戮族とは?
敵の戦力を知った一紗と鎧兜の情報共有回になります。
東西反乱軍が壊滅した報は【迎梠】に留まる一紗の耳にも届いていた。連絡係や伏兵の一部が逃げ延びて懇意にしていた《蜥蜴》に合流したのである。生き残った者は遠方にいた極僅かな者で遠目で掴んだ情報も限られていた。
彼らは一様に恐怖しながら反乱軍が蹂躙された様を語った。三国同盟に合わせて蜂起してもらう計画が台無しである。
「ちっ、反乱軍の連中め。先走りやがって! せっかくの美鳳の奇策が台無しだ!」
「まぁ州都の連中の強さを測る物差し代わりにはなっただろう。士気の高い反乱軍の氣巧術士をぶち殺せる程度には猛者が揃ってるってェことだ」
「にしても満喰は敵の技を盗むのか……」
「兄者は昔から手癖が悪いからな。他人のものは欲しくなるんだ。武器も技も地位も領土も、な。そして勝てねぇ敵とは戦わねぇ。敗ければ更なる技を他から奪って強さを磨きやがる」
帝の血を分けた兄弟同士、鎧兜は満喰と面識があるようだった。
かつて【愁国】と【寥国】は二度戦争していたのでその際に闘ったのかと思ったがどうやら違うらしい。もっと若い頃に出会っているそうだ。
「俺が覇兇拳の修業してた頃にちぃとばかしな。まぁ奴のことはいい。それより西軍を滅ぼした女の凶手の方も気になるぜ」
一紗も気になってはいた。凄腕の女凶手の話は美鳳との軍議でも出てこなかった。
少なくとも美鳳都落ち前の段階ではいなかったという推測はできる。
「要注意だな。一応、美鳳にも知らせておくか」
【迎梠】における毎日は多忙であった。
日中は不慣れな若い市政官達のサポートを行い、手が空いたときには町の見回りをする。
殺人や強盗は日を追うごとに減少しているがゼロにはならなかった。
武官達の手に負えない武芸者が出た際には救援要請が入り、一紗か鎧兜が現場に駆け付けることになる。中でも一紗が我慢できないのは飯の不味さであった。
惡姫と呼ばれていた頃は盗賊から良い食料を強奪していたし、傍盾人になってからは美鳳が旨い飯を振舞ってくれた。しかし物資が不足する【迎梠】では酸っぱい果実、パサパサした米が普通に食卓に並ぶのだ。肉も以前は異臭のする干物が振舞われていたのだが、一紗が妖魔の肉に変更させた。幸い、ワームや甲殻類系の妖魔が出没するのでそれを狩ってくることはできる。
しかし飢えた領民はすぐに平らげてしまうのだ。食糧庫は頻繁に狙われたので武官による警備を更に強化せざるをえなくなった。その警備員がつまみ食いしていたときは閉口してしまった。
それらの対応のせいで妖魔を狩る時間がなくなり、肉類は簡単に捕まえられる美味しいとは言えない弱小妖魔のものが殆どになってしまった。
「相変わらず不味いな。一人放浪してた頃以来だぜ。こんな酷い飯は……」
「姉御……これでもマシな方だぜ。他の連中の配膳見てみろよ」
若い市政官達は明らかに腐りかけた肉と不出来な米を分け合って食べていた。
食料の総量は辛うじて足りているが質は最底辺のものだった。
「はぁ~……鎧兜、狩りに付き合え。こんなに飯が酷いと仕事に支障が出るだろう」
「旨い妖魔を捉えてくるんだなっ! 任せろ!」
腰を上げた一紗と鎧兜に一部の武官が追随した。「妖魔の狩猟法を学びたい」とのことだった。一紗達の物理で殴る狩りを彼らが模倣できるかは疑問であったが、肉の運搬に人手は多い方が良いだろうと同伴を許可した。
「もう日没か……時間足りねぇな」
「ンガガガ! 【愁国】に帰ったら愚妹からたっぷり報酬いただこうぜ」
町の正門へ向かっていたとき、一紗は殺気を感じた。
振り返ると複数の黒い影が蠢いていた。動きが俊敏だが彼らが黒装束の人間であることはすぐに分かった。
「何奴!? ぎゃっ!」
「ぐわぁっ!」
追随していた武官は一方的に傷つけられてしまう。彼らにはまだ息があったが襲撃者達は目もくれずに一紗と鎧兜の方へ向かってくる。
「鎧兜! コイツらの狙いは俺達だ! ここから離れるぞ!」
