目覚める修羅
致命の一撃をくらってしまった一紗。
果たして――!?
(ちくしょう……俺の、大馬鹿野郎……)
意図して手を抜いていた訳ではない。惡姫は女を殺せないのだ。それは盗賊の巣に入る前の経験に起因していたが、女戦士相手に「殺せない」というのは大きなハンデだった。初めから殺すつもりで仕掛けていれば今のように無様に床に倒れることはなかった。
一紗も自身がトドメを刺せないことは分かっていたので殺す必要があれば蕾華か鎧兜に譲るつもりだった。そうしなかったのは選手交代する前に空間転移で飛ばされたためだ。
(少しでも説得できるなら、と甘く考えた俺のミスだ)
一人で戦い続けたのは彼女を調略する道がまだあるかもしれないという希望的観測からだった。美鳳との出会いで丸くなり、鎧兜調略という成功体験があったことが悪手に繋がってしまった。女を殺せない以上、劉・刑楽とは戦うべきではなかったのだ。
傷は気力で塞ぐことはできる。だが殆ど手傷を負わせていない敵と再戦する余力は残っていなかった。それを悟っている刑楽は容赦なく一紗の腕を踏みつける。
「アタシもさ、君を甘く見ていたのは事実だよ。惡姫の蛮勇は聞いて警戒していたけれど、実際に会った君は雛鳥のような瞳だった。だから簡単に殺せると思った。でも投資の仕方を間違えたね。おかげで大損、武器を買い直さないといけない」
そう言って刑楽は一紗の頬を触り、胸から腰回りまで撫でるように触った。
彼女の眼は狩人から値踏みする商人のそれに変わっていた。
「よし決めた。大損した分は君に稼いでもらおう」
「俺を……売るつもり、か?」
「うん! その拳法は厄介だから手足ぶった切って売りつける。そういう趣向の店も知ってるんだ。身体が欠損していても君くらい美人でスタイルがいいなら買い手もつくさ」
「手足を奪われて、売られる……?」
「そう、キミは何の抵抗もできずに弄ばれるだろう。最後はゴミのように捨てられる。まぁこの帝国では珍しい話じゃないでしょ?」
「弄ばれる……?」
一紗の脳裏にかつて放浪していた記憶が蘇ってくる。
「腕に覚えがある」と笑っていた仲間の少女が容赦なく腕を切断され男共の慰み者にされ、最後は殺されてしまった記憶。
度重なる不幸により錯乱した友人が裏切り、自分を売ろうとした記憶。
「一紗が好き」と告白してくれた少女を自らの手で殺してしまった記憶。
それらの辛い記憶がフラッシュバックし、奔流となって押し寄せ、トラウマの海に一紗の意識が呑みこまれた。
「うわぁぁぁァあアアアアア!!!」
獣のような咆哮を上げた一紗の身体から爆風のような氣が周囲に弾けた。
正面から直撃して吹き飛ばされた刑楽は壁に激しく打ち付けられる。
「っ痛いなーもう」
こさえたタンコブを擦りながら顔を上げた刑楽の目前に一紗の手が迫っていた。
一紗はそのまま彼女の顔面を掴むと壁に激しく打ち付ける。何度も何度も何度も何度も――。
だが途中で丸太の代わり身を殴っていた事実に気づいた一紗は振り返った。
「グルルゥ……!」
背後から奇襲を考えていた刑楽は一紗の姿を見て背筋に悪寒を感じ、後退して身を隠した。歴戦の傭兵である刑楽が久しぶりに恐怖を感じたのである。
一瞬見えた一紗の顔は異常だった。吊り上がった眼光は敵意に満ち、歯は牙のように尖り、爪が鋭利に尖っている。与えたはずの刀傷や火傷は瞬間的に治癒している。極めつけは息が詰まる程の禍々しい氣だ。闘氣の壁も強力だったが、今の惡姫が纏うそれはもっと悍ましいものだった。邪気に塗れた汚水がそのまま彼女の身を包んでいるようだった。
「これが……惡姫……。修羅を喰らう女修羅の真の力って訳ね」
刑楽は知る由もなかったが、一紗の精神は【寥国】に入ってから不安定になっていた。気を許す女の存在がなく、周囲には略奪者ばかり。出会った遊郭の業者はすぐに一紗を商品と見なした。間もなく、整備した町を盗賊の大軍が強襲してきた。
そんな中、敵とみなした者は容赦なく皆殺しにした。それらの出来事が一紗の内なる修羅を徐々に呼び覚ましていた。最後に貞操の危機に陥ったことが引き金となり、彼女に眠っていた修羅が完全に覚醒したのだ。
「殺ス……コロシテ……ヤルゥゥウウウ!!」
刑楽は慢心を捨てて一紗に斬り掛かった。得物は勿論【金国】製の刀だ。まずは腕を切り落とそうと抜刀した。
――鋭く速い一斬。
切り捨てた腕が宙を回転する。だが刑楽は違和感を覚えた。斬り飛ばした腕には刀が握られていたのだ。一紗は徒手空拳で戦うタイプで武器を使ってはいなかった。そうなると答えは一つしかない。
「アレはアタシの腕!?」
視線を右腕に移すと刑楽の二の腕辺りが綺麗に切断されていた。一紗の手刀の切れ味が鋭すぎて痛みを感じず、切断に気づかなかったのである。ここで錯乱しないのが七代目刑楽の名を継いだ証だった。
