鎧兜対満喰
鎧兜対満喰、二人の因縁とは?
領主の認可を得て後顧の憂いがなくなった鎧兜はポキポキと拳を鳴らせた。
抑えていた殺気を剥き出しにして構え直す。
「それじゃあ兄者、平和のために死んでもらうぜ」
「ほざけっ、お前の技は全て見切って……ぐはっ!」
満喰の肩の鎧が弾け飛ぶ。
「いつの間に攻撃を!? 鎧兜……! お前はこんなに拳は早くなかったはず……」
「ハッ! いつの時代の話をしてんだ? テメェが覇兇拳道場を破門されたときからもう何年も経ってるんだぜ?」
満喰は火属氣巧術で追撃を牽制し、何とか距離を取った。
今日まで奪ったあらゆる技を繰り出してくるため、攻撃の型が読みづらい。しかし彼のその強さよりも驚くべきことがあった。
「兄上達は同門だったのですか?」
「ああ、昔にな。俺は自ら道場を去ったが、コイツは違う。師父直々に破門を言い渡された。だから覇兇拳の奥義を一つとして習得しちゃいねーんだ」
「黙れ! あの老いぼれは見る眼がなかったのだ!」
満喰が破門された理由――それは模倣技術の高さにあった。彼は兄弟子達の技を盗み見してその全てをいち早く習得してみせた。類まれなる模倣技術は覇兇拳にも左様していた。一時期は弟子達の中で最も多くの技を覚えていた。
しかし、師父はそんな彼を叱った。
「模倣技術だけでなく、座学をしっかり学ぶのだ。それが実戦で役立つこともある」
「俺は一度見れば覚えられる。座学など鎧兜のような馬鹿が習うもの!」
満喰は己の模倣技能を鼻にかけていた。生まれもった強すぎる才能は既に少年の心を歪めていた。それを一早く察知した師父はなおのこと真面目に下地を作ることを教義したのだ。
だが、慢心した満喰は聞く耳を持たなかった。多数の兄弟子全てから技を盗めば結果的に自分が一番秀でることになる。習得した技の数が増えるごとに自尊心は増していった。
「満喰、お前は破門じゃ」
見かねた師はとうとう決断を下す。満喰は当然激怒した。
「ふざけるな! 俺は誰より技を習得している! 納得がいかん!」
「座学を疎かにする者に覇兇拳の真髄を託すつもりはない。どうしても納得できんというなら、お前が見下した鎧兜と手合わせしてみろ。勝てば破門は撤回しよう」
「……いいだろう。毎夜遅くまでお勉強して技の習得も遅れている馬鹿など相手ではない! 俺が最も伝承者に相応しいことを証明してやろう!!」
――試合の結果、敗れたのは満喰だった。習得した技の数も試合中に当てた攻撃回数も彼の方が圧倒的に上だった。しかし鎧兜が膝をつくことはなかった。たった数度の攻撃を受けただけの満喰の方が疲労困憊に陥っていた。
「なぜだ……。技もまともに覚えられていない半人前に、どうして俺が敗ける!?」
「半人前はお前だ、満喰。鎧兜は確かに技の習得数はまだお前に及ばん。しかし座学で基礎を鍛え上げている」
「基礎? 基礎だと!? そんなものが実戦でどうやって役立つ!?」
師父が氣巧術を発動させる。それは打撃を受けた箇所に色濃く印をつけるものだった。
色付けされたことで満喰の身体の経孔が非常に正確に突かれていることが明らかになる。対して鎧兜の身体に浮かび上がった打撃痕はどれも経孔から僅かにズレていた。経孔を正確につくことで氣の流れを操るのが覇兇拳の真髄であり、経孔を突かなければただの打撃になってしまう。それこそが鎧兜が倒れず、満喰が敗れた理由だった。
「鎧兜は座学で経孔の位置を正確に把握していた。じゃがお前は同門の弟子達から技を模倣するのみだった。それが明確な差になった」
「俺は正しく技を盗んだはずだ。模倣した奴が間違っていたんだ! 俺は間違ってない!」
