蕾華対満喰
圓軍討伐に行った満喰は圓軍と行動を共にしていた蕾華とぶつかります。
――賽は投げられた。
密約同盟に応じた【圓国】が【寥国】を強襲する。戦に敗れて領土を削られてきた恨みがあるため圓軍の士気は高かった。また、恨み以外にも士気を高揚させる要因があった。
それは【愁国】の使者として遣わされた蕾華の存在である。
「木属氣巧――〈乱喰林〉!」
彬のような細い木の先端が国境警備兵を穿っていく。
辛うじて回避できた兵士には樹杖による棒術の追撃が待っていた。
舞を踊るように優雅に杖を廻しながら戦場を蹂躙していく。
「ギャ―!」「ぐわぁ!?」
長らく蹂躙する側だった【寥国】にとって敗戦国の反撃は予想だにしていなかった。おかげで対応が後手に回ってしまい、次々と防衛線を突破されてしまう。
「なんたる武! 流石は《杜族》!」
「頼もしい限りじゃ!」
「女子に後れを取るでない! 我ら【圓国】の力を野蛮な【寥国】に見せるのじゃ!」
圓軍の先頭に立つのは俊杰だった。
皇族である彼もまたそれなりに氣巧術は心得ている。金属氣巧術により、友軍の纏う鎧の強度を上げ、氣巧術や弓矢を弾いている。また友軍が放った火矢を着火点にして火属氣巧術を発動、敵兵を火だるまにするのだ。
「積年の恨み、思い知るが良い!」
「領土は返してもらうぞ!」
少なくなった敵兵を偃月刀や双剣を用いた氣巧武術で兵士が討ち取っていく。
中々の戦術であったが俊杰には別の狙いがあった。
(クク、《杜族》の近くで戦えば朕は安全じゃ。それに後衛の兵士達は《杜族》の功績も朕のものと錯覚するじゃろう。朕は兵士から益々尊敬されることになる!)
事態は彼の思惑通りに動いていた。何も知らない後方の兵士は倒れ伏す敵兵の数を見て大将の俊杰の武勇を崇め、より一層士気を高めた。
そして蕾華という最大戦力がいるために彼が討ち取られることはなかった。
俊杰の首を狙う矢も氣巧術も蕾華のの樹杖に叩き落とされるのだ。
教養の無いものは五大民族の特徴を知らず、邪魔な蕾華を囲いこんで殺そうと企てるが、木属氣巧術で伸縮される樹杖が織り成す巧みな棒術で撥ね飛ばされてしまうのである。
「我々には五大民族がついている!」
《杜族》という後ろ盾を得て調子づく新兵。
「麗しい榧殿に俺の武勇を見せてやらねば!」
見目美しい蕾華に格好良いところを見せようと意気込む将兵。
「女子の癖に目立ちおって……戦場は男の領分ぞ!」
男として女子より活躍しなければと荒ぶる老兵。
思惑は様々であったが榧・蕾華という美しい少女を中心に大軍が動いていることは間違いなかった。
ところが進軍は停止を余儀なくされる。
「前方に敵増援を発見! 大将は……満喰です!」
「何だと!?」
ここに来て敵国の総大将が出張ってきたのだ。
破竹の勢いで攻めていた圓軍の脚が止まった。
「なぜ我々の方へ来るのだ!?」
「愁軍との戦に出るはずだ! 本当に本人なのか!?」
圓軍が猛々しく攻めていたのは蕾華の存在があったためだけではなかった。本丸にして最大戦力と目される満喰が愁軍の方に出向くという確信があったからだ。【圓国】の軍師も満喰の性格と【愁国】に対抗する【寥国】側戦力を吟味して満喰が【圓国】側の戦線に現れることはないと断定していたのである。
「よぉ、敗戦国。好き勝手暴れてくれたみたいだなぁ」
しかし、軍師の予想を裏切って満喰が立ちはだかった。
【圓国】の軍師たちは読み間違えたのだ。こうならないように【愁国】が宣戦布告してからわざわざ間を置いてから参戦したのだ。それなのに敵の総大将が来てしまった。
彼らの悲壮感は察するに余りあった。
何とか満喰を撤退させようと俊杰が震える声で指摘する。
「ち、朕たちを相手にしていてよいのかぁ!? 愁軍に州都を占領されてしまうぞ!?」
「お前達を潰してから愁軍も狩りに行けば済む話だ」
前衛の兵士達は脚が震えて怖気づいてしまった。
「俊杰、先の戦で貴様を生かしておいたのは和睦するのに必要だと洋が言ったからだ。そうでなければ【圓国】全土は既に俺のものだった!」
