《巫族》について
一紗達は【宍国】へと向かいます。
その道中のお話です。
一紗と蕾華は馬車に乗って【宍国】に向かった。
乗り心地も非常に良く快適な旅路である。嫁入り話で頭に血が上っていた蕾華も慰安旅行のような状況に機嫌が直ってきたようだ。隣でずっとくっついている。
「――にしてもまさか馬車の迎えを寄越すとは思わなかったな。あくまで外遊を兼ねた来訪だと伝えたはずなんだが……」
「少しでも一紗さまに気に入られたくて必死なんでしょう? 不愉快極まるけど、思惑としては理解できるわ」
【宍国】の馬車の性能が良いのか御者の操縦技能が高いのか移動中も不愉快な揺れはない。それでいて結構な速度で走っている。移動に慣れてきた頃、馬車の操主が声をかけてきた。
「姫様、乗り心地などはいかがでしょうか?」
「ん? 問題ねーよ。アンタ【愁国】のどの御者より運転上手いよ」
「光栄であります。道中休憩など御所望でしたら遠慮なくお声がけください」
御者は馬型妖魔を巧みに操っていた。
到着までまだ時間がかかりそうだ。手持無沙汰になった一紗は蕾華に《巫族》のことをもう少し尋ねてみることにした。
「《杜族》の間では《巫族》ってどれくらい知られてるんだ?」
「《杜族》っていうか五大民族で《巫族》を知らない人はいないはずよ」
「へ? 有名人でもいるのか?」
「五大民族の間で有名な昔話があるの。『七龍裁き』っていう伝説なんだけどね」
蕾華曰く遠い昔の龍使いについて記述された伝承物語なのだという。
古の時代、強力な力を持つ五大民族がその力に驕って少数民族達を虐げていた。その時に弱者の味方として現れたのが七体の神龍を従えた《巫族》の青年だった。
彼が使役する神龍は文字通り天災を引き起こした。
彼は圧倒的な力をもって覇道を進む五大民族を懲らしめて自領へと追いやり、二度と他民族を虐げないことを誓わせたのだという。
それは始皇帝が登場するよりも遥か大昔の話だと伝承には記載されていたらしい。
「……本当にそんなことがあったのか?」
「嘘よ、嘘。そんなに凄い人材がいたなら始皇帝じゃなくて《巫族》が天下を統一してるはずだわ。第一人間が七体もの神龍を従えるなんて眉唾ものだしね」
「……違いない」
「でも五大民族の間では優れた血統に驕るべからずって教科書的に伝えられてるの。調子に乗ってると神龍使いの裁きをもらうぞってね。子供の頃から耳にタコができるくらい聞かされたわ」
あの広大な領土を持つ五大民族が拡大してこないのは神龍遣いを恐れてのことだとすれば辻褄が合うが、蕾華の指摘通りそんな人物がいるなら天下統一を果たしているはずだった。
「本当に神龍遣いがいるなら今の愚帝を裁いてくれねーかな」
「そうね。天下を乱れさせた罪人だし! 今度は《杜族》も味方するわよ、きっと」
お伽話に花を咲かせていると護衛として並走していた老兵が「ほっほっほ」と笑った。旅立ちの際に範・守隆と自己紹介してくれた彼は、送迎の護衛隊長であった。眼帯が目立つ強面のために厳格な老兵の印象を受けたが、好々爺のような優し気な笑い方である。
「お嬢さん方、懐かしいお話をされていますな」
「あ、聞こえてた? 眉唾とか言って気を悪くしたかしら?」
「いえいえ。『七龍裁き』は【宍国】でも伝わっていますが、我ら《巫族》にそのような力はありません。龍種を使役できる妖魔使いはここ百年現れておりません故……」
「ん? 飛竜種の妖魔は使役できるんだろ?」
「飛竜種と幻龍種は猫と虎くらいには違いがあります。それでも飛竜種に認められ竜騎兵となれる《巫族》は多くないですがね……」
ちょうど上空を飛竜種の妖魔が飛んで行った。翼と前脚が一体となったのが飛竜種、翼とは別に前脚が存在している、或いは前脚と後足だけで飛行できるのが幻龍種だという。また飛竜種は幻龍種に比べて身体が小さく、人に慣れやすい特徴があった。
一般的に龍種とは幻龍種を指すようだ。幻龍種の中も『神龍』『王龍』『将竜』『並竜』という格付けが存在するが今の【宍国】には最下級『並竜』の使い手すらいないらしい。
「幻龍種など《戮族》の名持ちが数人がかりでも狩に失敗することがある凶暴種。アレを使役していた先祖がいるのも信じられないくらいですよ」
一紗は【愁国】の湖畔で出会った龍種を思い出していた。確かに凶暴で大きく、氣の量も膨大なあの化け物を飼いならせるとは思えなかった。
「ヴォオオオウ!!」
突如、妖魔が進路に現れた。角が立派な野牛型で鼻息が荒い。
前脚で砂利を蹴り、今にも突進してきそうな程興奮している。
