修羅をおさめる姫
両者が命を懸ける中、美鳳たちが合流してきます。
一紗と刑楽が命懸けで斬り結んでいる間に満喰を下した美鳳達が駆け付けてきた。
仲間達は一紗の姿を見て戦慄した。普段の朗らかさの名残は一切なく、殺意と憎悪の塊と化していたのだ。正気を失っていることが一目で分かる。
「一紗さま、どうして……!?」
「恐れていた事態が現実に……! 一紗の中の修羅が目覚めてしまった」
「姉御、修羅に心が持って行かれちまってる!」
降伏した胡・洋は自軍の将に敗戦を伝えるために前に出る。
「劉殿、既に殿下は討たれ、我々【寥国】は降伏しました。すぐに武装解除してください!」
「空気が読めてないなー洋! 今止めるべきは惡姫ちゃんでしょ!? アタシが武装解除した瞬間に首が飛ぶって!」
洋も惡姫の一睨みで委縮し、状況を把握した。今一紗は劉・刑楽を敵とみなしている。彼女を殺すまで攻撃の手は止まらないだろう。
「【寥国】が降伏した今、この戦いは無意味です! 蕾華、兄上! 一紗を止めてください!」
「「了解!」」
刑楽が後方へ離脱したタイミングで入れ替わるように蕾華と鎧兜が参戦する。一瞬、首を傾げた一紗だったが、二人が構えたことから敵とみなして戦闘を再開した。
「一紗さま! 私よ! 蕾華よ! 分からないの!?」
「ウゥ……!」
「駄目だ蕾華! 姉御は本能のままに闘っている! 力づくで収めるしかねぇ!」
鎧兜は覇兇拳で一紗の氣の流れを封じようとする。しかし経穴を突いて氣を封じられたのは一瞬だけで、別の経孔をついている間に氣の流れが復活してしまった。武言城で戦った際は復活した経孔から氣の流れを循環させていたが、今は封じたはずの経孔が瞬時に復活する程に氣が溢れだしているのだ。
「おい、《戮族》の女! 何が切っ掛けでこうなった!?」
「えぇ? アタシが追い詰めたらいきなりこうなったよ?」
「追い詰められたくらいじゃ一紗さまは自分を見失ったりしないわ。具体的な何かがあった筈よ! 詳細に話しなさい!」
「どうなんだ!? 七代目!?」
「うーん……後は損失分を補てんするために「売り飛ばしてやる」って言ったくらいだけど」
美鳳、蕾華、鎧兜は同時に悟った。貞操の危機に際して修羅が覚醒したのだと。――が、原因が分かったところでどうしようもない。既に修羅は目覚めてしまったのだ。
鎧兜が必死に氣を封じる経孔を突こうとするが、禍々しい氣と圧倒的な身体能力によって阻まれて上手く攻撃が通らない。
「畜生、止められねぇ。そもそも暗殺拳の使い手に生け捕りを求めるのが酷なんだよ! 俺は殺しのが得意だし」
「もうっ! どいて鎧兜! 私がやる!」
蕾華が床板から木々を生やして一紗に巻き付けた。単純な樹木では馬鹿力で瞬時に振り解かれてしまうので蔦などの撓る植物での捕縛に変える。一本一本を引き千切れても呪縛が続く限り他の蔦が成長して巻き付いていく。生ける捕縛術の前に一紗はもがくことしかできない。
だが蕾華も術を維持するだけで精一杯のようだ。両者は身動きが取れなくなった。
「普段の貴女ならその捕縛術は抜け出せるはずですが、知恵を忘れましたか一紗?」
「グゥルルルル……!」
犬歯を剥き出しにして威嚇する一紗の頬をそっと撫でる美鳳。
すると僅かに警戒心が緩んだように見えた。
「貴女を抑える鞘となると、そう約束したはずですよ」
狛句に響く少女の澄んだ声が惡姫の混濁した意識に寂れた村での一時を思い起こさせる。
全てを失い国と帝を恨んで荒れていた一紗。未だ敵意が残る彼女を窘め、優しく包みこんだときの台詞だった。
(恥ずかしいですが……惡姫と共にいた侍女達からあなたを止める方法は伺っています)
美鳳が今一度母のように髪を撫でてやるとさらに一段階一紗の警戒が弱まった。
