七代目刑楽の実力
転移氣巧術で移動させられた後の一紗と刑楽のお話です。
時系列的には鎧兜と満喰が闘っている間、その裏で起こっていた出来事になります。
――時間は少し巻き戻る。強制転移された一紗は周囲の様子を伺っていた。
自身の周囲には手裏剣やクナイが円状に刺されている。この印を起点に転送されたらしい。
「……ここは道場か?」
「うん、元は将軍同士の模擬戦に使ってた所だね。殿下が政権とってからというもの《叛族》は戦争ばっかりしてたから模擬試合をやらなくなったみたい。そこを借り受けた訳! 防音設備もバッチリだから邪魔が入らないよ」
刑楽が小刀の柄に手をかけようとした時、一紗が「待て」と手で制した。
「何さ。死ぬ前に祈りを捧げようって訳? いいよ、どこの宗派か知らないけど待ってあげる。成功報酬以外に時給でもお給料発生するから、その分お金貰えるし」
「……現金な奴。お祈りでも命乞いでもねーよ。防音設備バッチリのここなら本音で話せるだろ? 七代目の刑楽、俺達の所に来ねーか?」
一紗は堂々と敵将を引き抜きにかかったのだ。《戮族》の名持ちを味方にできれば【愁国】の軍事力はさらに増す。仲間になってくれるなら心強いと考えたのである。
「ほう、アタシを買おうってわけだね? いいよー。詳しい契約内容について話し合おうか」
意外にも刑楽の方も乗り気のようで手を揉んで話し合う姿勢を見せてきた。
満喰とのやりとりから彼女が金で動く人間であることを一紗は察していたのだ。
「まずはお前の希望を聞こう。具体的な要望額とかあるか?」
刑楽は懐から算盤を取りだすと慣れた手つきで弾いて見せた。
「日当金貨十枚。アタシの配下は一人につき日当銀貨一枚換算で百人分、加えて成功報酬が金貨五十枚だから……」
真面目に聞こうと思っていた一紗が慌てて止めた。
「待て待て! 桁がおかしすぎないか!? 国家予算に匹敵するぞ!」
「これが最低相場だよ?」
「絶対嘘だ! 今の【寥国】にそんな大金払う財力はないはずだぞ!? 吹っかけてるだろ!? 現在の雇用契約内容を開示してみろ!」
「守秘義務でーす。開示義務はありませーん」
口笛を吹いて呆ける刑楽。明らかに法外な値段をとろうとしていることは素人眼にも分かった。だが今は嘘をついてでも彼女の剣を収めさせる必要があった。七代目・刑楽さえ押さえればこの戦は勝ったも同然なのだ。
(金は適当に誤魔化そう。後で契約違反と騒がれて交渉決裂しても今この場で戦いを回避できるならそれでいい)
「で、どうするの?」
「分かった。その内容でいい。だから仲間になってくれ!」
刑楽はニッコリと微笑み手を差しだす。握手を求めていると思った一紗がその手を握り返すと彼女は不機嫌そうな顔をして手を振り解いた。
「ちがうでしょ! 契約手付け金!」
「はぁ!? 手付け金なんているのかよ!?」
「当り前でしょ! 金貨三十枚! 契約後に反故にされたら大変だし!」
心の内を見透かされていたらしい。
慌てて財布を確認するが中には銅貨数枚と粗悪な地域銭貨しかなかった。
「あー……やっぱり貧乏人だったかぁ。姫の名が泣くよ、惡姫ちゃん?」
「自分から名乗った訳じゃねーし! とにかく金は後で何とかする! だから満喰とは今すぐ手を切れ! アイツは殺戮と略奪ばかりのロクでもねー奴だぞ!」
「依頼人が善人か悪人かはどうでもいいよ。アタシは金払いが良い方につく」
「その結果、大勢の人間が死んでもか?」
「この大陸では死なんて溢れてるさ。志の高い人間は国づくりとか天下統一とか好きにすればいいよ。でもその間に黙って見守ってくれってのは甘えが過ぎるでしょ」
彼女の言いたいことも分かる。何年も国が荒れているのだ。年若い人間が「自分が天下を統一し、安寧を約束するから襲わないでくれ」等と言っても信用されない。
そんな前例はないし、今を生きるのに必死な人間が何年も待つ余裕など持ち合わせているはずがない。先の見えない統一を夢見るより目の前の弱い人間から奪う方が楽なのだ。
しかし一紗は知っていた。子供故に、女故に、病人故に戦えない人間がいることを。治安の良さが約束された環境でこそ力を発揮できる人間がいることを。
略奪と殺戮は才能豊かな彼らを蕾の段階で毟ってしまう行為だと分かっていた。
