龍宝の能力
龍宝が戦上手と言われる由縁の話です。
――同じ頃、愁軍は驚くべき速度で【寥国】領に侵攻していた。
最前線で軍団を指揮するのは雷・龍宝将軍である。
彼は【寥国】の地理を見聞し、最も進軍しやすい平野からの攻略を試みたのである。当然寥軍国境警備兵も狙われやすい場所にはそれなりの防衛網を張っている。
しかし龍宝は自軍総戦力の半数をその戦線に投入することで突破を強行したのだ。
「愁軍がこれ程の大兵力をさし向けてくるとは! 増援はまだ来ないのか!?」
「ただ今、各所から人員を回すように伝令しております!」
しかし他戦線から人を集めたところで手薄になった他戦線が伏兵に狙われることになる。
寥軍が中央線防御を強化するために他の防衛線から兵士を徴収することを龍宝は看破していたのだ。残存兵力をこの局面で投入して薄められた他の防衛線を突破していく。そして突破した左右の侵攻軍を先行して動かし、寥軍中央防衛線ごと囲い込もうという腹だった。
「山岳方面防衛線、突破されました!」
「河川方面防衛線、総崩れ! 増援求!」
「くそ! このままでは囲われる! 後退するぞ!」
中央の防衛線を強化したところで左右を破られれば円状に包囲されることは確実だ。そうなれば降伏するしかない。折角守りきっている中央防衛線も他戦線に合わせて【寥国】側に内部への後退を余儀なくされた。
「寥軍が退いた! 今こそ愁軍の力を見せつけるのだ!」
「「おぉおおおお!!」」
愁軍大将の龍宝がこれを見逃すはずもなく、追撃を開始する。
さらに寥軍の災難は続く。元【圓国】、【彎国】領の占領地付近の村から徴収した兵士が愁軍へ寝返ったのである。彼らの調略は美鳳の暗躍があった。
「今こそあなた達は故郷を奪還するときです。今なら私達【愁国】が力添えします」
そう説得されれば旧占領地の兵士達は【寥国】を裏切るのも無理はなかった。
元々嫌々従っていたのだ。洋の采配により彼らは故郷と離れた【愁国】側の防人にされ、寥軍正規兵に監視されていたので祖国に亡命することもできずにいた。だが、【愁国】が戦争に勝てば土地ごと祖国への復帰が可能になる。そういった旧占領地の兵士達の渇望を美鳳は見逃さなかった。
「美鳳様、よく大勢の敵から異民族出身者を見極められますね」
「戦術や氣巧術にお国柄が出ていますし、占領地からの徴兵者は見るからに消極的態度ですからね。大体見分けはつきますよ。……おっと、蕾華と一紗から連絡です」
懐の『転伝識字』が熱くなったことで仲間からの受信を察知した美鳳はそれを取りだして内容を確認する。
「蕾華は寥軍を撤退に追い込むも、足止めをくらい進軍を中断。満喰を取り逃がしたようです」
「満喰相手に撤退に追い込んだだけ十分な戦果じゃないですか。流石は《杜族》……」
「追撃できなかった要因は主に圓軍の練度不足らしいです。あの娘にしては凄い怒った文面で文句を羅列してますね」
「――して惡姫の方はどうです?」
「一紗と兄上は【迎梠】に攻めてきた賊を退治してるようです。町人達が率先して協力してくれているそうなので動きやすいみたいですね。破落戸の町をよく立て直してくれたものです」
「鎧兜殿調略に加えて意外なところでやってくれますね、あの皆殺し娘。この分では修羅の血に我を失うこともなさそうですな」
「ええ。ですが、一紗達に州都を攻めてもらう作戦は白紙になりました。敵の総戦力を計算して【迎梠】攻めに回す兵力はないと判断したのですが、まさか【寥国】中から賊を集めて攻めさせるとは……かの国にもできる軍師がいるようです」
賊を利用して町を攻めるのは美鳳も【武言】攻略戦で使用した戦術だ。愁国は狭く、あの時は治安も乱れていたために容易に賊を動かすことができた。