その瞬間を見逃さず、美鳳は抱きつくように一紗と唇を重ねた。
唖然として思わず氣巧術を解いてしまう蕾華。
「おぉ!」と興味津々の刑楽。
男性陣は少女同士のキスという倒錯的な光景に目を覆いつつも指の隙間からその様子を伺う。
触れ合う感触と温もりが心の闇に沈んでいた一紗の意識を引き戻していく。
やがてゆっくり一紗の瞳に優しさの輝きが戻ってきた。顔を離す頃には完全に一紗の意識が回帰し、禍々しい氣は消え去っていた。
「……美鳳? 俺は……どうして……?」
「一紗さま!」
「戻ったか、姉御!」
殆ど記憶がなかったが、仲間達の笑顔と疲労困憊の刑楽を見て全てを悟る一紗。
修羅に心を委ねた自分を猛烈に恥じた。
「俺は……またやってしまったんだな。……二度と呑まれないようにしてたのに……弱い奴だな、俺は……」
「一紗さまは弱くなんかないっ! 貞操の危機だったんでしょ! 自分を守っただけじゃない! それに最後には戻ってきてくれたわ」
「そうだぜ、姉御。過ぎたことを後悔する必要はねぇ。……が、今後は修羅に身を委ねるのは止めた方がいい。正直殆ど敵味方の区別がついてなかった。それに――」
鎧兜が一紗の腕を掴んで皆に見せる。骨は砕け、肉は潰れ、一部の指からは骨が見えてしまっていた。そんな重傷なのに一紗本人に痛覚がなかった。止めなければ彼女の身体が壊れていただろう。美鳳は治癒術を施して壊れかけた腕の治療を開始する。同時に回復封じの呪いの存在に気づいた彼女はその解呪も行った。
「呪いで治癒を封じられていたとはいえ、敵か己を滅ぼすまで止まらない修羅の力は諸刃の剣。兄上の言う通り、二度と心を委ねないでください」
「……ああ、分かってる。ありがとうな、美鳳。蕾華と鎧兜も止めてくれて助かった」
「私は一紗さまのためなら何でもするし」
「おうよ、姉御には笑っていてもらいてぇしな」
自嘲気味な笑みで返す一紗は段々と痛覚を取り戻していた。
美鳳の治癒術のおかげで致命的な肉や骨の損傷は回復できたが、禍々しい修羅の氣を纏っていた腕と脚には火傷の痕のような痣が残ってしまっていた。高密度の邪気は敵の攻撃を弾くだけでなく、自身の身体をも傷つけていたのである。
一紗が自ら包帯を巻いて痣を隠している間に蕾華が美鳳に耳打ちする。
「ねぇ、さっきの口づけは一紗さまを止めるため? それとも美鳳も――」
「一紗の中の修羅を封じる秘訣は女性にありましたからね。手を握った程度では収まりそうもなかったので荒療治をしただけです」
「あらそう? でも親友の美鳳なら第二夫人の座くらいはあげてもいいよ?」
美鳳は一紗を一瞥する。
恥じらいを感じないため、接吻のことは覚えてないようだ。
「ふふ、頭の隅に入れておきます。ですがまだ私には最優先でなさねばならない野望がありますので……」
一紗が包帯を巻き終わる頃には下階の闘いも終わったらしく龍宝と俊杰が上がってきた。
「美鳳様、寥軍の降伏手続き終わりました」
「蕾華様、朕も完了しましたぞ」
「「ご苦労様」」
龍宝は元からだが俊杰はすっかり蕾華の下僕と化したようである。それだけ《杜族》の力が頼もしくもあり恐ろしくもあったようだ。
二人の報告通り、下階の寥軍達が武器を捨て投降している姿が見える。
「【寥国】は終わりですね。私は敗戦の責任をとりましょう。殿下は何を求められますか?」
自国の終わりを悟った胡・洋が頭を垂れて敬服する。
美鳳はそんな彼の頭をあげさせると厳かに処分を告げる。
「【寥国】は廃し、【愁国】に併合します。胡・洋、貴方は失政の責任を負わねばなりません」
「なんなりと、お申し付けください。如何なる処分を受け入れる所存」
「では、胡・洋。貴方はこの【聚款】の市政長に任命します」
顔を上げる洋の表情は困惑に満ちていた。【寥国】が廃されるなら【聚款】は州都ではなくただの町に格下げされるのは当然だ。