「こんな公道にまで妖魔が出るのか!?」
「流石は【宍国】。妖魔は【慶酒】より豊富みたい。私達も助太刀しましょう」
「いえ、姫様方はお待ちください」
馬車から飛び出そうとした一紗らを護衛の男達が制止する。
隊長の範が前に出て妖魔と眼を合わせる。そして数秒手をかざすと野牛妖魔は徐々に落ち着きを取り戻し、森の中へと消えていった。
「自分達の腕を見せるために殺すのかと思ったが、逃がしてやるんだな」
「武器の材料や食材として有効活用のために狩るならともかく、無闇に妖魔を殺すのは《巫族》の流儀に反しますからね」
「けど、公道に出没するなら子供とか危なくないの?」
「心配ご無用。貴女方《杜族》が幼少期から氣巧術に秀でているように我々《巫族》は子供でも妖魔の扱いには慣れております。倒すことはできずとも気を反らす術は心得ております故」
道の端で保護者の引率なく遊ぶ子供も見えるため誇張表現ではないようだ。
彼ら《巫族》は本当に妖魔と共存しているらしい。しかし、範・守隆が妖魔を落ち着かせた手際は普通ではなかった。封印術などの氣巧術も駆使せず、ただ眼力で制して手をかざしただけだったのだ。
「守隆さんなら、幻龍種も操れるんじゃねーの?」
「いえいえ。私も若い頃は野心に燃えて幻龍種の捕獲と調教を試みましたが、ご覧の通り、右目を潰されまして……」
彼が眼帯をめくるとその下には生々しい爪痕が克明に刻まれていた。
「……この古傷の痛みは自分の矮小さを教えてくれます」
潰れた右眼は妖魔調教に秀でた《巫族》でも幻龍種調教は非常に困難だと示していた。百年間龍種を従えた《巫族》がいないというのも嘘ではないらしかった。
しかし龍種を使えないといっても護衛達の力量はかなり高かった。
彼らが上手く妖魔を躱してくれたために、その後も一滴の血を流すこともなく快調に進むことができた。
妖魔の襲撃も盗賊の襲撃もなかったが、一紗にとって我慢ならないことがあった。
「姫様、我が家で育てた桃はいかがでしょうか?」
「こちらは我が国で人気の干し肉にございます」
護衛兵たちから差し入れが入ってくるのだ。最初の方はありがたく頂戴していたが、小休憩ごとに渡されるために少々うんざりしていた。
「お前ら、そんなに気を遣わなくていいって」
「しかし、姫様は我らが殿下の妃になられるお方。丁重に持て成せとのおおせが……」
「ちょっと! 一紗さまの嫁入りは決まってないわ! 今回はあくまで旅行! うちの美鳳がそう伝えたはずだけど!?」
「なにをおっしゃいますか! 我が国は経済軍事共に優れ、非常に安定しております! 女子の幸せは結婚でしょう!?」
「こう言ってはなんですが、玉の輿ですよ!? 恐れながら一紗様は出自が不明瞭でありますし、我が国の殿下はそれでも受け入れると―――」
「無礼者めが!」
若い護衛兵は範・守隆に殴り飛ばされた。殴られた兵士を含め、護衛兵士一同が地面に頭を付いて平伏する。
「この乱世で嫁ぎ先を不安に思うのは当然のこと! 故に姫様は視察を兼ねて来てくださったのだ! 血筋だけの田舎姫より余程思慮深いではないか!」
非常に暴力的な鉄拳制裁だった。
「も、申し訳ありません! 姫様にご安心いただけますよう我ら一同心を砕き――」
「ワシじゃなくて姫様に謝れ愚図共がァ!!」
「「「申し訳ありませんでした! 一紗様!!」」」
ボコボコにされながらも頭を垂れる護衛兵達は痛々しかった。
一紗と蕾華は苦笑いしながら目配せする。
「私達の第一印象は間違ってなかったみたいね」
「ああ……鬼教官だったな。こりゃ妖魔も逃げだすわ」
これを機に慇懃無礼な気遣いはなくなったが、範・守隆の説教内容も一紗の心情とはズレていた。やはりこの国では女の幸せは玉の輿であると誰しも疑っていないようだ。
嫁入り自体に興味がないということは考えつかないらしい。
(こんな世の中じゃ当然か。……でも裏を返せば自分達の君主が確実に気に入られると自信を持っているっつーことだな。紅・赦鶯、一体どんな人物なんだ?)
側室を持っているというのは皇子なのだから当然といえば当然だ。
もしかすると、政治的策略や周囲への義理立てから嫁に囲ったのかもしれない。本人自身は高潔な人物なのかもしれない。「女好き」という前評判もライバルの兄弟達が流した嘘の可能性もあった。
送迎の責任者として派遣された範・守隆さんです。
それだけ皇子から信用されています。
好々爺っぽくみえてキレやすい現代風の老人です。
実はかなり高齢ですが、それを感じさせないほど姿勢が良い老兵です。




