ぶつかる主戦力
天守閣戦闘の続きです。
刑楽は服の袖や着物の裾から大量の鎖十手を繰り出して鞭のように撓らせた。氣巧術を使っていないのに非常に巧みな武器の操作技能であった。〝名前持ち〟なだけあって武器の性能に頼っているばかりではなく扱い方そのものを熟知している。
(だがまだ避けられない程じゃない)
惡姫として多くの猛者と闘っていた彼女にとってはまだ焦る程の武器捌きではなかった。如何に手数が多くとも扱う人間が一人ならば手の動きや武器の角度から攻撃地点を予測できる。
「ヤバ。雑魚相手にし過ぎて腕が鈍ったかも。じゃあこれはどうかな? ――金属氣巧術〈血操思武〉!」
刑楽は軽く自分の手を小刀で傷つけると鎖にその血を染みこませた。すると血管を流れるように彼女の血と氣が鎖に伝播する。
すると、今までとは違って一つ一つの鎖が意思を持つように変則的に動き回り始める。一本を躱そうとすればもう一本が死角から足に絡みつく。そしてバランスの崩した一瞬の内に残りの鎖も追撃し、一紗の身体に巻き付いてしまった。
「よっしっ捕えた! 後はボッコボコにするだけ……」
鎖を操る刑楽は浮かべた笑みをすぐに消して脂汗を流した。
鎖を持つ手もカタカタと震えている。
「どうした刑楽?」
「劉殿?」
満喰と洋が尋ねてる間に呪縛術を強化するがそれでも彼女の表情は強張っていた。
「なんて馬鹿力。《膂族》を狩ったときだってこんなことは……惡姫ちゃん、本当に女の子?」
「今は女だよ。 だが女の身体でも工夫すればッ!」
一紗を縛っていた鎖は千々に砕け散った。刑楽も氣巧武術を展開していたが、独自の方法で筋力を強化している一紗の方が力比べに分があったようだ。
必勝パターンを崩された刑楽も傭兵のプロだけあって取り乱すことはなく、次の手に移った。
「金属氣巧――〈金印転移〉」
砕いた鉄鎖はいつの間にか一紗を円状に囲んでおり、その姿を消失させた。
美鳳ら一同はその様子を見て仰天していた。ただ呑気に観戦していた訳ではなく、隙あらば助太刀するつもりだったのだが二人の闘いが速すぎて付け入る隙が見当たらなかったのだ。
それは満喰達も同じだった。一紗を消した刑楽も鎖をリボンのように自身の周囲に舞わせて姿を消失させる。
「一紗さま! 一紗さまはどこへ!?」
「落ち着いてください、蕾華。アレは転送術です。遠くの部屋に一紗の気配を感知できます」
「あっ、ホントだ。じゃあ早く助太刀に行こう! もうあの子の動きは見切ったわ!」
「――させませんよ! 〈四封禁界〉!」
動いたのは洋が先だった。居残り組を囲うように巨大な立方体が出現する。消えた一紗に気を取られていた美鳳と蕾華が結界術に監禁されてしまった。
氣の流れを感じ取った鎧兜は結界発動前に間一髪で逃れたが、その行く手を阻むように満喰が立ちはだかる。
「久しぶりだな、鎧兜」
「満喰、俺の相手はテメェか。再会の挨拶もなかったからビビってんのかと思ったが」
「ほざけ! 今の俺は昔とは違う! 既に貴様など足元にも及ばん!」
「……試してみるか?」
血を分けた兄弟が拳で語り合う。
だが満喰は積極的には仕掛けてこなかった。覇兇拳が一撃必殺の暗殺拳だというのは周知の事実であるため回避が重視の闘いになっている。彼は他者の技を模倣することに長けている。即ちそれは相手の技を見切る眼を持っているということだ。
腹違いの兄弟の死闘が背景で繰り広げられている中、美鳳達は未だに脱出できないでいた。
「木属氣巧〈乱喰林〉!」
斜めに木を生やして結界を攻撃するが、結界は一時的に震えるくらいで穴があくこともない。流石に正面突破は難しいらしい。
「だったら……これならどう!? 〈根暴土殺〉!」
蕾華が樹杖を床に突き刺して自身の氣を流しこむ。すると床板が大樹の根に代わり蛇のように波立って地面から洋を攻撃しようとした。
ところが床板の変化も地面からの攻撃も結界の外までは届かなかった。結界内部までしか作用しないようだ。
「〈四封禁界〉は縦、横、奥行きの三次元的攻撃に加え、転移術による空間移動をも封じる高等結界術です。《杜族》の技でも抜け出すことは容易ではないでしょう」
「よくご存じですね、美鳳殿下。私は満喰殿下や劉殿と違って直接的な戦闘能力はないので時間稼ぎが精一杯なのです」
洋は眼鏡の位置を調整しつつ自嘲する。
そんな側近とは正反対に主の方は急に攻めの姿勢を見せる。
「愚弟! 俺の方が優れているということを教えてやる! くらえ〈乱喰林〉!」
彬のような細い木が地面から生え抜き、一斉に鎧兜に襲い掛かった。
それらを躱しきった鎧兜の脚に地面から鋭利な根が強襲してくる。
「くっ……この技は……!?」
「まだまだ!〈根暴土殺〉!」
木の根を生やして追撃を敢行する満喰。
掠ったが直撃は免れた鎧兜は地面の氣の流れを観察し、周囲を警戒しながら構えをとる。
鎧兜と美鳳は無言の内に目配せし合った。
「蕾華、少し休憩にしましょう」
新しく高等木属氣巧術を発動しようとした蕾華を美鳳が制止する。熱くなっていた蕾華も美鳳に策があると見て氣の放出を中断した。しかし懐から湯のみと茶菓子を取りだした美鳳はそのままお茶会を始めてしまった。