「……誰もが強くなれるわけじゃないだろ? 理由があって戦えない人間もいる」
「でもお金を稼ぐことならできるでしょ? 金さえあればアタシという武力を雇うことができる。簡単じゃん? けど善人ほどやろうとしたがらない。タダで助けを求めてくる……舐めてるよねぇ。アタシはお金さえ払ってくれるなら誰でもいいんだよ。今回もそう」
「今お前に支払われている金だって民間人や外国から奪われたものが殆どなんだぞ!?」
「だからなに? 金の出処は重要じゃないよ。本気でアタシが欲しいなら殺してでも奪ってでも身体売ってでも金を集めればいい。それも一つの努力でしょ? 」
「どうやらお前とは価値観が違いすぎるらしい」
「……交渉は決裂だね。じゃあ殺し合いますか!」
刑楽はクナイで天井に括っていた糸を切った。同時に刃物の雨が降り注ぐ。
「この道場はアタシ好みにリフォームしてる。惡姫ちゃんはもうアタシの狩場の中さ」
暗い部屋で刃物全てを躱すのは至難の技だった。更に仕掛けた罠を陽動に刑楽本人も氣巧術を繰り出してくる。
「木属氣巧術・圧貫樹落!」
刑楽が投擲した種が巨大な大樹に変貌し、物凄い速さで飛んでくる。当たればトラックに撥ね飛ばされるレベルの大怪我だ。一紗は身体を左に傾けて巨大樹を躱した。
「攻撃が大振りすぎるっての!」
「――そうかな?」
刑楽はいつの間にか横を通り過ぎる樹木の上に乗っており、そのまま小刀で奇襲してくる。挙動が異常に速い上に急所狙いだ。攻撃を躱したと思った油断を突く形で追撃が続く。
「我流・〈刀破翔〉!」
一紗は斬撃の軌道を正確に見切り、手刀を剣の腹に当てた。
その技を受けた刑楽の小刀は圧し折られてしまう。壊れた刀を投げて目晦ましする彼女は後転しながら一紗の追撃を躱した。
後もう少し――その勝利への確信が油断を生んだ。
一紗が踏みこんだ床に呪印が浮かび、突如として爆発したのだ。
「あははー、追い込んだと思ったでしょう? 残念。全ては地雷源まで誘導するアタシの演技だったのさ。これで足の一本くらいは貰ったかなぁ?」
煙が晴れると一紗の姿が見えてきた。身体の傾きが大きく、片足が見えない。地雷で右足が吹き飛んだのかに見えたが、一紗は悠然と右足を床から引き抜いて見せた。彼女の足は傷跡もなく無事だった。
「ありゃ? 何したのー?」
「床ごと呪印を蹴破ったんだよ。この手の罠にかかったのは一度や二度じゃねーからな。経験則さ。どんな起爆術でもある程度猶予時間がある。それまでに呪印を壊せばいい」
「でも爆発は起動したはず。直撃しなくとも多少の手傷は――」
「ああ。爆発そのものは止められなかった。だからもう一蹴りで爆風ごと下階に蹴落とした」
「二段蹴りだって!? 規格外だね! あーもうっ! いつもならこの段取りで終わるのに! こりゃ着手金、金貨三枚じゃ安すぎたなぁ。成功報酬吹っかけないと元取れないわ」
愚痴を呟く刑楽は股から取り出した巻物を虚空で展開する。
「〈戮族狩法・千刃招来〉!!」
巻物に記載された文字が空中に飛び出して一紗の周囲を囲ったかと思うと文字の全てが黒い多種多様の武器に変形し同時に襲い掛かる。
(躱しきれないな)
一紗は自身を着火点に抑えていた氣を解放した。その禍々しい氣に当てられた武器は力を失って地面に落下する。落ちた武器は墨に戻って床中を黒く染め上げた。
「話に聞いていた惡姫の〝闘氣の壁〟だね。飛び道具を封殺する凶手殺しの技……対策しといて良かったわー」
「なに?」
一紗の氣に反応するように壁中に召喚術の呪印が点灯される。呪印の円状から出てきたのは人間の四肢程度の大きさのある蜘蛛や百足といった毒虫系妖魔だった。
「〈戮族狩法・暴喰蠱毒〉ってね。氣に反応する肉食の蟲に喰わせる技さ。そいつらの好物は氣と人間の肉! どんどん技を使うといいよ! 氣力がなくなるまでね!」
闘氣の壁が虫食いされていく。無駄な力を使うだけだ。どんどん蟲たちが一紗の身体に群がっていく。
「蟲に喰われて終わる人生はさぞかし無念だろうねぇ」
一紗は身を捻って蟲を祓うと闘気を纏った手刀を踊るように繰り出した。その斬撃は滑空する鴉に錯覚する軌道を描き周囲の蟲達を刻んでいった。まるで鴉が捕食しているようである。
「我流・〈鴉遊〉」