しかしこの広い【寥国】で短時間の内に盗賊の大軍勢を【迎梠】に差し向けることをやってのけるとは思わなかったのだ。
「参戦した【彎国】も寥軍を圧倒し、内地に向かって進軍を続けていると連絡を受けました」
彎軍と寥軍の衝突を見守っていたのは《顔無》の中でも特に強い鬼面の女だった。彼女により正確な状況が伝わってくる。彎軍の猛攻は凄まじく、その気迫に押された寥軍は後退を続けているらしい。それを元に美鳳は紙面に各戦線の状況を簡潔にまとめた。紙面を確認する龍宝は満足そうに頷く。
「この状況だけで判断するなら我が軍の圧勝ですな」
「……ただ、勝ちすぎている気がします。この戦線は龍宝がいるので意外ではありませんが、彎軍がここまでやる気を見せてくれるとは思いませんでしたし……」
何か釈然としないものを感じながらも美鳳は不安を胸に隠した。この優勢の状況で味方の士気を下げる発言をするべきではないと考えたのだ。
現に愁軍が果敢に攻めて寥軍は後退を続けている。
「なぜだ……なぜこうも容易く破られる……?」
「鄧将軍、並びに潘将軍配下複数名が愁軍に寝返りました!」
「おのれ! 賊軍出身者共め! この戦が終われば打ち首にしてやる!」
寥軍は大混乱に陥っていた。しかし彼らもただやられてばかりではなかった。【彎国】の戦線からとある猛将を愁国戦線側に回したのである。
「劉の奴から美少年を買い取るためにも活躍しなければ!」
浅黒い肌に引き締まった身体、そして甘いマスクが特徴的なその将軍の名は慾・偉夫。彼こそ男の娘好きで知られる、刑楽の知人の《叛族》であった。
国境警備に当たる彼は州都に帰る余裕はなく刑楽から美少年捕獲の知らせとその法外な値段に一喜一憂している状態だった。守銭奴の刑楽から美少年を買い取るためにも武勲を立てる必要があったのである。
「慾将軍、遅いですよ! 友軍は崩れかけております!」
「そういうな。戦の前の準備運動は必須だ。しかし一人分抱き足りんねぇ。やはりお気に入りが一人欠けたのが痛いな……」
彼の足元には虚ろな目で女物の着衣を乱した状態の美少年達が十数人ばかり寝転がっていた。呼吸はしているが立ち上がる気力が残っていないらしい。
「閣下は武勇もさることながら性欲旺盛な方だからな」
「確かに見目麗しい者ばかりだが男相手によくここまで……」
慾将軍は平時は暇な国境警備の時間を紛らわすために愛人の少年達を連れ歩いていた。彼らの多くは【寥国】が他国に侵攻した際に慾に拉致された者達だった。
普段なら一人壊れるまで致し続けるのだが戦争が始まったことで慾・偉夫は遊んでいる時間はなくなり、少年達は命拾いすることになった。
慾将軍の部下達の仕事の一つが少年達の介抱である。
「男子に生まれたのに憐れであるな……」
「あんまり入れ込むなよ、新入り。どうせこの子達も近い内に壊される。他の異民族はその場で殺されてるんだ。長生きしてるんだから幸運な方だぜ」
性欲を満たした慾・偉夫将軍は馬に跨り、最前線へと駆け抜ける。
「新しき愛い男をこの腕に抱くため、愁軍には消えてもらう!」
到着した慾将軍は配下の兵士に命じて一斉に土属氣巧術を発動させる。
「「「土属氣巧・〈郭岩砦防〉!」」」
愁軍の侵攻を阻むように大地が盛り上がり、即席の大砦が形作られる。
さらに崩れた自陣営を立て直して再整列させると、砦を盾にした氣巧術での反撃が開始される。金属氣巧術による刃物の投擲、火属氣巧術による火攻め、土属氣巧術による岩投げ攻撃などで愁軍の兵士を殺戮していく。
「怯むな! こちらも砦を作る! 氣巧術用意――!」
「「「土属氣巧・〈郭岩砦防〉!」」」
愁軍も同じ技で地面を操作して即席の大砦を作り上げた。
平野を挟んで二つの砦が並び立つ。