結界の中心で開かれる女子会。主に蕾華が【圓国】の脆弱さや長期にわたり一紗と過ごせなかった愚痴を語り、美鳳は聞き役に徹している。
血なまぐさい戦場で茶菓子を頬張る少女達はその場に相応しくなく実にシュールな光景だった。
「「ふざけるなっ!」」
少女達の振る舞いにキレたのは仲間の鎧兜ではなく、敵の満喰と洋の方だった。
「えー、なんでキレるの? 敵が錯乱したと思って喜ぶところじゃないの?」
「いや、諦めるのは早いですよ!? 《杜族》のお嬢さんの力を使えば私の結界を破壊することは理論上可能です。もっと強い技を披露すれば!」
「――でしょうね。だから蕾華を止めたのです。あなた方の狙いは私達を閉じ込めることではなく蕾華に《杜族》の力を振るわせてその技を満喰に盗ませること。良い戦術ですね。現時点では我々の主戦力に及ばないと見て、実戦中に満喰の武力底上げを狙うとは驚きです」
計略を看破された満喰と洋は顎が外れるくらい驚愕していた。
こんなにも早く作戦が崩されるとは思っていなかったのだ。
「満喰兄上は露骨すぎましたね。蕾華から奪った技だけでなく他の技も併用していればもう少し気づくのが遅れたかもしれませんが、新しい玩具を買ってもらった童のように披露しまくれば阿呆でも気づきます」
「そいつは仕方ねぇぜ、美鳳。技の調節や使い勝手を調べるためには実戦で試すしかねぇからな。――ったく他人のパクリばかりする所は昔から変わってねーな」
「クソッ! 洋! お前のちんけな策などにもう頼りはせん! やはり信用できるのは俺の力のみだ!」
相手が悪かっただけなのに満喰は作戦失敗の責を側近に求めた。求めたところで現状は変わらないのだが、自身が敵に後れを取ったとは認めたくないらしい。最後の策を崩された洋は力なく項垂れる。それでも主に対する忠義は尽くし、結界を解くことはなかった。
「洋殿、あなたの知略は見事です」
「え?」
「密約同盟で【彎国】を唆して【愁国】を攻めさせた手腕……子睿を納得させるのは難しかったでしょう。盗賊を使った市町奇襲戦も少ない戦力を補う良い手でした。そして主の特性を理解した結界戦術も素晴らしかったです」
洋は首を傾げた。敵国の代表者に称賛されるとは思っていなかったのだ。今までどんな作戦を思いついてもここまで褒められたことはなかった。成功すれば当然、失敗すればお前のせい。それが《叛族》から胡・洋に下される評価だった。《叛族》以外の部下達も知略を頼って社交辞令を繰り返すだけで自身の知恵のレベルについてきて討論できる者はいなかった。
彼の作戦意図を正しく理解し、称賛した最初の人物が敵の領主というのは皮肉だった。
「――しかし仕えた主が悪かったですね。ここにいても貴方は周囲の人間に利用されて才能を腐らせるだけです。どうですか、私の下に来ませんか?」
結界の内より差し伸べられる手が洋を動揺させる。
その氣の乱れを感じ取った蕾華が揺らいだ結界を棒術で攻撃すると大きな亀裂が発生した。
「さぁ、結界を解いてこの手を取ってください。悪いようには致しません」
美鳳が最後の説得に入る。同時に蕾華の棒術が亀裂個所を追撃する。
「……美鳳様、多大な評価ありがとうございます。貴女の下につく者はとても幸せでしょうね」
「でしたら、我が麾下に加わってください。軍師の待遇を約束しま――」
「――ですが我々、胡一族は何代も前から《叛族》の知恵として生きてきました。今更生き方を変えることはできません! この胡・洋、最期まで主君の智として運命を共にする覚悟!」
彼の強い決意に呼応するように結界の亀裂が修復されていった。
「良く言った! 洋! 俺が鎧兜を殺すまでそいつら抑えていろよ!」
「くっ、知恵者のわりに忠義まで揃っているとは、厄介ですが益々欲しい人材ですね」
「でも色々な立場に縛られているみたいよ? どうするの美鳳?」
「縁故が彼を縛るならそれを断ち切るまでです。兄上! 紅・満喰の討伐を許可します!」
「……美鳳、一応確認するが〝殺す〟でいいんだな?」
「ええ。掠奪主義の《叛族》の血を色濃く受け継いだ殺戮者です。我が【愁国】の理念とは相いれません。模倣技術は大したものですが、育つと後々厄介なので。彼を討つことで手に入れたい人材は別にいます」
【寥国】への侵攻を決意した時から美鳳は覚悟をできていた。天下統一の野望を果たすためには冷徹さも必要だ。満喰は欲望のために罪もない人々を殺し過ぎていたし同情の余地はない。加えて生かしておけば【愁国】の主戦力の技を盗まれかねないのだ。国を預かる主君として当然の判断だった。
満喰のコピー能力を存分に発揮するために結界を張って敵に大技を使わせる。
結界で囲う対象が違いますが、反乱軍戦で見せた戦術ですね。
発案者は軍師の洋でした。
その戦術を看破した美鳳と満喰が目配せし合うところは兄妹らしいです。
愁国総戦力と比較すると力が及ばないから実戦で強化を図るって
それだけ聞くと主人公みたいですよね。
一応二章の敵大将なんですけど……。
刑楽の方は一紗を連れてどこかへ転移してしまいました。
二人の戦闘は一旦保留です。
美鳳は優秀な洋が満喰への義理立てで掠奪と悪政に加担していたと知り、そのしがらみを断ち切るため、満喰処分を決定します。
次回は鎧兜 VS 満喰のお話です。




