迎梠防衛戦
迎梠防衛戦が始まりました。
盗賊を使うのは美鳳が【武言】攻めに使った手です。同じ手を敵に使われた訳ですね。
一紗からしたら防衛戦なのでの当時【慶酒】を守っていた龍宝と同じ立ち位置です。
一方、【迎梠】には盗賊の集団が国中から押し寄せていた。
洋の計略で食料目当てに破落戸が来襲したのである。四角く囲まれた町壁の四方には盗賊の集団が密集していた。
「【迎梠】には水と食料がたんまりあるはずだ! 攻め落とせ!」
「「「オォ―――!!!」」」
「絶対に奴らを町に通すな!」
《蜥蜴》出身の武官達を中心に防衛戦が展開される。
厄介なのは盗賊達の放つ火矢と火属氣巧術である。家屋を燃やして混乱に乗じて町に雪崩れ込み、略奪を働くのは目に見えていた。
ここで役立ったのが《戮族》の置き土産の貯水であった。町の区画の一部を水没させた水属氣巧術で溜まったものである。
「「「水壁陣!」」」
水場の無い場所で水属氣巧術を扱える氣巧術士は限られているが、水が豊富ならその限りではない。水の防壁によって火矢と火属氣巧術はすぐに鎮火されていくのである。
それでも安全という訳ではない。一部の盗賊が城壁をよじ登って侵入するのだ。
彼らを狩るのも武官達の仕事であった。
町全体の指揮をとるのは一紗と鎧兜である。
「キリがねぇな。今までどこに隠れてやがったんだ、この蛆虫共」
「ちっ、州都を攻めるどころか美鳳や蕾華の所に助太刀もできねぇな」
本来であれば宣戦布告と同時に州都【聚款】へ攻め込むはずだった。
しかし、侵攻準備を始めていた矢先に盗賊の集団来襲の知らせが偵察兵より舞い込んできたのだ。洋の計略は一紗を苦しめた。
何も考えず盗賊を皆殺しにするだけなら一紗一人でも可能だっただろう。しかし、殺しに熱中している間に別動隊が町を蹂躙しかねない。
一紗の脳裏には「治安を安定させ弱者が虐げられることが無い、女が不幸にならない世を作りたい」という美鳳の言葉が蘇ってくる。
町の改革をしている以上、町人を見捨てて敵を皆殺しにする選択はできなかった。
「くそっ、人手が足りねぇ……」
東西南北から攻めてくる有象無象の盗賊集団は厄介だった。
盗賊達は殺された仲間の死体を踏み台にして町への侵入を試み始める。
全方位からそれをやられるといくら警戒していても数人の侵入は許してしまうのだ。
「女だァ! ハァハァ……女は久しぶりだぜ」
一紗を見つけた侵入者が血眼になって襲ってくる。
何百回と見た光景だが、防衛戦に手を焼いている今は勘弁してほしかった。
下衆な盗賊の処理をどうしようかと考えていると、その男が急に倒れ伏した。
「鎧兜、何かやったか?」
「いや、俺は別の奴の対処で忙しかったが……」
どうやら男の脇腹に槍が刺さっているようだ。少し間を置いて家の影から槍の持ち主と目される青年が出てくる。その不潔な身なりから彼が【迎梠】の町人であることが分かった。
他にもぞろぞろと出てきて殺した盗賊から武器を奪っていく。
「お前ら……」
「俺達も戦わせてくれ、市政官さま! この町を守りたいんだ!」
「旅人狩りやってた連中が一体どういう心境の変化だ?」
彼らは無垢な一般人ではなかった。旅人や力尽きた者からあらゆるものを奪い生計を立てていたならず者たちだ。ルールを守らない彼らを教育するために暴力と恐怖による治安維持を強行したほどである。
故に市政城で働いていた教養のある少年少女達以外は戦力に数えていなかった。
ところが彼らは今になって自らの町を守りたいと主張したのである。
「俺達、馬鹿で卑しい盗人だった。でも市政官さまが来てから安定した町ってのを初めて実感できたんだ」
「ふんだぁ、オラたち初めて妖魔の肉一杯食べれたし」