彼女は天井に張った鉄糸の一本を操作して斬り飛ばされた腕を拾うと、金属氣巧術で迅速に縫合しながら治癒術をかけ腕を接着する。僅か数秒の早業だった。
「成程。これは巨額の追加投資が必要そうだね。あー投資詐欺に引っかかった気分だよ! 厄介な仕事引き受けちゃったなぁもう!」
刑楽は商人の眼から狩人の眼に戻る。彼女が吹いた息が火炎に代わり、その中から火を纏う大蛇が出現する。
「戮族狩法・〈火属召喚‐火纏大蛇〉!」
「シャ――!!」
大蛇の妖魔は火を吐きながら威嚇する。その動きは素早く、部屋中を這いまわりながら一紗を追撃しだした。妖魔の纏う火は周囲を延焼させ、部屋中が火の海になっていく。
「以前【火国】で捕獲した耐火性抜群の妖魔だよ! あらゆる火を吐き、炎を喰らう凶暴妖魔。おまけに鱗は固くて刀を駄目にする! 自慢の一品だよ!」
一紗の手刀に対抗できる火力の高い妖魔を選んだようだ。五大民族が一角《焔族》の居住地に生息しているため、本体の能力はすさまじい。一紗の手刀も表面の鱗を切り刻むことはできたが両断までには至らなかった。
「ガァッァアアア!!」
怒る一紗は殺意を凝縮させた黒い波動弾を練り上げて一気に射出した。
禍々しい波動弾は火纏大蛇の顔面を吹き飛ばし爆散させる。燃えた大蛇の肉片がボトボトと部屋中に落下してくる。
「イライラするなぁ! コイツの捕獲にいくらかけたかとッ! 銭袋丸焼きされた気分だよ!」
文句を言いつつも刑楽は次の手に移っていた。
目にも止まらぬ速さで印を結ぶと煙が発生し、彼女の姿が十人に分離する。
「戮族狩法・〈影分身〉!!」
十人の少女達は一斉に仕掛けてきた。見た目も攻撃パターンも本人と変わらない。故に本物と見分けがつかない。おまけに全てが劉・刑楽であるために、思考能力を共有し、抜群の連携で攻撃してくる。一紗は足技や手刀で数人を屠ることができたが、その全てが分身体だった。
「木属・〈床板千枝〉!!」
「火属・〈灼火繚乱〉!!」
「土属・〈投拡大岩〉!!」
「金属・〈竜巻手裏剣〉!!」
「水属〈荒流水車〉!!」
残る五人の刑楽が一紗を囲うように氣巧術を発動させる。床板から生える鋭利な枝が迫る。それを躱すと炎の息吹が包みこむ。
さらに小石から変化した大岩が炎ごと押し潰すように天井から落石する。トドメとばかりに岩をも砕く水圧の渦潮が一紗をいたぶった。水流の中には手裏剣や小刀が混ざっており斬撃の嵐となる。
数々の技を受けた一紗は重傷である。特に刑楽が集中して狙った四肢は不自然な方向に折れ曲がったり、無数の枝や手裏剣が刺さったままだったりと酷い有様だった。
だが一紗が氣を集中させるとどんどん身体の傷が再生していく。
「チッ……病・侵・癌・惡・疾・患・魔……呪術・〈禁癒封回〉!」
舌打った刑楽は呪術を発動した。技を受けた一紗の超速再生は急に中断し、痛々しい四肢は壊れたままに終わる。
「今、君に呪いをかけた。あらゆる治癒術と自然回復能力は封じられる! これで自己再生のごり押しはできないよ! 次の手はない! 手足が潰れれば流石の惡姫も――」
一紗は不敵に笑い、身体から放つ禍々しい氣を包帯のように自身の手脚に巻き付けて縛った。無理やり折れ曲がった腕脚を矯正されたことで負傷前と変わらない運動神経を取り戻したのだ。
「ヒヒッ! アハハハハハ!!」
けたたましく笑う一紗は容赦なく刑楽の分身体の胸を貫き、頭蓋を砕き、或いは胴を切断して屠っていく。そこに一片の容赦も存在しなかった。目の前に存在する者は全て敵とみなして皆殺しにしていく姿は惡姫と畏敬されるに相応しかった。
「やれやれ、こんな化け物が心に巣食っていたとは。こりゃ、アタシも命を捨てる覚悟で挑まないとなぁ。参ったねー八代目候補はまだ決まってないのに」
骨が砕けても肉が潰れても関係なく襲い掛かってくる修羅に対応するため刑楽は全神経を集中させた。
一紗に眠る修羅が目覚めるお話でした。
命と貞操を狙われ続け、多くの仲間を失って荒んだ本来の状態です。
美鳳の推測通り、盗賊の巣で自身と互角以上の敵がいなくなったこと、保護した女達に介抱されたことで段々とこの修羅性はなりを潜めていきます。
異世界における一紗の人生は美鳳とのファーストコンタクトで語った
「命と貞操以外の全てを失った」という言葉に集約されています。
作者的には一紗の人生を『過去編』という形で一章使ってガッツリ描こうとは思っていません。
鬱展開の連続にバットエンドで終わるというお話になってしまうので読後感最悪です。
なので本編ではフラッシュバックに留めました。
女性を殺せなくなった原因となる少女などのキーとなるお話は現代の時系列とクロスオーバーする形でいつかやろうと思います。
そして刑楽は五属性氣巧術、治癒氣巧、呪術、戮族狩法と戦い方が幅広いです。
七代目の彼女だからこそ突然覚醒した敵にも冷静に対処できています。
この戦いの行方は――!?
という感じで次回に続きます。




