宍国からの使者
《戮族》の第二次奇襲を警戒する一紗と鎧兜。
この二人はなんだかんだ言っていいコンビですね。
安心はできないが市役城内では侵入者がいればすぐに気づきやすい。
一紗は鎧兜に交代で仮眠を取ることを申し出る。流石に疲れが溜まってきているのでどうしても休息は必要だった。
どちらかが起きていれば異変が起きても片方を起こせばよいのだ。
しかし鎧兜はその申し出を断った。
「交代で寝る必要はねぇ。俺が徹夜する。姉御はゆっくり休んでくれ」
「だがそれではお前が――」
「《膂族》は身体が丈夫なのが取り柄だ。一ヶ月寝なくても活動できる。だが姉御は《膂族》でないどころか女だ。強いのは知ってるが、体力という面において男の身体にどうしても劣る。姉御だって分かってるだろ?」
一紗にも自覚はあった。この世界に来たときは幼女の身体で最初から不便さを感じていた。だから成長するにつれて強くなる自分に感動を覚えたが、それでも男の武芸者と比較して体力面が心許なかった。
故に氣巧武術を鍛錬し、独自の呼吸法を開発することで元来の脆弱さを補強しているのだ。これにより強い男との決戦において後れをとることはなくなったが、長旅や重労働が嵩むとどうしても疲労が蓄積してしまう。先程の《戮族》との戦いで鎧兜は一紗の技の切れが僅かに鈍くなっていることを見逃さなかったのだ。
「俺が夜通し見張ってるからよ。……それとも謀反の前科者は信用できねぇか?」
「……いや、よろしく頼む」
元々一人で修羅の国を生き延びてきた一紗は短時間の睡眠や浅い眠りで体力を回復するように心がけてきた。十分な睡眠をとらなくても戦闘に支障はないが、《戮族》の〝名前持ち〟が控えていると知った今は全力で戦えるように準備しておかなくてはならなかった。
「少し……眠る」
一紗はすぐに船を漕ぎ始めた。
しかしまだ眠は浅く、大きな物音を立てたり、殺気を感じればすぐに起きられる状態だった。
それから一時間、静寂の時を過ごす内に寝息が安定し始めた。
「すぅ……すぅ……」
余程張りつめていたのか一紗は久しぶりに深い眠りに落ちたのだ。
一紗が完全に眠っていることを横眼で確認した鎧兜はその無防備な体に手を伸ばす。
ゆっくり、物音を立てず。
――そして、その胸元の前に手を持ってきた段階で素早く行動に出た。
「ぐっ! 気づいてたのか!?」
「あぁ、木属氣巧術で壁ん中に隠れてたのはな!」
気の壁と一体化して一紗を狙った凶手を鎧兜は看破し仕留めたのである。
爆散ではなく気の流れを完全に止めて生命活動を停止させる。慕う姉貴分の安眠を妨害しないように物音を立てずに始末したのだ。
「もう一人は消えたか……」
隠れていた気配の一つが城から離れていくことを確認した鎧兜は毛布を持ってきて一紗の肩に被せてやった。
「……むにゃむにゃ……」
「たく、可愛い寝顔晒しやがって……無防備すぎるんだよ、姉御は……」
翌朝、鎧兜は約束通り一睡もせず、目覚めた一紗に挨拶した。
「よく眠れたようだな、姉御」
「ふあ~……悪い、本当に寝入っちまった」
「可愛い寝顔だったぜ」
「っ!? 変なことしてないだろうな?」
「したら殺されかねないだろ。ほっぺつんつんくらいだ」
「ばかやろっ!」
ツッコミの蹴りは寝起きだったので簡単に見切られてしまった。
鎧兜が宣言した通り《膂族》は一日の徹夜程度では弱体化しないようだ。
気恥ずかしさを咳払いで誤魔化した一紗は早速朝の仕事を始める。
デスクワークは新市政官達も慣れてきたのでもっぱら町の見回りが仕事だ。特に昨夜は《戮族》の襲撃があったため偵察は必須だった。
鎧兜は【愁国】方面を、一紗は州都【聚款】方面の道をざっくり巡回する。
鎧兜の方は特に問題なく、昼食用の妖魔を狩ったくらいで終わったが、一紗は州都へ向かう人影を見かけた。馬型妖魔が引く馬車と妖魔に乗る騎馬隊の集団だった。
経路から推測すると谷を抜けてきたようで【迎梠】から出てきた住民ではなさそうだ。何より統制のとれた連帯行動と兵士の身に纏う鎧から彼らが異国人であることを物語っていた。
「観光じゃねーよな。……まさか同盟!?」
彼らの掲げる旗がどこの国の者を現しているか一紗は分からなかったが、【寥国】が友好のために招いたであろうことを察していた。【迎梠】が占領されていることを察して迂回したのだと考えれば同盟の線は濃厚だった。
「ちっ、まずいな。とはいえ、途中で襲えば【愁国】との関係に亀裂が入っちまう」
どうしたものかと考えていると馬車の集団の前方から騎馬兵隊が現れた。
最初は州都からの接待兵かと思ったが、どうも雰囲気が違うようだ。彼らは剣を抜刀して馬車の集団を襲い始めたのである。【迎梠】周辺にいた破落戸と同じ旅人を襲うタイプの領民らしい。
護衛の兵士が氣巧術や使役妖魔をけしかけて応戦している。
(この混乱……チャンスかもしれない!)