しかし、失政の責任を負うはずの自分をそのまま徴用するということが理解できなかったのだ。美鳳が自身の知略を買ってくれていることは分かっていたが、最後の引き抜きを断っている。気分を害されても仕方ないはずだ。
加えて長らく《叛族》の戦勝処理という名の殺戮と略奪を傍で見てきた彼は考えが毒されており、敗戦の将は辱められても殺されても文句を言えないものだと根付いていた。
「なぜ、私を徴用するのです? 私は【寥国】を壊した加害者の一人ですよ?」
「寧ろ、貴方がいたからこそ、今日までこの国は持ったのでしょう。それが分からない程私の眼は節穴ではありません。【愁国】の役人も使わしますので今後貴方は新市政長として国の復興に尽力してください。それが貴方の罪滅ぼしです」
「はっ! 必ずや殿下のご厚意に応えてみせます!」
長年の苦労が報われた洋は涙ながらに何度も頭を下げた。
その様子を横眼で見つめる刑楽は心の籠っていない拍手を彼に送る。
「良かったねー、洋。次の就職先が見つかってさ」
「劉殿、貴方はどうしますか? 良ければ共に【愁国】で働きませんか?」
「冗談。この亡国を復興させるのに大金が必要になるだろうし、【愁国】にアタシを雇う経済的余力はないでしょ? アタシに声をかけるならまとまったお金ができてからにしてよ」
「相変わらずですね、貴女は……」
「金の切れ目が縁の切れ目ってね。じゃあね!」
刑楽はそう言って空間転移術で煙と共に消え去った。その手に洋の財布が握られていたことに気づいたのは消えた後だった。退職金代わりのつもりらしい。
同時に城内に残っていた《戮族》の気配が一斉に消える。
「《戮族》の奴ら、逃げやがったな。悪い、美鳳。今の俺じゃ追いきれない」
「一紗は回復に努めてください。もう争う理由はないので《戮族》は捨て置いてよいです。いつか彼女達を雇える程、この地を豊かにして見せますよ」
初めて他国の広大な領土を手に入れた若い姫は強かに笑って見せた。
【寥国】は完全降伏し、その広大な領土を【愁国】に編入されることとなった。
また、密約同盟を破棄して【愁国】に宣戦布告した【彎国】も雪崩式に降伏することになった。
盟主の紅・子睿は最後まで断固抵抗を続けたが、【愁国】と【圓国】の同盟軍と背後から押し寄せる【宍国】の大軍を前に部下の大半から降伏を勧められてしまったのだ。
「殿下、我が軍はもう持ちません。我々は同盟相手を間違えたのです」
「ぐっ……! 嫌だァ! 俺は……認めんぞぉオオオオ!!」
対立する民族の俊杰と女子として見下していた美鳳に敗れた事実を受け入れられるはずはなく、彼は悔しさと怒りを爆発させて憤死したのだった。
領主の死亡につき、敗戦処理は速やかに行われた。【彎国】はその領土を【愁国】と【圓国】、そして後から来た【宍国】に三等分される形で地図から名前を消したのである。
美鳳の優しい言葉と接触、そして口づけにより一紗は正気に戻りました。
美鳳は保護した女性からの事情聴取で惡姫は口づけが手っ取り早く落ち着くことを知っていたわけです。
ゆりんゆりんです。
一紗が元が男性であるというのもありますが、この修羅の国では貞操の危機を常に感じている女性同士は仲間意識が芽生えるため、抱擁されると落ち着きます。接吻は言わずもがなです。
今後、修羅を抑える方法を模索する際に深く掘り下げようと思います。
紅・子睿は大した活躍もなくここで退場です。
悲しいですが弱肉強食なので……。結局彼の野望は何一つ叶いませんでした。
死因は三国志とかでよくある憤死です。
怒りにより脳の血管が切れたとか高血圧により心臓発作を起こしたとかそんな解釈が適切かと。
次回は第二章閉めのお話です。