「法を破ったらぶん殴られるから怖かったけど、おかげで強盗とかめっきり減ったし……考えてみりゃワシら一人一人が掠奪とかすっから町が乱れとったんじゃな」
「俺達の居場所はここしかねぇ! だから守るんだ! 協力させてくれ!」
一紗の改革は町の生活だけでなく町人達の心も変えていたのだ。
普通は犯罪で生きてきた人間が一朝一夕で心変わりしないだろう。
だが、変わるきっかけが二つあった。一つは町内改革そのものである。治安が維持され、備蓄が満たされたことで彼らの生活は僅かな間に向上を見せていた。他領の町と比較すると、質という面で大きく劣っていたがそれでも汚く痩せ細っていた彼らには十分すぎたのだ。
そしてもう一つの大きな理由は今の状況である。
折角手に入れた食と治安を盗賊に奪われそうになったことでその価値を再認識させる切っ掛けとなったのだ。盗賊に壊されたくない。彼らの侵入を許せば町はまた元の破落戸街に戻ってしまう。その恐怖が町人達の心を動かしたのである。
「……氣巧術、武器を使える者は何人いる?」
一紗は町人達を戦力に数えることに決めた。
戦える町人達を自警団として防衛戦に組みこんだことで先程よりは余裕ができて一紗は市政官達と作戦を練る時間を作ることができた。
「備蓄はどれくらいある?」
「食事は全町人の分の分配を考えると二日……いえ、三日は何とか」
答えたのは元最年長遊女の少女だ。町の経済を担当する彼女は籠城戦を見越して倉庫の確認をしてくれていたようである。
「……少なすぎるな。籠城戦は備蓄が不十分な【迎梠】では不向きだ。俺達から攻めるしかない。もう戦争は始まってるしチンタラしてる場合じゃねーしな」
「だがどうするつもりだ、姉御? 今のところ俺達は防戦一方だ。四方八方を盗賊共に囲まれてるんだぜ?」
「防御を捨てて全兵力を攻撃に回すのさ。各戦線の指揮官達に伝えてくれ」
一紗の発案は文字通り【迎梠】の防御力を全て捨て去るものであったが、盗賊一掃の実現性が高かったため市政長・鎧兜も追認して指揮官達に知らされた。特に町の水没区画付近の武官達は一際緊張した面持ちになっていた。
一紗と鎧兜は疾風迅雷で水没区画まで馳せ参じる。
そして防衛線の全員が臨戦状態にあることを確認して作戦を決行した。
「そんじゃあいくぜ!――〈波動弾〉!」
一紗は貯水槽扱いになっていた水没区画の外郭を破壊してしまったのである。
溜まっていた水は外郭という蓋を失って町の外に一気に放水されていく。
これで【迎梠】は火矢などに対する防御能力を喪失した。代わりに放水が水攻めとなって大勢の盗賊達が流される。大量の水を飲んで溺死するか流された後に自警団の矢で射殺されるか、いずれにしろ町の西側から侵入を試みていた盗賊一派は壊滅状態に陥った。
「西側の外郭を壊したらしいぞ! 侵入口ができた! 回りこめ!」
水と共に西側の外郭を失ったことで【迎梠】を東北南から攻めていた盗賊達が一斉に西側を目指し始める。しかしこれも一紗は織り込み済みだった。
分かりやすい侵入口を得たことで馬鹿な盗賊達は挙ってそこに集まると想定し、西側に強い武官達を固めていたのだ。中心となって彼らをまとめるのは鎧兜である。
「敵を一箇所に集めた方が守りやすいか。姉御は切れ者だなァ。ようやく暴れられる!」
押し寄せる北と南の盗賊団を鎧兜が護帝覇兇拳で爆殺していく。彼が取り漏らした敵を《蜥蜴》の武官や町の自警団達が抑え込んでいく。
だが軍団とも称すべき盗賊達は数が多すぎた。このままでは防衛線の武官達が守りきれない。
そこで一紗は分かりやすく隔壁を飛び越えて盗賊の一部の誘導を開始する。清潔な身なりの美しい女性はそれだけで目立つため案の定盗賊の一部が引っかかった。
誘導されたのは東側から【迎梠】を攻めていた集団である。真逆の方角にいたため西外郭への合流が遅れたらしい。