全速力で駆ける一紗達を黒装束の集団は追ってくる。読み通り武官達は眼中にないらしい。
屋根を跳んで追跡してくる集団を撒くことは難しかった。
埒が明かないため、人気がない町外れに誘導して迎え撃つことに決める。
「やるぞ! 鎧兜!」
「待ちわびたぜ姉御!」
二人は背中を預け合って構えた。黒装束の男達が武器を手に囲んでいる。
しばらく連携して襲ってきていたが、一紗達が逃げずに戦うつもりだと分かると、今度は一人ずつ一紗と鎧兜の前に参上した。
二対二の状況を敢えて作って他の黒装束は仲間が死ぬまでただ見物していた。仲間が死ねば別の者が挑戦するように襲ってくる。彼らは決して弱くはなかった。武器の扱いも氣巧武術も【寥国】で遭遇した敵の誰よりも強かった。
「なんだコイツら!? 【迎梠】の武官共が赤子に見えるぞ?」
「この練度と、雑魚には目もくれない姿勢……《戮族》の斥候か?」
「知ってんのか、鎧兜。どんな奴らだ?」
「まぁそこそこ強い暗殺者ってとこだ。姉御ならこの情報だけで十分だろ」
「雑な奴……」
事実十分だった。確かに彼らは【寥国】では非常に高位の術士であったが、惡姫と護帝覇兇拳の使い手にとっては問題にならない相手だった。寧ろ雑魚戦ばかりで腕が鈍っていた二人にとっては丁度良い肩慣らしになったくらいだ。
「さてと、残りは一人か」
「二対二にならねぇな。俺に譲ってくれよ、姉御」
「譲り合う必要はない。双方の首を貰う。さすればちょうど百だ!」
答えたのは最後の凶手だった。
一際体格の良い黒装束がブツブツと呪文を唱えながら印を結ぶ。詠唱の邪魔をしようと手刀を薙ぐが、僅かに彼の方が早かった。
「水属氣巧――〈激流水波〉!!」
空気中から大量の水をろ過し、水圧として射出してくる。
大量の波を前に一紗は目を見開いた。
「水のない所でこのレベルの水術を!?」
彼が発動した水にあばら屋と道壁の一部が激流に呑まれて流されていく。津波による洪水被害さながらの状況になっていた。町の一部が水没してしまっている。辛うじて息のある武官達が水属氣巧術で水流をせき止めてくれたため町全体の水没は免れてはいた。だが町の一部は水路と見間違う程に屋根まで水位が上がっている。
水面の上に立つ黒装束の男は愉快そうにその光景を眺めていた。
「溺れたか、水圧で潰れたか。いずれにしろ死体を回収しないとな。死体はどこ―――」
「あ~あ~……せっかく整備した公道を台無しにしやがって……」
「貯水ができたと割り切るしかねェさ」
背後からの声に振り変える前に男の両胸に二本の腕が突き刺された。片や女の細腕、他方は男の逞しい腕だった。
「ぐっ、無念……もう少しで御名を賜われたものを……」
両肺を潰された男はその場で絶命する。男の血で水を汚したくなかった一紗は死体ごと屋根に移動する。
「何だコイツ、最期に女を抱きたかったかとか、童貞か?」
「ちげーよ、姉御。女ではなく「御名」だ。コイツらやっぱり《戮族》だったな」
「さっきも言ってたな。《戮族》ってどんな民族なんだ?」
「姉御も前に戦ったことがあるはずだぜ?」
首を傾げる一紗。修羅として生きていた彼女は戦った者が多すぎるので全て覚えてはいなかった。鎧兜がうんざりした様子で説明を付け加えた。
「【愁国】でアンタを殺そうとして俺が部下を派遣したことがあっただろ?」
言われて一紗は思い出した。確かに【武言】に近づくにつれて練度が高い暗殺者が襲ってくることがあった。彼らもこの黒装束と似たような装いをしていた。
「もっともアレは雑魚だったがな。俺の命を狙ってきたんで返り討ちにした。んで、俺の首が欲しいならまずは美鳳達を倒して来いと命じた。近くに強者もいると教えてな」
「生粋の戦闘狂ってことか? 面倒臭ぇ。《戮族》は五大民族じゃねぇんだろ?」
以前、美鳳から五大民族の説明を受けたことがあったが《戮族》はその枠には入っていなかった。襲撃してきた彼らは厄介ではあったが五大民族の蕾華の方がずっと強い。しかし、屋根の上に座り直した鎧兜は未だに警戒心を解いていなかった。