一紗は両者の戦闘に参戦すると、破落戸の方を始末していき、馬車の集団の安全を確保してやった。彼らも乱入してきた一紗が敵ではないと悟ったようだ。最後の破落戸を始末した段階で護衛隊長のような男が謝辞を述べた。
「娘、良き働きであったぞ。そなたは【寥国】の使者の者か?」
「いや、違う。俺は【愁国】の人間だ。この国は政情不安にある。だからうちの国の姫さんが平定しようと考えてるのさ。俺はその斥候ってところだ」
もう宣戦布告はいつ行われてもおかしくない。一紗は警告の意味を兼ねて出身国を明らかにすることにしたのだ。
「なんと……そんなことになっていようとは……」
話を聞いた兵士の一人が馬車の中の人間に耳打ちしている。偉い人が乗っているらしい。大方外交使節団の特使といったところだろうか。
「アンタら、どこの国の人?」
「【宍国】だ。やんごとなき理由から招かれていたのだが……盗賊共が多すぎてな。そもそもあちらから顔を出すのが筋だというに……」
第三国の人間だからか詳細は明かさなかったが、彼らが同盟のためにやってきたことは間違いなかった。一紗は彼らの【寥国】への不信感は利用できるのではないかとほくそ笑む。
一番偉い人間が乗っていると思われる馬車の前まで赴くとその簾越しに尋ねた。
「アンタ、特使か?」
「なっ!? 娘、無礼だぞ! この方をどなたと心得る!」
「外交使節に派遣されるくらいだから偉い人なのは分かるさ。……が、俺は育ちが悪くてな。皇族の知り合いが二人いるけど今と同じ態度だ。無礼は許してくれ」
「……よい」
簾の奥の人物が短く呟いた。若く清涼感のある声だが低めの声だった。
一番地位の高い人物が許したため、護衛兵団も武器を収めた。大の男達を鶴の一声で下がらせるくらいに権威は強いようだ。
「皇族の知り合いが二人いると申したが、そなたはもしや惡姫か?」
自分の素性を言い当てられたことに焦ったが、すぐに警戒を解いた。【愁国】の出身で皇族の知り合いが二人いて、女でありながら敵を皆殺しにする武芸者といえば大体絞られる。
「そうさ、かつて惡姫と呼ばれていた。今は紅・美鳳の傍盾人をやってる一紗だ」
隠すよりは名乗った方が良いと考えて自己紹介すると衛兵達から感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
「これが惡姫……」「噂に聞いていたが」「麗しいな」「なんたる武……しかし残酷だ」
どれもこれも聞き慣れた評価だった。
うんざりして肩を落としていると、簾の奥の人物は僅かに笑ったように見えた。
「賊の成敗、誠に大義であった。何か褒美を取らせよう」
「褒美? なら今後【愁国】と仲良くしてくれたら嬉しいかな。それと、もし【宍国】が【寥国】と同盟するつもりなら止めて帰ってくれたら嬉しいけど……」
「しかし、極上の酒でもてなすと文にしたためてあった。不義理にする訳には……」
どうやら義理を重視する人物のようだ。一紗の無礼も賊を蹴散らした恩義から許してくれたのかもしれない。義を重視するならば説得のしようがあると一紗は唾を呑みこんだ。
「――既に同盟を望む相手を呼び出す不義理をかました上に案内もつけず、【寥国】の領民に襲われてるときてる。不義理のトリプルコンボになってると思うが?」
護衛の男達も同じことを考えていたのだろう。簾の人物と小声で相談している。
間もなく話がまとまったようだ。
「……帰ってもよい。自領の治安すら守れない【寥国】は長くはないだろう。しかし、どこかで水を補給したい。そなた、水場を知らぬか?」
「ああ、それなら」
一紗は水属氣巧術で大気から水分を取りだして衛兵達が所持していた水筒を満たしてやった。
彼らも喉が渇いていたのだろう。ごくごくと水を飲んでお代わりを所望してきた。
「本当は【迎梠】でもてなしてやりたいが、あそこは復興中だし。仮にも【寥国】との同盟に来たアンタらが賊に占領された町に停泊するのは外聞が悪いだろう?」
「うむ、気遣い感謝する。我々は賊に襲われたことに腹を立てて帰国、そなたは散歩中〝誰にも会わなかった〟と、その方が良かろう」
「ああ。帰路の無事を祈ってるよ、じゃあな!」
馬車が反転したのを見て一紗も跳躍して【迎梠】へと戻っていった。
跳んで町に帰っていく一紗が見えなくなるまで特使はその姿を目で追っていた。
「惡姫・一紗か。……美しい娘だった」
鎧兜兄さんは《膂族》の特異体質があるといっても一紗には優しいです。
それだけ自身の努力と武を認めてくれた彼女を慕っています。
一紗も過去の苦い経験から、信頼できる人間とそうでない人間を見極める観察眼は優れています。なので今回は鎧兜を信頼して熟睡した感じです。
今回登場した宍国の使節団は洋がお呼び出しした人達ですね。
一紗が見つけたのは偶然です。
一応彼らにちょっとした恩を売ることができました。
……それがどうなるかは後の御愉しみです。