「まだ分からんか。模倣した相手が悪かったんじゃない。お前が正確な経孔の位置を把握しとらんのが敗因じゃ。鎧兜はお前が技の見せかけだけ模倣していることを看破し、技を受ける寸前で体を捻って経孔への直撃を避けとった。お前は実力で鎧兜に敗けたんだ」
鎧兜の技の習得が遅れていた理由は経孔の位置の把握とそこを突いたときの氣のコントロールを細部まで学習し、覇兇拳を根元から学んでいたためであった。そうとは知らずに見下していた相手に敗れ、師に見切りをつけられたことに満喰は激昂した。
破門後は益々模倣技能を磨き、己の正しさを主張するようになったのである。
「俺は間違っちゃいない。勝って奪って今日まで生きてきたんだ。それこそが俺の生き方、戦い方が正しい何よりの証拠だ!!」
「じゃあやっぱり間違っているぜ満喰。テメェは今日ここで死ぬんだからな!」
「良い気になるな! お前に敗れたのは遠い過去の話! 今は俺の方が強い!」
満喰は鎧兜と同じ覇兇拳の構えをとる。
かつての試合を再現するかのように両雄は同じ技で戦った。
一撃必殺の覇兇拳。それを習っていたからこそ互いに相手の技を警戒する。以前に身を捻って経孔への攻撃を躱されていた満喰はそのときの鎧兜の動きをトレースして現代の鎧兜の技を回避していた。だが人は成長するものだ。過去の自分の動きを真似されたところで現在の鎧兜が見切れないはずがない。
「ぐっ、金属氣巧〈鉄鎖壁〉!」
鎖の壁が鎧兜の狙いを僅かに逸らしていく。
覇兇拳同士の闘いで足りない分は他の氣巧術で補う腹らしい。
一つの技が未熟でも組合されれば僅かな隙を生じさせることもできる。腐っても元は同門、満喰は鎧兜の構えが崩れたところを見逃さなかった。
「もらった! 覇兇拳奥義〈心破爆砕拳〉!」
それは相手の胸の経孔の攻撃を乱し、周囲の筋肉ごと心臓を爆砕する覇兇拳の奥義だった。
拳打を受けた鎧兜の顔が僅かに歪む。
「テメェ、どこで奥義を盗んだ……?」
「以前の戦争だ。お前が助っ人として【愁国】に入って間もない頃、我が国と戦争したことがあっただろう?」
何度か【寥国】に侵攻を受けていた頃の話だ。龍宝一人ではいずれ防衛線が突破されると踏んだ美鳳が鎧兜を自陣営に組み入れた。だがその際に鎧兜は満喰と直接闘っていない。因縁を断とうと本軍を追った際、満喰は逃げるように撤退していたのだ。だから技を盗まれる隙はなかったはずだった。
「……そうか。俺から逃げるフリをして殿を託した部下を生贄に盗み見てやがったか!」
「今頃気づいたか。だが流石の俺も奥義を盗むのは一苦労だったぞ。お前に何度か奥義を使わせるために有能な将軍を何人も捨て駒にする必要があった」
兄達の会話を耳にした美鳳は神妙な顔になる。
「おかしいとは思っていました。軍事国家の【寥国】に有能な将が少なすぎることに……。なにも捨て駒にする必要などなかったでしょうに!」
「黙れ愚妹! これも我が采配よ! おかげで奥義を完全に奪い、今日この瞬間に鎧兜を討つことができた! やはり俺は正しかったのだ!」
胡・洋の複雑な表情を見るに将兵を捨て駒にしたのは彼の独断のようだ。今後のことなど何一つ考えず、奥義一つ奪うことに固執したのは苦い経験故だった。破門された満喰は同門の鎧兜に嫉妬していたのである。
「満喰……ぐっ」
心臓の痛みに耐える鎧兜が視線を落とす。今度は正確に経孔を突かれていた。
「終わりが近いようだな鎧兜。遺言くらいは聞いてやるぞ?」
「……俺はな、お前が破門されてから……兄弟弟子に惨敗してる。なぜだか分かるか?」
「さぁな! お前が弱かったからだろ!?」