「……姉御、盗賊の巣にいたアンタなら分かってることと思うが、帝国における脅威は五大民族だけじゃねぇ」
「ああ。俺も盗賊の巣から出るまで五大民族には会ったことがなかったが、それでも強い奴らは沢山いた」
一紗も惡姫と畏れられ、挑戦者が減るまでは多くの修羅と渡り合った。幼少期の一紗では勝てないと踏んで逃げざるを得なかった相手すらいたのだ。彼らが五大民族に劣っているとは思えなかった。
「そもそも五大民族が畏怖されてんのは民族全体が強いからだ。他の民族は数や質で連中に大きく劣ってる。……だがそれはあくまで集団として見ればの話だ」
「個人単位では五大民族に匹敵する猛者が沢山いるって話だろ?」
「そうだ。始皇帝の最初の供は《膂族》をはじめ五大民族じゃなかったしな。そしてその愉快な仲間達ん中でも凶手として猛威を振るった奴がいたのさ」
「それが《戮族》っていうのか?」
「ああ。連中は狩猟民族として大陸に古くから存在している」
鎧兜の話では古来より《戮族》は妖魔相手の狩猟で生計を立てていたらしい。
そして〝国〟ができたら一部が暗殺稼業に足を踏み入れた。相手が妖魔だろうと人間だろうと狩の腕は超一流だったそうだ。
「んでな、変わったことに《戮族》は生まれた時名前を付けられねぇんだよ」
「なんだそれ、呼ぶとき不便だろ?」
「後から名乗ることを許されるんだ。それまでは「名前持ち」に身分を足して呼ばれるんだ。鎧兜さんの息子とか鎧兜さんの妹とかな」
「名無しの《戮族》しかいない時はどうするんだ? 指揮系統が混乱するだろ?」
「そん時は役割で呼ばれる。例えば〝斥候〟や〝探知係〟、〝小隊長〟あたりだな」
役割で分別できない時は「刀」「槍」「鎌」「拳」など扱う武器で呼称されたり、色で区別されることもあるそうだ。名前を付ければそんな面倒は起きないのだが、彼ら《戮族》にとって名前は称号や勲章の意味合いが強く、勝手に名乗ることは許されないらしい。
「名付けの条件は修羅を百人殺すことだ。より強い相手の首を沢山得た者が狩猟者として名乗ることを許されるのさ。代々の襲名制でな。だから《戮族》の〝名前持ち〟は例外なく強ェ」
「襲名ってことは決まった名前の空きがなければ条件を満たしても名乗れねーのか?」
「その場合は新しい名前が進呈される。『初代某』ってな。中には百人の修羅を殺す前に勝手に創作名を名乗り、粛清に来た同族を殺してその名が追認されるなんてこともあったらしいぜ」
「なんか鎧兜、やたらと詳しくねーか?」
「護帝覇兇拳の落ち武者は《戮族》の無名にとって上質の獲物だったからな」
鎧兜は自嘲気味に口角を上げた。伝承者争いに敗れてから恐らく何人も襲ってきたんだろう。その度に全員返り討ちにしたからこそ彼は今日まで生きていたのだ。
「お前も色々大変だったんだなぁ」
「お互い様だぜ。それより西軍を壊滅させた女は間違いなく《戮族》の〝名前持ち〟だ。気を抜いたら戦死するぞ」
「……みたいだな。しばらく不味い飯で我慢するか」
夜は暗殺者の時間だ。少数で外に出歩くのは危険と判断して一紗達は城へ戻ることにした。
鎧兜は満喰の因縁は後程明らかになりますので一先ず置いておいてください。
そして、始皇帝と愉快な仲間達の一人に数えられた者の出身民族《戮族》の紹介です。
名無しからの襲名制度という独自の風習を持つ戦闘民族。
この民族に年功序列も男尊女卑もありません。名前持ちかそうでないかが格の判断基準です。
ただ、名前持ちは大概歴戦の猛者で年食ってる場合が多いので
外から見れば結局年功序列に映ってしまうこともあります。
若くして襲名する人間はそれだけ優秀な訳です。
百人の修羅の首を取るという襲名条件は同じですが、
より強い者の首を多く取った名無しには功績に相応しい名が与えられます。
《叛族》と同じく傭兵稼業で食ってる人が多いですが、民族の格は《戮族》のが上です。
一紗達はそんな敵を相手にしなければなりません。