満喰の言葉通り、以前までの戦争で【圓国】全土を占領することはできた。しかし、いきなり全土を占領したとあれば【圓国】領民の不興を買い、国内で反乱活動が頻発してしまうだろうと洋が意見したのだ。また一国丸ごと武力併合することで周辺諸侯が【寥国】に危機感を抱いて団結しかねないという懸念もあった。
さらに、洋の立場から言えば、内政のできない《叛族》ではせっかく手に入れた広大な領地もすぐに興廃させかねないので少しずつ頂いた方が良いという思惑があったのである。
「――しかし、此度の主敵は【愁国】。おまけの貴様にかかずらっておる暇はない。今度はちんけな領土だけで済むと思うな。その首ごと【圓国】を貰ってやる」
満喰の殺気を浴びた俊杰は血の気が引いていた。
彼だけではなく圓軍全体が冷水を浴びせられた如く士気を鎮火されてしまったのだ。
それだけ圓軍にとって満喰は畏怖の象徴だったのである。
戦の度に領土を侵され、奪われる。戦地となった付近の村は満喰率いる《叛族》の兵士によって食い荒らされるのだ。貯蔵食は奪われ、家屋には火が放たれ、女は犯され、男は惨たらしく殺される。恨みよりも恐怖が【圓国】の領民には刻み付けられていた。
「ふん、折れたな! 殺せぇ――!!!」
圓軍が士気を失ったことを身抜いた満喰の指示により一斉に総攻撃が行われる。使われた氣巧術は「土属氣巧・〈落岩投射〉」。地面から鉱物を集めて大玉に固めて射出するというもので、反乱軍から奪った技だった。
空を覆う多い大岩はまっすぐ圓軍に向かっていく。人工的な落石に潰されて勝敗は決するかに見えた――が、複数の落石は巨大な幹によって阻まれる。
「木属氣巧――〈遮林〉」
また塞き止められただけでなく、一部の岩石を受けた木々はその重さで撓り、発条のような原理で寥軍に撃ち返してしまった。
「おのれ!……しかし所詮は独活の大木! 燃やし尽くせばよいのだ! 火属氣巧用意!」
「――了解!」
土属氣巧術を使った前衛が下がり、後衛の兵士達が一斉に火属氣巧術の準備に取り掛かる。
「「「「火属氣巧・〈火炎焼殺〉!!」」」」
横一列に並んだ兵士達が火を噴いた。ただでさえ高威力の上級火術に複数人の術が混じり合いさらに火力を高めていく。射線上にあった固められた岩もその熱気に溶ける程だった。
「木は燃えるものだ。焚火の如く炭となれぃ!」
一直線に吹きつけられる火の波は蕾華が作った遮蔽林に放たれた。
業火に包まれる木々を見て《叛族》の兵士達は一様に笑みを浮かべていた。
――ところが炎は木々を燃やしきる前に徐々に勢いを落としてやがて鎮火してしまった。
「なぜだ……なぜ燃え尽きない!?」
「木を形づくるのは空気と水。熱を伝導させにくい……だから表面を燃やせても全てを燃やし尽くすことはできないの」
「馬鹿な!? 木は木だ! 燃えない木などあるはずがない!」
「木が簡単に燃え尽きるなら山火事で全て消失してるわよ。貴方達は自然の生命を甘く見過ぎ。そしてここにそびえ立つ樹木は私の氣で育てたもの。簡単には砕けないわ!」
「ならば切り倒してしまえぃ!」
氣巧武術を扱う剣士が自慢の偃月刀や剣で丸太のように切り倒していく。その剣技もまた《叛族》が他所から盗んだものだった。それも一つの流派ではない。多くの武人達から命ごと盗みとった剣術の切れ味に《叛族》は自信満々だった。
やがて密林の奥に立つ蕾華を眼前に捉えた彼らは涎を垂らしながら前へ進んでいく。
「残念だったわね。その程度の剣術では私の木壁は倒せない」
「何言ってやがる? 現に丸太が無造作に転がって―――」
前進していた兵士達は振り返ると、後衛と分断されていた。先程斬り倒したはずの木々が林の如く生茂っていたためである。
「なんだこりゃ!? 幻術か!?」
「幻術ではなく現実よ。ほら、今しがた貴方達が斬った木をよく御覧なさい」
男達が目を凝らすと切った傍から新たな芽が生えていた。〈遮林〉とは再生し続ける壁術だったのである。
「呆けている暇はないわ! 木属氣巧術・〈森略陣・樒の型〉!」
蕾華は木属氣巧で驚く兵士達を追撃していく。木々を馬鹿にした彼らは地面から生えてくる木に絞殺される形で絶命した。それだけでは終わらず自然の侵略が開始される。荒れ果てた【寥国】の大地を侵すように芝生や幹が寥軍へと迫っていく。