「否定はしねぇ。だが今言いたいことはそうじゃねぇ!」
闘気を復活させた鎧兜がいきなり満喰の顎を殴り飛ばす。
激しく上空に飛ばされる満喰は辛うじて受け身を取った。
死にかけの人間では出せない膂力に驚きを隠せないでいる。
「なぜだ? 何故お前は死んでいない!? 胸が爆発して死んでいるはずだ! 実際お前に技を喰らった将兵は皆死んだんだぞ!」
分かりやすいように鎧兜は自身の胸板の一部をトントンと叩きて見せた。奥義を入れられた経孔以外に別の個所が凹んでいる。そして目を凝らすと胸部の氣の流れは安定していた。つまり鎧兜が自らの経孔をついて奥義により爆流した氣の流れを正常に戻していたのだ。
「覇兇拳は氣の流れを操る流派、つまり半端な覇兇拳じゃ真の覇兇拳使いを相手に致命傷を与えられねぇんだよ!!」
鎧兜が覇兇拳開祖の血を引く兄弟弟子に敗れた要因でもある。勝こそ拾えなかったが正統血統相手の勝負で鎧兜は対覇兇拳との戦い方を熟知していたのである。
「ぐはっ!」
追撃を受けた満喰は大量に吐血する。これ以上の攻撃はまずいと悟り、距離を取った彼は防戦に回った。
「木属氣巧術――〈遮林〉!」
数多の木々が行く手を阻む。鎧兜はそれら生きた壁を観察し、幹の中心に指突を入れた。
――同時に木々の壁は木っ端微塵に砕け散る。
「どう、じて? 《杜族》の技だぞ!?」
「生命宿るものには氣は巡っている。そして氣の流れを操るのが覇兇拳だ。人体だけでなくあらゆる生命をも爆殺する! 座学を極めればこれくらい理解できたはずだぜ?」
「くそっ! くそっ! 来るな! 来るなぁ! 俺は紅・満喰! 全てを奪う者! 奪っていいのは俺だけだ! 貴様何の権利があって俺に盾突くんだ!」
「命乞いが従弟そっくりだぜ、お兄ちゃんよ。《叛族》の血が色濃いらしい。……だが腐っても皇族、俺の兄だ。元同門として帝の血を引く兄弟として敬意を持って葬ってやろう」
「やめろ……俺は、俺の命は俺のものだァ!」
「覇兇拳奥義!! 〈心破爆砕拳〉!!」
鎧兜の拳が満喰の胸にめり込んだ。同時に氣の乱れを感じた満喰は自分の経孔を刺激して正そうとするが、正確な位置を覚えていない彼は乱れを抑えることができない。必死に自身の胸を指でつつく大男の姿は滑稽だった。
目と口と鼻から血を流す満喰は最後の最後で一つの経孔を探しあてた。そこを刺激すると氣の乱れが一時的に停止する。
「見ろ鎧兜! 俺は天才だ! 爆発は収……おさ? ささっささささザガッ!」
彼の身体は胸ばかりか上半身全てが吹き飛んでしまった。
「バーカ。そこは氣の流れを収束させて起爆力を高める致命の経孔だ。テメェ如きに模倣できるほど覇兇拳千年の歴史は浅くねェ」
領主兼都督であった紅・満喰は絶命した。
その下半身の亡骸を見た胡・洋は戦意を喪失し、結界を解いたのだった。
彼はどこか憑き物が落ちたような顔付きになっていた。
満喰は覇兇拳の修練者でした。
彼は鎧兜より早く入門し、異常な早さで多くの技を身に着けます。
腕に覚えがあり、他の門下を見下していた満喰ですが
開祖の血を引く二人と秀英には喧嘩を売っていません。
本能で勝てないと分かっていたためです。
一章時点から片鱗がありましたが、鎧兜は努力の人ですね。
周囲と比較して技の習得が遅れていた彼を支えたのは師匠に認められたいという想いでした。
敬愛する師のため、後継者を名乗るため、優れた兄弟弟子達が脱落していく中、喰らいついて4番手として生き残りました。
だからこそ、『道場の真実』は彼にとって耐えがたいものでした。
そして荒れた彼が本編で一紗に出会い、その努力を認められたことで救われました。




