。だが村人からの貢ぎ物はいらんぞ」
「そうそう。僻地の村なんて偉い人が来るのが珍しいから自分達の備蓄さえ考慮せずに張りきっちゃうからね」
「その心配はいりませんよ。食糧が足りなくなることはありません故」
自信満々に笑う守隆。
彼の言葉の意味は村に着いてから理解することになる。
「なんだここは……?」
「本当に村なの?」
訪れた居住地は「村」と形容するにしては大きすぎた。
見渡す限り農地が広がっている。田んぼから畑、妖魔の畜産業まで行われているようだ。
人々は妖魔を農作物の育成や収穫に利用したり、野生妖魔から果樹園を守る傭兵として使役している。家畜化された妖魔の世話をしている村民も散見された。
「妖魔を使った大規模農園……か?」
「ここまで人々の生活に根付いているなんて……」
「ここは国内に十二ある大農村の一つです。これでも一番小さいですよ」
「ちょっと散歩してもいいか?」
「ええ。お供いたしましょう。私の部下共が買い取りを終えるまで時間もかかるでしょうし」
許可を得た一紗と蕾華は物珍し気に周囲を散策する。
追随する範・守隆が一目で分かる身分証明書を身に着けているようで、出会う村民からは深々とお辞儀をされてしまう。
「あの、よろしければお一つどうですか?」
「いただこうかしら……おいしいっ!」
「本当だな。瑞々しくて甘い」
――日没も近かったためにこの農村で一泊することになった。
宿泊施設は地主の家のような広い屋敷だった。実際食糧を管理する役人の施設らしい。公職といっても偉ぶる態度は微塵もなく、非常に遜った態度だった。
「ようこそお越しくださいました。我ら一同、歓迎させていただきます」
風呂こそ【慶酒】には及ばなかったが木製で広い一人洗い場だった。
また、食事には妖魔の肉やこの農村で育てた野菜と果物がふんだんに使われており、農村というのが信じられない豪華な料理が振舞われることになった。
「こちらは妖魔の牛乳ですね。手前の皿には妖魔の生肉になります。新鮮で感染症の心配もありませんよ。魚の生け作りはすぐにお持ちいたしますね」
「至れり尽くせりだな。……無理してないか?」
「いえいえ。姫様のような美しいお方にお召し上がりいただけるなら我々にとって至高であります」
「私も姫として《杜族》として良いものを振舞われてきたけれど、ここは農村の待遇とは思えない一品ばかりね」
「ああ。【愁国】の町でもかなりいい店じゃないと見ない料理ばかりだ。まぁ、無理してないってんならありがたくいただくが……」
毒なども念のため警戒していたが、匂いを嗅いだ蕾華が薬剤は使われていないと首を横に振る。腹も減っていたために箸で一つまみすると一気に旨味が口いっぱいに広がった。
「「美味しい!」」
「恐縮にございます」
料理はどれも美味であった。味付け、調法も素人のレベルではない。全てが一流である。
料理の美味しさに警戒心は萎み、箸が進んでしまった。
「食った食った~」
「お腹いっぱーい」
食事を終えた後は寝室へ案内される。女性二人だと気を遣われて即席の侍女まで用意してくれる厚遇ぶりである。
「どういうつもりなんだ? 寝込みを襲うつもりだろうか?」
かつて帝国を放浪する中で酷いめに遭っていた一紗はつい警戒してしまうが、侍女達から殺気は感じない。「蕾華と二人きりにしてほしい」と頼めば大人しく隣の部屋に引き下がった。
「念のため、交代で眠ろう」
「ええ。ちょっと待遇良すぎで不気味だわ」
結局。その夜は何も起こらなかった。本当に客待遇をしてきただけのようだ。
しかし疑心は払拭できない。全てが油断を誘うための布石であるという可能性も残っているのだ。一紗と蕾華は出発後も馬車の中で交代の休眠を続けた。
「一紗さま! 起きて!」
何度目かの仮眠を取っていたとき、蕾華に揺り起こされた。
「どうした!?」
飛び起きた一紗の腕を引っ張って、窓枠から見える景色を指さす。
目の前には大都会が広がっていた。
【愁国】の州都【武言】と比べても面積と店の発展度合が段違いである。
遠目でもダチョウのような妖魔に乗った町人や馬型妖魔に商材を運ばせる商人が見える。人口も非常に多いようで、町全体が賑わっていた。
「まだかかるって聞いたのに――」
「【宍国】の州都についたのか……?」
「いいえ、姫様。ここは州都ではありません。【廣廛】という町にございます」
先導する範・守隆の説明に二人は目を丸くする。
この大都市が州都ではないというのだ。しかし地方都市というには発展しすぎている。
関所を通過して入町すると、より先進具合が明確になった。
空中には鳥型妖魔や蟲型妖魔が飛び交い、物資を運んでいる。
「お届け物でーす。受け取り署名をお願い致します」
「あら、もう届いたの? ありがとー」
農産物の籠を運んできた鳥型妖魔が受取人と会話している。
「妖魔が言葉を話してる!?」
「いえ、アレは契約した妖魔の眼と口を借りて使役主が話しているだけですよ。妖魔はあくまで主の命令通り物資を運んでいるにすぎません」
「使い魔と感覚を共有するなんて《巫族》ってすげーんだな」
「妖魔が生活に直結してるのね」
陸路では妖魔の引く馬車が行きかい、空路では六枚の羽のある巨大蟲型妖魔が多脚に人々を座らせて移動している。まるで空中バスのようである。
道行く女が笑顔なのは治安が良い証だろう。
「これが地方都市……?」
「嘘だろ……?」
「ほっほっほ、お気に召しましたかな? この国の発展ぶりも全ては紅・赦鶯様の政策によるものです」
一紗と蕾華が言葉を失っている間に市役城へと案内される。
そびえ立つ廣廛城も地方の市役城とは思えない輝きがあった。
「【愁国】の姫様方、長旅ご苦労様でした。ごゆるりとおくつろぎください」
入城するや否や市政長が直々に挨拶してくれた。
尊大な態度もなく、女だからと馬鹿にした様子もない。外交使節と同等の待遇で迎えられた。接しているだけで礼節を弁えていることが分かる振る舞いである。
宿泊部屋に着いた一紗は付近に【宍国】の人間がいないことを確認して蕾華に話を振った。
「【宍国】についてどう思う?」
「何かあったら戦争も辞さない覚悟だったけれど、今の【愁国】の手勢ではかなり厳しいわ。大雑把に計算しても4:6いえ、3:7でウチが圧倒的不利ね」
杞憂だとは笑えなかった。彼女の下した【宍国】の評価は過大ではなかったのだ。
国内最小の農村ですら広大で生産性が高い。数ある地方町の一つでしかない【廣廛】は大都市レベルの賑わいぶりだ。今の【愁国】は【宍国】の地方町にすら劣っているのである。
二人は町で買った【宍国】の地図に目を通してその強大さに益々辟易した。
今までこの国を観察した二人の心情は一致していた。
((国力が違いすぎる……))
地方の発展度合に驚嘆するお話でした。
大きな内乱が頻発する紅華帝国の中にあって、
治安を維持し地方すら開拓している【宍国】は非常に強い国な訳です。
※五大国があるため見劣りしますが、他の国々からは先進国扱いされています。
次回、一紗たちは州都へ到着します。