両軍はしばしの間、砦越しに氣巧術を打ち合ったが決め手に欠けて膠着状態に陥った。
「密約同盟が生きているとはいえ此度の戦の目的は早期決戦。美鳳様、少々時間を頂ければ攻略できますが、いかがいたしますか?」
「そうですね……」
美鳳が悩んでいると、寥軍側の砦に男が一人立った。
「我が名は慾・偉夫と申す! 訳あってすぐにでも武勲が欲しい! そして貴様らも戦況を動かしたいだろう!? そこで大将同士の一騎打ちを所望したい!」
そう言って慾は砦の中央に己の偃月刀を投げて突き刺した。
戦場における中心地への武器の投擲、それはリーダー同士の決闘を意味していた。今のように両者の力が拮抗したときに余計な消耗戦にならないように考案された古い作法である。
「……乗ってみるのも手ですかね。いけますか、龍宝」
「勿論です」
龍宝も己の武器を相手の武器と同じ地点に投擲した。
二人の偃月刀が交差した状態になる。これは決闘の了承を意味する。
「そうこなくてはな」
両雄が砦の中央に跳躍して着地し、各々の武器を手にする。
「愁軍総大将、雷・龍宝だ」
「相手にとって不足なし!」
二人は偃月刀を廻しながら相手の急所を狙う。互いが互いの一撃を捌き合いながら反撃の機会を伺っている。その間、奇妙にも二人は話をする時間ができていた。
「大物が釣れたな。アンタの首なら報酬もたんまりいただけるだろう!」
「お前が闘うのは金のためか?」
「ああ。欲しいモノがあるんだよ。強欲商人が吹っかけてきやがったからな。大体将軍ってのは領地や金、爵位を欲して働くもんだ。アンタだってそうだろう? 」
「違うな。俺が闘うのは主の夢がため! 大いなる野望を叶えるためだ!」
「ま、どっちでもいいけどな。勝者だけが全てを手に入れられる!」
慾・偉夫将軍の登場です。
彼こそ刑楽が懇意にしている買い手ですね。男色の人です。
普段は国境防衛の主戦力であるため『寥国を統べる者達』に登場しなかったのです。
足が速い刑楽が州都からの伝令役で彼と接触することが多く、
そのため売り手と買い手という関係が確立されていました。
今話の序盤にある龍宝の指揮は以下のようなイメージです。
※■=寥兵、□=愁兵です。
※愁軍侵攻図
1:開戦時、愁軍が中央より仕掛ける
寥軍「敵兵力多いぞ!? さては総力戦だな!?」
【寥国】領 【愁国】領
■ =
■■ =
■■=
| =
= ←□□□
■■ = ←□□□□
■■■ =←龍宝□□□
■■■ = ←□□□□
■■■= ←□□□□
■■■= ←□□
=
=
川 =
■■ =
■■ =
■■=
=
=
======
2:寥軍、左右防衛線から兵力を引き抜いて
中央防衛線に投入して抵抗
寥軍「他の戦線から引き抜いて対抗だ!
これで数はこっちが上!」
【寥国】領 【愁国】領
■ =
■ =
増援 =
|↓ =
■■ = ←□□
■■ ←□□□□
■←龍宝□□□□
■■ ←□□□□
■■ ←□□□□
■■ ←□□
■↑増援 =
■■ =
川■■ =
=
■ =
■■=
=
=
======
3:左右防衛線の守りが薄くなったところを
愁軍が予備兵力投入して追撃
寥軍「伏兵とか聞いてへんで!?手薄な引き抜き箇所狙われた!?
アカン! このままだと囲まれる。退避退避」
【寥国】領 【愁国】領
■←□□=
■ ←□□ =
←□□ =
|↓ =
■■ = ←□□
■■ ←□□□□
■←龍宝□□□□
■■ ←□□□□
■■ ←□□□□
■■ ←□□
■ =
■■ =
川■■ =
=
■←□□
■■←□□
←□□
=
======
ってな感じで囲われる前に寥軍が後退し続けて戦線が崩壊しかけたところに
慾・偉夫将軍が投入されました。
次回は慾将軍 VS 龍宝の続きと戦況が大きく動くお話です。