緑の殺意に呑まれた兵士は眼や口を枝の先端で貫かれて絶命し倒れ伏す。そしてその屍を栄養にしてさらに森の侵略が加速するのだ。
「止まんねぇ! 大将! この草木をなんとかしてくれぇ!」
「死にたくねぇよォ!」
「くそっ! 火を――駄目だ間に合わ……」
森の侵攻は寥軍の半分を呑みこむ勢いだった。これで圧勝かに見えたとき、殿を務めていた大将・満喰が氣巧術を発動させた。
「木属氣巧――〈遮林〉!!」
緑の侵略は緑が阻んだことで突如停止した。〈森略陣・樒の型〉は敵陣地と見なした土地を侵す一掃を兼ねた陣地作成技である。それ故、水場や荒野、道路などにおいては絶大な侵攻力を有し術者の氣力が続く限り森は拡大を続ける。だが同じ森にぶつかったとき、術は勢力拡大を停止させてしまうのである。
「まさか――私と同じ技を使うなんて!?」
「これで森の侵攻は止まった。……しかし侮れんな《杜族》。盗むのに時間がかかっちまった」
満喰は自分の模倣技術に絶大な自信を持っていた。相手が五大民族だろうと技を奪えると考えて実行してみせた。ところが内心冷や汗を流していた。
(正直《杜族》がここまでとは思わなかったぜ。全部の技を盗むまで俺の命が持つかも分かれねぇ。……ここは一旦退く)
満喰ら寥軍は方向転換し、内地へ撤退し始めた。
圓軍は蕾華を含めて呆気に取られてしまった。
「ちょっと! 偉そうなこと言ってたくせに敵前逃亡するの!?」
「ガハハ! また相手してやるぜ《杜族》! 次に会う時には他の奴からより多くの技を盗んで俺は今より強くなってるからな! 今度は全ての技を奪ってやっからよォ!!」
満喰の強さは引き際の良さにあった。国としては全方位に喧嘩を売っているが、個人としては勝てない敵には挑まないのである。一旦退いて力を蓄えて腕を磨いてから再戦を仕掛けるのだ。故に一度逃せば更なる脅威になって戻ってきてしまう。単に粗暴な敵よりも厄介だった。
「ちょっ! 追いかけるわよ! 何してるの!?」
「木々が邪魔で騎馬兵が進めません!」
「それと騎馬兵が先行しすぎて歩兵が追いついていません!」
【圓国】の兵士は戦に慣れていなかった。騎馬兵と歩兵の速度の差を考慮せずに進軍してしまい、険しい林を抜ける機動力すらないらしい。満喰に元々全土を占領できたと言われてしまうのも頷ける話だった。蕾華が連れてきた氣巧術士は追撃して何人かの敵兵を撃ち取ることができたが、軍全体の機動力が緩慢であるために結局寥軍の撤退を許してしまった。
「進路に森を作っちゃったのは私に非があるけど、そもそも寥軍とまともに戦ってたの私の軍だけじゃない!? 貴方達は一体何をしにここに来たの!?」
「まぁまぁ、榧殿。敵将を撤退に追い込めたのだから良しとしようじゃないか」
敵の脅威が去ってから急に饒舌になる。他の将兵達も安堵し互いの戦いぶりを称賛している。すっかり戦勝気分である。肝心な時に役に立たなかった圓軍に対して蕾華は怒りを隠せなくなった。彼女の怒気に呼応するように周囲の植物が急成長を始める。
「人を女だと馬鹿にしておいて、決戦ではその背中に隠れるとかどういうつもり?」
「いや、その……我々も善戦したし……」
「我々? 〝私〟のおかげの間違いでしょ? 恥ずかしくないの? 貴方達はまず氣巧術よりも軍団行動の座学を学びなさい! それから男だと威張るなら勝てない敵でも向かっていくくらいの気概は見せなさい! 今の【圓国】は私一人でも落とせるわ!」
圓軍は沈黙した。男尊女卑の男達も今ばかりは口を閉ざした。
寥軍を蹴散らした蕾華の怒りに恐怖したためである。彼女にはそれだけの実績があった。俊杰でさえもその迫力に押されて小さくなっていた。
(圓軍は練度が低いって美鳳に報告しなきゃ……)
この日から【圓国】民の蕾華に対する呼びかけは様付けが定着することになった。
見とり稽古の他に引き際の良さが満喰の強さです。
不利と見るや撤退できる人間は実は多くないのです。
しがらみに囚われたり、プライドが邪魔したりで中々撤退できません。
作者もソシャゲのガチャで引き際を誤り大敗しました。