「あんな美人見たことねぇ」
「ククク、一人逃げるつもりか……馬鹿め!」
「俺達全員の相手してもらうぜぇ」
性欲に頭をやられている彼らは一紗が常人ではありえない脚力で移動している矛盾に気づけなかった。釣られていることにも気づいていない。
東の盗賊団を【迎梠】から随分離したタイミングで一紗は立ち止まり、彼らの方へ向いた。
「馬鹿な奴らだ。誘われてることにすら気づけねぇなんて」
「え? 誘ってるの? なんだぁ、キミもそのつもりだったんだぁ! 俺達で楽しもうぜ!」
「そういう意味じゃねーよ」
一紗は抑えていた氣を全開放する。周囲の空気を一変させる禍々しいオーラを浴びた盗賊集団は真冬の夜にも似た肌寒さを感じ取った。
比較的弱い盗賊はそれだけで動けなくなり、気を失う者もいた。
だが彼らも険しい【寥国】を強かに生き抜いてきた猛者である。過半数は意識を保ち、剣を抜刀する。
男達は悟ったのだ。目の前にいる少女がただ食われるだけの野兎ではなく、兎の皮を被った狼であるということを。
「ふん、生憎だが俺はお前達とやり合うつもりはないよ。この後もでかい戦争が控えてるんだ。体力は温存しておきたいし」
「じゃあなんだ? 大人しく俺達の玩具になるってことか?」
「いいや、違うな。別の奴に処理を頼むのさ」
一紗が跳躍したタイミングで先程まで立っていた地面を喰い破るように地中からワーム型妖魔が襲ってきたのだ。その接近に気づけなかった盗賊団の前列組はそのまま食い殺されてしまった。まだ食い足りないようでワームは散会する盗賊団に次々と襲い掛かる。
「《蜥蜴》と接触したこの一帯はコイツが出るって分かってたからな。氣を解放すれば探知して襲ってきやがる。まぁゴミ掃除には丁度いい」
以前ハムにした個体と同種の妖魔は凄い勢いで盗賊を駆逐してくれる。
盗賊捕食に夢中になるワームを一瞥した一紗は【迎梠】へと帰還した。
町では相変わらず盗賊との交戦が続いてる。
辛うじて鎧兜が死守していたが彼の後ろに侍る市政官達はもう限界のようだ。爆死した盗賊の遺体を盾代わりにして何とか凌いでいる。
「奴らは限界だ! 攻撃を続けろ!」
「「「オォオオオオ!!!」」」
盗賊達も防衛線にいる武官達の消耗を感じ取って気炎を上げていた。
(ちっ、俺がもう少し前に出るか。多少の犠牲は仕方ねぇ)
鎧兜は敵の数を減らすために敢えて防衛線を放棄し前線しようとした瞬間、壊れた西側外郭を塞ぐように岩の壁がそそり立った。
「土属氣巧・〈岩壁方陣〉……」
「姉御! 帰ってきたんだな! 今のは土属氣巧の防御技か?」
「ああ。一人旅してると盗賊に狙われて野宿もまともにできんかったからな。この技で隠れるような寝床を作ってたんだよ」
「ンガガガ! 姉御の貞操を守った岩壁が今は町の人間を守ってるって訳か!」
これで町郭の外側には一紗と鎧兜だけである。
残る盗賊一味は町の掠奪という目的を忘れて一紗に目を奪われていた。そしてその美を我がものにしようと二人を囲い込む。
「どうやって町の連中から気を反らそうかと考えてたが……こういうときは姉御の目立つ容姿が役に立つな」
「神様には異性にモテたいと願ったが、こういうのは勘弁願いたいよ……ホント」
「あ? 何だって?」
「こっちの話……」
盗賊が町人を狙わなくなった今、後は何も気にせず暴れるだけだ。
一紗は鎧兜に背中を預けて功夫の構えを取った。
旅人狩りをしていた町人達が心を入れ替えてくれました。
これも一紗の飴と鞭の政策により治安の良さがもたらすものを実感できたからですね。
町を守りきったので後は賊を皆殺しにするだけです。
次回のお話は国境から侵攻を開始した愁軍の闘いがメインになります。
龍宝と美鳳のターンですね。