無数にいた蟲達はバラされた破片を残すのみとなる。それらの体液を浴びた一紗が不快そうに刑楽を睨む。彼女はパチパチと拍手をして一紗の奮闘を讃えた。
「おめでとー! これも通じなかったかぁ。……でも浴びたね? 蟲の血を!」
声色が変わった刑楽は素早く印を結ぶ。
そして大きく息を吸うと部屋中を覆う炎を吐きだした。
「火属・〈焼殺業火〉!!」
凄まじい高温の火力が一紗を呑みこんでいく。今ままでに味わった火属氣巧術の中でも五本の指に入る高威力だった。豪炎は闘氣の壁を貫通して一紗の皮膚を燃やしていく。
蟲の体液には油が多量に含まれており、これが火を通しやすくしていることにようやく気づいた。だがその頃には大量の蒸気と炎で包まれてしまった。
「蟲地獄を抜けても火炎地獄が待っている。逃げ場はなかったのさ。成仏!」
刑楽がわざとらしく合掌して拝んでいると徐々に煙が晴れていく。
辛うじて一紗は無事だった。しかし服の一部は燃え落ちて体中火傷だらけになっていた。それでも戦意を失わず構えをとる。
「ハァハァ……どう、した? 俺はまだ……生きてる、ぞ?」
大きく舌打ちした刑楽は頭を掻いた。
「キミはさぁ……! どれだけアタシに無駄金使わせるの!? 浪費だよ! 浪費! 武器も巻物もタダじゃないんだよ! あっーもう! こんな仕事受けるんじゃなかった! 畜生……金が目減りする! さっさと死んでもらうから!」
狩人の眼に変わった刑楽は手裏剣で牽制する間に印を結んで大量の水を吐きだしていく。室内には似つかわしくない大津波が天井まで覆った。
「水属・〈海瀑大波〉!」
足に氣を集中させて津波の水圧に耐える一紗。脅威は水圧だけではなかった。水属氣巧術で生みだされた水は海水だったのだ。海水は火傷した身体を蝕んでいく。傷口に塩を浴びされるだけでも十分に辛いのだが悪夢はそれだけに留まらなかった。
鉄糸を括りつけたクナイを壁中に刺して即席の足場を空中に展開した刑楽は上空から一紗を狙う。火属氣巧術は水で満たされた今は使い勝手が悪いと判断したようで金属氣巧術を主軸に無数の刃物を自分の身体のように動かして攻撃してくる。
「ぐっ、このっ!」
水属氣巧術は拳法家である一紗の足運びを封じる意味もあったのだ。
水に足を取られて上手く躱せない一紗は徐々に追い込まれていく。
床に空いた穴から海水全てが排出されるまで刑楽の猛攻に晒され続けてしまった。
「狩りは終了。思ったより粘ったね。でもこれで最後だよっ!」
トドメを刺すべく刑楽は『剣』と書かれた巻物から刀を抜いて仕掛けてくる。
これが最後のチャンスだと一紗は武器破壊技〈刀破翔〉を繰り出した。カウンターで得物を壊して生じた隙に一撃入れようという作戦だった。
一紗の技が刃に当たった瞬間、鈍い金属音が道場中に響き渡る。
「馬鹿な……!?」
先程は見事に刑楽の小刀を圧し折ったはずだが今回は彼女の握る長刀に傷一つつけることができなかった。細く見えた長刀は非常に頑丈だったのである。
「残念でした。この刀は【金国】製。簡単には壊れないんだよね。反乱軍から回収しておいてよかったぁ。うん、やっぱりコレはアタシが使っちゃおう!」
刑楽は一紗の右腹部から胸にかけて一気に切り裂く。氣巧武術で強化された身体をものともしない抜群の切れ味だった。
多量の血をまき散らしながら仰向けに倒れ落ちていく。一紗は薄れゆく意識の中で己の愚かさを恥じた。鎧兜は《戮族》の名前持ちは強く、気を抜けば死ぬと警告してくれていた。そして実際に闘っていた龍宝が負傷した理由を深く考えるべきだった。
刑楽はバランスよく術を使います。
戮族狩法=忍法ととらえていただければ問題ないかと思います。
狩猟民族である《戮族》は妖魔相手の狩りに特化した独自の氣巧術を開発しています。
それが民族秘伝の「戮族狩法」ですね。
簡単には真似できませんし、彼女達も他民族に口外しません。
名前持ちは基本的に「戮族狩法」を使えますが、名無しになると使用できない者も多いです。
一紗の武器破壊技は金国産の刀には通じませんでした。
反乱軍の戦利品なので彼らが先走った行動が悪い結果に繋がってしまいました。
もし、刑楽がこの刀を持っていなければカウンターは決まっていたでしょう。
刑楽調略に失敗し、深手を負ってしまった一紗。
このまま次回に続きます。




